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35話 隊長の威厳?

「それで……他に私に関して何か言いたい事がある人は前に出てください。ちゃんと聞きますよ?」


 小柄な体躯で身長百九十センチメートルくらいの大男を吹っ飛ばした第二騎士団隊長リーディ・プリステルは鞘を腰に戻して手をぷらぷらさせながら天使のような笑みで周りを見回すが目は笑っていない。背後には鬼神が腕を組みこちらを睨みつけているような幻影さえ見えるようだ。


 俺と同じように感じたのか先程まで可愛いは正義とシュプレヒコールを響かせていた酔っ払い達は黙り込みリーディが視線を向けると目を合わせないようにしてみな明後日の方向を向いている。



 それにしても自分の部下を何の躊躇いもなくぶっ飛ばして大丈夫なんだろうか?

 さっきの威力からして死んでるんじゃなかろうか……



「では私に言いたい事がある人はいないという事で――」


「「待ってください」」


 リーディが話を締め括ろうとしたところに二つの右手がまるで選手宣誓のように天へと高く掲げられる。その二つの手の主――リーディが連れていた二人の騎士は彼女の正面までやってくると隊長であるリーディに一言物申したいという感じで先程よりも更に勇ましい顔付きへと変わる。


 その顔は誰の目から見ても死線を潜り抜けてきた強者の姿に映った事だろう。だが俺の目にはこれから死地に向かう戦士のようにしか見えない……


「……あなた達……良いでしょう……発言を許可します。言って御覧なさい……」


 しばしの間を置いてリーディが口を開くと同時に先程よりも更に強いプレッシャーが放たれる。周囲に放たれたプレッシャーはまるで重さを持ったかのように俺の体を鈍くさせる。



 おいおいおい!さっきは鬼神だけだったのに今度はその周囲に涎を垂らした龍が鬼神の周りを覆っているような幻覚が見えるんですが?!これは現実ですか!??



 俺が周囲を見回すと酔っ払い達も青白い顔をしながらもまるでそこに目が釘付けにされたかのように今度は目を逸らさずにリーディを凝視している。そして発言を許可された騎士はというと――



 とても澄んだ目をして微笑んでいた



 二人の騎士のリーディを見る目はまるで幼子を慈しむ親のようであり、孫を可愛がるお爺さんの目をしている。


 そんな二人がお互いに顔を見合わせ覚悟が決まったとばかりに頷きあいそれぞれが力強く言葉を発する。


「私は隊長の事をちんちくりんの幼女のように愛しいと思っております!!」

「隊長の絶壁とも言える幼女体型は神がこの世界にもたらした至宝だと思います!!」


「一辺死んで来なさい!!!!」


 ドガンッ!ズガンッ!


「うぎゃっ!」

「ぶへっ!」


 先程の大男と同じようにリーディは二人に鋭く力強い一撃を放ち、二人の騎士は壁へと激突して大男の左右に二つの死体が出来上がった。



 いや、体はぴくぴく動いているから死んではいないのだろう……死んでは……



 二人の顔に視線を向けると二人はどこか満足そうに目尻は下がり口角を上げて気絶している。やりきったというような雰囲気を醸し出していて俺としてはドン引きだ。


 正直この騎士団はアホばかりではないのだろうか?これじゃあ騎士団の威厳も何もあったものではない。周囲の人間もこれには呆れ――


「うぅ……あいつら……よく言ったよ……」

「俺達が言えなかった事をよく言ってくれた!」

「騎士様達はわしらの誇りじゃ!」


 俺の感想とは間逆の反応が周囲から返ってくる。なぜか酔っ払い達は騎士達の雄姿(?)を見て涙を流して感動する者、杯を掲げて称賛する者など様々な反応をするが、皆一様に彼等の行いを好意的に捉えているようだ。



 俺がおかしいのだろうか?

 自分の感覚が狂ったのか不安になった俺は鞘に入った剣を腰に戻していたリーディへと声をかける。


「あの……」


「……何でしょうか?」


「どうも俺と周りの温度差が激しいように感じるんですが、俺の感覚が間違っていると思いますか?」


「いえ、私も今イチヤ様と同じような感覚をあじわっています。私は生まれる世界を間違ったのではないだろうかとも……」


 

 良かった。どうやらリーディも似たような気持ちを感じていたようだ。今だ周囲の熱い雰囲気は収まっていなかったがもう放っておこう。


「ところで隊長さん」


「私の事はリーディで良いですよ、イチヤ様」


「じゃあ俺の事もイチヤで良いですよ、リーディさん」


「では私もイチヤさんと呼ばせて頂きます。それでなんでしょうか?」


 俺が話しかけるとリーディも周囲を無視するという結論に至り、さっきまでの威圧するようなプレッシャーはなくなり和やかな感じで応じてくれた。大男が言った俺の非礼というものは彼女の連れていた三人の騎士によって上書きされ、それどころかこの周囲の雰囲気を完全にドン引きしている同士として友情を育んでいるくらいだ。


 そんな彼女に今から言う話題は酷かもしれないが、どうしても気になってしまうのだから心苦しくとも質問する。


「俺もあまり話題に出したくはないんですけど、リーディさんがぶっ飛ばしたアホさん――いえ、騎士三人組は大丈夫なんですか?一応アレでもリーディさんの部下ですよね?自業自得とはいえやりすぎでは……?」


「いえ、”いつもの事”ですので、あれくらいは平気ですよ。現にほら――」



 いつもの事って……こんな事がいつも行われてる騎士団ってなんだよ!恐いよ!



