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176話 自分自身がやりたいように

 宣言するかのように、響き渡った俺の言葉が室内に響き渡る。

 誰も言葉を発さずに静かに俺を見ているな。

 バックスなんかは目を見開いて凝視している。


 さて、そんなみんなに見られている俺の心境はと言えば――――実に気分が良い。

 なんというか、やっと自分の意見を言う事が出来て、とても晴れ晴れとした気分だ。


 昨日のユリの言葉を聞いてからこれまで、どうにも気が重かったが、ようやくスッキリした。


 ユリが言った事は正しい。


 この国の人間からすれば許せない事だし、怒る理由も十分にわかる。

 だからこそ、なかなか自分の意見が口に出来なかった。


 その事が、なんていうか喉元にもやもやが張り付いたような感じで、モヤモヤした気分が拭えなかったんだが、さっきのバックスの言葉を吹っ切れた。


 確かにバックス達は国からすれば罪人という扱いになるだろう。

 本人達の意思ではないとはいえ、そこは過去に行った事なので擁護のしようがない。


 だが、彼等はどうしようもないクズではない。

 クズというならこの領地を治めていた癖に、嫌がる騎士達を無理矢理率いて逃げ出した元侯爵の方がよっぽどクズだろう。


 とりあえず元侯爵についてはどうでも良いか。

 それよりも今はバックス達の事だ。


 バックスの部下達に関してはまだ話していないので何とも言えないが、少なくともこの男の印象だけを言えば、若干偉そうな部分はあるが、とても部下思いの人間という印象だ。

 

 ――――部下の為に自分の命を投げ出す


 口では言えても、実行に移せる人間はそうはいない。


 それを実行できるバックスを俺は気に入った。

 だから助ける。助けたいと思ったから助ける。

 それで良いじゃないか。

 自分の気持ちを蔑ろにして、モヤモヤするくらいなら自分の気持ちに従った方がずっと良い。

 

 俺の決断で他の人間がどう思うか?

 そんなもん(面倒な事)知った事じゃない。


 他人からしたら俺のわがままと捉えられるかも知れないが、それの何が悪い?


 獣人との戦争に関して俺は国に貢献したつもりだし、この領地に関しても魔物退治という形で貢献したんだ。

 多少のわがままくらい許されるだろ。


 ……それにやっぱり約束は守らなきゃ駄目だよな。


 こいつらと山で遭遇した際に罪を償うようなら全員の命を保証すると約束をした。

 こうやってバックス達がやってきたという事は多少なりとも俺を信じてくれたという事だ。

 ユリの言葉で昨日は揺らいでしまったけど、自分の信じてくれた奴との約束くらい守ってやりたい。

 最初からやりたい事など決まっていたというのに、何を迷っていたのか、自分自身が馬鹿らしく思える。

 自分が嫌な思いをするくらいなら始めから、自分らしく行動すればよかったんだよな。


 さて――――そうと決まれば、後はやりたいようにやらせてもらおう。



「と、いう訳でユリにとっては残念な結果かもしれないが、こいつはこれから生きて償ってもらう。文句等は後でいくらでも言ってくれて構わないから処理の方をよろしく頼む」


「わかりました」



 あれ、おかしいな? 昨日の感じからして、ユリならもう少し何か言ってくると思っていたんだが、嫌にあっさりと了承してきた。

 裏があるのかもしれないが、彼女に何か意図があるとしても、貴族社会で暮らして来たわけじゃない俺がそれを見抜く力なんて持ち合わせちゃいないので、俺は自分がしたいように行動するだけだ。



「ちょ、ちょっと待って頂きたい!」



 ようやく俺の言葉で固まっていたバックスが動き出す。


 当然ながらこのまま話がスムーズに進むわけがないとは思っていた。

 覚悟を持って決めた選択をたった俺の一言で覆されたのだから当然と言えば当然だ。


 たださ、死刑じゃなくなったんだからこのままスムーズに話を進めさせて欲しいというのが俺の本音だ。

 まったく……ここで待ったをかけてこの男に何の得があるのか?



「どうした? そんなに大声を出さなくても聞こえるぞ」


「これは失礼を……ってそうではなく! 何故、私の選択が却下されたのですか!?」


 

 この男が言いそうな事は大体予想がついていたが、あまりにも予想通り過ぎた。

 しかもなんでそんなに熱意を持って質問してくるのかがわからない。


 もしかして自殺志願者なのだろうか?


