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26話 爪痕

「ありがとうございました」


「いやいや、それよりも気をつけて行くんだよ」



 俺はたった今町の人から聞いた王都の外れの住宅街にあるという薬屋を目指して歩を進めていた。本代を稼ぐ為に思考を巡らせた結果練習用に創っていたヒール丸薬などの薬類を売るのが一番いいと思ったのだ。


 こうやって目的の物を手に入れる為に色々町の人間から場所を聞いて歩き回っているとRPGをやっているような気分になる。自分がそういう風に行動していて思ったのだが、よくゲームの主人公はこんなに歩き回ってめんどくさがらないなとゲームの事ながら感心してしまう。


 俺としてはもう一年分くらい歩いた気分だ

 早く牢屋にもどってだらだらしたい


 そんな風に思いながらも一応王都がどうっているのか観光も出来ているのには苦笑してしまう。元々の目的は異世界の町がどうなってるのか暇つぶしがてら城下町に来たんだしね。


 ただ牢屋からここまでですでに六時間くらい経っている。その間に露店で瓜っぽい梨のような物と他の露店で軽食を済ませたのでお腹は減っていないが少し歩きつかれた。


 ステータスが高いので身体的には元の世界にいた頃よりは疲れにくくはなっている……と思う。だが、精神的にはかなり疲れた。高校入学以降運動らしい運動をしていないので疲れるという感覚を味わっていなかったから余計精神的にきているのかもしれない。


 こんな感じで自己分析をしながら気を紛らわせていると繁華街の広場とは違う開けた場所に着いた。その場所を見て俺は眉をしかめる。


「これはひどい……」


 その広場は噴水を囲っている石造りの壁が所々壊れていて、周りの床なども抉れ、色々な場所が火で炙ったように黒ずんでいる。獣人族との戦いでの爪痕をこんなところで目にする事になった。


「たぶんこの場所で人族と獣人族が激戦を繰り広げたんだろうな……」


 それにしてもどんな戦いがあればこんな風に地面が抉れたりするんだろうか、こんな事を人族が出来るわけないから恐らく獣人族の中でも相当な怪力の持ち主なのだろうと思う。


 終わった出来事なのでどうでも良いけど、この場所を修理する人たちは大変だろうな


「ここの修理も大変そうだけど、早急に直さなくちゃいけないのはさっき目に入った王都の入り口の城門の大穴の方だろう」


 先程考え事をしながら歩き回っていた時に王都の入り口近くまで行ったのだが、城門の入り口近くの城壁に直径十メートルくらいの大穴が開いていたのだ。おそらくここの復旧作業が進んでいないのはあちらの方に人員を割いている為だ。


 城門の厚さは推定だけど四、五メートルくらいありそうだったのに綺麗にくり貫かれているような感じだった。


 俺は大穴の復旧作業の光景を思い出す。正直あまり思い出したくない光景だが脳裏に浮かんでしまったものは仕方ないだろう。


 その光景とは、たくさんの獣人族の奴隷が酷使されていたものだ。老若男女問わずに労働させられていた姿は見ていて気分が悪い。


 瓦礫をどける作業をしている者が石を落としたり、疲れて膝をついた者に鞭を打っている様を見た時には激しい怒りが沸いてきたが俺が出て行ってもどうにかなるものでもないので何もしなかった。むしろそこで問題を起こして獣人族に更に厳しい労働を強いられるのは問題だ。


「そんなのはやらなかった言い訳でしかないな……」


 自嘲気味に独り言を呟く。


 そう。結局は自分が面倒事に巻き込まれない為の言い訳に過ぎない。元の世界での経験からそういう面倒事を避けるようになっていた。傷ついていた獣人族には悪いがいくら力を持とうとも、何処の誰かもわからない赤の他人を助けて自分を犠牲にしようとは思わない。


 そうやって暴力を見過ごしている時点で俺も暴力を振るっている奴等となんら変わらない


 自分の不甲斐なさなど色々な事を考えていたらだんだんと気分が落ち込んできた。歩き疲れたのもあり俺は壊れかけている噴水の壁に腰掛けうつむく。


「こうやっていると体は楽なんだけど精神的に更に沈みそうになるな」


 足元をじっと見つめ体を休める。少し休んだら薬屋に行って薬を売ってさっさと本を買って牢屋に戻ってだらだら本を読もう。そうすればこの沈んだ気分も少しは紛らわす事が出来るだろう。


