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155話 罰という名のご褒美

「どうぞ」



 執務室の前で軽く扉をノックすると、ユリの声が返ってくる。

 一応この屋敷は俺の物だが、執務室を使っているのは主にユリだ。なので、彼女の了承を得て中へと入る。


 部屋に入るとユリが物凄い速度で書類に目を通しながら、何かを書き込んだり、判を押したりしていた。


 よくあの速度で裁けるな。


 絶対にちゃんと書類を読んでいないだろう。そう思わせるくらいに素早く処理してるのだが、いくつか判を押さずに脇にどけてる書類もあるのでおそらくユリは読んでいるようだ。


 ディアッタやエヴィの時にも思ったが、ユリも優秀だ。ってか俺の周りって優秀な人材揃ってないか。アルとかシャティナさんも戦闘という面では優秀だし、リアネは料理が上手い。レイラやレーシャも優秀そうな雰囲気あるしな。



「おかえりなさい。イチヤさんの実力でしたら問題ないかと思ってましたが、無事に戻ってきてくれたようでなによりです」


「ただいま。その件についてはみんな集まってから報告するよ」


「?」



 ユリやみんなの優秀ぶりに感心していると、帰還の挨拶がユリがそう口を開いたので、俺の方も挨拶を返す。

 そんな俺の言葉に、何か問題でもあったのかとユリが首を傾げるが、報告についてはみんな集まってから一斉にしようと思う。

 さすがに同じ説明を二度もするのは手間なので、レーシャやユリには悪いがもう少し待ってもらいたい。


 俺がソファーに座ると、タイミングを見計らったかのようにノックがして、獣人メイドが入って来る。手にはお盆を持っており、その上に紅茶とお菓子が置かれている。


 スッと俺と左隣のレーシャ、右隣のレイラの前に紅茶とお菓子を置かれ、同じようにしてユリの執務机にも邪魔にならない位置に、お菓子と紅茶を置く獣人メイド。作業を終えるとそのまま軽く一礼して去っていった。


 洗練されたその動きに感心する。ディアッタが教育したというのもあるが、おそらく王城に勤めていた経験も活かされているのだろう。さすがである。


 置かれた紅茶を一口飲む。リアネの煎れてくれた紅茶には劣るが、これも十分に美味いな。


 綺麗にお菓子と紅茶を片付けたところで、ようやく人心地ついた気分だが、アル達はまだ来ないようだ。


 なので、さっきから気になっていた事を一つユリに聞いてみる。



「凄くどうでも良い事なんだが一つ聞いて良いか?」


「なんでしょう?」


「なんかこの前ここに来た時より、椅子が少し高くなってないか? それに背もたれもなくなっているような気がするんだが」


「ホントにどうでも良い事を聞きますね」



 だから最初に前置きしたでしょうに。ただ、何かしら話す話題が欲しかったのだ。


 ここにはレーシャとユリ、リアネにレイラにエヴィの五人がいるが、誰も口を開かない。レーシャ辺りが何か話題を振ってくれれば良いのだが、さっきの事があったせいか、物凄く静かなのだ。

 俺としては上半身を見られた程度なのでもう気にしていない。

 出来れば元の状態に戻ってくれるのが一番ありがたいのだが、ついさっきの事なのでいつも通りに接するのはもう少しかかりそうだ。

 リアネとエヴィは従者モードに入ってるようで、一切口を開かない。多分俺が話しかけなければ一言も発しない心積もりなのだろう。

 なので書類仕事をしているユリに話題を振った。仕事中に本当に申し訳ないのだが、この沈黙には耐えられそうにない。ただ自分でも本当にどうでも良いなという話題だとは思う。


 俺の質問に対して、書類を処理しながらユリが紅茶を一口飲む。その仕草はとても優雅である。とてもモーニングスターをぶん回す女には見えないくらい優雅である。伊達に公爵令嬢をやっていない。



「ですが、確かに少し椅子の位置が高くて仕事がしにくいですね……少し下げてくれますか? ……ええ、そのくらいで」



 ん? 誰に言っているんだ?


 ユリが床にだろうか? に向けて言葉を発する。


 すると――――。


 疑問に思いながらユリを見ていると、すすすぅ~っとゆっくりとユリの座っている位置が下がっていく。


 ん? んんん!? 声をかけただけで下がるって魔法の道具か何かだろうか?

 地味に便利な機能。さすがは異世界! 日本でも声に反応して高さ調節する椅子なんてない。少なくとも俺が知る限りでは。


 そんな風に俺が内心で感心してユリを見ていると、ほんのちょっとだけ違和感を感じる。


 ユリは一切動くような素振りをみせていないのに、彼女の位置が本当にゆっくりと、些細なくらいであるが、上がったり下がったりしているのだ。まるで椅子が呼吸しているかのように。



「なぁユリ。その椅子、声に反応して今動いたけど、魔法の道具か何かなのか? なんか微妙に動いてるように見えるんだが……」


「今座っている椅子ですか? いえ、”ただの椅子”ですよ。そんな機能を持った魔道具なんて聞いた事ありません」


「いや、でもその椅子ユリの声に反応して動いてたじゃないか。というか今現在も動いてるぞ」


「ですね。ホントに困ったものです。――――まだ休憩時間ではないですよ。頑張ってください」



 全く困った様子を見せずに返答したユリが、また椅子に向かって話しかけてる。


 え? マジで一体どういう事? ってか休憩時間ではないって何の事だよ!? 椅子に休憩時間なんているのか?!