 リーディの言葉に驚きの表情を浮かべ、彼女がぶっ飛ばされた騎士達の方を冷めた目をして指さしていたのでそちらに視線を送ると唖然とし、それと同時に周囲から怒涛の歓声が鳴り響く。


「「「おおぉぉおっぉおぉぉおぉおおおおおおおお!!!」」」


 そこには一番最初にリーディによって顔面を強打されぶっ飛ばされた男が折れ曲がった鼻からあごにかけて血で真っ赤に染めながらもこちらへと向かってくる姿があった。



 いやいや、あれどうみても平気じゃないからね!



 その姿に恐怖を感じながらも大男を見ると彼の手から淡い緑色の淡い光が発せられ、大男はその手を自分の殴られた鼻先に触れさせると流れていた血が止まった。どうやら回復魔法のようだ。

 親指と人差し指で折れ曲がった箇所をつまみ思いっきり力を入れると、ゴキッっという音と共に折れ曲がった鼻が元に形へともどる。


「フンッ!フンッ!」


 大男が俺達の前までやってくると片方ずつ鼻をおさえて勢いよく鼻をならすとつまっていたのか鼻から勢いよく血の塊がべちゃっべちゃっと地面へと叩きつけられ男は苦笑いを浮かべる。


「隊長、ひどいではありませんか。隊長の意に沿うようにきちんとイチヤ殿に非礼を詫びさせようとしたのに何が気に食わなかったのですか?」


「全てですよ!何が私の意に沿うようにですか!全然沿えていません!むしろ不快でしかありませんでした!ひどい目にあったのはあなたの自業自得です!」


「まったく、隊長は仕方ありませんな~、はっはっは」


 全然反省してないどころかまるでリーディが子供のように癇癪を起こしたといわんばかりの態度で、冗談を言うアメリカ人のように豪快に笑う大男。その様子にリーディがぷりぷり怒る様を眺めているとまたしても周囲から歓声が沸き起こる。


「「「おおぉぉおっぉおぉぉおぉおおおおおおおお!!!」」」


 今度は何が起こったんだと酔っ払い達の視線を眼で追った俺は戦慄を禁じえなかった。酔っ払い達の視線の先、そこには先程気絶していて腕の関節があらぬ方向に曲がっていたはずの二人の騎士が何事もなかったように平然と腕や足をぷらぷらさせながら振っている姿があったのだ。


「何がどうなってるんだ……?」


「一応は手加減しましたからね。関節を強引に戻して治癒魔法をかけたのでしょう。うちの騎士達の大半には治癒魔法を教え込みましたからね。今では後悔してますよ……すぐに治してしまうから罰をあたえても一向に反省する気配が見られません……」


 俺の誰にともなく呟いた質問の声に溜息を吐きながらもリーディが答えてくれる。



 それにしても――あれで手加減していたのか……



 質問の答えよりもその事実に驚愕する。そんな俺の心情など知る由もなく二人の騎士も大男と同じように俺達の前へとやってくる。


 するとそれを合図というようにリーディが先程の親しげな感じではなく騎士の顔をして俺に視線を向ける。


「さて――おふざけはこのくらいにしておきなさい。今は勤務中です。自分達の役割を果たすとしましょう」


「「はっ!」」


 さっきまでの雰囲気がなかったかのようにリーディと騎士三人は真剣な表情をしている。それだけを見れば立派な騎士団に映る事だろう。


「それでイチヤさん、私達が来た時どうして私の部下と揉めていたのか聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」


 それは非難するでもなく、ただ純粋に口から出たような質問だった。リーディの質問に対して俺は正直に答える。


「俺と俺の奴隷が夕方ごろにひどい怪我を負わせた犯人と特徴が一致するから事情を聞きたいと言われたので拒否したら戦うはめになりました」


「なるほど、どうして拒否したんですか?」


「あの騎士達が最初に値踏みするような視線を向けてきて不快に思ったというのもありますが、一番の理由は俺の奴隷が貧民街出身だからという理由で拷問をしてでも吐かせるようなニュアンスの発言をしてきたので断りました」


 俺がそう答えてリーディが来てからずっと青白い顔をして呆然と立ち尽くしている二人に視線を送る。先程の騒ぎでも一切口を開かなかった事を不思議には思ってたんだけど、どうも様子がおかしい。そう感じた理由を俺はすぐに知る事になる。


「ほぅ……」


 短く息を吐き出し質問をしていたリーディの雰囲気が一変する。クリッとした目は細められ、肩まで伸びた彼女の赤い髪の毛は炎のように揺らめいている。先程騎士達に向けて放っていたプレッシャーとは比べ物にならない。遥かに凌駕するものだった。


 その姿を見て実感する。


 彼女の纏う雰囲気は確かに隊長の器と呼べるものだったと。

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