180話 慌しい朝
創生魔法で日本食が出せる事が判明して更に二ヶ月ほどが過ぎた。
と、いっても特に俺の生活が変わったという訳はなく、俺の周りは実に平和だ。
異種族での戦争をしているので油断ならない情勢のはずだが、今の所どの国も目立った動きはないらしい。
まぁ何かあれば国王から俺とあるに連絡が来るだろう。
何もないのであればそれに越した事はない。
そんな束の間の平和を謳歌していた時の事、創生魔法の可能性を追求する作業に勤しんでいた俺の部屋に慌てた様子のリアネが飛び込んできた。
「大変です。イチヤ様!」
「どうした?」
ここまで慌てる様子は、バックス達が屋敷の前で集団土下座していた時以来か。
一体何があったんだろうか?
「詳しいお話はユリ様するそうですのでお急ぎください!」
え? 説明なし? 集団土下座の件もあるので出来れば心構えをしておきたかったんだが……
しかもリアネがそれだけを告げて俺を置いていってしまった。
いつもは用件を告げた後、どこかに向かう場合付従う感じなのに、余程の慌ててたようだ。
リアネさん……別に俺は君に従者としての振る舞いを望んでないので良いんだけど、せめて目的の場所くらいは教えていって欲しかったよ……
「失礼致します。イチヤ様をお連れしました」
コンコンと二度扉を叩いた後、ユリがいつも使っている執務室の扉を軽くノックするリアネ。
リアネが俺を呼びに来た後、その慌てぶりに呆然としていた俺の下に彼女は再び戻ってきた。
どうやら途中で俺が付いて来ていない事に気付いたのだろう。
自分が置いてきた事に気付いた彼女は、自分がいかに慌てていたのか自覚したらしく、再び戻ってきた時には顔を真っ赤にしていた。
「申し訳ありません……」
恥ずかしさからか、リアネが少しだけ涙目で俺に謝罪する。
リアネには悪いが凄く可愛くて、顔がにやけそうになった。
そんな事もあり、リアネにユリがいつも使っている執務室へと案内された。
中に入ると、ユリ以外にレーシャやアル、シャティナさんといういつものメンバーが座っている。
重要な話があるという事だからこのメンバーは鉄板だな。
さて、一体何の話を聞かされるのやら……出来れば面倒事じゃなければいいのだが。
そんな事を考えつつ、俺は部屋へと一歩を踏み出す。
「ぶぼっ……!」
「うぉっ!?」
中に一歩足を踏み入れた所で、俺は何かに足を取られて転びそうになる。
ユリの奴、こんな所に物を放置するなよ!
思わず恨めしげな視線をユリに向けようとして、その前に自分が何で転びそうになったのかその原因に目をやる。
「!?」
それを見た瞬間、俺は驚き一歩後ずさった。
俺が踏んだのは物ではなく……者だった。
一体何があってそうなったのか、何故かバックスが両手を後ろ手に縛られころがされた挙句に、ご丁寧に猿轡までされていた。
「……お前、何やってるの?」
「ぶぅ……ぐぶうぅぅ!」
呆れた視線をバックスに向けながらそんな質問を投げかけるが、当然猿轡をしている為、返って来るのはくぐもった声のみ。
バックスがこの状態では話にならないな……こんな事をする人間は一人しかいないし、聞いてみるか。
「これは一体どういう事なんだよ? ユリ」
そう言って視線をユリへと向ける。
この部屋にいる人間でこんな事をするのは彼女くらいなもんだ。
「私もこのような事をするのは大変不本意なのですが、事が事なので彼には代表して罰を与えました」
不本意とか言いつつ、その顔には笑みが浮かんでいる。
絶対そんな事思ってないだろう。
むしろ喜んでやってるとしか思えないぞ。
それよりも、今聞き捨てならない単語を口走ってたな。
「罰? 一体何をやったんだ?」
一体バックスは何をやらかしたんだ?
彼が代表という事は、おそらく元騎士団の連中が何かをしたという事だが、ここ二ヶ月、彼等はしっかりと職務を全うしていたと報告を聞いている。
一応俺が彼等の主になったので、その動向は逐次チェックしていたけど、特に問題行動は起こしていないはずだ。
バックス達に関しての報告を聞くに、元騎士団の連中は最初は街の者達や、近隣の村の住人に冷たい態度を取られていたがきちんと謝罪し、辛抱強く接する事で、完全にとまではいかないが、人々の態度も徐々に軟化してきているらしい。
俺も暇つぶしにこっそりと彼等の動向を調べに行った事があるけど、真摯に取り組んでいたと思う。
そんな彼等が一体何をしたのか? ちょっと想像がつかないな。
「何をやったか……ですか。何もしてませんよ」
「は? じゃあなんでこんな目に――――」
「何もしてない事が問題なんです」
んんん? 何もやってないんだったらバックスはなんでこんな目にあってるんだ?
たぶんリアネが慌ててた件も関係しているのだろうが、皆目検討もつかないぞ。
「実はこの領地にダンジョンがある事がわかりました」
色々考えを巡らせていたところに、ユリがため息を吐きながらそう呟いた。