 俺の頭にたくさんの疑問符が浮かぶ。もういちいち考え続けるよりも、見たら一発でわかるだろう。


 そう思い俺は席を立ち、執務机で見えないユリの椅子が一体どうなってるのか確認に行く。


 ――――ほんのちょっとの好奇心。だが俺はこの時の行動を激しく後悔する事になる。


 なぜ疑問を疑問のままにしなかったのか? 世の中、知らない方が良い事だってたくさんあるというのに……。


 俺が執務机を迂回して見た椅子――――それは……。



「ふぅぅぅ……ふぅぅぅぅ……」


「うぉっ!?」


「イチヤ様!?」


「何があったのですか?!?」



 俺が驚きの声を上げると、リアネとレーシャの二人が駆け寄ってくる。そして俺が驚いた原因を見て、更に驚き絶句するリアネ。何故かレーシャの方は呆れたような感じだ。レイラとエヴィはさすがにこんな場所に危険物があるはずないと思っているのか、一切動じていない。


 いや、今はそれよりもこれだよこれ!



「一体何に座ってるんだよ!」


「何って、見ればわかるんじゃないですか?」


「わかるよ! わかるけど、そういう事じゃねぇよ! 何でお前、その男を椅子にしてるんだよ!」


 

 ……ユリが椅子にしているもの。それはこの街に来た当初に戦闘になったトマとかいう男だった。

 トマは猿轡をされ、限界に近いのか顔を真っ赤にして耐えていた。正直、直視し難い表情をしている。

 そんなトマの様子など全く気にしないといった様子で紅茶を一口、口に含むユリ。


 何やってんの? ねぇなんやってるんだこの人!?



「そんなに大声を出さなくても聞こえてますよ。これは単に罰を与えているだけです」


「罰?」



 おそらく俺達を襲撃した事への罰だろう。それはまぁなんとなく理解出来る。でもそれが何で人間椅子なんていう罰になったんだろうか?



「ええ。本来であれば一国の王女であるレイシアを襲ったのですから、死刑という形が適切だと思いますが、今は人手不足。しかもこの者は他の者にも慕われているので、処刑してしまっては周りの指揮に関わります。ですからこういった罰にしたのです」



 ユリはそう説明するが、その説明を聞いても全く理解出来ないんだが!? 罰を与えるというのはわかる。レーシャはこの国の姫なんだから普通なら処刑されても文句は言えない。それを罰という形にしたのは理解できるよ。

 けどそれで人間椅子にした意味がわからない! 俺もすぐには思いつかないが、他にもっと適した罰があるだろう!

 大体人手不足ならこんなところで椅子なんかやらせてんじゃねぇよ!


 …もうこれはどこから突っ込めば良いんだ!? 突っ込みどころが多すぎて、もうどこから突っ込んで良いのかわからないぞ!



「トマさん。そんな苦しそうな顔をしないで平然としていて下さい。それでは私が重いみたいじゃないですか」


「ふぅぅ……」



 ここにきて更なる無茶ぶり!? しかもこの男頷いてるよ!


 だめだ……もうこの件に関わっちゃいけない。ってか関わりたくない。

 


「……とりあえず、よくわからないけどわかった。わかった事にする。自覚がなかったとはいえ悪い事をしたら罰を受けるのは当たり前だ。ただ、これから報告する内容が内容だから、出来れば普通の椅子かソファーにでも座って聞いてもらいたい。ぶっちゃけ凄く気になる」 



 ため息を一つ吐き、そいつから降りて普通に座ってくれと告げる。

 罰を与えるなら俺のいないところで与えて下さい。



「そうですね。少し早いですが、椅子をしてもらって、大体四時間くらいになりますし、一時間くらい休憩していてもらいましょうか」


  

 こいつ四時間もの間ずっと椅子になってたのかよ!? しかも一時間後にまたやらせる気満々じゃねえか。


 ユリが椅子と化したトマから降りるとトマがゆっくりと立ち上がる。

 手と足がぷるぷると震えているが大丈夫かこいつ?

 まぁ四時間も椅子になってたら当然か。よくもった方だと思う。


 だがこれで少しは休めるだろう。襲撃してきたとはいえ、実害があった訳ではないし、俺としてはもう気にしてない。誤解から生じた事だしな。

 罰に関してもレーシャを襲った事への罰なので、それを止めろとは言わないが、さすがにこの辱めはないだろう。

 少しの間とはいえ、解放してやれて良かった。


 そう思ってトマを見ていると――――。



「姐さん! 俺ならまだやれるっ!」



 勢いよく猿轡を外し、ユリに向かって叫ぶようにして訴えるトマ。


 は? 何言ってるんだこいつ。



「私も甘やかすつもりはありませんでしたが、さすがにイチヤさんの意見も無碍には出来ません。一時間の休憩の後、また罰を受けに来なさい」


「くっ……」



 くっ……じゃねぇよ。何悔しそうな顔してんだよお前。


 ユリの言葉に渋々頷いたトマが退室する。


 部屋を出る直前、何故かトマに恨みがましい顔で睨まれた。

 こっちは善意で言ってやったのにどういう事だよ?

 ホントに何なんだよ……このSM主従……。


 なんか帰ってきてからの方がどっと疲れてる気がする……早く報告して、今日はベットに直行したい。少なくとも一時間以内に絶対に報告を終わらせよう……

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