36話 隊長の威厳
精神的重圧を周囲に振り撒きながらリーディはゆっくりと短髪赤毛の騎士と金髪の騎士の元へと向かって歩いて行く。
そのリーディから放たれる威圧感と見た目とのギャップを感じて口を開けないのは何も俺だけではないようで、先程まで賑やかだった周囲の喧騒も静まり酔っ払い達も酒の入ったコップを握り締めたまま誰もその酒を口に入れずに肩唾を飲んで事の成り行きを見守っている。
「今イチヤさんからは事情を聞きましたが、一方的にイチヤさんの言葉だけを聞いてあなた達を裁くというのも不公平にあたりますね。私はあなたたちの事を信じたいと思っています。なので正直に、嘘偽りなく答えてください。イチヤさんの言っている事は真実なんですか?」
「あの……」
「それは……」
威圧感を漂わせながらも冷静な口調で問いかけるリーディに短髪赤毛と金髪は最初は何か弁明をしようと口を開け、その後にためらうように口を閉じる。
それを何度か繰り返した後にリーディを覗き見るような感じで一瞬だけ視線を送ると、言い訳するのをあきらめたのか思いつかなかったのかはわからないが唇を引き結んで視線を地面に移して項垂れる。
そんな二人の様子を見て俺の言っていた事が正しいと判断したのか見るものを凍らせるような冷たい視線を二人へと向けるリーディ。その様子は静かに怒りを滾らせているようだった。
「……騎士たる者、いついかなる時でも前を向く。騎士団の教訓を忘れたのですか?前を向きなさい」
静かに告げるリーディの言葉に素直に従い前を向く短髪赤毛と金髪。
すると――
パンッ!パンッ!
パンッ!パンッ!
周囲が静寂に包まれている中で乾いた音が響き渡る。リーディが短髪赤毛と金髪の二人に対して首が吹っ飛ぶんじゃないかと思うようなくらいの力で頬を張った音だ。
されるがままになっている彼等は一切の抵抗を見せずにされるがままに彼女の行為を受け入れている。
「我らは王の剣となり、臣下の為の盾とならん。騎士団に入団した際に一番最初に教えられるはずの騎士団の理念ですが、もう忘れたのですか?」
「いえ……」
「覚えています……」
騎士団の理念とやらを語り、非難するような目を向けて短髪赤毛と金髪を見るリーディ。リーディに叩かれて両頬を若干青紫色に変色させながらも先程言われた通りまっすぐにリーディを見つめ弱々しくも彼女の問いに答えている。
普通ならば気絶していてもおかしくない威力のビンタだったのだが、二人は泣き言の一つも言わずに直立不動で立っている様は立派だとは思う。だが俺が受ける彼等の姿は親に叱られている子供を連想させた。
親の姿がちょっとちみっこいけどな
それにしてもあれだけのきついビンタをくらって一滴も涙を流さないのはさすがは騎士というべきか……
普通だったらあんな威力のビンタを食らったら絶対首がもげる……
さっきも他の騎士をふっ飛ばしていたしどこからあんな力が出てくるんだろうか?
そんな疑問を抱きつつも三人のやりとりを眺める。
「あなた達は入団してまだ間もないというのも理解していますし、若いのだから血気盛んなのも仕方ないでしょう」
リーディが若いという台詞に思わず噴出しそうになったのだが、どうにか堪えることが出来た。
幼女のような見た目で二人に若いって言っても背伸びした子供にしか見えない
「私には理解できませんが、まぁ……嗜虐趣味もプライベートでなら良いでしょう」
いやいやいや!良くないからね!そこ注意してよ!
