31話 兄妹
夕刻に差し掛かる頃に男の妹がいるという家へとやってきたわけなんだが、そこは今にも崩れてしまいそうな一階建ての廃屋であった。
屋根は藁のようなものがしいてあるが所々剥げており、壁にもいくつか細かな穴が空いていて中にも風が通っているだろう。年季の入ったという表現をすれば良いのかもしれないが、お世辞にもそんな事は言えない。俺にはただの廃屋にしか見えないからだ。
ここは貧民街なのだが、その中でも一際ぼろい家の前に立つ男に俺は若干引き気味に尋ねる。
「……本当にここか?」
「あぁ!だから早く入ってくれ」
迷いなく答える男に本当にこんな場所に人が住めるものなのかという気がしないでもないが、男は俺の質問に対して気にした様子もなく俺に早く入るようにと促す。男と薬屋で出会ってここまで来るのにかなりの時間を使ってしまったのでこの男が焦っているのも無理はない。
男に促され中に入ると外よりは幾分マシな内装ではあるがやはりというか外から風が入ってきていて温度差を感じる事はなかった。
こじんまりとした玄関を通ると左右に扉があってその奥にももう一つある造りとなっていて、男は一番奥の扉の方に足を向けている。さすがに通路も狭く、隣を歩くほどスペースが取れない為に俺はその後ろをついていく形だ。
その扉の前で止まった男と同じように俺も止まると鼻に違和感を感じて少し眉根をよせる。
――何か腐ったようなにおい?一体何のにおいだ……?
においの原因がわからずにいる俺の事は視界に入っていない男は扉をゆっくりと開ける。さすがに焦っているとはいえ中にいるのは病人だ。うるさくするわけにはいかない。
キィ~っという音をたて扉が開かれて男がそっと中へと入っていく。俺もそれに続いて中に入ろうと足を動かすだが先程の異臭が中に入ろうとした時に強くなっていた事に気付き足を止める。
どうやら漂っていた異臭の原因はこの中のようだ
一体何のにおいだ……これ……?
疑問が浮かんだ俺は恐怖半分興味半分といった感じでそっと中の様子を見た。
「なっ?!」
そんな声が出た後に異臭で眉を寄せていた俺の表情は驚愕の表情へと移行する。その光景はあまりにも酷くあまりにも異様であった。
部屋の中には厚みのない布団がしかれている以外の物はなく殺風景な部屋という印象なのだが、たくさんの蠅がぶぅんという音と共に飛び回り布団が置かれている場所を中心に存在していた。
扉の外から中央の布団の方に目を向けると一人の少女が横たわっている。どうやらその少女が男が言っていた妹なのだろう。
「クルエ……」
男は蠅が飛び回っていることなど気にした様子もなく少女の下にそっと……けれども焦りを伴って近づき体をそっと揺すって彼女のものと思しき名前を静かに呟き、目を開けたのを確認すると俺にも早く中に入るようにと目で訴えてくる。
さすがに部屋に入る事を躊躇ってしまうが、この異臭と異様な光景を見ると横たわっている少女の事が心配になるのも事実なので今にも逃げ出したい気持ちを叱咤して深呼吸を一回、異臭が口の中に入ったような錯覚を覚えて若干気持ち悪くなるが、俺は意を決して中に入り男の隣に立つ。
立ってみて後悔した……わかっていた事なのだが、異臭はこの少女から発せられている。だが異臭に関してはこの際どうでも良い。我慢すれば良いだけなのだから。
問題はこの少女の見た目だ。掛け布団が腰まで下ろされて寝巻きの少女を見ると腕が本来曲がってはいけない方向に折れ曲がれいくつも痣が出来ている。
それだけなら”まだ”目を逸らしたくなるような姿ではないのだが、壊死した部分を蛆が這いまわっており切り傷になっている部分にたかるかのように集まっている姿はもう見ただけで吐きそうなものだ。
「……どうしたらこんなひどい怪我を負うんだ……?」
それは無意識に呟いた疑問だったのだが、男はそれに答えてくれた。
