157話 ゴブリン族について
「それでイチヤさん、村であった出来事というのは以上でしょうか?」
「いや、後一つ報告したい事がある」
ユリの言葉に否定の言葉を返し、次の報告に移る事にする。
むしろ俺としては、今の時点でどうしようもない上級魔獣よりも、こちらの方が重要だ。
「実は、魔物退治、結果としては魔獣退治になっちゃったけど、その途中でゴブリン族と出会った」
「ゴブリン?」
「ああ、それでそのゴブリン族達なんだが、魔獣のせいで、あの森で生活するには厳しみたいだから、二、三十人ほど連れてきた」
「ゴブリンを二、三十匹も!? この街には戦えない人間だっているんですよ。戦力だって心許ないというのに、一体何を考えてるんですか!」
ユリにしては珍しいくらいに声を荒げてるけど、別に変な事をしたつもりはない。
何を考えてるんだって言われても、俺にしては珍しく、人助けをしただけなんだが、何をそんなに怒る必要が……って。
あ、やべ! すっかり忘れてたけど、人族はゴブリン族って種族を知らなくて、ゴブリン種と同じものだと思ってるんだったか。
マヌケ過ぎるだろ俺! ……これじゃあユリが怒るのも当然じゃないか。ユリからしたら、いきなり街に数十匹の魔物を招き入れた様なものなんだから。
これは先に誤解を解いておかないと。
「少し落ち着かんか、ユリ殿。イチヤが連れてきたのは亜人であって魔物ではない。そうじゃろ?」
と、思っていたら、俺が口を開く前にディーネが俺に確認を取り、ユリの方も俺に視線を向けてくる。
やっぱりというか、他種族であるディーネは知っているようだ。
「ディーネのいう通り、俺が連れてきたゴブリン族というのは、ちゃんと知性を持った種族だ」
「ゴブリンが知性を持っている? どういう事です?」
「えっとだな。俺もそこまで詳しくないんだが、ゴブリンには人を襲うゴブリン種というものと、人に友好的なゴブリン族がいてだな……」
どうにも上手く説明できない。ゴブリン族と接しはしたが、この世界にはそういう種族もいるのか、くらいしか思ってなかったからな。
俺の拙い説明じゃたぶんユリに理解してもらうのは難しそうだ。ゴブリン族の連中はここで一緒に暮らすんだ。今後の事を考えれば、ゴブリン族に関してはきちんと理解しておいてもらった方が良い。
ここは俺が説明するよりも、詳しそうな奴に説明してもらった方が、良さそうだ。
そんな訳で、俺はディーネに視線を送る。
アルやシャティナさんも知っていそうだが、他の種族の認識がどういったものなのかも聞いておきたい。
「ゴブリン族というのは、大きく分けると亜人という種族に分類される。亜人についてはユリ殿も知っておろう?」
「エルフ族や、見た事はないですが、マーメイド族や妖精族の事ですね」
「うむ、その通りじゃ。他にも色々な亜人がおるが、今は良かろう。さて、そのゴブリン族なんじゃが、亜人の分類に入る。ゴブリン族という種族は、魔物であるゴブリン種と違い、きちんと知性を持っており、我々魔族からは妖精として扱われておる」
「なるほど」
俺の意図を正確に把握して、ディーネが説明してくれる。実にわかりやすい説明に、ユリも強張った表情を崩して納得顔だ。
やはり、よくわかっていない俺が説明するよりも、正しく理解している人間に説明してもらった方が納得もするだろう。俺の認識なんてこいつら良い奴等だな~くらいだったからな。亜人という言葉も今知ったくらいだ……。
「では、危険はないのですね?」
「我の知る限り、あやつらほど優しい種族はいないよ。危害を加えるような真似をすれば話は別じゃが、友好的に接している限りは絶対にないと断言しよう。裏表もなく、他種族であろうと、困っていたら助けようとする精神性も持ち合わせており、仲間を絶対に見捨てない。その辺りが妖精族と同じ扱いをされる所以じゃ」
ユリの質問にディーネは更に説明を続ける。
へぇ、長老と話していて、こいつら良い奴等だなって思ってたが、あの精神性は、あの集落のゴブリン族だけじゃなく他のゴブリン族にも当てはまるのか。凄いな、ゴブリン族!
そんなディーネの説明を聞きながら、ゴブリン族の長老と話した時の事を思い出した。
「そんな種族がいたとは……全然知りませんでした」
「余程の理由がない限り、ゴブリン族が人族国家の領土には住まんからの。人族国家では見ただけで討伐対象にされるのじゃ。自分達が危険に晒されるような場所には近付かなかろう。ユリ殿が知らないのも無理はない」
「……」
ユリが気まずそうにしてるのは、おそらくゴブリンと聞いただけで、排除する方向で考えたからだろう。
俺も最初にリブを殺そうとしてしまったから、その言葉が胸に刺さる。……痛い。
ただ俺とは違い、ユリに関して言えば、領地を守ろうと行動したにすぎないので仕方ないっちゃ仕方ない。
この領地を統治する事になったのは確かに俺だが、実質的に管理しているのはユリである。
害があると思えば排除しようとするのは領主代行としては当然の行動だろう。前もって話したおかげで被害も出ていないし問題ない。結果だけ言えば俺はリブを怖がらせたけど、彼女はゴブリン族に一切被害をだしていない。
……自分で言っといてなんだが、この事実はホント心にぐさっとくるな。
閑話休題
「とりあえず、見てもらった方が早いか」
ゴブリン族が人族に危害加えないという事をしっかりと説明した上で、ユリに見せる事に。
「良いか? 絶対にあいつらに危害を加えるなよ。怯えさせたりするのも許さんよ?」
「わかってます。ここまでの説明でゴブリン族という種族について理解しました」
彼女に念を押すように忠告すると、わかってますというように真剣に頷き立ち上がる……が、こいつ、絶対わかってないだろう。
「絶対にだぞ?」
「わかってますよ」
「絶対の絶対の絶対だからな」
「わかってますって。そんなに私が信用出来ませんか?」
何度も確認の言葉をかけた俺に、ユリがイラだったようにそう返す。
……信用出来るか出来ないか、か。もちろん答えは決まっている。
「立ち上がったと思ったら真っ先にそんなもん持っといて、信用出来る訳ないだろう!」
思わず叫んでしまった。だってこいつ、当たり前のように脇に置いてあった撲殺武器掴んで向かおうとするんだぜ? そんなの信用出来る訳がない。
何もしないにしても、武器なんて持った奴が現れたらリブ達が怯えるだろうが!
「俺、怯えさせるなって言ったばかりだよね!? ねぇ、話聞いてた?」
「もちろん! きちんと話を聞いていましたよ」
「だったら何でそれを持ってこうとしたんだよ!?」
「何でも何も、これは私の相棒ですし、常に持ち歩いています」
当たり前のようにそう答える異常な公爵令嬢。
ダメだこいつ……誰か早くなんとかしてくれ……。