19話 委員長
短いです
「あのな委員長、迷惑だ」
「え……?」
俺の一言に一瞬自分が何を言われたのかわからないといった表情で俺を見ている委員長に更に言葉を続ける。
「さっき言ったはずだぞ、メリットがないって」
「だからそれは――――」
「元の世界に帰れる。戦争に勝てたら帰る手段を探してくれるだろ?そもそもその時点であんたは勘違いしてんだよ」
「……どういう事?」
委員長と後ろの女にも俺が少し苛立っているのが伝わったのか若干萎縮しているような感じになっているが、こちらとしては知ったことではない。
「俺はあんたらほど元の世界に帰りたいなんて思っちゃいない。そりゃあ帰る手段が見つかったら帰ってもいいとは思ってるがな。だけど命懸けてまで帰るくらいだったらこのまま異世界で暮らしても構わないって思ってる。別段不便なんて感じないしな」
しいて言うならネトゲができない事と娯楽がアルをいじるくらいしかない事か
「不便を感じないって、ここは牢屋よ?こんな狭い空間にずっといるなんて気が滅入っちゃうじゃない」
「それはあんたの価値観だろ。俺は好きでここにいるんだからあんたの価値観押し付けてんじゃねぇよ」
自分でも苛立ってるのがわかるがどうにも押さえきれない。関わらなければ興味ないってだけで済んでたんだが、こうやって俺に関わろうとしてくるとイラついてしょうがないな。
俺は誰にも気付かれないようにゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「もう話は済んだろ。俺は戦争なんてする気はない。こないだみたいに俺の大事な人間が危険な目にあうような事態になれば話は別だが、それ以外で戦う気なんてない」
そう言って俺に戦う意思がないとはっきりと告げたのだが、彼女達はうつむいたまま黙っているだけで帰る素振りを一切見せない。少しの間沈黙の時間が続いたのだが、耐え切れなくなった俺が話を切り出す。
「俺からの話は以上だ。わかったらさっさと出てってくれないか」
もう話すことはないと委員長達に背中を向けベットに横になると、か細い声だが委員長が言葉を発した。
「もう……頼れるのは鏑木君だけなの……お願い。私達に力を貸して……」
委員長の方に振り返ると今にも泣きだすのを懸命にこらえているような表情で奥歯をかみ締めている。
彼女達にも何か事情があるんだろう。まだ俺の事を諦めきれないようだ。
しかしそれは彼女達の事情であって俺には一切関係ないし正直面倒くさい。
これがアルやレイラ、リアネの誰かが助けを求めたなら一も二もなく応じただろうが、俺は赤の他人を助けるほどお人好しではない。
「頼れるのは俺だけって言ってるが、委員長達なら頼る相手は他にいるだろう。米田とか」
めんどくさくなったのでクズ教師に投げる事にした。だが俺の何気ない一言で委員長の表情がさっきまでの泣きそうな表情から憎しみの表情へと変わる。
「あんなクズを頼るくらいなら死んだ方がマシよ!」
「あいつの事を一番慕ってた委員長の台詞じゃないな……何があった?」
彼女の雰囲気が尋常ではなかったので俺も真面目な表情で聞いてみる。彼女の話を聞くと、どうやらこないだの獣人の襲撃の際に生徒を見捨てて自分だけ助かろうとしたらしい。
命の危機に瀕していたならしょうがないんじゃないかと普通の人になら言ったかもしれないが、米田は自分の保身の為なら自分を慕ってる様な奴でも平気で見捨てるだろうからな。どうやら獣人達との戦いで奴の化けの皮が剥がれたようだ。ざまぁとしか言いようがない。
だからといって委員長達に同情などしていない。奴を盲目的に信じていたのは彼女達の自己責任だ。そういや委員長にはまだ俺が学校に通っていた頃に奴の愚痴を呟いていた時に偶然聞かれて注意された事があったな。
確かあの時言われた台詞は「人の悪口を言うなんて感心しないわよ、自分の価値を下げるからやめた方がいいわ」だったか。今の彼女に昔の彼女の言葉を聞かせてやりたいところだがこれ以上話を長引かせるのは俺の精神衛生上良くないな。
「まぁクズ教師に関しては何があったか大体は理解したが、だからって俺に頼るな」
俺にとっては米田の事もクラスメイトの事も瑣末な事なので吐き捨てるように言ってやる。
「お願い。私達、こんなところに無理矢理連れてこられた仲間じゃない!同じ境遇の者同士一緒に協力して頑張りましょうよ!」
仲間、一緒にか
せっかく心を落ち着けたのに人の努力を無にしやがって……
なるべく事を荒立てないようにしようと思ったんだけどこりゃ無理だ
「はぁ……委員長さ、勘違いしてんじゃねぇよ」
「な……何をかしら?」
俺は起き上がって牢のドアのところまでゆっくりと歩いて行き柵の前にいる委員長のところで止まる。顔をうつむけていたので、委員長には見えていないだろう。
だが俺のただならぬ雰囲気には体が反応しているようで、足が震えている。
そこで俺は顔をガッと上げ委員長を目だけで殺せるような眼力で睨みつける。「ひっ……」という短い悲鳴を上げる委員長。
「クラスメイトだからってだけで俺はてめぇらの仲間なんかじゃないし、なるつもりもない!同じ境遇の者同士一緒に協力して?お前等の能力がどんなもんか知らねぇが、獣人達に手も足も出ないような奴にどんな協力が出来るんだよ?大体前の世界で俺が困ってた時何かしてくれたか?答えは何もしてくれていない。そしてこの世界に来た。それで困ったら俺に助けを求めるとふざけんじゃねぇよ!」
