17話 安らぎの時間
少し短いですが区切りが良かったので
あと少し残酷な描写がありますのでご注意ください
★
俺は夢を見ていた。
なぜ夢だとわかるのか?
……それはこの光景を最近何度も見ているからだ
俺は俯瞰した視点からその光景を見ていた。
その光景とは――――
人族の数は両手の指で数えられるくらい。
獣人族は千人近い人数が自分達と対峙している。
獣人達の先頭には一人の屈強な男、ドルガがいて俺と話している。
その話の途中に獣人達が笑い出す。
不快な笑いだ。
その光景を不快に感じたのは俺だけじゃない。
”自分”も怒りに顔を歪めている。
だが歪めたのは一瞬の事で”自分”から黒い靄のような物が発生する。
それが発生したかと思うと”自分”は三本の棒手裏剣を自然な動作で投擲した。
投擲した棒手裏剣が嘲笑っていた獣人の口を目掛けて吸い込まれるように飛んでいく。
勢い良く飛んだ棒手裏剣が獣人に当たる。
棒手裏剣が彼等の口を貫通し突き抜けた瞬間彼等の頭部が下顎までを残し上の部分が破裂してなくなる。
突き抜けた棒手裏剣の勢いは衰えず、直線状にいた他の獣人も肉塊へと変える。
三方向に飛んだ棒手裏剣が壁に突き刺さりようやく止まる。
棒手裏剣の軌道上にいた獣人は全て頭部がえぐれた状態になっていた。
その数が何人かは数えていない。
俯瞰している俺から見たら肉と骨の断面図が見える。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
”自分”がやった事だがここまで残虐な事を平然と行った自分に身震いした。
ここから話が進んでいくのだが、俺の体は更に浮き上がり自分を含めた人々が豆粒状になる。
次第に俺の周りが真っ暗になる。
ここで”いつものように”声が聞こえてくる。
「どうして殺した」
「自分達は笑っていただけだ」
「他にも笑っていた者はいた」
「どうしてワシなのだ」
「憎い」
「ヌシを殺したい」
「死ね」
俺に殺された様々な獣人達が俺の周りで憎しみの言葉をぶつけてくる。
その声に耳を塞ぎたいと思うのだが体がまったく動かない。
言う事を聞かない。
一人の獣人が俺の前に現れると斧を振りかぶると
「やめっ――――」
俺に向け一閃した。
★
俺が目を開けるとそこはいつもの牢屋だった。上半身だけを起こして周りを見回す。
そこには先程、俺に憎しみの言葉をぶつけてきていた獣人達はいない。
いるのは他の牢屋で静かな寝息を立てているレイラだけだ。
柵の向こうの空を見上げるとまだ星が煌き空は黒く染まっていてまだ夜が明けていない事を教えてくれる。
手で額に触れてみても傷などは一切なく陥没したりもしていない。体は寝汗を大量にかいていて服がはりついて気持ち悪い。
「またあの夢か……」
嗄れた声で独り言を呟く。喉が渇いているのでレイラを起こさないように水を貯めているところに行き水を口に含むと少し体が楽になるような感じがしたが、気分は優れない。
獣人との戦いがあってから一週間経ったのだが、あの出来事からこの悪夢をほぼ毎晩のように見てはこうやって夜中に目を覚している。
やはりというか、人を殺した事が心の隅で楔となって悪夢という形で見せているのだろう
あの時は殺したと言う事実だけを頭で理解していただけで特に何も感じなかったのだが、戦いが終わり、殺した晩にその事実を思い出してレイラが寝た後、人知れず震え上がった。
それからはこうやって悪夢として殺した獣人の怨嗟の声を聞いている。
「寝直すか……」
けだるい体を動かし再びベットに戻り体を横にする。
出来れば今度は夢など見ないくらいに深い眠りにつきたいと思った。
「それにしても」
どうして悪夢は頭こびりつくようにずっと残り続けるのだろうか……
しばらくは先程の悪夢が頭から離れなかったが目を瞑り考えないようにして頭を空っぽにするよう努力しているとようやく睡魔が戻ってきたのか俺は意識を手放せたのだった。
「……様………起きて下さい……様」
「ん……んぅ」
体を心地よく揺すられる感覚がして少しずつ意識が覚醒しそうになっている。
「イチヤ様、起きて下さい。イチヤ様」
その声に少しずつ瞼を開き俺に声をかけてきた人物をまだ寝起きで意識が朦朧とした状態で見た後に返事を返す。
「ふわぁ……リアネ……今日も可愛いね」
「……イチヤ様」
リアネが顔を赤らめて両手を頬に当てて嬉しそうにしている。だがその後の発言が問題だったようだ。
「その耳」
「……」
俺はその言葉を発した後、二度寝をする為再び瞼を閉じたのだが、リアネは無言で俺の体に触れるとさっきとは違い少しずつ力を込めて揺さぶられる。
「リアネ、痛い」
「……」
徐々に力が増している。揺する速度も速くなり俺に触れる力も強くなっている。もう触れるというよりも握るという表現の方が正しい。それも力強くだ。
やばい、更に痛くなってきている!