 休みながらもこれからするべき事を反芻する。自分の気持ちを落ち着けるために。



 そんな風に俺が気持ちを落ち着けようとしている時、急に俺の足元に一つの影が差した。


「あらあら、あなたこんなところに座り込んでどうしたの?大丈夫?気分でも悪いのかしら?」


 頭上から柔らかい女の人の声が降ってくる。その声に顔を上げた俺の視界に移ったのは心配そうな女の人の顔だった。


 燃えるように赤い髪に心の奥底まで覗かれているような黒い瞳、唇は薄い桃色のリップを塗っているかのようで、端から見てもわかる母性を感じさせる豊満な肢体をした女性が眉を八の字にしている様はどこか現実離れしているように感じられる。


 女の人は彼女を黙ってまま見ている俺へとおもむろに手を伸ばすと頬へと優しく触れてきた。ひんやりした手に触れられた俺はそこでようやく我に返り彼女の手を掴む。


「すいません!ちょっと疲れてただけなんで大丈夫です!」


「まぁまぁ、私ったらとんだ勘違いを。てっきり体調を崩しているのかと心配してしまいました」


 ちょっと困っていますというような仕草でそんな風に言っている女性に俺は苦笑しながらもにこやかな表情を向ける。


「なんか勘違いさせちゃってすみません」


「まぁまぁ、勘違いしたのは私の方なんですから気になさらないで」


 俺が謝ると彼女もぺこりとお辞儀をしてきた。今まで出会った事のないタイプの人なんだが凄く話しやすい。彼女は顔を上げた後はっとしたように何かを思い出したような顔をする。


「あらあら、そういえばまだ名を名乗っていませんでしたね。私の名前はシャティナと言います。失礼かもしれませんがお名前をお伺いしても?」


「大丈夫ですよ、俺はイチヤって言います」


 突然自己紹介されて名前を聞かれたので俺も彼女、シャティナさんに名乗り返す。これが元の世界だったらまず間違いなく怪しむのだろうが、異世界という事とシャティナさんの雰囲気もあってか素直に名乗り返した。


「先程疲れてる様子でしたけど、何かあったのですか?」


「あぁ……すいません。さっきは疲れてるって言いましたけど、ホントは落ち込んでたんです」


「あらあら、どうしたんですか?――――って私が聞くのは駄目ね。ごめんなさい」


「いえ、もしかしたら俺は誰かに聞いてもらいたかったのかもしれません。面白い話じゃないんですが聞いて頂けますか……?」


「私で良ければ」


  シャティナさんに先程は疲れていたんじゃなく落ち込んでいた事を正直に話すと理由を聞かれたので話す事にした。自分でもなんでこんな素直に話そうと思ったのか不思議だったのだが誰かに気持ちを吐露したくなったというのも本心なので彼女に一言断りを入れる。彼女が笑顔頷いてくれたのを確認すると俺は話し出した。


「ここに来る前に――――」


 さっき城壁の大穴の修復作業の現場に行った時に老若男女の獣人族の奴隷達を酷使していたのを見て気分を害した事。

 仕事をしている最中に失敗したりすると体罰を与えていた事やその行為に憤慨していた事。

 その光景を見ても内心で言い訳を作って何もしなかった事で自分も体罰をあたえてた奴や獣人族が人族よりも下等生物だと言わんばかりに当たり前にその場を通り過ぎる奴等と変わらないんだと語った。


 もちろん今でも他人に対して興味は沸かないが、それでも目の前で暴力を振るわれてる人を見て何も感じない訳じゃない。虐げられてる姿を見ると自分の過去を思い出すのもあるのだが俺に嗜虐趣味などない。そんなシーン見せられても気分が悪いだけだ。


