156話 報告~魔獣について~
ドMが退室してから五分後、部屋に規則正しいノックの音が響き、俺達にしたようにユリが返事をすると、部屋にディアッタを含む四人が入ってきた。
「おぉ、帰ってたのか。お疲れさん、イチヤ」
「あぁ……ただいま」
「なんか滅茶苦茶疲れてんなぁ。大丈夫か?」
「なんとか……討伐の方も疲れたが、帰ってきてからがホント疲れた」
「……一体何があったんだよ?」
「……色々とあったんだよ。色々と」
開口一番に労いの言葉をくれたアルに、心底疲れたという風に返事をすると、俺の態度に首を傾げ、問いかけてくるアル。そんなアルに対しての返答にため息だけを返す。
さすがに、目の前でSMプレイを見せられたとか口にしたくないぞ。ってかなんだってあんな光景みせつけられにゃならんのだ。
本人達に、そういった意図があった訳ではなく――――いや、トマの方にはあった可能性がありそうなので、ユリだけにしとこう――――ユリにそういった意図がなかったのはわかるけど、意図しなくても他人のそういったものを見せられるなんてたまったものじゃない。
「レーシャはあれ見ても動じてなかったな」
「まぁ、ユリのあれは昔からですので。よく貴族の子息に同じような事をしてましたよ」
昔からなのかよっ! しかも貴族の子息に、トマと同じような事をしていたなんてやばすぎるだろ。公爵令嬢だからって許されたのか? いや、許されてたから今も同じ事をしているんだろうが……。
戦慄する俺に、これ以上触れるのはまずいと感じ取ったのか、詮索するような事はなく、この話は追求される事なく終わった。
その後、シャティナさんやディーネにも軽くではあるが、挨拶を済ませて全員がソファーに座ったので、本題に入ろうと思う。
「それじゃあ最初に魔物の件に関しての報告させてもらうな」
「お願いします。と、いってもここ数年の資料を見ましたが、この辺りの魔物はそこまで強くないはずなので、イチヤさんでしたら問題なかったのでは?」
そう言って対面のソファーに座っていたユリが立ち上がり、本棚に向かうと、紐でまとめられた紙の束を取り出してきた。おそらくあれが資料なのだろう。
一番上にはタイトルとして『侯爵領における魔物の種類と発見地域』と書かれている。
その資料を手に取り中を確認すると、どんな魔物がどの地域で発見、討伐されたのかが事細かに記載されていた。
軽くページをめくって読み進めると、俺が向かった村付近によく出没する魔物についても書いており、俺の倒した魔物と一致している。
「確かにこの資料に書いてある魔物は大体倒した。魔物を使って村を襲わせていた魔獣も倒したから、しばらくは大丈夫だと思う」
「えっ!?」
「何……?」
「魔獣だとっ!」
良く出来た資料に感心しながら言った俺の報告……ではなく、魔獣という単語に、この街に残っていたユリ達が一斉に反応する。
皆一様に驚き、深刻な表情になっている。
「イチヤ、お前……魔獣と交戦したのか?」
「ああ、交戦した。ステータスにも魔獣って表示されていたから間違いない」
「良く無事でしたね」
「ステータス的には低かったし、確かに知能はあったけど、なんというか……そこまで賢くなかったっていうのが一番の勝因だな。あいつがもっと賢ければ大怪我を負っていたかもしれないし、下手したら死んでたかもしれない……今回は本当に運が良かったと思ってる」
アルとユリの言葉に、俺は心の底からの言葉を返す。
今回敵対したのがあの魔獣だけだったら、たぶん魔獣も魔物と変わらずに、大した事ない相手だと侮っていたかもしれない。
でも、俺は出会った。出会ってしまった。実力の底が見えない魔獣に。
ズダンと名乗った魔獣――――あのゴキブリ男はヤバイ……。
あいつと対峙した時に感じた身の毛もよだつ感覚は、決して見た目だけの話ではない。
本能が警鐘を鳴らすほどの危機感、それは今でもこの体にしっかりと刻み込まれている。
叶うならもう二度と会いたくない相手だ。
「それがわかってるなら良い。たぶんイチヤが出会ったのは魔獣の中でも弱い部類の魔獣か、生まれて日が浅い奴だったんじゃねぇかと思う。長い年月を生きた魔獣はホントに狡猾でクソみてぇに強い……。いくらイチヤのステータスが高くても絶対に相手にするな。こいつはヤバイと感じたら即座に逃げろ。まぁ魔獣なんて早々出合うもんじゃねぇけどな」
「……そういう事は出来れば行く前に聞きたかった。アルの言ったヤバイ相手って……上級の魔獣の事だろ?」
「おい! 何でイチヤが魔獣に上級がいるって知ってるんだよ。俺はそんな事一度も教えた事ないぞ! まさか……」
バンッと盛大に机を叩き、声を荒げるアル。その様子は未だかつてないほどに険しい。
アルが態度が険しくなるのももっともだ。
あのゴキブリ男と対峙したからこそわかる。上級魔獣がどれだけ危険で、命の危険があったのかを……。
「たぶんアルの予想通りだ。俺は上級の魔獣に出会った。本人が言ってたから間違いない。倒した方の魔獣とは比較にならないくらいやばいと感じたな……なんていうか……強さがまるで違った」
ここで言い渋ったところで過去の結果は変わらない。そう思い、事実だけを簡潔に述べる。
