170話 処遇2
「あの……次と言うのは……?」
「この珍妙な状況については理解しました。ですが、まだ一つ確認しなければいけない事があります」
「と、言いますと?」
「あなたたちは領主様に謝意を示しに来たのですよね? では何故、あなたたちはイチヤさんに絡んでいたのですか?」
そう口にするユリの声音が一段と低くなる。何か不機嫌度が増したように感じるな。
男もそれを察したのか顔色が更に悪くなっているし。
「それは、こいつ……いえ、彼が領主様に会わせるのを拒み、あろうことか自分が領主だと偽ったからです……我等が悪いのはわかっております。我等はこの国を裏切った人間。信用のない者をほいほい領主様に会わせる訳にいかないという事も理解しているつもりです。ですから我々は遠目からでも領主様に謝罪の気持ちを伝えられれば良かった……それだけで良かったのです。それをあからさまにわかる嘘で我等を追い出そうとした事が許せなくて、あのような態度を取りました……申し訳ございません」
時折傷が痛むのか顔を顰めつつも、長々と語り、男は最後にユリへと頭を下げる。
俺はといえば、頭を下げている目の前の男に関心しきりだ。頭から血を流しているにも関わらず、長々と語っているのだから。その根性は賞賛に値する。
だけど……
男の立っている地面に血の雫が落ちて、その範囲を徐々に拡げようとしていた。
これ以上は危険そうだよなぁ……
これはいい加減ヒール丸薬の一つでも渡してやった方が良いような気がしてきた。ヒール丸薬ではなくなった血まではどうする事も出来ないが、傷を塞ぐ事は出来るので、これ以上血を流すことはなくなる。応急処置には最適だろう。
「なぁ……」
「なんですか? イチヤさん」
「いや、こちらはまだ話は終わってないのですが」
「それは見ればわかる。だけど、このままじゃ話を終える前にそいつが人生を終えるのが先になるんじゃないか?」
「?」
いや、そんな怪訝そうな顔されましても! 見れば一目瞭然じゃん!?
「そいつ結構血を流してるぞ! 顔色も悪いし、ちょっとやばいんじゃないのか?」
「あ……あぁ! 確かに流してますね。ですが、手加減はしましたので、このくらいなら大丈夫でしょう」
「どういう基準だよ?!」
「基準ですか? 身近にいる一般的な強さを持った人物としてトマさんを基準に考えてましたが。不手際をおこしたトマさんは、罰を受ける時、いつもこんな状態ですが、平然と……いえ、むしろ恍惚としたような表情で、より一層職務に励んでくれるようになりますが」
待て! 比較対象がおかしいだろう!!!! 一般人とあの男と一緒にするなよ! 普通は頭から血を流すような人間がいたら治療するのが普通だっての!
というかどM、一体どこに向かってるんだ!? この間の出来事を見てるから、頭のネジが外れてるのはわかるが、これからあいつがどこに向かっていくのか……想像するのも恐ろしい……
……とりあえずあいつが何処に向かっていようが、今この状況においては関係ない。むしろ今後も無関係を貫きたいものだ。それよりも今は目の前の男の状態についてだ。
「さすがにお前もそろそろ限界だろ。話をするにしてもまずはこれを飲んでからにしろよ。ほれっ」
そう言って、ヒール丸薬を創ると、顔面血だらけの男へと渡す。
「これは……昨日の薬か……?」
「そうだ。減った血が元に戻る訳じゃないが、傷はふさがる。飲めば少しは楽になるだろうからさっさと飲め」
「……助かる」
男は迷いなく口に含み、ヒール丸薬を飲み込む。昨日ぼこぼこにした奴全員に飲ませて効果を目の当たりにしている為か、ヒール丸薬について疑われる事はなかった。
昨日ヒール丸薬を与えたのは正解だったな。いちいち説明するのも面倒だし、飲むのを渋られてぶっ倒れられてたらたまったもんじゃない。
と、いっても昨日の出来事がなかったとして、今この現状でこいつらを害してもこちらには何のメリットもない事くらい、少し考えればわかるずだ。わかるよな?
「ふぅ……少し楽になった。感謝する」
軽く息を吐き出した男が感謝の言葉を伝えてくる。
飲む前よりか幾分顔色は良くなっているように見えたが、それでも少しだけだ。血が戻った訳ではないので、まだ青白く見える。
ユリがどこまで話を長引かせるのかわからないが、ぶっ倒れられるのはホント迷惑なんでそこら辺は気力で持たせて欲しい。
「では、話の続きを、と言いたいところですが、一つだけ言っておきたい事があります。いくらなんでもあなた方の態度は不敬が過ぎます」
「……不敬ですか? 領主代行様にそのような態度を取った覚えはないのですが……」
「私に、ではありません。イチヤさんにです」
「俺に?」
確かにもの言いがどこか偉そうに感じたけど、年上だし、騎士ってこんなもんなんじゃないのかと思ってたんだけど違うのか?
「その顔はわかってないという感ですね……イチヤさん、あなたもそろそろ自覚してください。自分がどのような存在なのかを」
「どのような存在って言われてもなぁ……」
成り行きでこの領地を与えられ、王様にただその領地にいて欲しいと言われて、実務などはユリに丸投げしてるなんちゃって領主ですよ?
立場はもらったけど、その立場に見合った事は何もしてないからなぁ。
「あの、すみません。こいつ……いえ、彼は一体何者なのですか? 領主様の護衛なのではないのですか?」
「違います。彼は、陛下から”ぜひに”とこの領地を任された新たな領主です」
「「「えっ!? 本当に領主様!?!?」」」
土下座状態の連中がバッと顔を上げると、驚いた様子でこちらに視線を向けてきた。
俺の言葉は信じられなかったのにユリの言葉は簡単に信じるのかぁ……ここに来る前にユリは領主代行として彼らを通してるから彼女の言葉を信じるのは仕方ない。
ユリはその振る舞いはともかく、見た目や雰囲気からは高貴さを感じる。”黙っていれば”深層の令嬢という感じの雰囲気を醸し出しているのだが、行動と言動ですべてを台無しにしている感が半端ない。
そんな彼女だが、よく知らない人間からしたら、中身はどうあれ、先程述べたように高貴な令嬢に見える。領主代行だと名乗ってもすぐ信じてもらえた事だろう。
対して俺はというと、どこをどう見ても高貴さの欠片もない一般人だ。そんな俺が領主です! なんて言ってもすぐに信じられないというのは仕方ないとは思う。
……思うけどさぁ。
頭ではわかってるけど、心ではどうにも納得出来ない訳で……
はぁ……俺だってさっき名乗ったのになぁ……