 話を聞いてくれているシャティナさんからはいつの間にか笑顔が消えて真摯に真面目な顔で俺の話を聞いてくれていた。


「力だけでどうにか出来るなら俺でもどうにか出来ます。でも前に友人に言われたんです。自分の行動の結果によって自分の大切な人にどういう結果を招くのかを考えろって」


 だから衝動に任せて短絡的な行動をとる事はできない。しないと決めた。


「良い友人をお持ちなのですね」


 シャティナさんの言葉に俺は力強く頷く。この世界に来て出来た友人と呼べる人達は俺にとってはかけがえのない大切な人間だ。それだけは自信を持って言える。


 俺の態度に何かを思ったのか少し考える仕草をするシャティナさん。俺は彼女の考え事がなんなのかわからないが次の言葉を待つ事にした。少しだけ待っていると彼女は考えがまとまったのか俺の瞳を真剣な様子で見つめる。


「確かにこの国――――いえ、人族の他種族蔑視は根が深いものです。他の獣人族、エルフ族、魔族も大なり小なりそれぞれ他の種族を嫌っている者が多いですが人族ほど酷い扱いはしていませんね。もちろん他の種族も戦争になったら敵を倒しますし、捕虜にして奴隷にする事もありますが、イチヤさんが見たように老若男女問わずに過酷な労働を強いたりはしません」


 まるで見て来たように断言するシャティナさんに疑問が浮かぶが俺は黙って彼女の話の続きを聞くことにした。


「それは偏に人族が他の種族に比べて力や魔法の威力が弱かったりと様々な理由があり他種族に多少なりとも”怯え”の気持ちがあるからでしょう。だから彼等は畏怖している他種族の奴隷にひどい扱いをして優越感に浸りたいのでしょうね」


「そんなのはただの八つ当たりじゃないですか!」


 黙って聞いているつもりだったが立ち上がってシャティナさんの話を中断して叫ぶ。この行動こそ他の奴等と同じように単なる八つ当たりにすぎないがそれでも自分の行動を止めることが出来なかった。


 シャティナさんは苦笑しながら無言で俺がさっきまで座っていた場所をぽんぽんと叩きもう一度座るように促す。


「そうですね。確かに八つ当たりです。でも弱い者はそうする事でしか心の均衡を保てないのかもしれません。ですが、そう言った人ばかりでもないのです。私は会った事はありませんが、イチヤさんの友人は獣人族にひどい事をする人ではないんじゃないですか?」


「はい。あいつらは種族で人を判断するような人間じゃないです」


 アルやレイラは獣人族だからって偏見を持っていない。リアネやメイド達を見てると獣人族が悪い種族だとは思わない。そもそも種族でひとくくりにする事が間違ってるんだ。人族だって良い奴もいれば悪い奴だっている。


「だったらイチヤさんならわかってるんじゃないですか?小数ですけど人族の中にも他種族に偏見を持たない人間もいる事を」


「わかっています。でもわかっていたところで俺には何も出来ません……」


 俺の内心を読み取られたような発言に少し驚くが俺は自分の無力さを吐露するように返事をした。


「――――どうしてそこまで獣人族を思う事が出来るのかしら?イチヤさんにとっては赤の他人でしょう?」


 シャティナさんは一呼吸の間の後に俺に問いかけてきた。なぜ赤の他人を救いたいのか。と


 

 彼女の言うとおり、どうしてこんなにも獣人族に対して憤りや無力感を感じるのだろう?


 リアネ達と同じ種族だから?それは違う

 さっき思ったじゃないか

 種族をひとくくりで考えるのは間違っているって


 自分が異世界転移してきた勇者でその自覚が目覚めてきた?

 それこそ絶対にありえない

 俺は勇者なんかになる気などさらさらない


 じゃあどうして?


 そんなのは決まっている。最初から俺の中に答えはあったじゃないか――――


「嫌いだから」


「え?」


 しばし考えてようやく導き出した簡単な答えを俺が口にすると、シャティナさんは何を言われたのかわからなかったようで疑問の声が口を吐く。その彼女に俺はもう一度、今度ははっきりと答えを告げる。


「嫌いだからですよ。種族とか関係なく何の抵抗も出来ないのをわかっていて虐げている奴等も、諦めの表情を浮かべてその行為を受け入れている奴も大っ嫌いなんですよ、俺。だからどうにかしたいと思ったんです」