どうやら一週間ほど前にかなりのスピードを出していた貴族の馬車にひかれそうだった子供を助けようとした少女はその馬車にひかれたそうだ。そこで彼女は全身を複雑骨折した。一応だが馬車に乗っていた貴族には怪我はなかったらしい。しかし貴族は馬車から降りると怪我をしている少女に持っていた杖で何度も叩いて踏みつけたそうだ。
「俺も知り合いに聞いてとんで行ったんだが……その時には今の状態で捨てられるように道の端で横たわっていたんだ」
悔しそうにその時の状況を説明してくれた男は血が出そうなほど唇をかみ締める。
正直男よりもひどい怪我だとは聞いていたんだが、想像よりも遥かにやばい状態な事に少なからず楽観視していた自分を後悔していた。
もっと早くに来てやれば良かった
そんな考えを抱いて彼女の方をみると焦点の定まらないような目を男の方に向け力のない笑みを一生懸命につくる。
「……おかえりなさい……兄さん」
少女はその一言だけ口にすると咳き込んでしまう。ごほっごほっではなくこほっこほっといった感じで咳の感じからも力なく感じてしまう。どうしてこんな状態で生きていられるんだろう?というくらいいつ死んでもおかしくない状態だ。
本気でやばいと感じ取った俺は男の肩を軽く叩きヒール丸薬を一粒手渡し男は無言で軽く頭を下げてくると再び少女に向き直る。
「クルエ……この人から薬をもらったんだ。この薬ならお前の体も治るよ。遅くなってごめんな……今薬を飲ませてやるからな……」
優しく男が告げてクルエと呼ばれた少女の口にそっとヒール丸薬を入れて飲ませようとする。
だが――飲ませようとクルエの口の中に入れたヒール丸薬は彼女の口からこぼれ掛け布団にぽとりとおちてしまう。
「ほら。これさえ飲めばお前の体は元気になるんだ」
こぼれたヒール丸薬を再び彼女の口の中にいれる。
だが結果はさっきと同じく彼女の口からこぼれ落ちてしまう。
「クルエ、飲まないと……無理にでも飲むんだ……!」
「お……おいっ」
男は焦っているのかこぼれ落ちたヒール丸薬を掴みやや強引にクルエの口にいれ指を突っ込んで詰め込もうとする。
そんな事をすれば――
「こほっこほっ」
俺が予想していたとおりに少女は口から再度ヒール丸薬を口から吐き出す。そして咳き込んで体力を使ったのか彼女からは生気が感じられずにぐったりとした様子で目を閉じる。
「なんで……なんで飲んでくれないんだよ!」
ぐったりとした少女を見ながら涙を流している男。自分の無力を感じながらもまたヒール丸薬を手に取り口に入れる。
ぽろっ
再び手にとり弱々しくクルエの口にヒール丸薬を入れる。
ぽろっ
ヒール丸薬を口に入れる。
ぽろっ
ヒール丸薬を――
ぽろっ
まるで壊れた玩具のようにその行動だけを繰り返す。その様子を何も口にできない俺はただ見ている事しか出来ない。
「どうして……どうしてこいつがこんな目に合わなきゃいけないんだ……こいつが何をしたって言うんだよ……神様がいるんだったら俺なんかどうなったっていいからこいつを助けてくれよ……」
それは悲痛な心からの叫びのように感じた。この男にとってこの少女はそれだけ大切な存在なんだ。
力なく震える手でヒール丸薬を握っている男に視線を向けた後に少女の方を見ると先程よりも呼吸が弱々しく感じる。これはいよいよやばいのかもしれない。
「クルエ!!クルエェ!!!!!」
男にもそれがわかったのかクルエラを激しく揺するが彼女からの反応は一切ない。傷口に溜まっていた蛆が体からこぼれ落ちただけだ。
いくらヒール丸薬があるからといっても薬を飲まないんじゃどうする事もできない。そんな風に俺も諦めの心境へと陥る。――いや陥ろうとしていた。
本当にこのまま見ているだけで良いのか?
彼女をここでしなせてしまった場合、この男はこの後生きていく気力はあると思うのか?
少女は俺にとって他人だが、もしかしたらこれから仲良くなれるかもしれないんじゃないのか?
目の前で俺と同い年くらいの少女が死のうとしているのに何の努力もせず死なせてこれからも”彼女達”とまっすぐな気持ちで付き合っていけるのか?
