39話 どうしてこうなった……? 1
少しトラブルはあったもののエヴィとの自己紹介も終わり、いつまでもクルエをおんぶしたままでは辛いだろうと思ったのでディアッタに頼んで空いている部屋に案内するように告げ、終わったらエヴィを風呂に案内するようにお願いする。
この階は客室が多いため男女に浴室が存在する。大きさ的にはそこそこ大きいので四、五人は平気で入る事が出来る。
ディアッタ達が去っていくのを見送ると牢屋の扉に手をかけようとしてリアネが何か言い辛そうな顔をしているのに気づいた。
「どうした?」
「いえ……その……」
さっきの俺に対しての態度をまだ引きずっているのか若干頬が赤いままだがそれとは関係ないようで、どこか気まずい表情を浮かべている。
「何かまずい事でもあったか?リアネが何か失敗するとは思えないけど、大抵の事は気にしないぞ?」
「特に失敗をしたとかではないのですが……えっとですね……中を見ても怒らないであげてくださいね……」
どうもリアネの答えに要領を得ないが中に何かまずい事が起こった。いや、現在進行形で何かが起こってるのかもしれない。とりあえずここで固まってても答えがわからないと判断した俺は牢屋の扉をゆっくりと開ける。
「うぇっぷ……なんだこの匂い……」
扉を半分ほど開けた最初の感想がこれだ。中からは花の香りや果物を発酵させた香り、つーんとくるような刺激臭など様々な香りが一気に俺の鼻腔を刺激してきた。
これは……酒か?
そう思って扉を全開にして中に入ると、一体何本あけたのかというほど酒の空き瓶が転がっており、アルとレイラ、そして意外な人物が中でいた。
「鏑木君の……ばかぁ……」
「……委員長」
そこにいたのは泥酔した委員長で、アルとレイラは構わずに酒を酌み交わしている。
一体全体何がどうしてこうなった?!
そんな考えと共に呆れ混じりの顔でアルの元へと歩を進めると、俺に気付いたアルとレイラはほろ酔い加減の顔をこちらへと向けた。
「おぉ!イチヤぁ!ようやく帰ってきたか!」
「おかえり」
アルは若干陽気な感じで、レイラはいつものクールな感じだが頬を若干朱に染めながら二人がそれぞれ挨拶をしてきたのだが、アルの口から漏れる酒臭さが鼻を刺激してきておもわず顔を顰める。
「ただいま……ってそうじゃねぇ!何でここで酒盛りなんて始めてんだよ!」
「ん?いやぁ、レイラもずっとここにいたんじゃ上手い酒も飲めないだろうからな!息抜きも必要だろうと思ってな!酒を持ってきたってわけだ!」
いやいやいや!ただ単にお前が飲みたかっただけだよな!?
わっはっはとおそらく空になっているであろう瓶を親指と人差し指で振りながらなんとも楽しそうな表情で俺の質問に答えるアル。
「完全に出来上がってやがる……」
額に手を添え大きく溜息をつきながらじと目でアルを見る。頭が痛くなってきた……
「いやいや!このくらいじゃ酔わねぇって、嗜む程度しか飲んでないしな!」
そう言いながらぐびぐびとまだ残っている酒を気のジョッキに注ぐと一気にあおって、ジョッキを空にすると、ほらな、全然酔ってないだろ?と自信満々の表情で俺へと視線を向けている。そのドヤ顔を見てるとぶん殴りたくなる。
一方のレイラの方は無言だが、こちらも結構なペースで黙々とワインを口に運んでいる。牢屋の中にあるワインの空き瓶も結構な数が転がっており、彼女も相当飲んでいたようだ。
「まぁ確かにレイラに息抜きさせるってのには賛成だ。レイラは俺よりも長く牢屋生活して外に出れないストレスとかも溜まってるかもしれないから息抜きは良いと思うんだが、でもこんな事して大丈夫なのか?」
「ん?」
俺が真剣な顔で質問すると、アルは何か問題があるのかと言わん表情で首を傾げているので俺は言葉を続ける。
「確か前に獣人族の元族長と飲み交わしてそれがばれてここに左遷?されたんじゃなかったっけか?」
「あぁ……」
「また左遷なんて事にはならないよな?」
「大丈夫だ!問題ない!」
心配するように俺の声のトーンがわずかばかり下がるのを聞いたアルが、片手を机に勢いよくばんばん叩きつけながら不穏な台詞を吐く。
その台詞がもうフラグだからな!?全然大丈夫じゃねぇからな!
完全に出来上がっているアルに呆れ半分心配半分で眺めて眺めていると、急にアルが真面目な表情になり先程あおって空になっているジョッキを静かに机に置き静かに口を開く。
「あの時は失敗した……」
「あの時?」
「あぁ……元族長と飲み交わしたときだ。あの時は俺も若かったんだ」
なんか急に語り始めたんだが聞いた方が良いんだろうか?――一応聞いてやるか
「ばれないと……思ったんだ!」
その時の事を思い出したのかアルは悔しそうに机を力強く叩くと急に怒り出す。
「いや、ばれたのは百歩譲って良いんだ!左遷されるのも良い!」
いや、よくねぇから!
「俺にとっての失敗は唯一つ!……左遷されたのが鬼にばれた事だけだ!あれさえなきゃ何も問題がなかった!仕事中酒飲んで左遷されたのがかみさんにばれた時は背中に般若を貼り付けていて……顔は笑ってたのに……目は……」
どうやら当時の事を思い出しているようで身震いしだしてまるで冷えるかのように自分の肩をさすっている。
もうめんどくせぇし放置しようかな……
そう思っているとアルががばっと勢いよく立ち上がり自身に満ち溢れた表情を俺に向けて、アルの脇に置いてあったショルダーバッグを指さす!