「ですが、今は騎士としての職務を忠実に全うしなさい!貧民だとかくだらない理由での尋問など言語道断です!恥を知りなさい!!王国に住む者は等しく私達が守るべき民なのです!」
「はい」
「すみませんでした」
リーディの叱責に短髪赤毛と金髪は反省の色を見せ素直に謝ると最後に一発ずつ拳骨を叩きつけた。その行動には俺も驚きだ。
「謝る相手が違うでしょ!」
「「はい!」」
二人は彼女に一喝されるとピンッと背筋を伸ばし顔を天へと向ける。その様子を少し眺めてから今度は俺へと顔を向ける。
「イチヤさん」
「はい?」
「この度は私の部下が大変失礼しました」
「いえ、さっきのリーディさんの説教を聞いてて溜飲も下がりましたから」
短髪赤毛や金髪に対しての態度とは違いリーディは本当に申し訳ないような顔をして謝って来たので俺の方は気にしてないというように彼女に接する。
「ですが、彼等には騎士としてのけじめをつけさせねばなりません。お連れの方がいらっしゃるということなので呼んでいただいてもよろしいですか?」
彼女にそう言われて先程退避させておいたシスコン兄ちゃんを呼ぶと、シスコン兄ちゃんはクルエラがぶつからないようにゆっくりと酔っ払い達を掻き分けて俺の下までやってきた。
「こいつが俺の奴隷です」
「奴隷……ですか」
奴隷という言葉に少し眉根を寄せるリーディ。先程言った民は平等だという考えを持っている彼女からしたら奴隷制度というものは忌むべきものなのだろう。
「あなたたち、何をすれば良いのかわかっていますね?」
「ですが……」
「さすがに……」
謝罪するように促すリーディに対して渋るような態度を取る短髪赤毛と金髪。気位が高いのか貧民だとわかるような貧相な服装のシスコン兄ちゃん。おまけに俺の奴隷という立場の人間に頭を下げるという行為に屈辱的なものを感じているのだろう。
見るからに育ちの良さそうな感じだ。恐らく貴族の子息かなんかだと思う。
きっと甘やかされて育ったんだろうなぁ……
まったくこれだから貴族のボンボンは……
人の事を棚に上げて俺は彼等にそんな感想を抱く。元の世界でニートやってた俺が言うなって思うがそれはそれ、これはこれだ。
「あなた達……どうやら反省が足りないようですね。私は”謝れ”と言っているんですよ」
リーディの声のトーンが下がり、それに合わせて周囲の温度も急激に下がったように感じて俺は自分が悪くないのに悪寒を感じる。
「し……しかし……騎士としての威厳が……」
「貧民……しかも奴隷落ちしているような者に頭を下げるなんて……」
その状態で騎士の威厳とか……笑い話にしかならないぞ
ぶるぶる震えながらもどうにか言葉を紡いでいるが、最後まで言葉を発する勇気はなかったようだ。
二人の反応を見てここまではどうにか抑えてた怒りを彼女は静かに爆発させる。
人を射殺せるような眼差しで二人に視線を送り、今度は頭を鞘で殴りつける。鈍い音か響き渡った後にリーディは一言。
「謝れ……」
「「は、はい!!すみませんでした!!」」
絶対服従とばかりの姿勢で彼女の命令を聞きシスコン兄ちゃんに床に頭がつくんじゃないかと思うくらいに腰を曲げながら頭を下げる短髪赤毛と金髪。それを見て彼女も一緒にシスコン兄ちゃんへと頭を下げた。
それにしても最初はビンタ、次に拳骨、最後は鞘で頭を殴るって、だんだんエスカレートしてるって思うのは俺だけだろうか?
