172話 処遇4
貴族について印象? こいつらの話をしていたはずなのに、いきなりなんなんだろうか?
俺の質問をスルーしての突然の質問に貴族について思案する。
とは言っても、そこまで貴族について詳しくないんだよな……この世界に来てからもそこまで貴族と接点を持った事ないし、知っている貴族といえばユリの父親の宰相くらい。
あ、後はジェルドのおっさんも一応貴族みたいだな。なんかそれらしい話を聞いた覚えがある。
参考になりそうな二人から貴族の印象を考えてみる。
だが、すぐにそれが間違いだという事に思い当たった……二人ともあんまり貴族って感じじゃないので参考にならないのだ。
宰相は貴族っていうより王様の補佐という印象。
ジェルドのおっさんは能筋って印象が強い。
貴族は領地を治めて国に貢献しているというイメージなのだが、この二人が領地を治めているイメージが全く沸かない。
結論。俺の知り合いに”まとも”な貴族がいない。
さて、どうしたものか……他に貴族の知り合いはいないぞ。
元の世界にも貴族という存在は物語の中にしか存在しない。
……いや、世界的にはいるのかも知らないけど、少なくとも俺の住んでた現代日本ではエルフやドワーフ並に空想上の産物と化しているので貴族のイメージと聞かれても実物を見た事ないので答えにくい。
でもユリの態度を見ている限り、さすがに答えないという選択肢はとれそうもなさそうだなぁ……
「俺の持ってるイメージで構わないか?」
「ええ、もちろんそれで構いませんよ」
こうなったら頼れるのは今まで培ったオタク知識だ! という事で、ユリが頷くのを見てから、俺の今までのオタク知識を総動員する。
俺の良く知っているアニメや漫画、ゲームやラノベなんかに登場する貴族って確か……
「えっとだなぁ……俺の貴族に対してのイメージは大きく分けて二つ。一つは領民からの信頼の厚い、税金を領民の暮らしを良くする為に使える有能美丈夫。もう一つは領民は自分の所有物で、領民からの税を自分の資産と考え、領民を困窮させるガマガエル男」
これがオタク知識で得た先入観百パーセントの俺が貴族に持つイメージである。
もちろん反論は認めるよ。だってただのイメージだもの。
「見た目以外の部分に関しては概ね間違っていませんね」
「間違ってないのか」
「ええ、もちろん全部が全部当てはまっている訳ではありません。見た目もそうですが、人によって個人差はありますから。その事を踏まえて大きく分けると、イチヤさんが言ったような印象になりますね。貴族のイメージに関しては民達も同様だと思われます」
「なるほど。でもそれが今話すべき内容なのか?」
一応この世界の知識として保管しておくけど、ユリが何を思って唐突に貴族の印象について聞いて来たのかがわからない。
どうしてユリがこいつらにここまでの嫌悪感を持っていたかを聞いたはずなんだけど、何でこんな話をしているんだろう?
