38話 貧民と獣人
エヴィの妹の名前を変更しました。検索したらやばい名前に引っかかったので……
レイシアと別れた後、城内に入った俺達は真っ直ぐに自分の牢屋がある五階へと歩いて行く。シスコン兄ちゃんは大人しく俺の後に続いているがきょろきょろとあたりを見渡して少し落ち着かない感じだ。普通、一般人、しかも貧民と呼ばれている彼にとってはめずらしいものも多いのだろう。
五階までやって辿りつき牢屋へと真っ直ぐ向かう。すると牢屋の前には二人のメイドが待機するような形で立っていた。
「お~い!」
その姿を確認して俺は手を振る。すると二人のメイドも俺に気付き、片方が小走りで駆けて来ると俺の胸へと飛び込んできて、シャツの胸元をぎゅっと握ってくる。
「イチヤ様……!イチヤ様……!」
「お……おい!??!どうしたんだリアネ!?」
「ご無事で良かった……この時間まで帰ってこなかったから、町で何かあったんじゃないか……このまま帰ってこないんじゃないかと思って……私……心配で……心配で……」
シャツを握る手に力が入り、その肩と手が小刻みに震えている。どうやら帰宅が遅くなってしまい相当心配させたようだ。
笑顔を向けて、瞳に涙を溜めているリアネの頭に手を置いて優しく撫でてやる。
「リアネは心配性だな。俺の強さは知っているだろ?それに大事な友人に何も告げないで出て行くほど薄情ではないつもりだぞ。俺、そんなに薄情に見えるか?」
そんな風に冗談めかして言いながらも頭を撫でるてを止めずにリアネが落ち着くまで撫で続けた。リアネはそんな俺の言葉に安心と同時にやや不満そうな色を覗かせていた。
「ご主人様、おかえりなさいませ」
「ディアッタもわざわざ待っててくれたのか。ありがとう」
「いえ、メイドとして当然です。ですが他の子達はまだ幼い子もいまして……」
「あぁ、もう寝ちゃったかぁ。さすがにこの時間だもんな。仕方ないさ」
ディアッタが挨拶して来たので感謝の言葉を告げる。それを当然の事だと返したディアッタだったが言いにくそうに他のメイドの事を口にしていたので気にしていないというように明るく答えるとほっとしたような表情になった。
「っと、言うのが遅くなったけど、二人ともただいま」
「おかえりなさいませ。イチヤ様」
「おかえりなさいませ。ご主人様」
二人に遅めの挨拶をするとリアネは満面の笑顔、ディアッタはクールな感じこそあったがどこか嬉しそうにしてくれた。
「ところでご主人様、一つお伺いしたい事があるのですがよろしいですか?」
「ん?」
一通りの挨拶も済ませた後にディアッタがそんな風に質問してくる。
「ご主人様の後ろにいる方々は一体どなたなのでしょうか……?」
「あぁ、そういえば紹介がまだだったな。この二人なんだけど。男の方は成り行きで今日から俺の奴隷になった。男が背負っているのはその妹のクルエラだ。男の方の名前は……まだない」
「いや!名前ちゃんとあるからな!!自己紹介しようとしたらあんたが後でって言ったんだからな!!」
俺の自己紹介が不満だったのか男が声を荒げて抗議する。それを柳に風と言わんばかりに軽くスルーしたんだが、シスコン兄ちゃんの言葉に怒気をはらんだ声が返ってくる。
「あんた……?」
いつもの抑揚のない冷静な声ではなく、どこか聞く者を震え上がらせるような声を発する者がいた。ディアッタだ。
「仮にも今日から主になろうという方にあんた呼ばわりとはどういう了見でしょうか?」
「え?」
いきなり向けられた冷たい視線にシスコン兄ちゃんから呆けたような声が漏れる。ディアッタを知らないシスコン兄ちゃんのこの反応は仕方ないのかもしれないが、ディアッタを知っている俺はやっちゃったという思いでいっぱいだ。
「あなたには主に仕える心構えというものがまったく足りていません。良いですか、主と従者というものは常に一定の距離を保ちながらもお互いを信頼するという事が前提となってきます。その信頼関係を築くという上で一番最初に大切な事が言葉遣い、それを主人であるイチヤ様に対して最初からそのように呼んでいていい関係が築けるとお思いですか。いいえ、そんな事で築ける訳がありません。良いですか、まず――」
「あ~すまんディアッタ。ちょっと今日は俺もこいつも疲れてるのからその辺にしてくれると助かる」
ディアッタの説教しだしたので俺はその語りに被せるようにして中断させる。さすがに何もわからないシスコン兄ちゃんにいきなり説教じゃ可哀想だ。
