149話 魔物が出る村17
目の前にいる人物……顔以外は人の姿をしているのでそう評させてもらうが、この人物を見て二重の意味で体が総毛だった。
こいつは強者のみが持つ、圧倒的な威圧感を放っている。例えるなら、アルが真面目に戦闘する時と同じ圧を放っているのだ。
向こうから姿を現すまで、気配すら探れなかった点からもその実力の一端が窺える。
だけど実力なんかより、こいつの見た目の方に俺は問題を感じる。
何でG? 体は人型なんだから顔をゴキブリにする必要なんかないだろ!
はっきり言って気持ち悪い! 何で異世界に来てまで人類の天敵を相手にせねばならないのか。
今まで色々な異世界的な出会いを経験してきたが、こんな出会いは経験したくなかった。
ただそれでも、決して油断して良いような相手ではない事は確かなんだよな。
気持ち的には今すぐにでも戦って葬り去りたいのだが、相手の実力が未知数。
……分析で調べてみるか。
警戒しつつも俺は分析を発動させ――――。
「勝手に覗き見るような困りますな……思わず喰らいたくなってしまいます」
「っ!?」
分析を使っている事がバレた!?
少人数ながらも今まで何人かに使ってきたが一度だってばれた事がなかったのにどうして?
「何をそんなに驚いているのかは存じませんが、僅かに肌がひりつく感じからして鑑定系の能力を使われたのでしょう? 私のように鋭敏に感じる事の出来るものであればすぐ気づきます。私のように紳士的な者でなければ戦闘の意思ありと判断されかねませんので、ご注意を」
軽く会釈しながら紳士的な態度を取るゴキブリ男。
仕草だけをいうならその所作は凄く様になっていた。
さて、どうしたものか……。
はっきり言って今この場の打開策が思い浮かばない。
分析で突破口を見つけようと思っていたけどばれたしな。
上手くいくかどうかはわからないけど、一応仕掛けだけはしておこう。
一つ救いがあるとするなら今のところこいつは威圧感を放っているだけで、殺気は一切ないって事か。
もしも俺を殺す気があるなら、わざわざ声をかけるような真似はしないだろう。
「……あんたは一体何者なんだ?」
殺意がない故の質問。
目的についてはなんとなくだが予想できるので、相手が何者なのかだけでも聞きだそうと思いそう口にする。
隙あらば逃げた方が良いだろう。
悔しいが今の俺ではこいつの対処は出来ない。
『実力差がある相手に策もなしに挑むなど自殺行為だ。自分が生き残る事だけを考えろ』
ダンジョンでの修行中、アルやシャティナさんに耳にたこができるくらいにたくさん言われた。
だったら今はその言葉に従った方が良い。
その為には、会話をして隙を探るのが一番だろう。
「そういえばまだ名乗っていませんでしたな。ですが、自分から名乗るのが礼儀では?」
そう言って首を傾げる仕草をするゴキブリ男。
まさかゴキブリに礼節を問われるとは思わなかった。
「……イチヤだ」
「あぁ……あなたがイチヤ=カブラギですか」
こいつ! なんで俺の名前を知っているんだ?!
名前だけで十分だろうと思って名乗ったのだが、この男は俺の事を知っていた。
こいつとは初対面で間違いない。こんな顔の奴に会っていて記憶に残らないはずがない。
「あなた様の事は我が主から聞いていますよ。随分とお強いらしいじゃありませんか」
俺より強いという自覚があるくせに、皮肉を言ってくれる。
馬鹿にされたようで怒りが湧いてくる。
けど今は怒りに任せて行動すべきではない。
それよりもこいつの発言に気になる点があった。
「主?」
つまりこいつの主人だろう。俺の事を知っている人間みたいだが一体誰だ?
「おっと、これは失言でしたな。それよりもこちらの自己紹介がまだでしたな。私は魔獣のズダンと申します。以後お見知りおきを」
誤魔化すように自己紹介をするゴキブリ男改めズダン。
当たり前だが、自分の主人に関しての情報は一切もらさない。
主人が誰なのか? なぜその主人は俺の事を知っているのか?