 自分の答えを誰かに告げる事がこんなにも心のもやもやを吹き飛ばしてくれるとは思わなかった。俺の答えを聞いた彼女は苦笑ではなく破顔して俺を見ている。


「うふふ、会った当初とは見違えるくらい良い笑顔になってますね。それに良い答えです。大義名分をつらつら述べている人間よりも私は好きですよ。自分の気持ちで動く方が信用も出来ます。だからそんなイチヤさんにアドバイスを一つさせてもらいましょう――――力を付けなさい」


「力?」


 シャティナさんのアドバイスの意味が正直わからない。自分で言うのもなんだけど力なら異世界転移してチート性能といわんばかりのものをもらっているんだが……


 俺の考えたことが彼女に伝わったのか、シャティナさんが続きの言葉を紡ぐ。


「うふふ。もちろん力というのは武力や暴力ではありません。確かに時としてそういった力は必要ですが、今回イチヤさんに必要な力は絆や権力といった直接的な武の力ではない力です」


「絆はともかく権力は……」


「そうですね。一朝一夕で手に入るものではないでしょう。もちろん絆もですが――だからこそ努力する価値はありますよ。絆に関して言うなら先程おっしゃっていた素敵な友人や他種族の理解者を少しずつ増やしていけば良いですしね」


 簡単に言ってくれるが俺にとってはかなり難しい事を言ってくれるね


 でも暴力に訴えても新たな火種を生む以外の道はないだろう。今の俺には無理かもしれないが、だからって今後も無理とは限らない。やってみる価値はあるだろう。


「俺にやれるかわからないけど頑張ってみます」


「応援していますよ」


 彼女はそう言って年下にするような仕草で俺の頭を撫でてくれる。正直恥ずかしいのでその手を払いのけたかったのだが。ここまで俺の話を聞いてくれたので好きにしてもらった。


 しばらくそうしていると彼女は何かを思い出し俺の頭から手をどけてくれた。


「あらあら、そういえば洗濯物を干しっぱなしにして出てきてしまったわ。ごめんなさい。そろそろ戻らないと」


「なんか長々とつき合わせちゃってすいません」


「私も楽しかったから気にしないでちょうだい」


「あの……また機会があったら話せますか?」


 ほんとに今日の俺はどうしたのかというくらい積極的だなと思う。別に彼女に恋愛感情を持っているわけじゃない。ただシャティナさんと話していると凄く心が落ち着くのだ。出来ればまた機会があれば話したいなと思ってその気持ちが口をついて出てしまった。


 そんな俺の言葉に


「まぁまぁ、私の方こそお願いしたいわ」


 その返事を聞いて初めての城下町での知り合いが出来たことが嬉しかった。


 

 彼女と別れの挨拶を交わして目的地の薬屋に向かう。先程の鬱屈した気持ちはどこにもなく今は喉に刺さった魚の小骨が取れたような。心の靄が晴れたような気分で歩を進めた。


「シャティナさん、ありがとうございました」


 もう姿の見えない彼女にお礼を言った。









 シャティナは帰宅中に先程話していた少年の事を考える。

 さっきの少年、イチヤと出会ったのは偶然ではない。タイミングは偶然だったのだが、あの場に現れた事自体は彼女がイチヤの力を感じ取って危険な人物かどうかの確認に来ていたのだ。

 だが、話してみると普通の少年でシャティナは安心していた。そして彼の話に聞いて、未熟だけど何かを持っているように感じた。


「うふふ。何かしてくれるんじゃないかと期待できるところはあの人そっくり」


 独り言を呟くと彼女は唇に笑みを浮かべる。どこか期待させてくれる彼はまだ精神的には幼い。誰かが正しく助言をしてあげれればと思い一つのアドバイスをしたのだ。


 彼はきっともっと素晴らしい人物に育つだろう。


「私の旦那様のように」


 周りには誰もいないのだが、それでも彼女は聞こえない声で一人惚気る。そしてまた思考はさっきの少年に向けられるのだ。


「力を感じて来たのだけど、思わぬいい出会いになりました。――――イチヤさん、種族間の問題はあなたが思っている以上に根が深いでしょう。でも、だからこそ期待したい。頑張ってください、イチヤさん」


 そう呟いた後に彼女は自宅の扉を開ける。そしていつものように家事をするのだ。愛しい旦那様を出迎えるために

いつも読んで頂きありがとうございます。


年末は休みを取れたのでその間に更新頻度あげられるように頑張ります。

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