俺の頭に”俺の声が”様々な疑問を発するように響いてくる。うるさく響いてくる疑問の声を頭を振って振り払う。そしてどうしてこんな疑問が頭に浮かんだのか自分でもわからなかったので考えてみる。
だけど答えは非情に簡単なものだ。助けるような疑問がいくつも浮かんだのだったらいくつか助ける言い訳を考えて少しは悩んだんだけどな……頭に浮かんだ疑問はどうして助けないんだというものばかりだった。
――そうだ。俺は
――この子を助けたいんだ
どうしてそう思ったのかわからない。助けない理由なんかは挙げようと思えばいくつも上げられる。助ける理由だって言い訳であればいくらでも思いつく。
例えば目の前で死なれちゃ寝覚めが悪いとかな。
だけど俺はそんな言い訳を考えようとすら思わなかった。純粋に今泣きながらクルエにすがり付いているこいつを助けてやりたい。今にも死にそうになっているクルエという少女を救ってやりたいと思った。
それは単なる気まぐれなのかもしれない。もし次に同じような状況を迎えた時には別の事を考えて助けないかもしれない。だが大切なのは今この時俺がどうしたいかだ。
「どけ」
自分の感情に結論を出した俺の動きは早かった。男の代わりにクルエの背中に腕を差し入れ支えた後に男を体当たりするように突き飛ばすような形で押しのける。正直まだクルエラから発せられる腐敗したような異臭には慣れてもいないし、蛆が蠢いているのも正直気持ち悪くて直視できない。背中に差し入れた時に感じたべちゃっという感触も正直気持ち悪い。しかし今は一刻を争う時なんだ。
一番最初にした事は気道を確保する為に背中を支えている腕を器用に使って彼女の顔を上向かせる。
「……何を?」
「少し黙ってろ」
男の口から出た疑問の言葉を威圧する感じ一睨みした後に空いている方の腕でヒール丸薬を創り出し俺は深呼吸を繰り返す。
何も考えるな今すべき事をすればいいだけなんだから。頑張れ俺!
自分を鼓舞した俺はヒール丸薬を”自分の”口に放り込むと噛み砕く。その後にさっき薬屋でもらった中級ポーションもダメ押しとばかりに口に含むと膝立ちになってそれを気道を確保して上向かせている状態の彼女に口移しで薬を流し込む。
ゆっくりゆっくりと本当に少しずつ彼女の口の中にヒール丸薬と中級ポーションを送り込む。正直薬を混ぜる事が危険な場合もある事は俺にだってわかる。しかも混ぜ合わせる薬が俺が創造して創った薬と異世界でしか存在していない中級ポーションだ。どんな副作用があるのか想像できない。
だけど俺にはそれしか薬を飲ませる方法は思いつかなかった。男が何かを言っているのが聞こえてくるが何を言っているのかはよくわからない。今はこちらに集中する事が大事なのでそれらは一切無視する。
クルエの方に意識を集中していると口から若干咽るような振動を感じるが俺が口を離す事はなかった。強引に……だが少しずつ薬を流し込んでいく。先程咽た振動で薬が口から多少滴り落ちるのがわかるが気にせずにゆっくりと流し込んでいく。
するとようやく、本当に弱々しくだが彼女の喉から嚥下する音が聞こえてくる。
「こくっ……こくっ……」
こぼした液体がクルエの寝巻きにいくつもしみをつくっていくが彼女は薬を飲んでくれた。
俺は口に含んだ薬がなくなるまで彼女に口移しで薬を飲ませるという行為を続けて口の中に液体がなくなるのがわかると彼女の唇から自分の唇を離した。
「ふぅ……」
飲んでくれた事にひとまず安堵して一息つく。ちらっと男が驚きの表情を浮かべているが、今はそんな瑣末な事に構っている状況ではないので、一見だけした後に彼女に薬が効いているかどうかの確認の為に真っ直ぐクルエの方を見つめる。
ゆっくりと彼女の体を横たえると彼女の体から淡い青色の光が発してその光が徐々に強くなって行く事に俺は疑問の表情を浮かべる。
その光景は今までヒール丸薬を使った時にはなかったものでおそらく中級ポーションのものだと悟りはするがどんな効果があるのかさっぱりわからない。
