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175話 元騎士の選択 後編

 ユリの言葉にバックスが目を見開き絶句する。


 そりゃそうだろう。

 自分の決断次第で志を同じにした仲間の命運がかかっているのだから。


 だというのに――――



「それで答えは? これでも領主代行としての仕事があるので、あまりこの件に時間を割きたくないので、早く答えを聞かせてもらえますか?」


「待ってください。私一人では……一度皆と相談をさせてはもらえないでしょうか……?」


「あなたの耳には私の言葉が伝わらないのですか? 今言ったばかりでしょう、このような瑣末事に時間を使いたくないと。今この場で決めなさい。もし決められないようであれば私が決めさせてもらいますがよろしいですか?」



バックスは仲間との話し合いを希望したのだが、ユリはそれを許さないようだ。


 それを聞いて青白い顔を浮かべるバックス。


 気持ちはわかる。

 自分の答え次第で、この場にいない彼の部下の生死まで決定付けてしまうのだ。

 仮に生きるという選択をしても、奴隷の首輪をつけ、領民から蔑まれる生活を送る事になる。

 どちらの選択をしても辛い未来が待っている。

 それをこの男が一人で背負う事になるのだ。

 こいつの仲間は五十人近くいる。

 当然一人一人意見が違うだろうし、どちらの罰を選択するのかも個人個人違うはずだ。

 どちらの罰を選択してもこの男は非難の声を浴びる。


 さすがにそれは酷すぎるだろう。

 

 

「おい、いくらなんでも――――」


「ユリ、さすがにそれは酷というものではないでしょうか?」



 俺が再び文句を言おうとした所、その声を遮って声を上げたのはレーシャだった。



「確かに彼らは国の一大事に国を見捨てたのかもしれません。ですがこうして戻ってきてくれた以上、温情があっても良いのではないかしら? 陛下もそう思ったからこそ二つの選択肢を与えたのでしょう」


「そうですね」


「でしたらせめて選択は各自の判断に任せるべきでは? さすがにこのような選択をこの方だけの判断に任せるのは残酷過ぎです」


「……」



 レーシャの言葉に黙り込んだユリ。


 俺の言いたい事を、俺よりも上手く言ってくれたレーシャに心の中で感謝する。


 いや、本当に良く言ってくれた。

 ユリからしたら彼等に同情の余地もないのかもしれないけど、それを全部この男が背負うのは間違ってるだろ。

 罪を償うにしても、その償い方に選択権を与えられたのなら、個々人にその選択を委ねるべきだ。



「……わかりました。では選択は個々人にお任せしましょう。それで、あなたはどうしますか?」


「私は……」



 どうやらユリはレーシャの言葉を受け入れたようだ。


 これで一安心だな。


 さすがに生きるか死ぬかの二択で死ぬなんていう選択はしないだろう。

 確かに奴隷という身分に落ちるのは辛いかもしれないが、死ぬよりは絶対にマシのはずだ。


 後は誰の奴隷になるのかだけど……おそらくユリあたりだろうか?


 レーシャかとも一瞬思ったけど、さすがに王女の奴隷になるなんて事はないだろう。

 護衛をつけるにしても、きちんとした身分の騎士などをつけるはずなので、ありえない話か。


 となると、おそらく彼等が奴隷の道を選んだ場合、主人になる可能性が高いのはユリか。


 まだ誰の奴隷になるかを聞いてないが、もしユリになった場合、彼女の態度から彼等を毛嫌いしてるは一目瞭然なので酷使する可能性が非常に高いな……

 あまりに酷い扱いをするようだったら注意する事にしよう。

 もし俺が言っても聞かないようならレーシャに注意してもらえば良いか。

 最悪王様に頼めばどうにでもなりそうだ。


 ふぅ……とりあえずはこれで、彼等の件に関して肩の荷が下りた。

 口約束とはいえ、命の保証をしたからな。

 後は彼等が奴隷になった際の扱いだが……それは彼等がどうにかする事だろう。

 一応は国を見捨てた罰という事でもあるので、それを受けるのは仕方がないと思う。


 ただもしも主がユリになった場合やりすぎる可能性もあるので、その際には諌めるくらいはしてやろう。


 ようやく昨日からの騒動が落ち着きそうだ。

 後は彼等が奴隷になった時、腐らずに頑張ってくれる事を祈る。

 もしも腐らず、罪を償った時には王様に奴隷からの開放を進言してやってもいいかな。


 全ては今後の彼等次第だ。

 ぜひとも頑張って欲しい。


 ――――そう思っていた所に、予想外の返事が返って来た。



「私は……死を選ばせて頂きます」



 ……馬鹿なの? いや、馬鹿なんだろう。

 さすがにこれは俺も予想外だ。


 確かに奴隷という身分は屈辱かもしれないが、生きていれば再起は図れると言うのに、一体こいつは何を考えているのか。

 死んでしまったらやり直す機会もないじゃないか……


 バックスへと視線を向けると、彼はユリに頭を下げ、それ以上の言葉を紡がない。



「わかりました。では刑の執行については後日改めて」


「おいアンタ、本当にそれで良いのか!?」



 話が決まりかけていた所に口を挟んで、バックスにもう一度確認する。


 俺にはどうしてもその選択が正しいとは思えない。

 せめてもう少し考えてから答えを出しても良いはずだ。

 