「だが俺は同じ過ちを繰り返したりしない!あの時なぜ失敗したのか!?それを考えた!なぜばれたのか!答えは簡単だ!あの時は酒を隠してたのが悪かったんだ!だから今回は持ってきた!このマジックバッグで!それにここの警備は俺しかいない!つまり告げ口するような人間はここにはいない!ばれる可能性は皆無だ!」
得意気に言っているが、どうやら俺が王様に告げ口すると言う可能性がある事が頭から抜けているようだ。酔っ払いゆえの短慮な発想といってもいい。それよりもアルの話で一つ気になる単語が出てきた。
「マジックバッグ?」
「なんだよぉ、マジックバッグも知らないのかぁ~?」
急に真面目な表情からにやにやとしたイヤラシイ笑みに変わったアルに殺意を抱いたのだが、酔っ払いに怒っても仕方ないと思い直し気持ちを落ち着けるよう努力する。
「仕方ないだろ?この世界に来て初めて見る物だからな。それでマジックバッグって?」
「しょうがない!親切なアル兄さんが説明してやろうではないか」
その得意気な顔をぐちゃぐちゃにしてやろうか……と思ったんだが、話が進まないので我慢だ俺
アルに気付かれない程度の深呼吸を何度か繰り返す。そして目で話の続きを促すとなぜかニタニタしながらアルが得意気に口を開いた。
「良いかイチヤ!マジックバッグってのは中に空間魔法をかけたバッグの事で、普通に収納できるバッグの何倍もの要領を中に入れる事が出来るんだ!結構値段はするんだがあるとすげぇ便利なんだぞ!他にもバッグよりも入る要領の小さいマジックポーチ、バッグよりも要領の大きいマジックリュックなんてものもあるからもし金があるようだったら一つ持っとくと良い!まぁ結構な値段するからイチヤじゃあ買えないと思うけどな!俺もこれを買うのに半年分の小遣いを土下座してかみさんに頼んでようやくお許しが出たんだ!どうだ!うらやましいだろぉ~」
我慢だ我慢!こいつはただの酔っ払いだ!耐えるんだ!衝動に流されるな!俺!
片手が無意識に創生魔法でロングソードを精製しようとするのをもう片方の手で押し留める。自慢げにニタニタ笑っているアルの顔から視線を逸らし、どうにかアルを殺すという選択を回避する。
それにしてもアルのあの顔にはむかついたがマジックバッグってのは便利そうだな。話を聞く限りラノベなんかに出てくる物と同じような物みたいだ。定期的に薬を売って本ももう数冊買ってから余裕が出来たら俺も手に入れようかな。せっかくの異世界の便利アイテムだし、少し胸が躍る。
馬鹿みたいに大量の酒をばれないように持ってくるのは困り物だが……便利なアイテムなのは間違いない
「マジックバッグなんて代物があるなんて知らなかったからためになったよ、ありがとな。アル」
言い方はあれだが便利アイテムがある事を教えてくれた事にはかわりないからな。少しだが感謝したいとは思っているのだ。なので俺は良い情報を教えてもらったという事で感謝の言葉を伝える。ところがこいつは――
「ふふ~ん。良いって事よ!俺がイチヤに自慢したかっただけだからな!まぁイチヤじゃ頑張っても手にいれるのはむずかしいんじゃねぇかなぁ~」
胸を張りはがらニタニタ笑いというむかつく表情をしてそんな風に返してきた。そのアルの一言に俺の血管がぶつりときれた。音が聞こえたような気がした……
ハハハ……そっちがそういう態度を取るならこっちにも考えがある
俺は可哀想な者を見る表情をつくりその表情をアルへと向けるが、アルがニタニタした表情を変えないままマジックバッグから新しい酒を取り出しジョッキに注ぐと再びあおる。そんな彼に俺は小さく、しかし聞こえるように重みを感じる声で言葉を発する。
「ばれるぞ……」
「ははは、何がばれるってんだ。そもそも一体誰に――」
「奥さんに」
「……なに?」
俺の一言に酔っ払いながらもニタニタ笑っていた表情が真面目なものへと切り替わる。その顔を見た後にさも当然のように言葉を続ける。
「当たり前だろ?そんな真っ赤な顔して酒のにおいを漂わせて帰ってみろ。確かに何処かで飲んできたって言い訳が出来るかもしれないが、もし万が一にでも嘘ついて後でばれてみろ?話し聞いただけの俺でもアルがどんな目にあうか想像がつく」
「そんなもんばらす人間がいなきゃ――」
「ばらす人間がいなきゃな……」
「ここには俺のかみさんを知ってる人間はいないばれるわけ――」
「確かにいないなぁ……だけどな――」
俺はアルに恐怖心を植えつける為にわざとためを作って言葉を止める。俺の思惑が成功したのかさっきまで真っ赤に染まっていた顔が徐々に酔いがひいていくように赤みが消え、今度はその顔が少しずつ赤から青、青から白へと変わっていく。
それを見届け俺は死刑宣告をするかのように最後の言葉を投げかける。
「俺が王様に報告すれば一体どうなるんだろうなぁ?」
「すいませんでした!!!!」
この一言でアルは勢いよく額を地面にこすりつける勢いで土下座する。もちろん王様に報告してアルがここからいなくなるのは困るのでする事はないのだが、今の状態のアルはその事に気付かない。
まぁアルにとっては良い薬だろう
そう思い先程アルが俺に向けていたニタニタしたいやらしい笑みを今度はアルへと向けてやった。
お読みいただきありがとうございます。
教訓:酒は飲んでも飲まれるな