「ご主人様がそういうのでしたらこのくらいにしておきましょう。ですがこれからもご主人様に仕える上でまた同じような態度を取ったら……」
「わ……わかった!わかりました」
底冷えするようなディアッタの声に慌てて返事をするシスコン兄ちゃん。訳がわからないという感じだけど、逆らっちゃいけない人間を理解したのか最後には敬語になって返事をする。
それにしても一つ気になった事が出来た。
「なぁ?」
「なんだ?いえ!なんでしょう?」
シスコン兄ちゃんに声をかけると最初に普通に返事をしようとしたシスコン兄ちゃんは、ディアッタの鋭い視線を感じて敬語になる。
俺も説教を受けたことがあるからわかるんだけど、ディアッタにあの目をされると逆らうことが出来ないんだよなぁ~……ってそんな事よりも
「一つ気になった事があるんだけど、聞いても良いか?」
「はい!もちろん!」
何故か敬礼をしながら直立不動で立つシスコン兄ちゃんの態度に少し笑いがこみ上げたがそれを堪えて質問する。
「あんた、獣人族に偏見はないのか?」
「はい?」
気になった事というのはシスコン兄ちゃんが今現在リアネとディアッタ、二人の獣人族に対して何の偏見も持たず普通に(若干ディアッタに萎縮しているが)接していることだ。特にディアッタに関してはいきなり説教をしだした。
これに関してこの国の人間なら獣人族が!と見下して食って掛かると思っていたので不思議に思った。ただそうなっていればシスコン兄ちゃんをボコボコにして簀巻きにした後、王城の庭にでも一晩放置しようと思っていたのだが、シスコン兄ちゃんの態度には偏見や侮蔑の感情は一切見られない。今現在も俺の質問に不思議そうな顔をしている。
俺の質問に対してしばし考えるシスコン兄ちゃんが何かを思い至ったような顔をして納得顔になった後に俺の質問に答える。
「いきなり何を言われるかと思えば、そういう事か。ですか。確かに一般の国民は偏見持ってるけど。ですけど、貧民層に関して言えばそれは当てはまらない。当てはまりません」
「どういう事だ?後話しにくそうだから普通に話してくれ。ディアッタも俺が許可してるんだから文句はなしな」
「仕方ありませんね。”徐々に”慣れていってもらいましょう」
徐々にというところに妙に力が入っているように感じたがこの場では無視する事にして、シスコン兄ちゃんに視線を向け次の続きを促す。
「助かる。俺は育ちが良くなくて敬語なんて使った事ほとんどないからな。で、話の続きなんだが、獣人族に関して言うならたぶん貧民層に位置している人間はほとんど偏見はないんじゃないかと思うぞ。この国にいる獣人族は奴隷という身分なのもあってほとんどが貴族や大手の商人のところにいるのが大半だ。あとは……国が鉱山とか過酷な仕事に従事させてるくらいか。なんでほとんど、いやまったくといっていいほど貧民には縁のない種族だ。俺の認識としてはただ単に獣耳と尻尾の生えてる人間って認識しか持ってない。見かける事はあってもかかわる事なんてないからな。それに……貧民なんて奴隷の一歩手前だ。そんな事で偏見なんて持ちゃしないさ」
最後の方は暗い感じで自虐的に話しているシスコン兄ちゃんになんともいえない気持ちになったが気持ちを切り替えて話しかける。
「なるほどな。わかりやすい説明ありがとな。でも、それなら良かった」
「良かった?」
「あぁ、もし俺のメイド達に対して何か不快になるような態度をとったり言ったりしてたら簀巻きにして王城の庭に毎晩放る事になってたからな」
「簀巻き!??!」
簀巻きという言葉に驚いているシスコン兄ちゃんに良かったなといって肩をぽんぽん叩いておどけたような反応をした後に笑みを浮かべ手を差し出す。
「俺の名前はイチヤ・カブラギだ。改めてよろしく」
「お、おう。俺の名前はエヴィルだ。親しい奴からはエヴィって呼ばれてる。これからよろしく頼む」
俺の差し出した手をエヴィル。エヴィが力強く握り返す。こうして俺とエヴィの今まで放置していた挨拶という名の自己紹介は終わった。
「頼む……?」
どうやらそろそろ我慢の限界だったディアッタは小さな声でそうこぼす。一応俺がさっき文句はなしと言ったのでエヴィに冷めた目を向けたわけではないのだが、エヴィはビクッと身を竦ませた。
若干前途多難だなとは思うが、獣人族に偏見を持たないエヴィとは楽しくやってけそうだな
お読みいただきありがとうございます。




