166話 館の外の異常事態
そうしてリアネに引っ張られるまま玄関ホールにやってくると、この屋敷にいる全員がそろっていた。
みんなどことなく不安そうな、困惑した様子でちらちらと閉じられている扉の方を見ていたが、俺の存在に気付くとどことなく安堵した表情へと変わった。
本当にどうしたというのだろうか?
「遅いですよ、イチヤさん!」
「悪い。今日は何もないと思ってたから惰眠を貪ってた」
真っ先に俺に声をかけてきたレーシャにそう返した所、不安そうな顔はどこへやら、呆れた表情でため息を吐かれる。
「もうお昼ですよ、せめて朝食までには起きてください! って、今はそんな事は良いのです! イチヤさん、大変なんです!」
レーシャもリアネと全く同じ反応でそう言ってたけど、何がそんなに大変なんだ? 大変なのは十分に伝わったから何が大変なのかを教えてくれ。
「俺、何も聞かされないまま、ここまで引っ張ってこられたんだけど、一体何があったんだ? 状況が全くわからないんだが……」
とりあえず状況説明をして欲しいという意味でレーシャにそう返す。
どんな事が起こっているのかわからない今の状況じゃ対処のしようがないからな。
「とりあえず、見てもらった方が早いです」
レーシャがそう言ってリアネに代わり俺の手を引っ張り、玄関の前まで来たところで扉を開けるように促してきた。
「外に何かあるのか?」
「どう説明したらいいのかわからないので……とりあえず扉を開けて見て下さい。良いですか、そっとですよ、そっと」
「?」
何かを警戒するような感じで言ってるけど、一体何があるんだ?
さすがに扉を開けたらそこには魔物の大群が! って事はないだろう。
一応この領主館って街の中心部に立てられてる訳だし、そうなってたら街中がパニックになってるはずだしな。
というかそんな事になってたらさすがにもっと騒がしくてとっくに起きてる。
だからその可能性はないとして……駄目だ……全く予想が付かない。
俺は頭に疑問符を貼り付けたまま、扉に手をかける。
このまま考えたところで答えは出ないだろう。
だったら実際に目で見た方が早いよな。答えはこの先にある訳だし。
さてと、一体この先に何があるのか?
出来れば面倒事は勘弁してほしいなぁ。
レーシャの指示に従い、ゆっくり扉を開けて隙間から外を覗いてるが特に変わった様子は見られない。
「特に変わった様子は見られないけど」
「少し下に視線を向けてみてください」
「下?」
その指摘に少し遠いが、門の下のあたりを注視したところ、蹲っている人間が複数いるのが見えた。
なんであんなところ……って結構人がいるんだが!?
あんなところで人が蹲ってるなんて明らかにおかしいだろ。
いや、これが一人や二人くらいだったらありえない事ではないけど、門の柵のところから見えるだけでもかなりの人数がいる。
仮にも領主が住んでいる屋敷の前で、多数の人間が体調不良になるなんてありえないだろ。
それに体調不良で倒れているのだとしたら、リアネ達だったら、困惑する前に心配して声をかけているはずだ。
つまりは体調不良であそこにいるんじゃないという事は確かだ。
でも一体あいつらは何をやっているのだろうか?
「あれ、なに?」
「……さぁ?」
「さぁ!?」
レーシャに聞いたところそんな返事が返って来た。
「仕方ないじゃないですか。あの方達、急にやってきていきなり跪いたかと思うとずっとあの調子なんですから。聞きに行こうとしましたが、正体がわからないので危険ですからとみなさまに止められましたし」
「さすがにこの国の姫様である王女殿下を何者かもわからぬ者の前に晒すわけにもいきませんので」
俺の言葉が気に入らなかったのか、拗ねたように頬をふくらませ、そう返してくるレーシャ。その彼女の返答を、頭を下げ恭しく返答するのはディアッタだ。
相手が一人くらいなら、レーシャに誰かつければ彼女が事情を聞きに行っても問題ないけど、あの人数じゃレーシャに万が一何かあっては大変だ。
というかまさかレーシャ自ら行こうとしてたのか……
たぶん俺のメイドだからかレーシャはリアネ達に必要以上に命令しない。
城にいた時と違い、自分の事は自分でやろうとしていた事は知っているけど、危険な事に身を晒すような真似は出来れば避けて欲しい。
止めてくれたディアッタには本当に感謝だ。
さすがに俺が惰眠を貪ってる間にレーシャが傷つくような事が起こっていたらさすがに国王にあわせる顔がない。
とりあえずはみんなに何かあった訳でもないので話を戻そう。
「あいつらはいつからあそこにいるんだ?」
「えっと、確か一……いえ、もうすぐ二時間くらいになりますか」
事もなげにレーシャはそういうが……え……まさかそんなに前からいたの?
