163話 帰れない理由
ディリップ侯爵って誰だよ? と一瞬思ったけど、この領を治めていたという事から前の領主の事だろう。
確か帝国に亡命してこの国を捨てた侯爵……いや、元侯爵と認識している。
他国に亡命したしわ寄せが俺のところにまできて、迷惑な侯爵という印象しかなく、名前なんて知らなかったけどそんな名前だったのか。
別に名前を知ったところで迷惑な存在という事は変わらない。
ぶっちゃけどうでも良い
それよりもその元侯爵に仕えていた騎士が何でもこんなところにいるんだ?
「お前達が何者なのかはわかった。でも確か、元侯爵は自分の私兵と共に帝国に亡命したと聞いているけど、そんな騎士様がなんでこんなところにいるんだ?」
「最初は命令に従い、侯爵様と共に帝国へと向かっていたんだが……私達は途中で逃げ出してきたんだ」
は? 逃げ出してきたって……何でそんな展開に発展したのだろうか、事情が全く予想できない。
「で、逃げ出してきた理由はなんだ?」
「ウェルス……あの街には俺達の家族がいる。一度は見捨てた人間が何を言っているんだと思われるだろうが、やっぱり家族を見捨てて自分だけが助かるなんて俺達には出来なかった……」
「なるほど、それでここにいる全員で逃げてきたと」
「……いや、ここに来るまでに半数以上が反逆者として処刑された。俺達の事情を察して逃がしてくれた副団長もいたんだが……団長の手によって……」
唇を噛み締め、懺悔するように語りだすリーダーの男。
その様子は心底悔いているように見える。
なるほど、家族が心配で侯爵を裏切ってこの領に戻ってきたのか。
ただ、副団長についてのくだりはその人物を知らないのでどうでも良い。
話しぶりからして人格者っぽいけど、知らない人間のエピソードを語られてもこっちも困るぞ。
さすがに目の前の男が涙を溜めて語っているので口には出さないが。
まぁなんとなくだけど、こいつらの事情については理解した。
理解したのだが、一つの疑問が浮かぶ。
「家族の事が心配で、その侯爵の下を離れたのわかった。だけどじゃあなんでこんな所にいるんだ? 真っ先に帰れば良かったじゃないか」
「帰れる訳ないじゃないか! 一度は国を……家族を裏切った俺達が、どの面下げて帰れというのか!」
「はぁ……知るかよ。全部自分達の行動が招いた結果だろうが」
ため息を吐きつつ、リーダーの男にそう言ったら睨み付けられた。
泣きそうになったり怒ったりと百面相のたえない男だな。
どの面下げて帰れるかって言われても、こっちは知るかって感じだ。
侯爵についていったのも、途中で引き返して仲間が犠牲になったのも、自分達で決めて行動した結果だろう。つまりは自業自得だ。俺を睨み付けられても困る。
「家族が大事で引き返すくらいだったら、最初から侯爵について行くなよ」
「騎士として仕えてる侯爵様の命令には逆らえない……」
「お前さぁ、言ってる事が滅茶苦茶だって気付いてるか? 逆らえないとか言って結局は離反してるんだかえら結果的に逆らってんじゃん」
「それは……」
「それは何だよ? 結果的にその侯爵を裏切った訳だろ?」
「……」
「その事で俺が何かをいうつもりはないよ。侯爵自体、国を裏切ってる訳だしな。家族が大事、大いに結構」
想える家族がいるのは良い事だと俺は思う。
俺がこの世界に飛ばされる前に最後に見た家族は、厄介者を見るような目で見ていた。
まぁ、ニート生活を送っていた自分を好意的に見れる訳もないので、家族について文句をいうつもりもなければ、恨んでもいない。
全部自分が悪いのはわかっているしな。
けど、家族から蔑むような目を向けられてた俺としては、家族が大切だ、帰りたいとは思えなくなっている。
俺とは対照的に大切な家族がいるという彼等。
家族をそんな風に大切だと想えるのは羨ましいし、妬ましいと、ほんのちょっとだけ思った。
……自分にはないものだからな。
だというのにこいつらは何故こんなところにいるのか?
せっかく侯爵の手から逃れられたんだったらその足で真っ先に家族の下に向かうべきだろう。
なのにこいつらは家族に会おうとしない。
会おうと思えば会える家族がいるのに。
大切に思える家族がいるのに。
本人達は体面を気にして会えないみたいな事を言っているが、会えない理由はもっと単純なものだろう。
「家族が大事。お前等の行動から本当にそう思ってるのはわかった。でも会えない理由は違うだろ。お前等さ――――ただ単に家族に会うのが怖いだけだろ」