 いや、さっき死ぬのは怖いといっていたしそんな事はないよな。

 とりあえずは俺の意思だけは伝えておこう。



「何故却下されたかか……俺がお前を気に入ったからだが?」


「は?」


「だから~、俺がお前を気に入って死ぬには惜しいと思ったから俺の権限で却下した」



 人に対して気に入ったっていうのはどうにも照れる。


 しかも聞こえてなかったのかと思い、もう一度繰り返す羽目になり、どうにも気恥ずかしい。

 出来れば一回で聞き取って欲しかった。



「えっ……いや……えぇ……」



 なんか不満そうな声を上げているけど、俺の権限で死ぬことがなくなったのに、一体何が不満なのか。

 死なないで済むんだからそれで良いだろうに。というかもっと喜んでほしいもんだ。



「一体何が不満なのかわからないが、これは決定事項だ。ユリにもそう処理してもらうってのは聞こえてただろ?」


「聞こえていましたが……それでは部下が……」



 なるほど、さっき自分が死ぬ事によって、部下へ向けられる目が少しは和らぐんじゃないかとか言ってたな。

 ただ、それってこの男の願望であって、可能性でしかない。

 その事をこの男はわかっているのだろうか?



「なぁ、あんたさ、わかってるか?」


「……何をでしょうか?」


「リーダー格のあんたが死ぬ事によって、民からの害意が減るかもしれないというのが、可能性でしかない事にだよ」


「……」



 沈黙するという事は、その可能性に気付いていたようだ。


 まぁ当然といえば当然か。

 こんな若造にも気付けるような事を気付けないはずはない。


 つまり、その事実に目を逸らしていたという事か。

 いや違うな、目を逸らしてその願望に縋りたい、が正解か。


 この国から逃亡した事によって、バックス達は何もかもをなくした。

 あの山に住みついていた事からわかるとおり、頼れる人間もいないだろう。


 全てをなくした状況で、裏切った人々の害意を軽減するにはどうすれば良いか? とバックスが考えた方法がリーダー格であるバックスが死ぬという方法だ。


 それしか方法がないと思うくらいに追い詰められているのは理解できるが……方法としては最悪の部類に入るな。



「気付いていた上でやろうとしていたのはわかった。でもさ、その方法にはさっき言った以外にも問題がある事は理解しているか?」


「……何でしょうか?」



 今度は本当に気付いていないようで、顔を俯けているが、バックスから不思議そうな声が返ってくる。



「あのな、お前が部下達を大切にしているのはさっきの言葉でわかった。じゃあその部下達はお前をどうなんだ? なんとも思ってないのか?」


「それは……」


「ここまで部下を思ってくれるあんたをなんとも思ってないと断言できるのか? お前の部下達はそこまで薄情なのか?」


「そんなことはありません!!!!」



 部下を侮辱されたと思ったのか、敬語を使ってはいるが激昂したように声を荒げる。

この態度からしても、余程部下の事を信用しているのだろう。


 バックスの部下達についても、信頼関係は十分に気付けていると俺は思っている。

 本当にバックスを心配していなければ、昨日のユリの一撃を受けたバックスの事よりも、まず第一に自分の心配をしていたはずだ。

 それくらいユリはバックス達に憤っていた。


 本当に心配していなかったらあの場で動く事など出来ない。

 それくらいユリの圧は凄かった。

 俺ですら圧倒されかけたくらいだ。

 なんとういうか、獣神決闘での戦いくらいのプレッシャーを感じた。


 いや、それは大袈裟か? まぁそれくらいにユリの怒りが凄まじかったという事だ。


 そんな状況下で、バックスを心配し、動いたという事がバックスと彼等が強い絆で繋がっている事を物語っている。。



「うん。俺も彼等の行動を見る限り、そんな薄情だとは思わない」


「はい!」


「だったらあんたが死んだ場合、彼等はどんな行動に出るか思う?」


「どんな行動と申しますと?」


「あんたが死んだ場合、彼等が次にどんな行動を取るかだよ。可能性の話」


「可能性……」


「そう、可能性。俺の予想だけど、あんたに死なれた場合、何人かはあんたを追って死ぬか、俺達が逆恨みされるかもしれない」


「!? そんな事は!」


「ないと言いきれるのか? 俺としては高い確率でそういう未来が訪れると思っているんだがな」



 バックスは部下達にかなり慕われているはずだ。

 そんな人間が死刑になった場合、同じ道を辿る人間が出てくるはずだし、自分達に非があるのをわかっていても、行き場のない憎しみは自然と彼を死刑にした人間へと向く。


 つまりこの街に呼び寄せた俺に向かう可能性が高い。

 そうなった場合、そのやり場のない憎しみを関係者に向ける可能性も出てくる。

 生き残る事を選んだ以上、迂闊な真似はしないと思うが……もしもリアネ達に何かされた場合、俺も容赦しないつもりだ。