確かにこの世界の事に不慣れな身なので、講義してくれるのは助かる。けど、講義ならまた時間を取ってやって欲しいんだが。
少なくとも今やるべき事じゃないだろうに。
「関係はありますよ。先程のイチヤさんの質問ですが、どうして私が彼等に嫌悪感を抱いているのかでしたね」
「ああ」
「私は貴族です。そして貴族とは民にきちんと税を収めさせ、その税で彼等の生活をより良くし、国を発展させる義務があります。中にはイチヤさんのイメージにあった通りに、民の血税を我が物顔で使うような性根の腐った貴族もいますが! ここの前領主のような!!!!」
言っててここの前領主である元侯爵を思い出したのだろうか、ユリのモーニングスターからギリギリと音が鳴る。
……これはどう見ても、その元侯爵を思い出して、そいつへの怒りが再燃したな。どう見ても怒っていらっしゃる。こういった場合、口を挟まず、話を聞いているのが吉だろう。
そう思っていたのだが、表情に出ていたのか、俺が軽く引いていると、ユリが一つ咳払いをした。
「失礼しました……そういった訳で、良識ある貴族は民から収められる税を国をより良くする為に使います。では、国をより良くする為に重要な事は何だと思いますか?」
「わからん」
「……即答ですか。少しは考えて欲しかったのですが」
ユリからじと目を向けられるが、わからないものはわからない。
「良いですか? 国に取って重要な事は民が健やかに暮らせるかどうかです。”民なくして国に非ず”という言葉がこの国にはあります。いくら王や貴族がいようが民がいなくては国としては成立しないのです」
「なるほど」
「着る物がなければ身体を守る事が出来ません。冬であれば凍死する可能性もあるでしょう。食べる物がなければ心は荒み、最終的には餓死してしまいます。住む場所がなければ暑さ寒さを凌げませんし、安心して睡眠を取る事も出来ないでしょう。私達貴族や王族はそんな風に民が苦しまぬよう、収められた税を使い、一人でも多くの民が安心して暮らせる国にしていかなければならないのです」
ユリが持つ貴族感について初めて聞いたが素直に感心した。
正直な所、貴族が領民に対してここまで深く考えてるとは思ってなかった。
彼女の目を真っ直ぐに見つめたが、その瞳は逸らされる事なくその思いが真実だと告げている。
先程、良い例として、領民からの信頼の厚い、税金を領民の暮らしを良くする為に使える領主を上げたが、これは|ラノベの世界に限った話《幻想の産物》だと思っていたんだけどなあ。
ひねくれた考え方だけど、”民の為に”なんてのは口ではいくらでも言える。国の為、国民の為だとか言って自分の事しか考えてない人間は大勢いると俺は思っている。
そう思っていたのに、物語に出てくる有能貴族のように本心からそう口に出来る人間がいるとは……しかもこんな身近に。
王族の人間もそうだけど、ユリのような高位貴族がいるならこの国も安泰だろう。
これはまた一つ、戦争を終わらせこの国が存続出来るように頑張らなければならないな。
まぁ彼女の言葉に感心したのは良いとして
「貴族についてや、領主としてのこの国の心構えはわかった。だけど結局何でユリがここまでこいつらを嫌ってるのかわからないんだが?」
「それは彼らが私の嫌いな、民の税を我が物顔で使い、民の事を何も考えない性根の腐った貴族と同じだからですよ」
「同じ?」「そんな事はありません!!」
俺の質問と同時にそう叫んだのはこの集団のリーダーの男だ。
「同じではありませんか」
そんな男を冷ややかな目で見たユリは静かな怒りを向けるように口を開く。
「私達は民に税を収めさせ、その代わりに彼等には経済や生活の安全という形で還元する。親をなくした子供には一人前になるまで孤児院で健やかな成長を。怪我を負った人には働けない間の生活の保証と救護院での治療にと言った具合に。騎士団もその内の一つです。民に危険が及ばぬよう、魔物や盗賊等の脅威から民を守る為にです。あなた達の武器や防具、生活に必要な金銭はどこから出ていたか知っていますね?」
「……国からです」
「そうです。国から軍事費として割り当てられます。特に多く割り当てられたのは隣国に近い街の騎士団で、この街もその一つです。魔物や盗賊の脅威以外に、隣国からの侵攻を防いでもらう為に。だというのに、あなたたちは守るべき民を見捨てて逃げ出した。民が収めた税で生活していたにも関わらず、真っ先にその職を放棄した人間を嫌わない理由がどこにありますか」