まだ力を温存していたというのか?!
「いだだだだだだだだだっ!痛い痛い痛い!リアネやばい!起きたから!起きました!だからやめて!」
俺の意識は完全に覚醒してリアネの手を離れて起き上がり、リアネに捕まれていた箇所を確認すると、肩と腰の辺りに赤く変色した手の後があった。
「おはようございます。ご主人様」
「おはよう……リアネさん」
リアネは満面の笑顔で挨拶してくれた。それも今までに見た事がないくらいの満面の笑みだ。だが目だけは氷の様に冷たい……怒らせるような発言をした俺のせいなんだろうが、正直頭がぼぅっとしていたせいでどんな発言をしていたのか覚えていない。
「リアネさん?」
「なんでしょぅ?ご主人様」
「何でイチヤ様って呼ばないのでしょうか?」
「おっしゃっている意味がわかりかねます。ご主人様と私の関係は主人と従者、ご主人様と呼ぶ事はどこも変ではないと思いますが」
「……そうですね」
怖ぇ……何を言ったらこんなに怒るのかわからない
だがこれからは言葉に気をつけよう
今後はリアネだけは絶対に怒らせないようにしよう
俺は心の中でそう固く決意した。
朝食の準備を終え、俺を起こしにきたリアネと一悶着あったのだが、俺が必死に謝ってみんなでの朝食までには機嫌を直してくれた。
とは言っても俺の謝罪で治めてくれた訳ではなく、恥も外聞もなく俺が土下座しているところにいつまでも戻ってこないリアネの代わりに朝食を持ってきたディアッタがリアネに土下座している俺の姿を見て驚きリアネを宥めてくれてようやく機嫌を直してくれたのだ。
朝食の場に俺とアル、レイラ、リアネ達メイド全員が揃った。朝食の場と言っても牢屋である。レイラが牢屋から出られないのでこの場になったのだ。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
俺の手を合わせて挨拶した後にみんなも同じように手を合わせて挨拶をする。日本式の挨拶を教えたのはもちろん俺だ。礼儀作法とまでは言わないが挨拶は大事だと思う。挨拶を終えるとにぎやかな食事が始まった。
彼女達が来た初日に俺が全員で食事を取ると言った時はリアネ以外のメイド達には驚かれた。主人と一緒に食事を取るなど恐れ多いとか言われたのだが、俺が食事は全員で取ると言った後は誰も反論しなかった。
食事を取るために最初にした事は場所作りだった。当たり前だがここは牢部屋である為に通路がせまくて全員一緒に食事をするのには不向きだったのでまずは八つある牢屋を変換して六つにして広さを確保。大き目のテーブルと椅子を十一脚精製した。
俺とレイラは牢屋で食べれば良いし、アルの分とリアネの分はもともとあるので精製するのは新しく一緒に食べるメイド達の分だけで良かった。
これを行った際にレイラの牢屋からため息が聞こえ、巡回しに来たアルには驚かれたが、一応王様には改築の許可をもらっていたので怒られるような事はなかった。ただアルが頭を押さえながら俺を非難するような目で見てきた。
いいじゃんか別に……どうしても一緒に食べたかったんだよ
ひきこもっていた時は一人で食べてても特に何も感じなかったのだが、アル達と食事を取るようになってからリアネの料理の腕もあっておいしく感じられた。やはり食事はにぎやかな方が良い。
初日は俺の顔色を窺いながらおっかなびっくり食べている印象があったのだが、数日経った今では彼女達も自然な感じで食事している。まだ小さい子は上手く食べ物を運べなかったり口のまわりを汚したりしていてそれを年長者の子達が拭いてあげているのが微笑ましい。見ていてほっこりする。
そんな和やかな食事が終わると彼女達はディアッタの指示の下それぞれが持ち場に向かい掃除を始める。持ち場と言っても俺が借し与えられている五階の各部屋だ。
なぜディアッタが指示を出しているのかと言うと俺が彼女をメイド長に任命した。彼女はリアネも含めた他のメイドの中で一番しっかりしていて気配りも出来る為適任だった。
難をあげるとするなら小言がうるさい事くらいか
さっきも俺とリアネのやりとりを見た後に二人で説教をくらった。
俺には
「ご主人様。あなたは主人であるという自覚があるのですか?従者に対してそのような態度を取って……理不尽な言動や態度を取れとは言いません。ですが、そのような態度も感心致しません」
リアネは宥められながらも
「リアの気持ちもわからなくはないわ。でもねリアも従者なのですからその態度は感心しないわよ、私達はメイド、しかもあなたはご主人様の専属なのですから一時の感情で軽率な行動をとらないようにね。小さい子達の見本になれるような行動を心がけて」
このように他のメイドが来るまで二人とも床に正座させられて説教されていたのだ。
ディアッタさん。主人なのだからと言っていますが、主人である俺を正座させて説教するのは良いのでしょうか?
