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41話 どうしてこうなった……? 3

「これは私とイチヤの価値観の違いだろうか……?」


 一人疑問符を浮かべ呟く彼女の事を俺は信じられないものを見る目で見つめる。それくらい彼女の発した言葉は俺に衝撃を与えたのだ。



 本当に、まったく、これっぽっちも訳がわからない

 酔っているからと言ってどうしてそんな言葉が口から出てくるんだ……?



 いくらレイラでも言って良い事と悪い事がある。今までレイラに抱いていた仲間という意識が薄れていくように感じる。


「気に障ったのなら謝るよ。だからそんなに怖い顔を向けないでくれるか」


「俺の話を聞いてそんな感想が出てくるレイラにどんな顔を向けて良いのか俺にもよくわからないんだ。それくらいレイラの発した言葉は俺にとっては衝撃的だった……酔っているからといって許されるような言葉じゃない……仲間だと思ってたんだけどな……」 


「はは……これは手厳しい。だけど誤解しないで聞いて欲しいんだが、私は別にイチヤを責めているわけじゃないよ。本当に純粋な疑問なんだ。そこだけは理解して欲しい」


 そう言って彼女はまた酒をグラスに注ぐと今度はゆっくりと味わうようにして口に含んで飲むと、ほぅっと熱のこもった吐息を吐き出す。そして優しげな微笑を俺に向ける。

 しかし、先程の言葉を聞いて彼女の事を好意的に見る事は俺には出来ない。そのくらい彼女は俺の古傷とも言うべきところを無自覚に抉ってくるように感じるのだ。


「仕方ない。このままでは私がイチヤに嫌われてもう口を聞いて貰えないかもしれないから先に私がどうしてそんな疑問を抱いたのか。そこから話そうか」


 俺が口を噤んで話す意思がないという事を態度で示して少しの間、沈黙が流れていたのだが、その事に業を煮やしたのかレイラの方から口を開く。


 確かにレイラがどうしてそんな疑問が浮かんだのか気になったので、俺は不機嫌な表情を隠しもしない態度でレイラに次の言葉を促す。


「葉山、と言ったかな。その男と取り巻きの人間に関していうなら毛嫌いされても仕方ないと思ってるよ、話を聞いただけでも私としても係わり合いになろうなどとは思わないからね。純粋に他者を貶めるのが好きな人間なんだろう。聞いているだけで反吐が出る」


「まぁ葉山に関してはこないだの獣人族の襲撃で死んだけどな。すっきりしたとは思ってないが、死んだ事が悲しいなんてまったく思わなかったな。そうか、死んだのか、くらいの何処かの誰かが死んだくらいの感想しか抱かなかったよ」


 葉山が死んだ事、そして俺がどう思ったのか正直な気持ちを補足としてレイラへと伝える。


 葉山に関してはいじめられてた時期もあったがこの世界では転移初日以降まったく関わらなかったので本当にどうでも良い存在だ。

 委員長みたいに俺に関わって来ていたら委員長と同じように毛嫌い、いや……もっと激しい嫌悪感を抱いていたと思うけどな。


「ふむ。死んだのか、それはご愁傷様だね」



 レイラはそう言っているがまったく気にした様子もなく、フラワーシュリをまたグラスに注ごうと瓶を傾けるが、結構な勢いで飲んでいたので中身が空になっていた。その瓶を脇に置き、新たな瓶を開けると再びグラスに酒を注ぐ。



 本当にどんだけ飲むんだよ……



「まぁ葉山と取り巻きについては私の疑問についての話についてはどうでも良いし、彼等に対して何の感慨も浮かばないのでこれで終了させてもらうよ。私が気になっているのは、結花君についてだ」


 彼女にとっては委員長に対しての疑問が本題のようで葉山達の事はばっさり切り捨てる。俺もその話を延々とされるのは勘弁して欲しいのでレイラの語りを無言で聞き続ける。


「葉山達にはいじめられた。では結花君は君に一体何をしたんだい?」


「何をしたって……何もしてない。何もしてくれなかった。しいて言うなら米田――俺達を教えている教師なんだが、そいつの愚痴を呟いていたのを委員長に聞かれて注意された事がある」


「ふむ。何もしてくれなかった。か……君がいじめられていた事を彼女は知っていたのかい?」


「委員長とはそこまで親しくもなかったし葉山達は狡猾だ。たぶん委員長が知ったのは俺が登校拒否……学校に行かなくなってからじゃないか。詳しい事は知らないが、俺が登校拒否するまでに俺がいじめられていたのを知っていたのは米田と俺よりも前にいじめられてた……名前なんだったかな……委員長と一緒に来たあの女だけだ」


 予想でしかないが委員長は知らなかったと思う。葉山達がいじめをする際は周りにいかにばれないように相手を精神的に追い詰めて楽しむかという考えがあった。

 


 他の人間に関してはもしかしたら知っている者もいたかもしれないが、今更知っていた者。知らなかった者を探す事にはなんの意味もないのでするつもりはないが。



「確か一月ひとつきだったかい?」 


「何が?」


「おや?私としたことが少し酔っているのかな。主語が抜けていたね。申し訳ない。君が学び屋に通った期間だよ」


 少しというかかなり酔っているだろうとは思ったがそれが口から漏れるような事はなかった。その代わりに彼女の質問に答える。



 後になって気付いたんだが、この時点で俺は彼女の質問に普通に答えている事になんの疑問も抱いてはいなかった。無神経な質問にもうレイラとは話したくないと思っていたにも関わらずだ。さっきはレイラの笑顔に好意的な気持ちにはなれないと言っていたが、彼女の語り口とその笑顔にいつも間にか何の疑問も抱かずに彼女と会話の応酬をしていた。本当に彼女には不思議な印象を受ける。