「領主様……これで良いのです……私は民を見捨て、国を捨てた罪人です」



 どこか諦めが入った瞳を俺に向けるバックス。


 確かにこいつが言った通り、大変な時期に国を捨て、他国に逃げようとした。

 騎士の身分である彼等がそれで国から罰を与えられるのは仕方ない。

 国にも面子というものがあるのだから。


 だけど俺からしたらそれは死をもって償うほどのものかと思ってしまう。


 幸い獣神決闘は俺達の勝利に終わり死者は出ていないし、彼らも元侯爵の命令に背いて戻ってきた。


 この事からも情状酌量の余地が十分にあるはずだと俺は考えている。

 これは俺の予想でしかないが、王様もそう思ったからこそ彼等に選択肢を与えたのだろう。

 

 そうじゃなければ、ユリが報告を終えた時点で、即処刑が決定しているはずだ。

 選択肢を与えたのはおそらく貴族連中から批判を出さない為の予防線か。

 貴族関連についての知識はあまりないのでただの憶測でしかないが、概ね当たっていると思う。

 

 つまりバックスというこの目の前の男は生きていいはずなのだ。


 そう思い俺の考えや王様の意図をバックスへと伝えたのだが……



「それでも……私は……死ななければならないのです」


「なんでだよ!?」



 死ななければいけない? 意味がわからない!



「私達騎士は民を見捨て逃げ出しました。王都が襲撃され、次に攻め込まれれば滅ぶかもしれないという最悪の時期にです。いくら元領主の命令で、した事だとしても許される行為ではありません」


「だからって、死ぬ必要があるのか?」


「確かに……領主様が言うように私が死ぬ必要はないのかもしれません」


「だったら――――!」


「ですが、それで裏切られた民は納得するでしょうか? 昨日代行様がおっしゃったように私達騎士は民の血税で生活を送っておりました。いざという時、民を守れるように。それを放棄し、逃げ出した我々を民はどう思うでしょう? 確かに死ぬ必要はありません。ですが、せめて誰か一人は死んで罰を受ける必要があるのですよ。生きて罰を受ける者達が必要以上に苦しめられないように」


 バックスは諦めの表情をしているが、その中にどこか決意を滲ませた瞳で俺にそう語る。


 つまりこの男は、生きる選択をした他の連中が必要以上の悪意が向けられないように、自分が死ぬ事で緩和させたいという事か。

 確かに全員が生きる選択をした場合、亡命の件と合わせて、生き汚いと罵る奴も出てくるだろう。

 だからバックスが死を選ぶという選択は仲間の今後を考えるなら正しいのかもしれない……


 正しいのかもしれないが……



「お前はそれで良いのか? 死ぬのが怖くないのかよ?」


「もちろん怖いです。ですが、それ以上に生きて罪を償う選択をした部下達に、必要以上の害意が向けられ、心が砕かれる方が怖いです」


「何でそこまで……」 



 一緒に過ごした時間は長いのかもしれないが、言い方は悪いけど所詮は仕事仲間だろ。

 自分の命を犠牲にしてまで守る必要があるのだろうか?



「それはあいつらが俺にとって何よりも大切な存在だからです。あいつらは元領主の下を離れる際、殺されるかもしれないというのに、私を信頼し、ここまで着いてきてくれました。何もかも失った今の私が持っている唯一の存在があいつらなんです。だから……少しでもあいつらの助けになるなら私は……!」



 バックスが俺の疑問に苦渋の表情を浮かべ、そう答える。


 死ぬのが辛いのはその表情から一目瞭然だ。

 その反応は当然のものと言えるだろう。誰だって死ぬのは怖いし、受け入れるのは難しい。

 死を受け入れるなんて事が出来る人間なんて、全てに絶望してる奴か、自殺志願者くらいだ。


 なのにこいつは……仲間が少しでも非難されないようにと、死ぬ事に怯えながらも死を選だのか。


 仲間の為に死を選ぶ。そんな事を出来る人間なんてなかなかいない。

 それをこいつは……


 全く……馬鹿だなぁ……俺は。


 昨日のユリの話を聞いてから、状況に身を任せていた。


 確かにユリが言っていた事は正論だ。

 彼等のやった事はこの国の民からすれば許せない事だろう。

 特に守られるべき時に守られなかったこの地の領民からすればたまったもんじゃない。


 それでも――――仲間の為に自分を犠牲出来るこいつが死ぬのは惜しい。

 素直にそう思えた。



 だから――――



「お前の選択はわかった。だがその選択を俺は却下する」

 

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