彼女も最初の頃に比べれば遠慮がなくなって来た。当初は俺の態度に何か言いたげな態度を取っていたが何も言わなかったのだが、思ったことがあるんだったら怒らないから正直に言ってくれると俺も悪いところがわかって助かると言うと徐々にだが自分の思ってる事を口に出してくれた。
……あの時言った事を後悔なんてしてませんよ
ディアッタの仕事なんだが、メイド長として指示を出した後は自分の持ち場の掃除と他のメイドが持ち場を終えた際の確認だ。
それが終わると俺の専属であるリアネの食事の手伝いをしてもらっている。前にみんなより仕事させてごめんねと謝ったことがあるのだが、前よりも全然楽ですし他の子がいじめられないかという心労がなくなって本当に感謝していますと言ってくれた。
……まぁその後ご主人様が簡単に従者に謝るのはいけませんと言われたんだが
それにしても彼女達は本当に優秀だ。確かに掃除する場所が五階だけなのだがそれでもかなりの広さがある。それを二時間くらいで全ての部屋や廊下を綺麗にするのだ。一度牢から出て興味本位でみんなの仕事風景を見にいった事があるのだが、手を抜いているような様子はなくみんな真剣に取り組んでくれて埃一つない。
後は前にアルに汚れた衣類を任せていたんだが、今では担当を決めてもらって俺とレイラの衣類を洗濯してもらっている。(アルは家に持ち帰って奥さんが洗って綺麗になったのを持ってきてくれていた)
彼女達の業務なんだが掃除や洗濯が終われば食事の時間まで好きにして良いと言ってある。年長者の子達は自分の持ち場が終わると終わってないところを手伝うか食事の準備の手伝いに向かう。
ちなみにリアネは俺の専属で牢屋の清掃が終わった後に俺達の食事を作るのが主な仕事だ。
小さい子達は掃除が終わると俺やレイラのいる牢屋へとやってくる。
「ごしゅじんさまぁ。あそびましょぉ」
「れいらおねえちゃん。きょうもおはなしきかせてぇ」
このように俺のところに遊びに来たり、レイラはいろいろな国の物語を聞かせてあげたりする。
小さい子が来て初めてわかったのだが、レイラは物凄く面倒見が良い。最初はレイラを見て怯えていた子に同じ目線で微笑みかけて近づいて来た子に牢屋から手を伸ばして頭を撫でてあげるだけだったのだが、次第に他の子達になつかれてお話を聞かせてあげるようになった。
レイラの表情を見る限りでは彼女も楽しんでいるようでなによりだ
俺の方はというと牢屋に幼女達を入れてやる。
「じゃあ今日もトランプで遊ぼうか」
そう言ってこの前精製したトランプを取り出す。
「はぃ」
「うん」
「はやくはやく」
そう言って始めたのはババ抜きだ。まだ小さい子達なのと数字が元の世界のものなのであまり難しいのだと面白くないんじゃないかと思い形が同じものを揃える単純なババ抜きだけを教えたんだが、これが結構面白かったのか仕事を終えてはトランプをしにやってくる。
もう少ししたら数字と一緒に他の遊びも教えよう
四人でやっているのだが結構白熱する。まさかこの歳になってババ抜きがこんなに楽しいとは思わなかった。
「あぁ……また俺の負けだぁ!」
「ごしゅじんさまよわぁぃ」
「つぎはきっといちばんになれるよ」
「がんばって」
そんな風に言ってくる子供達の頭を順番に撫でてやる。弱いと言ってきた子には若干強くわしゃわしゃし撫でたのだが、逆に喜ばれてしまった。
俺は勝ち負けなど関係なくほっこりした気持ちになった。
その後何度か対戦した後昼食を取り、また彼女達は持ち場の掃除に戻っていく。俺は一度掃除したから良いと思うんだが、常に綺麗にする事がメイドとしての誇りだとか言われた。
持ち場の掃除は午前中に一度終わっているので午後はそんなにかからないうちに幼女達がまた俺やレイラのところに集まってきた。
さっき掃除に時間がかかって遊べなかった子達と年長者の子も何人か混ざっている。リアネも食事の準備までまだ時間があるので混ざるみたいだ。
「じゃあ始めようか」
またみんなで楽しい時間を過ごそうと思いトランプを取ろうとした時、急に扉が開かれる。
せっかくの楽しい時間を壊したのは意外な人物達だった。
いつも読んでくれてる方、ブックマークしてくれた方、評価してくださった方ありがとうございます。
今回は一人の時のイチヤ君の罪悪感と新たな関係を気付いたイチヤ君とメイド達のお話です。リアネも良い感じにイチヤ君に本心をさらけ出してきました。後はディアッタさんはハーレム候補に食い込むのか……今の段階では何も考えてません。今後のディアッタさんの行動次第ですね(投げやり)
5月23日 誤字報告があり修正しました。ご報告ありがとうございました。