「その期間で合ってる。それからは家でゲームをしながら時々買い物に行くくらいで、それ以外の時間はずっと部屋に引きこもっていた」


「うん。君の私生活も今この場ではどうでも良いんで、今度私の興味が沸いたら話してくれるかな」


 さっきの葉山達の話題と同様にばっさりと切り捨てられた。何気に自分の事となると少し……くるものがあるな。


「では、仮定の話をしようか」


「仮定の話?」


 鸚鵡返しのように聴きかえると目を細めてこちらに笑顔を向けてからグラスの酒を飲み干す。何本目になるかわからない酒がまた一つ空になった。


「もしもイチヤが彼女と逆の立場だったらどうしていた?」


「どうしていたって、それは……」


 委員長がいじめられていたとして、俺はその事を知らない。それを知ったのは委員長が引きこもった後だった。その時俺はどういう行動を取ったか、か。


「何もしなかった……と思う」


「そうだね。私もそう思うよ」


「あはは……ひでぇな。嘘でもそこは否定してくれよ」


 レイラの仮定の話に自分がどういう行動を取るのか考え、結局は委員長と同じ行動を取るという結論に至ってなんとも言えない気持ちになり少しへこんでしまう。

 そんな俺を見てレイラは不思議そうに首を傾げる。


「イチヤ、君はなんで落ち込んでいるんだい?そんなの当たり前じゃないか」


「え?」


「たかだか一ヶ月の……それもあまり親しくない相手に対してもしいじめられてる事を知っていたとしても助けるなんて選択肢をする人間は少ないと私は思うよ。もしそんな事をするような人間がいるとすればそれは余程のお人好しか、偽善者か、もしくは何か利用価値を感じて利用しようとする人間くらいだろうね」


「そういうものか?」


「そういうものだろう。もし私が同じ立場だったら君が考えたように、結花君が何もしなかったように。私は君達の思考、行動と同じように何もしないだろうね。というか、自分だったら絶対にその人を助けていたなんて答えるような人間を私は絶対に信用しないよ」


 何処か重みを感じるようなレイラの物言い。彼女の過去を俺は一切知らないが、過去に何かあったのだろうかと思わせる雰囲気を漂わせていた。

 だがそれも一瞬で彼女はまた新たな酒を取り出してその酒を呷り、先程俺に衝撃を与えた質問をもう一度口にする。


「さて、この事を踏まえた上でもう一度問うよ?どうしてそこまで結花君を毛嫌いしているんだい?」


「それは……」


 レイラの質問に俺が言い淀み、しばしの静寂が流れた後に俺はもう一つ、彼女を嫌う理由を思い出す。


「委員長は俺にこう言ったんだ。さっきも言ったように米田の愚痴を言っていた時に『人の悪口を言うなんて感心しないわよ、自分の価値を下げるからやめた方がいいわ』って…それだけだ、米田に悩みを言ったが一蹴されて、委員長は何があった?と聞かずに…俺の言い分を聞かずに、傷口に塩を塗るようにそれだけを言った!…委員長を嫌う理由なんてこれで十分じゃないか?」


「それの何がおかしいのか私にはわからなんだが……」


「いや!ほとんど話した事ない相手に何も知らない奴がこんな事いうなんてどう見ても失礼だろ!」


 激昂するような感じで無意識の内に声が大きくなる。俺にはこの言葉で怒りが沸かないと告げるレイラの方が訳がわからない。


「しいて怒る部分があると親しくない相手にいきなりそんな風に話しかけるのは感心しないな。前置きがあってその台詞を口にするんだったら怒る理由になりえないんだが、どうも彼女も配慮がかけるかな。最初にここに来た時も少し短絡的な部分が目立っていたからね。若さゆえとも言えるかもしれないけど、最初の訪問の時にイチヤが苛立ちを覚えた気持ちはわからないではないからね。ただ、愚痴を言った時の台詞は、私には君を思っての言葉だとも感じるよ?」


「どこが!?」


 

 わからない!わからない!わからない!わからない!レイラが言っている事が何もかもわからない!



「人の陰口と言うものは結局のところ自分を貶めてそれで一時的な優越感に浸るというものだと私は思う。この行為は相手を貶めているものではなく自分を貶めているものだよ。結局相手には伝わっていないわけだしね。これは正しくないのかもしれないが、私だったら彼女の第一印象から、その言葉をこう解釈するよ『自分の価値を下げるのよりも自分の価値を高めなさい』と」



 聞きたくない!聞きたくない!聞きたくない!聞きたくない!もう何も聞きたくない!



「まぁ私は彼女ではないからわからないけどね。でもそういう解釈の方が素敵だと思わないかい?」


「……」


「それを踏まえたもう一度問うよ?」



 言うな!言うな!言うな!言うな!言うな!それ以上先を口にするな!



「どうしてイチヤは結花君――彼女をそんなに毛嫌いしているんだい?」

ここまでお読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたら嬉しいです。

それにしてもホント……どうしてこうなった……?


5月23日 誤字報告があり修正しました。ご報告ありがとうございました。

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