174話 元騎士の選択 前編
「あなた方にとってはどちらにしても地獄であるのは変わりありません。私としては生き恥を晒していき続けるよりも、処刑された方が苦しむ時間が少ないのでそちらをお勧めします」
「……おい、ユリ、さすがにそれはひどいだろ」
思わずユリに食ってかかる。
生きる道があるのに、死ぬという選択を進めるのはさすがにどうなんだと思ったからだ。
確かにこいつらがした事はこの国の人間からしたら許せないかもしれない。
それは昨日のユリの怒り具合から十分に理解した。
けど、生きて償える機会があるんだったらそっちの方がよっぽど良いだろう。
こいつらがいなかった事で多少の被害は出たのかもしれないが、特に誰かが死んだわけではないのだからこいつらが死ぬ必要はないと思う。
誰かが亡くなったとかなら話は違うがそういう話は聞いていない。
だったら償う機会くらいは与えてやったらいいはずだ。
「昨日から思ってましたが、イチヤさんはずいぶんと彼等の肩を持つのですね?」
確かに見る人から見ればそう見える行動をしてる自覚はある。
「まぁ……こいつらがこの街に来るように薦めたのは俺だし、寝覚めが悪いから処刑されるのは避けたいとは思ってる」
「彼等の罪は自業自得ですし、気に病む必要はないのでは?」
「間接的にでも自分が関わって人が殺される事になったら、気に病むなっていう方が無理があるだろ。身内に危害を加えられたら容赦しないが何かされた訳じゃないしな」
「ですが、この者達のせいで、村の件や彼等が潜んでいた山の調査で迷惑を被ってますよね」
確かにこいつらが未遂とはいえ、国を捨てるような真似をしなければ、その件について俺に迷惑がかかる事はなかった。
魔物の調査はこいつらに任せただろうし、そもそも不審者がいるなんて情報も存在しなかったしな。
と、そこまで考えたところで一つの疑問が浮かぶ。
あれ……不審者の件はともかく、魔物の件についてはどの道俺が出張ったんじゃないか?
「話を変えるようで申し訳ないけど、バックスだったか? あんた達は魔獣と戦った事はあるか?」
「いえ、領地の安全を守る為に魔物は狩ったりしますが、この領地に魔獣は出た事がない為、一度も……」
突然俺から話を振られ、なんとも申し訳なさそうにバックスが答える。
「だったら村の件に関しては、こいつらがもし逃げ出さなかった所で対処出来なかっただろうから、結局は俺が行かなきゃ行けなかっただろ」
「そうでしょうね」
「どういう事でしょうか?」
俺の言葉に、ユリは理解しているようで短く返し、バックスは不思議そうに尋ねてきた。
たぶんユリの奴、わかってて二つの件を出したな……
わかってはいたが、バックス達元騎士達の件に関しては本当に意地が悪い。
昨日、ユリの本音を聞いているので、彼女の心情的に仕方ないっちゃ仕方ないんだが、結果論で言えば誰も死んでないのでもう少し配慮してやっても良いんじゃないかと思う。
言ってもはい、そうですかって事にはならないので一先ずユリの心情に関しては一旦置いておこう。
とりあえずは俺の言葉に疑問を持っているバックスの質問に答えてやるか。
「もしあんたらがこの領地で騎士を続けていたとしても対処出来ずに死んで、結局は俺に話が回って来ただろうからだ。俺に話が来るまでに被害も拡大してた事を考えれば、結果的に俺が出張った事は最善だったと言えるな」
最初から俺が行ってなければ、魔物によって傷ついた村人達にヒール丸薬を飲ませる事も出来なくて、死んでいた可能性が高い。
もしかしたらこいつらの中に回復魔法を使える人間がいるかもしれないが、部位欠損までは治せないだろう。
皮肉になるかもしれないが、結果論で言えば俺が言った事によって救われた人間の割合が大幅に上がった。こいつらには悪いけどな。
それに。
