29話 棚ぼた
若干最後の方が気に入らなかったので修正しました。
「それじゃあ早速行くぞ」
「頼む!」
そう言って俺と男は出口へと向かう。この男の妹を助ける為に。
話を聞くとさっきの男の状態よりもひどい状態みたいだから急いだほうが良さそうだ。男の方も少し焦りが見えているので本当に猶予が短いのかもしれない。
「ちょっと待て」
俺と男に背後から声がかかる。声のした方に顔を向けると爺さんがこちらを見ている。その横には申し訳なさそうな顔をしたゴーザの姿が並んでいた。
「何か用か?こっちは急いでるんだが」
少しトゲのある言い方で爺さんに問いかける。さすがに詐欺師呼ばわりされてるんだ。こちらとしては目上だからといって態度を改める必要もないだろう。若干睨みを利かせたような態度で二人を見ると爺さんの方が俺に向かって頭を下げてきた。
「さっきはすまんかった」
爺さんが頭を下げてくる。
だが――――
「そんな事言われても今更じゃないか?」
だったら初めから言うなって話だ。少し呆気にとられたがそんな事でさっきの言葉を取り消すほど俺は寛容ではないし笑って許せる聖人君子でもないのだ。
「わかっておる。だから大金貨二十枚でどうだ?」
「は?」
「だから大金貨二十枚でどうだと言ったのだ」
いきなり金額を言われて一瞬何を言われたのかわからなくて変な声が出てしまった。それを爺さんは聞こえなかったと勘違いしてもう一度言葉にする。
「大金貨二十枚がどうしたんだよ?」
「察しが悪ぃな。イチヤと言ったか?お前さんのヒール丸薬?を一粒大金貨二十枚で売ってはくれねぇかって言ったんだ」
そう言って爺さんはカウンターの引き出しから大金貨を大量に取り出すとこちらに見えるように十枚ずつ積み重ねるように並べる。その大金貨は二十四列出来上がっていた。カウンターの上に大金貨二百四十枚がそこに並べてじっと窺うように俺の方を見ている。
いやいや、さっきまでヒール丸薬の効果をまったく信じなくて詐欺師呼ばわりしていたのに効果を確認すると掌を返したようなこの金額に俺もびっくりだ。
「もちろんこれはお前さんへの詫びの意味もこめた金額と――――今後出来れば俺の店に専属で売って欲しいって意味の金額だ。次からは一粒大金貨十五枚で売って欲しい。頼む」
真摯な態度で俺に頼み事をしてくる爺さん。そんな爺さんの態度と提案に俺は困惑する。正直さっきの俺への態度がなかったら即効でOKを出しているんだけど、詐欺師呼ばわりされた上に無碍な態度をとられた今となってはどうにも頷き辛い。
ただ一粒大金貨二十枚は正直でかい。この機会を逃してしまえばいつ本代が稼げるのかわからないんだよなぁ……そう考えると頷くのも手だが――――やはりこのヒール丸薬に相場がないのが痛いな。いくらが適正金額なのかさっぱりわからない。
早くこの男の妹さんを助けなきゃならないからここで悩んでいても仕方ないんだが、本当にどうしたものか
やはりここは頷いておくか。もしもここよりも一粒の値段が高い金額で欲しいって言われる機会があればその時はそっちに売りにいけば良いだろう。それまでは爺さんが言ったとおりここ以外でヒール丸薬を買い取ってもらうような真似はしない。
「わかっ――――」
「ちょっとお義父さん!いくらなんでもその値段は高すぎますよ!上級ポーションだって大金貨六枚ですよ!それを……」
俺の了承の返事を遮るようにゴーザが爺さんに食って掛かるように意義を申し立てる。確かに詫びの気持ちと専属での買取の件を差し引いても大きすぎる金額だ。上級ポーションの値段を聞いた後では更にそう思う。上級ポーションがどのくらいの効果を発揮するのかはよくわからないけど、上級って付くくらいだから相当効くに決まっているからな。
「うるせぇ!」
ゴンッ!
そんな俺の考えは爺さんの一喝とゴーザが頭を殴られる音で一時中断する。爺さんの方を見ると青筋を浮かべてゴーザを睨みつけるように見ていた。
「てめぇも一端の薬師ならこれがどんなすげぇ薬かわかんだろうが!この薬を研究してみたいとは思わねぇのか!?アァッ!!?」
「痛いですよお義父さん……確かにこの薬を調べてみたいっていうのには同意しますけどね。ですが店の経営というのもあるんですよ。お金だって無限に沸いてくるわけじゃないんです。生活だってあるんですからせめてイチヤ様が提示した最初の大金貨二枚で良いじゃないですか」
頭をさすりながらも怒鳴りつけてくる爺さんを宥めて反論するゴーザだったが、そんな事でこの爺さんは折れるはずもない。
「だからおめぇは商売人でも薬師でも三流なんだよ!」
「ひどい!」
「本当の事じゃねぇか!さっきまでの俺等の態度でこいつがその値段で売ると思うか?それによく考えてみろ!このヒール丸薬だったか?は上級ポーションに匹敵する効果だ。しかも上級ポーションとは違い即効性がある。俺の見立てだが商人ギルドや貴族、他の薬屋に売った場合、確実に上級ポーションより高値が付く!そんな事もわからねぇのか!」
ガンッ!