「それなら起こしてくれればよかったのに」
「――――起こしに行きましたよ。ですが『起きるから待っててくれ』とおっしゃっておりましたので」
「うぉっ?!」
扉の隙間から様子を伺っていたところでいきなり耳に男の声がすぐそばから聞こえてきてびっくりした。
突然の事に思わず変な声が出てしまった。
「急に出てきて声かけるなよ、びっくりするだろ」
「申し訳ありません。ですが起こしに行った身としては答えない訳にはいかないと思い声をかけさせて頂きました」
声の方を向くと、いつ横に立ったのか、軽く一礼したエヴィが悪びれた様子もなくそう言うと、すぐにまた元の位置に戻る。
その所作はどこに出してもはずかしくないほどの有能執事っぷりを発揮しているのだが、いかんせん、心臓に悪すぎる。
優秀なのは俺にとっても良い事なので、エヴィを責めるつもりはないけど出来れば次から近づくときは気配を消さないで欲しい。
「二度寝したのは悪かった。でも、俺がいなくても対処のしようはあったんじゃないのか? アルに頼むとか」
アルだったら上手く対処できそうなものだし、レイラやユリだって頼めばどうにかしてくれそうだ。
「アル殿はいつもの時間になってもいらっしゃらず……」
俺が言うのもなんだけど、あいつ一体何やってるんだよ! この領地に来る前、王様にレーシャの事任されたのにこういう時にいないとは!
……いや、ほんと俺が言うのも変な話だけどな!
「レイラはユリは?」
「レイラ様は早朝に朝食を召し上がられた後に、どこかへお出かけになりました。ユリ様はまだいらっしゃいません」
淡々と語るディアッタの言葉に自然とため息が出てしまう。
何でこんな変な事態の時に限って、解決出来そうな人間が全員不在なんだよ……
「「ごしゅじんさま……」」
「キィ……」
心の中でアルたちに悪態を付いていたところで、心細い声と共に服の裾を引っ張られ、そちらへと視線を向けると、ピア、フィニ、リブの三人が不安そうな瞳で俺を見る。
そうだよな……リアネやこの子達は何時間も不安な思いをしていたんだもんな……
「怖かったな。もう大丈夫だから」
不安そうな三人の頭を安心させるようにグリグリと撫で、不安そうな表情が抜けるのを待ってから扉を開けた。
「行ってくる」
安心したような表情を浮かべ、俺の服から三人が手を放したのを確認した俺は、そう一言だけ告げ、開けた扉から外へと踏み出す。
背後から、ピア、フィニ、リブ以外の面々が俺へと不安な視線を向けているのがわかる。
こういう時、安心させる言葉の一つでも呟ければ少しは安心させられるのかもしれないが、生憎とそんな言葉は持ち合わせていない。
俺が出来る事とさっさとこの変な異常事態を解決する事だけだ。
みんなの話を聞く限り、あの変な連中にこちらを害する意思はないだろうと思ってる。
もしこちらを害そうと思っているならもっと早くに行動を起こすはずだ。
それはみんなもわかってるはずだ。
じゃあ何が不安なのか?
みんなが不安に思っているのは、得体の知れない連中が意味不明な事をしているからだろう。
あの連中が何をしたいのかはわからない。
わからないけど迷惑なので、さっさと事情を聞いて帰ってもらおう。
それが今、みんなを安心させる俺に出来る最善だ。
館を出て、ゆっくりと門へと進む。
さすが領主館だけあって、入り口から門までそこそこ距離が離れているので、その間に何が合っても良いように警戒は怠らないようにする。
とはいっても向こうが何かしてこない限り、こちらから何かをするつもりはない。
今回の目的は戦闘ではなく、連中がなぜここで不信な行動を取っているのかを聞き、お帰り願う事だ。
門に近づくにつれ、徐々に不審者達が何をしているのかがはっきりとしてくる。
その姿を見た俺の第一印象はというと――――困惑だった。