不安に思って発光している彼女を見つめていると折れ曲がった腕は元の状態に戻っているようで深い切り傷なども塞がってきている。その光が不快なのか体を這い回っていた蛆や蠅などは逃げるようにしてその場から離れるように逃げ出している。神秘的な光景なのだが、その光景をみると不快感も感じてしまいなんとも微妙な気持ちだ。
しばらくすると発光している光が徐々にその強さを弱めていき最後にクルエの体から光を失い彼女の体は正常な状態に戻っているように見える。
正常な状態と言っても何日も食事を摂っていないのか頬骨が浮き出ている感じで腕に肉もついていなくやせ細っている印象なので健康とは言い難い状態だ。
それでも命に別状はなさそうな感じできちんと食事をとってしばらく安静にしていればきっと健康な状態に戻るだろうと思う。
医者ではないので確約はできないけどな
心配なのは薬の副作用などだろうが、それは今後彼女と接してみなければわからないので保留だ。
「兄さん……」
「……クルエ」
俺は男と少女を交互に見る。すると男は彼女の傷が治ったことに初めは呆然と見ていただけだったが、彼女が男をしっかりと見つめ兄を呼ぶと我に返ったかのように涙でぐしゃぐしゃになった顔も気にせずに少女を抱きしめた。
「クルエェぇぇえええええええ!」
強く強く彼女の腰が折れるんじゃないかと思うくらい強く男が少女を抱きしめる。先程盛大に泣いていたにも関わらず男の目からは更に大粒の涙が溢れていた。
「兄さん……少し痛いよ……」
クルエの顔を見るとやせこけた顔をしているがそれでも先程の死んだような表情ではなく兄が自分を心配してくれた事がわかっているので苦しいそうにはしているが微笑を浮かべている。
助かって本当に良かった
助けて本当に良かった
そんな気持ちが俺の心に過ぎった。この世界に来た頃だったらもしかしたらこの部屋を見た瞬間に逃げ出していたかもしれない。その前に薬屋で薬を売った後に男を無視して本を買って帰っていたかもしれない。たぶん今この瞬間のどこか暖かい気持ちがあるのはこの世界に来てアルやリアネ、レイラのような大切な仲間に出会う事が出来たからだ。
俺は今、元の世界では感じる事の出来なかった暖かい気持ちを感じている。
何処か充実感を感じた俺は抱きしめ合っている兄妹をどこか微笑ましい気持ちで見ると、少女、クルエと目が合った。
あれ?なんだか若干だが頬が赤くなってないか?
もしかしたら薬の副作用で熱でも出たのか?
「おい」
心配になった俺はクルエに声をかけてじっと彼女を見つめるとますます彼女の顔が赤くなっていくのを見て心配になった。
あまり二人の邪魔をするのは気が引けたのだがもしもの事を考えると怖いので抱きしめあっている二人に近づきクルエの額に手をそえて熱を確認する。
「若干、熱いか?」
俺がクルエの額に手を置いたことによって彼女は若干慌てたように男の中で身じろぎしているが力がでないのか振りほどく事が出来ないようだ。
そんな様子を見てクルエを抱きしめていた体を離した男は俺へと視線を向けると仰々しく立って深く頭を下げてきた。
「本当に助かった!この恩は一生忘れない。これから俺はお前に全てを尽くす。妹の事……本当にありがとう」
「それはもちろんなんだが……その妹さんの顔色が赤いんだが大丈夫なのか?」
「え?」
俺の放った言葉を聞き、疑問の声を浮かべて男はクルエの方を見る。俺も男と同様に彼女を見ると彼女はリンゴのように顔を真っ赤にして下を向いている。
「クルエ!大丈夫か!?」
男がクルエラの肩をわしっと掴み下を向いている彼女の顔を覗き込むようにしてみるとか細い声で兄へと告げる。
「うん……大丈夫……さっきまで苦しかったし痛かったけど薬を”飲ませて”もらったから大分体が楽になったから……」
「でも真っ赤だぞ?本当に大丈夫か?」
「大丈夫だから……今は見ないで……」
「?お前がそう言うんだったらそうするけど、何かあったらすぐに言うんだぞ!わかったな?」
「うん……ありがとう……兄さん」
クルエは兄に礼を言いながらちらちらっと俺の方も見る。特に不快な感じでもないので良いのだが一体どうしたっていうんだ?