「はぁ……当たり前だ。上級なんてのは騎士や魔術師を数百人規模で用意して、多大な犠牲を出してようやく倒せるような相手だ。その上に、特級なんていう化け物も存在するが、今は良い。ここ数十年、出現したって話はないからな」
「そうなのか?」
「俺が生まれる前に出たって話は聞いた事はあるが、実物を見た事はない。俺が生まれて以降は絶対に出現していない。これは断言出切る」
「いやに自信あり気だな」
「もし出現したんだったら他種族で争いなんてやってる余裕なんてない。そうだろ? ……レイラ」
「そうだね……少なくとも今現れたらこの世界の大半の人間は死ぬ事になると思うよ」
俺から視線を放し、レイラへと向けるアル。話を振られたレイラは辛そうな表情をしている。
――――魔獣災害
この二人をやりとりを見て、あの時のアルの説明が頭をよぎる。
あの時の俺は階級等は聞いていなかったが、前の勇者召喚で、この世界に来たレイラが対峙したのがおそらく特級なのだろう。
実際に見た訳じゃないので、特級かどうかは俺には判断出来ないが、レイラの様子から特級なのだろうと予想出来る。
特級か……確かレイラを含めた七人で魔獣と戦って、生き残ったのは二人だけ。
勇者召喚された連中がどのくらいの力をもらったのかわからないけど、七人でどうにかなったって事は、相当ステータスが高かったんじゃないかと思う。
まぁ過去について考察しても意味はないか。レイラも辛い過去についてこれ以上は思い出したくはないだろうから話を戻そう。
「とりあえず今は存在するかどうかもわからない特級についてはおいておいて、話を戻すと、その上級魔獣に出会ったんだが、別に戦った訳じゃない」
「戦った訳じゃない? 上級魔獣が襲ってこなかったのか?」
「ああ。向こうに戦う意思はなかった。人を食べ物に例えて、まだ食べ頃じゃないとか言ってたな。俺の前に現れた目的は、何に使うのかわからない、下級魔獣の体内にあった核だったようだ。」
「核か、んなもん一体何に使うんだ。魔獣ってのは魔物を使役する事もあるが、魔獣同士が協力するような事もない。それに魔獣自体が珍しいし、基本同じ場所に現れないからその核をどうするかなんて検討もつかねぇ。他には何か言ってたか?」
「そうだな。核については色々使い道があるだとか。後は……主がどうとか。魔獣の主が俺の事を知っているとか……か」
「上級魔獣の主って……おいっ、その話が本当なら、そいつの主は特級魔獣の可能性が高いぞ。何でイチヤの事を知っているのかも気になるが、一番の問題はその主だ。しかも今まで例を見ない、上級魔獣を従える主。可能性としては特級魔獣か……これは世界が荒れるぞ。くそっ! ついさっきまで特級なんて存在するかどうかもわからない存在だったのに、本当にどうなってんだよ」
「なんか……すまん……」
頭をガシガシと掻き毟り、深刻そうな表情のアル。
さすがに話しに聞いただけの俺では、特級魔獣の脅威がいまいち理解出来ないが、上級魔獣でもかなりヤバイ事は理解している。それに、ここまでアルが悩むという事は余程の事なのだろう。
「こっちこそ悪い、取り乱した……。別にイチヤが悪い訳じゃねぇんだから謝る必要はねぇよ。むしろそんな存在を予め知れたのは助かった」
「そう言ってくれるのは助かる。けど、その主や上級魔獣への対策って何かあるか?」
「それなんだよな。……姫様や公爵令嬢がいる前で言うのは心苦しいが、今の現状ではラズブリッダの戦力的にきつい。国同士で協力しようにも、争っている状況で、証拠もなしに上級魔獣が出たって報告しても、無視されるだけだろう。そんな中、特級の可能性のある主なんてのが攻めてくれば、それこそ国が滅ぶな」
「「……」」
アルの現実的な発言に、顔を俯け、落ち込んだ様子を見せるレーシャ。ユリの表情にも悔しさを滲ませている。
自国の戦力が乏しい事は、二人も理解しているのだろう。だがどうする事も出来ない。国家戦力なんていくら立場が高い者でも、せいぜい人を集めるくらいだろう。それだって戦闘経験のない者をいくら集めたところであのゴキブリ男のような上級魔獣に勝てる未来が見えない。
「現状詰みって事か」
「そうなるな。出来る事といったら陛下に報告するくらいか。レイシア様、頼めますかね」
「……わかりました」
「……旦那様?」
「あっ、いや……俺が言うのもおかしな話ですが、そう悲観しないで下さい。現在の話をしているだけですから。イチヤが言った上級魔獣の主が今すぐ攻めてきている訳ではありませんし、召喚された勇者達が強くなってく可能性だってあるんですから。それにイチヤにはまだまだ成長の見込みがあります。それに期待しましょう」
「そ、そうですよね! イチヤさんがいますものね!」
落ち込んだ様子のレーシャを見かねてか、ニコニコとしながらも威圧感を発するシャティナさんを見て、アルが慌てたように慰める。
それは良いのだが……何で俺の名前を出しますかね?
しかもそれが名案かのように、レーシャが目を輝かせている。
レーシャに元気が戻ってくれたのは良かったけどさ、俺にだって出来る事と出来ない事がありますよ?
さすがに元気を取り戻したレーシャを、再び落ち込ませるのは良心が痛むので口には出さないし、出来る限りの協力はするけど……。
みんな忘れないで欲しい……俺が望むのは、平穏で、のんびりとした、自堕落な生活なんだからね?