かなり気にはなるけど、どうせは答える気はないだろうな。
「それでその魔獣のズダンさんが、一体何のようだ? 俺が殺した魔獣の敵討ちにでもしにきたのか?」
「ククク……まさかまさか、たかが下級魔獣に私がそんな無駄な労力を使う気は毛頭ありませんよ」
片手を振り、ズダンは俺の言葉を苦笑しながら否定する。
まぁ予想通りの答えだ。
敵討ちをするつもりならもっと怒りを露わにしているがこの男にその気はない。
むしろ声音には出さないが、どこか見下しているように感じる。
なるほど、魔獣にも階級みたいなものがあるのか。
さっきの魔獣はあまりにも弱すぎた。ズダンが下級と言っているのも頷ける。
じゃあこいつは上級なのか? それとも最上級もあるのか?
ダメだ……ズダンがさっきからちょこちょこ情報を落とすせいか整理が追い付かない。
そろそろ準備も終わったし、確信をついてみるか。
「だったら目的は俺を殺す事か? ――――それともその手に持ってる剣が突き刺さった魔獣の玉か?」
前半は俺の命がかかっている為の質問だけど、これについてはあまり気にしてない。
自分の命を気にしてないっていうのもおかしな話だけど、本当に殺す気あるならこんなに悠長に話をしたりしてないだろう。
俺の質問にばかり答えていて俺から何か情報を聞きだす為に生かしているようにも見えないしな。
本命は後半の質問だ。
最初に姿を現した時から俺の剣、正確には玉が突き刺さった剣を手に持っていた事から目的は十中八九あれが目的で間違いない。
「……ククク。あなた様もわかってるんでしょう? お察しの通り、目的はこの核です。少々痛んでおりますが、まだ色々と使えますので。それと今はあなた様を殺すつもりはありません」
「今は、ね」
つまり、今の俺なら簡単に殺せるという事なんだろう。
こうも侮られると、正直腹が立ってくる。
そんな俺の内心を煽るように、ズダンは発する。
「ええ、私は青い果実には興味ありませんので。食べごろになるまでは手をつけません」
「人を果物みたいに言ってんじゃねえよ。まぁそれは良い。その核とかいうのをどうするつもりだ?」
「それをお答え出来ません答える理由がありませんので。それに教えたところであなた様では私から奪う事など不可能でしょう?」
ズダンの言葉に青筋が浮かんでくる。
魔獣だからなのかこいつの素なのかはわからないが、どうにも人を馬鹿にし過ぎだろう。
しかも何故かこいつはその主から俺は馬鹿だという話を聞いているっぽい。
――――今は無理でも絶対に主共々葬ってやろう。
内心の怒りを抑える為の深呼吸を一つ。
「それで? 目的は達成した訳だよな。じゃあもうここに用はないはずだよな?」
「そうですね。いやはや、主以外の方と久しぶりにお話したものですから少し長話が過ぎました。どうにも他の方々は私を見た瞬間に襲いかかってくるものですから」
そりゃ、こんな気持ち悪いゴキブリ野郎が現れれば危機感を感じて襲うか逃げるかが普通だろう。
俺だって実力がわからなければ、そうする。
「まぁそういう方々には文字通り、天国へと誘って差し上げましたが」
殺したって事か。こいつの実力なら赤子の手を捻るより容易いはずだ。
「それではそろそろ失礼させていただきます」
「逃がすと思うか?」
挑発するようにズダンに語りかけるが、奴は気にした様子もなく口の端を吊り上げる。
「今あなた様を生かしておけば、今後楽しめると楽しめるというだけで、この場で殺してしまっても構わないですよ? 私には及ばない事はわかっておいででしょう?」
「言ってみただけだ。こっちもあんたの顔なんて見たくない。用事は済んだんだったらさっさと消えてくれ」
スダンの物言いに腸が煮えくり返りそうになる。
むかついたので皮肉には皮肉を返しておく。
そんな俺の皮肉を聞き流し、奴は何も言う事はなく、風景に溶けるようにして消えていった。
後に残るのは静寂と木々の擦れあう音だけだ。
血が滲むくらいに拳を握り、奥歯をかみ締める。
自分がまだまだ力不足な事と、敵をみすみす見逃さなければいけない不甲斐なさに自分自身に対して反吐が出る。
絶対にあいつをぶっ飛ばせるくらいもっと強くなってやる。
そう心に決意を固め、俺はゴブリン達の下へと戻るのだった。