部下に対してのリーディの行いの数々を見て、戦慄の念を抱く。
「この度は部下が失礼致しました。今後このような事がないよう十分に反省させますので、許していただけますか?」
「騎士団長様が俺なんかにそんな、もったいないお言葉です!俺ほんと気にしてないんで頭をあげて下さい」
リーディの真摯な態度にあわてふためくシスコン兄ちゃん。自分よりも身分の高いだろう人に謝られてテンパッている。それでも妹を起こさないように気を使っているのはさすがと言えるだろう。
一通り謝罪が済んだのを見計らいリーディは説教中ずっと背後で黙していた騎士達を呼びつける。
「謝罪は済みましたが、あなた達には騎士としての心構えを改めて教えこまねばと思いました。一週間反省室に拘留した後しばらく私の模擬戦闘の相手をしてもらいますので覚悟なさい」
「それだけはっ!」
「しっかり反省しますので!!」
「連れて行きなさい!」
「はっ!」
リーディの言葉に表情を青ざめさせた二人は縋るように彼女を見て言葉を発するが、それには取り合わずに別の部下に言って彼等を連行するよう命令した。
模擬戦がどういうものかはわからないが、さっきのリーディを見ていればかなり過酷なものなんだろうなぁ――あいつら震えてたし
「見苦しいところをお見せてしまい申し訳ありません」
「いえいえ」
「ところで、先程少しばかり話題に上がった”夕方頃にひどい怪我を負わせた犯人”に心当たりはありませんか?」
「それは遠まわしに詰め所まで来てくれという事でしょうか?」
「いえ、単に私も犯人を捜していたところで、たまたまイチヤさんに会いましたので何か知っているかなと思いまして」
そう言っている彼女だがたぶん俺がやったんだと確信している。彼女とは偶然ここで会っただけなのだが、どうしてかそう思い、一つ溜息を吐く。
まったく――最初に会った時は泣き虫の幼女にしか見えなかったのだが、見た目と性格がまったく一致してないぞ……
「あぁ、三人組で貧民街出身ならたぶん俺がやった」
「なっ?!どうしてはぐらかさないんだ!??」
「だってこの人、どうしてかわからないけど俺がやったってのを確信してんだもん。それをごまかしたら心象悪くなるだろ」
俺が素直に話した事にシスコン兄ちゃんが目を見開いて驚いている。まぁさっきまで頑なに話さなかったのに急に心変わりした様に話し出したんだ。そりゃあ驚くか。
「事情を聞いてもよろしいですか?」
「わかりました」
リーディに問われ俺はさっきのチンピラ三人組とのやりとりを詳細に彼女に話す。もちろん俺一人でやった事でシスコン兄ちゃん達はまったく関係ないという事を強調してだ。理由もあるので俺一人だけだとわかればたぶん……どうにかなる。
「ちなみにこいつはその三人に全財産毟り取られゴブリンにフルボッコにされた哀れな奴なんです。だから事情を聞くなら俺だけにしてください」
「そんなに詳細にいう事なくねぇ!?哀れってなんだよ哀れって!確かに他人から見たらそう見えるかもしれないが……」
せっかく人がシスコン兄ちゃんが巻き込まれただけだって説明してやったのに、何をそんなに荒ぶっているのか理解に苦しむぜ……
「なるほど、大体の事情は理解しました」
「それで?俺を捕縛しますか?」
「やめておきましょう。無差別に起こした事件なら命を賭しても捕まえますが、理由もありますしそんな事をすれば私が陛下に罰せられそうですからね」
俺を見ながら苦笑するリーディの雰囲気は見た目とは裏腹にどこか大人びているように感じる。この人一体何歳なんだろう?そんな疑問を抱く。もちろん女性に年齢を聞くような真似はしませんがね。
「ただ先程も行ったようにイチヤさんにだけ事情を聞く訳にはいきませんのでその三人には私が”直々”に事情を聞くことにしましょう。後日その三人の報告か、もしかしたらまたイチヤさんに事情を聞くかもしれませんのでよろしくお願いします。それでは今日のところはこれで失礼します」
彼女が軽く頭を下げて騎士達が向かった方に駆けて行く。おそらく向かう場所はチンピラ三人組がいる詰め所だろう。
「それにしても下手したらまた詳しい事情とやらを聞かれるのかぁ……正直めんどいなぁ」
そんなぼやきを口にしながらリーディ達とは反対の方向――
シスコン兄ちゃん達を率いて王城への帰路を歩くのだった。
リーディちゃんの見た目と性格のギャップが凄い。ちなみにイチヤは呼ばなかったですが、ちゃん付けすると顔を真っ赤にしてぷんぷん怒り出します。




