186話 秘匿5
そう告げた途端、またもやシャティナさんの雰囲気が剣呑なものへと変わった。
「イチヤさん……宣戦布告と捉えて宜しいですか?」
ハイライトが消えた瞳で真っ直ぐに俺を見つめるシャティナさん。
いつもは微笑んでいるシャティナさんの真顔に冷や汗が止まらない。
なんか両腕から両肩にかけて、ぱちぱちっと火花が散っているし、これ……やべぇんじゃね!?
「シャティナさん落ち着いて!! 俺にシャティナさんとアルを引き離す意図なんてないから!!」
「じゃあどういう意図が合って、そんな提案をしたのでしょう? 私からは旦那様との時間を邪魔しようとしか思えないんですが」
ああもう! シャティナさんって普段は温厚で話しやすいけど、アルがからんで来ると怖い上にめんどくせぇ!
アルの事は親友と呼べるくらいには信用しているが、俺に男色の気はないっての!
とにかくこれはシャティナさんを宥めるよりも、こちらの意図を伝えた方が良さそうだ。
「ダンジョンの調査については俺に任せて、二人にはこの街を守ってもらいたいんだ」
「おい、待てよ。さすがにそれはいくらなんでもダンジョンを舐めすぎじゃねぇか? 戦闘に関してなら問題はねぇけどよ。ダンジョンに関しての知識や経験、それがお前には不足してる。はっきり言えば素人以下だ。そんな奴が一人でダンジョンの調査に行くなんて俺は反対だ。下手すりゃ死ぬぞ」
「危険だってのは、アルに連れてかれたダンジョンの経験で十分にわかってるつもりだ。アルが俺を心配してる事も含めてな」
「だったら――――」
「『俺達に任せてお前はここに残れ』だろ?」
「……そうだ」
「アルの意見は尤もだし、一番無難で、俺にとっては一番楽な選択なんだよなぁ~」
「そう思うなら、そうすれば良いだろ。ダンジョンの事は俺達がなんとかしてやるよ」
胸を叩き、そう告げるアルを見て、改めてこの男は信頼出来る男だと思う。
本当に俺の周りにいる人間は頼りになるし、優しいな。
だからこそ甘えすぎるのは良くないと。
少しでも自分に出来る事で返したいと思える。
「アルの申し出は素直にありがたいと思ってる。だけど今回ばかりは譲って欲しいんだ」
「どうしてそこまで調査に拘るんだよ?」
「俺自身が成長する為だ」
さすがにここにいるみんなに恩返しがしたいと言うのは、気恥ずかしくて言えなかった。
この理由も俺の本心であるので、嘘は言っていない。
「成長?」
「ああ、まだどんな魔物がいるかはわからないけど、ダンジョンである以上、手強い魔物がいる可能性が高いだろ? 今後の為にも、そいつらを相手に少しでも強くなっておきたい」
「……珍しくやる気じゃねぇか。イチヤらしくもない」
「はは、アルのいう通りだ。俺らしくもない。はっきり言って、俺は怠惰な人間だ。面倒臭い事をするなんて死ぬほど嫌いだし、出来る事ならだらだらと自堕落な生活を送りたいと思ってる。でも多種族と争っている今の情勢じゃそれも不可能だ。獣人族とは同盟を結んだけど、それだけ。魔獣という脅威も存在する。平穏には程遠い今の現状で少しでも平穏な時間を過ごすには力が必要だ。それも俺だけじゃなくみんなを守れるだけの力が。俺の平穏にはみんなの存在は必要不可欠だからな。その為に今は少しでも力が手に入る機会があるなら、面倒だろうがなんだろうがなんだってやってやる。……まぁなんだ……未来への投資ってやつだ」
熱く語ってしまって恥ずかしくなってしまい、最後は少しおどけた調子になる。
だけど、これが俺の偽らざる本心である。
みんなと穏やかな生活を送りたい。
俺が力を欲する理由はただそれだけだ。
地位、名誉、金なんて望んじゃいない。
ここにいるみんなが笑って過ごせる世界に出来ればそれだけで良い。
「なんというか……お前らしいっちゃらしいのかねぇ……わかったよ。ダンジョン調査はイチヤに任せる。ただ一人で行くのは絶対に認めねぇからな」
「別に最初から一人で行くなんて考えてないぞ」
「そうなのか?」
「ダンジョンについては誰かさんに連れて行かれたダンジョンで、十分過ぎるくらいに危機意識を植え付けられたからな。あそこほどじゃないにしても未知のダンジョンなんだ。一人で調査出来るなんて馬鹿な考えは持ってないつもりだ」
「それなら良いけどよ。じゃあ、お前さんはどうするつもりだったんだ?」
「バックス」
「は、はい!!!!」
もう必要ないだろうと、バックスの簀巻き状態を解除してやる。
すると勢い良く立ち上がり、俺へ向けて敬礼してきた。
「お前達の要望に答えようと思う。アンタを含めてダンジョンの調査に向いてそうなのを二、三人見繕ってくれ」
「了解しました! ただちにダンジョン調査に必要な人員を選出してきます!!」
言うが早いか勢い良くこの部屋から退出していった。
すぐ行動に移せるのは良い事だ。
ただ、出て行く際に一瞬だけユリの姿を見て、青い顔をしていたのが印象的だった。
簀巻きにされて猿轡までつけられていたので、もしかしなくても相当ユリを苦手としていそうだ。
初めてユリと会った時の対応から考えて仕方ないのかもしれないが。
あんな事されて喜ぶ奴なんて、あのドMくらいだろう。
バックスがまともな感性を持ってるようで安心した。
変態は一人で十分なので、これからもそのままでいて欲しいもんだ。
「と、いう訳で領地の警備に支障が出ない程度の人数を借りていくぞ」
「わかりました。元々彼等はイチヤさんの所有物みたいなものですし、問題ないでしょう。警備のローテーションはこちらで調整しておきます」
「頼む。アルもこれで満足だろ?」
「出来れば安心できる要素がもう少し欲しい所だな。訓練に耐えられるくらいに成長はしたが、未知のダンジョンに挑むには不安だ」
苦い顔をしてそう呟くアル。
おいおい、さすがにこれ以上俺にはどうする事も出来ないぞ。
「だったら我が同行しようではないか」
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