 まぁ全ては仮定の話だが、そんな面倒な事が起こらないようにしたい。


 だからこの男にはぜひとも生きていてもらいたい。


 バックスを気に入ったのは本当だ。

 だけどバックスを生かすのは、こういう面倒事を回避したいという打算的なものも存在する。

 この男を生かす事で面倒事がいくつか減りそうだからな。



「では領主様は私にどうしろとおっしゃられるのですか?」


「生きて国の為に尽くせば良い。難しいことじゃないだろ?」



 死ぬという選択を却下したんだからわかると思うんだが。



「ですが誰も死罪にならないのでしたら、民が納得しないのではないでしょうか……」



 確かにバックスの言った事も尤もだ。


 この国の人間からすれば、バックス達は裏切り者。

 憎しみが彼等に向かうのは必然である。


 まぁその問題については考えてある。

 というか、さっき考えた。


 そういう訳で、その考えを実行する為、ユリへと顔を向ける。



「何で俺がこの地の領主になったのかって、領民達は知ってるのか?」


「もちろんです。この国を救った英雄が領主になってくれたと、皆、好意的に受け入れてます」



 国の方でしっかりと周知してくれていたようで安心した。

 これなら非常にやりやすい。



「だったら、彼等が俺の奴隷になった事と”俺以外に奴隷を傷つける行為”を行った人間を厳罰に処すという触れを出してくれ」



 彼等をどうやって守るのか? 答えは簡単! 強権発動である!

 本当は!領主権限こんなものを使うつもりはなかっただけど、今回ばかり彼等を守る方法がこれしか浮かばなかったので仕方ない。

 人心を掌握する術なんて、一般高校生に出来る訳がないだろ?


 強権については国に害が及ぶ事じゃないので王様も許してくれるだろう。


 なお、俺以外に奴隷を傷つける行為うんぬんは、俺が罰を与えるからお前等は手を出すなという意味を含んでいる。

 もちろん問題を起こさない限りはそんな事をするつもりはないし、簡単に言えば体裁を整える為だ。

 これで彼等が領民から何かしらの危害を加えられる事は減るはずだ。


 たぶん。 


 さて、さっきからユリが凄く冷めた目で俺を見てくるのだが、言いたい事十分にその目が物語っている。

 おそらく『彼等の為にそこまでしてやる必要があるのか?』と言いたいのだろう。


 昨日の様子からわかる通り、内心凄く不満なんだろうなっていうのは伝わってくる。

 が、そんなものは無視だ無視。

 


「はぁ……わかりました」



 長い沈黙の後、ユリがため息と共に返事をする。

 どうやら俺の意思が変わらないという事がわかったのだろう。

 この件に関しては俺も引く訳にはいかないからな。



「とりあえず、今日中に触れは出しておきますので、今後の彼等についての処遇等は全てお任せします」



 ユリが若干投げやり気味な態度をとっているが仕方ない。

 正直、面倒臭い事この上ないが、俺が言い出した事だ。

 今後起こりうるであろう面倒事がここで解消されるなら安いものだろう。



「領主様、我等の為にそこまでして頂いて本当によろしいのですか? 迷惑がかかってしまうのでは……」



 バックスが不安そうな顔で聞いてくる。

 


「迷惑なんて今更だろ。そんなもん、あんたらが山に住みついた時からかけられてる。本音を言えば面倒だ。だけどさっきも言ったように、俺はあんたという人間を気に入った。多少の面倒をかけられても良いくらいには死ぬには惜しいと思ったから助けるようと思ったんだ。それに昨日約束しただろ、この街に来て誠心誠意謝罪するなら死ぬような事にはならないようにするって。もしも迷惑をかけたと思うんなら、この領地に住む民の為に尽くしてくれ。それがあんたらにとっての贖罪にもなるはずだ」


「ありがとう……ございます。この身に換えてもこの国に……あなた様に誠心誠意尽くさせて頂きます!」



 俺に向かって深く頭を下げるバックス。その床にはいくつもの染みが出来上がる。


 どうにも大袈裟な気もするが、どうにか死ぬ事を思い止まってくれたようで安心した。

 俺としても、そんな後味の悪い結末にならなくて本当に良かったと思っている。


 まだバックスの部下達に、この結果を伝えていないのでこの件について全てが片付いた訳ではないけど、あれだけ部下に慕われてたバックスなら、彼等が現実を受け止められるよう尽力してくれるだろう。


 何はともあれ、これで俺が出来る事は全てしたつもりだ。


 後は彼等がこの罰を受け入れ、どう行動するかか。


 俺は予知能力者ではないので、彼等の行動を見守っていくしかない。

 これで腐るようなら一生奴隷のままだし、バックスが言ったように誠心誠意この領の為につくしてくれるなら、奴隷から解放するだけだ。


 どちらを選択するかは彼等次第。


 どう転ぶかは神のみぞ知るといったところだが、彼らには後者を選んで欲しいところだ。

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