そんな疑問を抱きながらもさっきまでの緊張が解けたおかげで戻ってきた感覚を思い出し言葉を発する。
「とりあえず二人とも……いや、あんた。大事なもんだけ準備しろ。すぐにここを出るぞ」
男に向かってそう言うと俺は立ち上がる。蛆や蠅などはさっきの光で逃げ出したのか知らんが腐敗臭がひどく正直鼻が辛い。麻痺したと思っていたんだがどうやらさっきはクルエを助けるのに必死だった為に忘れていただけだったようだ。
感覚が戻った今となっては正直一刻も早くこの場から去りたい。それに傷が治ったからといっても流石に彼女を衛生の悪そうなここにいつまでも置いておくわけにはいかないだろう。今度は違う病気になりそうだ。
俺の言葉に従い男は部屋から出るとすぐに戻って来る。手に持っているのは多少凝った意匠のナイフと髪留めと思しきアクセサリーだけだ。
「それだけで良いのか?」
「あぁ。後は特に思い入れのあるものなんてないからな」
「そうか」
断言する男に対して俺から言う事は何もない。大荷物になっていたら彼女を運ぶのにも苦労しそうだしな。
「んじゃそれを貸せ」
「……やはり渡さなくちゃいけないか?」
何か深刻そうな顔というか苦々しい顔をしているが”一時”も手放したくない物なのだろうか?
「それ持ってたら妹さん抱えられないだろ?俺に運べってのか?」
「え?」
「どうした……?」
「まさか……クルエまで奴隷にするのか?!聞いてないぞ!」
何言ってんだコイツ?
なんとなく話がかみ合ってないように感じる。
「妹さん助けたんだからお前は契約どおり俺の奴隷になったんだよな?」
「あぁ!でも妹は関係ないだろ!?奴隷になんかさせないぞ!それだったらこのナイフと髪飾りを渡す!それで良いだろ!」
だからコイツは何を言って――あぁ、そういう事か
「お前どうやら勘違いしているだろ」
「勘違いってなんだ……?」
怪訝そうな様子で俺を見ている男に誤解を解くように説明する。
「まず、お前が持ってきたナイフやら髪飾りなんかは言い方は悪いが俺にとっては興味がない。奪うつもりはないから安心しろ」
「じゃあ妹を――」
「奴隷につもりはないから安心しろ」
男の言葉を遮り奴隷にしないとはっきり告げる。ったく人をどんな鬼畜人間だと思ってやがるんだ。……それともこの世界では普通の事なのか?
変な疑問が浮かんだが続けよう
「お前が奴隷になるんだったら彼女は一人になる。傷を治したとはいえ衛生管理の出来てないこんなところに彼女を一人にしては置けないだろ?」
「あぁ……」
「それにこのあたりは治安が悪そうだ。そんな場所に彼女を置き去りにでもしたいのか?」
「そんな事したいなんて思ってない!」
「だろ。だったら大事に思っている妹さんも一緒に住んだ方がお前も仕事に集中出来るだろ」
「……妹に手は出さないか?」
男、もといシスコン兄ちゃんは鋭い視線で俺を見つめるが、俺がその気がないのではっきり告げる。
「人間、信頼関係が大事だと最近仲間に教わった。約束するよ。俺は彼女に手はださない。」
俺の目を見つめようやく納得したのかシスコン兄ちゃんは俺にナイフと髪飾りを渡すと妹に背中を向けて乗るように促す。
クルエがシスコン兄ちゃんにおんぶされたのを確認した俺はこの異臭のする部屋を後にする。
正直腐敗臭がきつかったり蠅や蛆が気持ち悪くて何度も吐きそうになったが今の俺は少しだけど、何処か誇らしい気分だ。
もしもこれだけやっても彼女を救う事が出来なかったら男だけでなく俺も落ち込んでいた事だろう。
一生懸命やっても届かなかった。それは誰にでもある事だ。だがそれが生死に関わることだった場合落ち込むだけで済むのだろうか?たぶん済まないだろう。
だからこそ本当に――
俺は彼女が助かったことが嬉しかった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。