「我々はそこまで非力ではありません。魔物くらい対処出来ます」
昨日戦った感じ、確かに魔物くらいなら相手に出来る技量はあるので、バックスが反論するのも頷ける。
それがただの魔物だったらなら負傷するかもしれないが、きっと対処する事が出来ただろう。
――――それがただの魔物だったならな。
「確かに昨日、あんたらと戦闘した感じ魔物くらいなら倒せる技量はあると思った」
「これでも訓練には真剣に取り組んでおりましたから。それに領地にいる魔物は巡回の際に何度か退治しています。魔物如きに後れを取るような事はありえません」
「そうか。じゃあ魔獣は?」
「え?」
「魔獣は倒せるのか? もしくは倒した事はあるか?」
「ありません……魔獣は一体だけでも甚大な被害を及ぼす生物です。私も魔獣の話は聞いた事があるだけなので確かな事は言えませんが、亡命した騎士を合わせてもギリギリ勝てるかどうかと言ったところ。ですが魔獣は数が少なく滅多に現れるようなものでは……まさか!?」
俺の質問の意図を察したらしいバックスが顔を青褪めさせる。
魔獣とはそれくらいこの世界の住人に恐れられる生物らしい。
俺も魔獣に出くわしたのがあれが初めてだけど気持ちはわかる。
熊の魔獣はともかく、ゴキブリ男は見た目と同じくらいに怖気が走る程の脅威を感じた。
この世界に来て初めて、殺されるんじゃないかと感じたくらいだ。
今俺が生きてるのは運が良かっただけ。
気まぐれで生かされたような形だ。
あの時ほど、もっと力をつけていればと後悔した日はない。
っと、そんな事はどうでも良いか。いやどうでも良くはないんだけど、今は関係ない。
「あんたの予想通り、現れたのは魔獣だ。その魔獣が魔物を操り村を襲っていた」
「なんですと……ではその村は!!??」
「怪我人は出たけど、死者はいない。魔獣も倒したから今の所は大丈夫だ」
「そうですか……」
その言葉を聞いて安堵の表情を浮かべるバックス。
一応は騎士としての矜持は持ち合わせていたのだろう領民を心配する気持ちは持ち合わせていたようだ。
そうじゃなかったら元領主の命令を無視してここに戻ってはこないか。
だけどこの問題は一時的に解決しただけだ。
定期的に巡回出来れば一時的じゃなくなるのだが、この領地には騎士や兵士がとにかく少ない。
今いる騎士や兵士はユリがこの領地に来る際に連れてきた十人と、この領地に来る際にユリがぼこぼこにして隷属させた盗賊が二十人弱の約三十人だ。
これは日本に住んでいた俺でも少ない事はわかる。
街を守るだけなら、俺達もいるのでそう簡単に魔物の脅威に晒される事はないだろうけど、領地全土を巡回するには絶対的に人数が足りない。
この国の姫であるレーシャを守る必要もあるので、ある程度この屋敷を守る護衛も必要だ。
そもそもこの領地って結構な広さがあるんだよ!
魔物討伐の以来の際にユリから地図を見せられて初めて知ったんだけど、この領地、他の貴族が治めている領地よりも若干大きかった。
地図には正確な大きさは書かれていなかったが、たぶん東京都の三分の一くらいはあるんじゃないだろうか。
集落はそこまで多くはなかったけど、この街以外に同じような規模の街が後二つ、大小様々な村が七つ。
獣人族と同盟を結んだので、彼等の脅威がないとはいえ、この大きさの領土を巡回するのは不可能。
街や村に騎士や兵士を派遣させようにも、二、三人が限度だろう。
昼夜交代で見張りをさせるのであれば、現実的じゃないのは明らかだ。
この領地の人手不足は本当に頭の痛い話である。
「さて、安心しているバックスさんには申し訳ないのですが、そろそろ決断して頂きましょうか。奴隷として生き汚く生きるのか、自らの罪を認め潔く死を選ぶのかを。ちなみにあなたの答えはそのままあなた達の総意とみなします」