俺の言葉を委員長達はただ黙って聞いている。うつむいて、奥歯をかみ締めて憤っているようにも見える。
その悔しさは俺が協力してくれない事への怒りなのか、それとも無力な自分への怒りなのかは俺にはわからない。
「確かに鏑木君の言うとおり私達はあなたがひどい目に合っていたのに何もしてあげられなかった。それなのに今私達が困ってるからあなたに頼ろうとしてるのは虫がいいって事もわかってるわ。それでも今の私達にはそれしか選択肢がないの……私達、いえ私に出来ることならどんな事だってするわ!だから――――」
「じゃあ死ねよ」
「え……」
彼女の言葉に被せるように俺は非情に言ってやる。委員長の後ろにいる女はもう声を殺して泣いていた。この状況に耐えられなくなったのだろう。
だったら委員長連れてさっさと出てってくれれば良いのに
そしてもう俺に関わらないでくれ
「……私が死んだら鏑木君は協力してくれるのね?」
「さてね。もしかしたら俺の気が変わって協力するかもしれないな」
まさかの彼女の言葉に内心動揺するが、面には出ないように努めて平静を装って答える。
「……可能性が少しでも出来るなら……恵、後はみんなで協力して絶対に元の世界に帰るのよ」
「やめて!結花ちゃん!」
委員長は腰に提げていた短剣を抜くと恵と呼ばれた女が縋るように彼女の服を掴み制止の声をかけるがその声を無視して震える腕で心臓の位置に短剣をあてる。そのまま心臓に短剣を突き刺すと思われたが、一つの手が彼女の短剣を持っている手を手刀で叩き落とした。
「は~い、そこまでだ」
この場にそぐわない声を発したアルが叩き落した短剣を拾い、俺と委員長を交互に見る。
「イチヤも嬢ちゃんも熱くなりすぎだ。若いから元気なのは良いがこんなとこで生死をかけたやりとりすんじゃねぇよ。誰が責任取ると思ってんだ。ったく」
「悪かった」
「ごめんなさい」
さすがに少しどうかしていたと反省した俺と思いつめた委員長はお互いにアルへと謝罪の言葉を口にする。
「とりあえず嬢ちゃん達、今日はもう帰んな。さすがに今の状況じゃ冷静に話し合えって言っても出来ないだろう」
「でも!」
「牢番さんの言う通りだよ、今日はもう帰ろう」
まだ食い下がろうとする委員長を恵が止める。彼女からしたら一刻も早くここから立ち去りたいのだろう。
「イチヤから嬢ちゃん達の事は聞いてる。一方的な話だから全部を鵜呑みにしちゃいないが、元の世界で確執があるのは確かだろ?この世界に来たからって一日でどうこう出来るようなもんじゃねぇ。本当に現状をどうにかしたいんだったらまずはこいつに信じてもらえるように少しずつ距離を縮めな。さっきの話を聞くにイチヤの言ってた事が真実みたいだから少しでも罪悪感があるなら多少なりとも苦労して信用を得ていくのが筋ってもんじゃないか?」
「わかり……ました……」
アルは少し真面目な態度で彼女を諭すように言葉を発する。委員長はまだ諦めきれないようだが、アルと恵の言葉で引き下がることを決めた。
委員長はアルに短剣を返してもらい腰に提げると恵と一緒に部屋から出て行こうとする。そして部屋を出る前にこちらに振り向ききりっとした表情で何かを決意したような顔で俺へと言葉をぶつけてきた。
「今日は帰るけど、また来るから!」
その一言だけを告げて委員長は部屋を出て行った。ドアが音をたてて閉まるのを聞き終えると俺の体にどっと疲れが押し寄せてくる。
非常に疲れた……
「俺、お前だけが変わってると思ってたんだが、あの女も大概だな……」
「俺は普通だ。委員長がおかしいだけだろ」
呆れたような感心しているような声でアルが俺に話しかけてくる。俺は自分が変わってるなんて思っていないのでアルへと抗議したがさっきのやりとりで疲れていたので声に力が出なかった。
というか委員長また来るとか言ってたよな……
あれだけ脅してまた来るとかどんな神経してんだよ
「アル、悪いが次委員長達が来たら俺への面会は断ってくれ」
「悪いが俺に勇者を止める権限はないんだ。王様にも騎士や兵は全員、出来る限り勇者の力になるように言われてるしな」
少し、ほんの少しだけ申し訳なさそうにアルが俺にそう答える。
つまりまたあのうざい女とやり取りをしなきゃいけないのか……めんどくせぇ……
今日はもう何もやる気が起きないのでそのままベットに体を横たえる。リアネが苦笑しながらも俺の頭を優しく撫でてくれたのが気持ちよくてそのまま眠りの淵へと落ちていく。
数時間後、遊ぶ約束をすっぽかしてピアとフィニがむくれていたのを必死で宥めた。本当に今日は散々な一日だった……
読んでくれる方、ブックマークしてくれた方、評価してくれた方、感想くれた方、いつも感謝しています。
今回の話は何度も書き直してようやく仕上がりました……
というのも、委員長の無神経でイチヤを怒らせてしまうので
一回目、イチヤを怒らせて首から上がぱんっ
二回目、イチヤが牢から出てロングソードでざっくり
三回目、イチヤに首をごきっ
四回目でようやく仕上がりました。
まぁこんな苦労話はどうでもいいですねw楽しんで頂けたら幸いです。
10月30日 感想欄で指摘があり誤字修正とイチヤのレイシアの呼び方を姫様に統一しました。指摘頂いたハルさん、ありがとうございます。