なるべくユリは、感情を押さえ込むようにして話している感じだったけど、その怒りが相当なものなのは伝わってきて、一同が顔を俯け沈黙する。
あぁ……これはダメかもしれないな。
俺としてはこいつらの処罰をするにしても命くらいは助けてやるつもりだったんだけど……こうも納得される理由を述べられると擁護するのは難しい。
だってこいつらの自業自得な訳だしな……
確かに領主によって無理やり連れて行かれたという理由はあるが、残された者達にとってはそんな事は関係ない。全て結果が物語っている。
その事については彼等もユリの言葉を聞いて理解したようだ。全員が後悔の表情を浮かべている。
きっと、どうしてあの時領主に着いて行ったのかと後悔してるのだろう。
そんな中、リーダーの男は何かを決意したかのようにユリの目の前に来て片膝をつき頭を垂れた。
「私達は取り返しのつかない事を致しました。領主様、代行様、私達はどんな処分でも受け入れます……みんなもそれで良いか?」
「「「……はい」」」
どうやら彼等も覚悟を決めようだ。
だけどこっちはその処罰に対して考えあぐねてる所なんだが……
「どうする?」
「彼等の処罰について、私に全て任せてしまってよろしいのですか?」
「さっきの話を聞いて、俺が中途半端な処分を下しても納得しないだろう? その為にわざわざ回りくどい話をしてたんだろ?」
「ええ。あまりに軽い処分にしてしまうと、領主であるイチヤさんが甘く見られてしまいますから。下手をするとその処分に納得いかない領民の不満が募ったり、犯罪を軽く見るような人間も出てくる可能性がありますから」
「だったら尚の事、俺が処罰するよりもユリに任せた方が良いだろ。俺よりもユリの方が適任だ」
「わかりました」
出来れば生かしてやりたい所だけど、ユリの言葉を聞いた後では、生半可な処罰ではユリも、そしてこの領のみんなも納得しないだろう。
そういう訳でユリに全てを委ねる事にした。彼女が下した決定がいかに後味が悪くとも、場が諦めムードである以上、どうする事も出来そうにない。
「私としては今すぐコレで彼等を処分したい所ですが……この件は陛下に報告して国で処罰してもらおうと思います」
「……てっきりユリがこの場で処分すると思ってたんだけど」
「一人二人なら私の権限で処罰する事は可能ですが、さすがにこの人数が多すぎます。国を救ったイチヤさんならその権限を有してるのでお任せしたかったんですが、イチヤさんとしてはあまり重い罰を下すのは嫌なんですよね?」
「別にこいつらは、俺や周りに悪意を持って敵対した訳じゃないから出来ればしたくはないな。もちろんさっきの話を聞いてそれ相応の報いを受けなきゃいけないのは理解してるよ。けど、その相応っていうのが何処までの処罰なのかがわからないってのが本音だ」
「でしたらやはり国に任せるのが一番でしょうね。陛下でしたら間違いありませんから。そういう訳で、あなたたちの処罰は陛下に一任する事になるでしょう」
「「「はい……」」」
「それまでは騎士団の牢屋で自分の行いを悔いなさい。トマ、警護にあたっている者を何人か呼んで彼等を牢に」
「え、俺ですかい!?」
「早くなさい」
「へい!」
いつからそこにいたのか、背景と同化していたトマが指示を受け慌てて人を呼びに行った。
それからほんの数分も立たないうちに仲間を連れて来ると、彼等を牢へと連れて行く。
その間彼等は誰一人として一切抵抗しなかった。
文句の一つも言わずにただ項垂れているのみ。
「それでは私は急ぎ陛下に報告してきます」
元騎士達の姿を見届けたユリが俺に一言告げ、屋敷へと入って行く。
王様に報告に行くようだし、向かう先は屋敷に設置した転移陣がある部屋だろう。
報告に行くなら俺も一緒に行った方が良いんじゃないかと考えたが、何も言われなかったのでそのままユリを見送った。
「それにしても、あいつらには悪い事をしちゃったな」
もう見えなくなった元騎士達――――
彼等の罪を軽く考え、ここに来るようにアドバイスしたのは俺だ。
正直な所、逃げ出したくらいでそこまでの罪はないだろうと思った。
まさかユリがあそこまでの事を考えて彼らに怒りを向けるとは予想外だった。
いやこれは俺がもう少しこの国の人間の心情を考えなかったのせいか……
何にしても命の保証をした……にも関わらず、こんな結果を招いてしまった自分の軽率さに、後味の悪さと後悔の気持ちが心に残った。