二発目か……ほんと容赦ねぇな……
「だからっていくら何でもその金額はおかしいですよぉ……」
涙目だが言うべき事は言わなければという感じのゴーザは尚も反論の言葉を口にする。もちろん爺さんがゴーザの言葉を聞くはずもない。
「うるせぇ!俺はこの薬を調べてぇんだよ!今まで見たことない薬を調べられるなんて薬師冥利に尽きるじゃねぇか!」
ついに本音が出ちゃったのか爺さん……
そんな事より早くこのやりとり終わらないかなぁ。一応こっちは急いでるんだが、それをこの二人はわかってるのか?
「いい加減にして下さいよ!こっちはあなた達の漫才に付き合ってる暇はないんです!妹の命がかかってるんだから!!」
どうやら二人のやりとりに辟易していたのは俺だけじゃなかったらしい。男は声を荒げて今にも怒りの矛先を向けんばかりの目で爺さんとゴーザを睨みつける。
妹さんの命がかかってるんだ。そりゃ必死にもなるだろう。
「俺もこの男の意見に同意だ。いつまでも決めないようならこの男の妹に薬を飲ませて大丈夫そうなら他の薬屋か商人ギルドをこの男に案内させてそっちで売らせてもらう」
ここみたいにこの薬の効果を説明してまた詐欺師呼ばわりされるかもしれないがここでいつまでも二人のやりとりを見ているよりかはよっぽど建設的だ。売れないと思ってたヒール丸薬も上級ポーションと同じくらいには売れそうだしな。
そんな俺の言葉を聞いた爺さんが慌てたようにカウンターの大金貨を皮袋に詰めると俺に突き出すように渡してくる。
「お義父さん!」
「ええい!お前はもう黙ってるろ!俺が決めたことにこれ以上ケチつけるんだったら出て行きやがれ!」
爺さんがゴーザに怒鳴りつけるとゴーザは口を噤んでしまう。それを確認すると俺の方を向いて手を差し出す。
「これで文句はなかろう。イチヤ、さっさとその薬を俺によこせ」
言い方はあれだが金額には問題ないので俺は爺さんの手に薬を渡す。前に皮袋からヒール丸薬を一粒取り出して爺さんから受け取った大金貨を二十枚ほど皮袋から取り出すとカウンターへと置いた。
「さすがに全部売っちゃうとこの男の妹さんに飲ませる薬がなくなっちゃうんでな」
「そいつはすまねぇな。つい衝動にまかせて全部買取しちまうとこだったぜ」
創生魔法ですぐに精製する事も出来るのだが、目の前でそんな事をしたら面倒な事になるのは確実なのでそういう言い訳で買取を終了させる。正直本の代金は十分過ぎるくらいもらえたので一粒くらい買取されなくても痛手ではないからな。
そんな俺達のやりとりを見てゴーザは納得のいかないような顔をしている。まぁ当然だよな。ずっと反対しているし。
「お義父さん、お義母さんやナザリーに叱られても知りませんからね!」
「んなこたぁわかってんよ、おめぇもしつけぇなぁ」
「ホントのホントに知りませんからね!自分で何とかして下さいよ!」
「くどい!」
何度も何度も自分は関係ないと主張するゴーザにうんざりしたのか、爺さんはまたゴーザの頭を殴りつける。ゴーザがここまで確認するという事はよほどこの二人の嫁さんは怖いのだろうかと少し興味が沸いたが今は男の妹の治療が先決だ。
男の方を診るとやはり焦ってイライラしているのが伝わってくる。
「それじゃちと急ぐから俺達はこの辺で失礼する」
「あぁ、時間かけさせて悪かったな。詫びのついでだ。これもやる。イチヤの丸薬には及ばねぇが何かの役には立つだろ。持ってけ」
そう言って爺さんが差し出してきたのは先程男に飲ませようとした薬だ。俺のヒール丸薬があれば問題ないと思うがもらえるもんはもらっておこう。
「一応はありがとうと言っておくが、もし次に同じような態度で俺の事を無碍にした場合はもう二度とここに買取は任せないからな」
「わかってらぁ!さっさと行きやがれ!」
全然わかってるように見えないがこれが爺さんの素なんだろうな
「それじゃあまたな」
そう言って爺さんは見送ってくれた。その態度は薬屋に入った当初よりも若干……本当に若干だが気さくになっていた。まだお互いに信頼できるとは言えない関係だし詐欺師呼ばわりされた事に関してはまだムカっと来ているが、新しい薬を創った場合ここに持ってくれば買い取ってくれるだろう。それだけでも有益な場所を確保出来たのは大きい。
男にとっては無駄な時間だったかもしれんが俺にとっては個人的な感情を抜きにすれば金も手に入ったし売る場所も確保できたので有益だった。
さて、今度はこの男の妹を助けに行くか。そう決意して男と共に薬屋を後にした。
いつも読んでいただきありがとうございます。楽しんでもらえたら嬉しいです。
5月23日 誤字報告があり修正しました。ご報告ありがとうございました。




