145話 魔物が出る村13
ぞろぞろと近づいて来たゴブリン族の集団。数は10名弱と言ったところか。その中の一人が人語を話した事に俺は目を見開く。
人語を話すゴブリンは他のゴブリンよりも年齢が上といった感じで、顔には幾重もの皺が刻まれている。おそらくこのゴブリン族達の長老といった感じだ。
「ギィ……」
「わかってくれたのならそれで良い。次からは気をつけるのだぞ」
長老っぽいゴブリン(もう長老で良いだろう)に注意され、肩を落とすゴブリン。素直に反省した様子を見せるゴブリンに優しげな眼を向け、頭を撫でる長老。その様子は子供を注意する大人といった感じで、これまたほっこりさせる光景だ。
「……して、お主は何者だ?」
しばしの間、黙ってその様子を見ていると、長老が俺に視線を向け問いかける。眼には若干の警戒の色を窺わせていた。他のゴブリン族達も同じように警戒している。
当然といえば当然か。見ず知らずの、それも人族の人間がいきなり現れれば警戒するのも仕方がない。
「俺はイチヤ。最近この領地の領主になった者で、領民が魔物の被害にあっているとの話を聞いて魔物の討伐にやってきた」
実際には魔物の討伐を押し付けられてやってきたのだが、こっちの方が体裁が良いだろう。村人とは違いゴブリン族達は俺の領民ではないので、体裁を保つ必要があるのかは微妙なところだが。
「グギャ! ギギィ! ギィギィ」
「そうか……この者に助けてもらって、ここまで連れてきてもらったのか」
「グギャッ!」
身振り手振りをふまえて連れてきたゴブリンが長老へと説明してくれている。なぜか、新しい人に会う度に誤解などが生じて、険悪なムードになる事が多いのでこれは助かる。
どうでも良いがこの長老、なぜこんなにもバリトンボイスが利いた良い声を発するのだろうか?見た目は完璧にゴブリンなので違和感が半端ない。まぁ聞いていれば少しずつなれるのかもしれない。
「イチヤと言ったか。いや、この領地を治めているならイチヤ様と言った方が良いか?」
「いや、普通にイチヤで良い。様付けとかこそばゆいし、人族が勝手に決めた領地での爵位で、ゴブリン族には関係ないしな」
「……そうか。ではイチヤ殿、ワシの名はガザン。この村の代表を務めている者だ。今回は村の者を救ってくれた事、深く感謝する。本当なら何か礼をしたい所なのだが、生憎と今の状況では礼をすることもままならん……申し訳ない限りだ……」
見た感じそれっぽかったが、やっぱりこの村の長老であっていたようだ。深々と頭を下げるガザンに頬を掻きながら答える。
「うん。まぁ成り行きみたいなものだし、俺が勝手にした事だから礼とかは気にしなくて良いよ」
ガザンの様子にどうにも反応に困る。
失礼かもしれないが、どうにも元の世界のゴブリン観が邪魔するのか、長老の一挙手一投足に内心で微妙な感じになってしまうのだ。
正直グギャグギャ言っていた俺に付いてきたゴブリンの方が余程ゴブリン! って感じがするな。
礼儀正しくて不快になるわけじゃないし……むしろ良い事なんだけどさ……なんとも微妙な心境だ。
っと、そんな事よりもだ。
「聞きたいんだけど、なんであんなに多種多様の魔物に襲われていたんだ? 魔物だから襲ってくるのは普通なんだが、それにしたって本来なら絶対に協力しないであろう魔物同士が協力しているなんておかしいだろ」
今まで……とは言っても俺も戦闘経験が豊富じゃないが、レベル上げでダンジョンに戻った時の経験上、同種の魔物以外で協力していたところを見た事がない。
魔物同士の関係は本来であれば、同種族でなければ食うか食われるかの関係のはずだ。
それがまったく食べる素振りも見せずにゴブリン族のみを標的にしているというのは些か不自然に感じたので質問してみた。
「うむ。イチヤ殿の言っている事は間違っていない。普通であれば多種多様な魔物が一度に襲ってはこないのだ。原因はワシ等がこの付近の魔物の主の邪魔をしておったせいだろう」
「どういう事だ?」
俺は首を傾げる。
言葉通りだとすれば、この一体の魔物の親玉の事だろうが、そいつの邪魔をしてたって何をしていたんだ?
長老が俺の連れてきたゴブリンに視線を向け呟く。
「イチヤ殿があの者を連れてきてくれたという事は、魔物に襲われていた村から来たのだろう?」
「ああ、魔物の被害にあるって報告があって退治する為に村にやってきた。そこで、村人に魔物が迫っている事を伝えようとしてたっぽい、こいつとその仲間にあった。こいつらが何を言っているのかわからなかったが、こちらの言葉はわかるみたいだったんでなんとか意思疎通が出来た感じだ」
「それなら良かった。本当なら言葉を話せる者を向かわせたかったのだが、生憎言葉を話せる者は村へ向かう魔物の対処に追われての。足の速い子供を向かわせるので手一杯だったのだ」
やっぱりこいつ等は子供だったのか。一緒に行動してみて自制が利かなかった時が多々あったのでそんな気はしていたがどうやら当たりだったようだ。
「その者達も、村の襲撃でワシ等を逃がす為に犠牲になってしまったがの……」
嘆くような言葉でぽつりと呟く長老。先程の村で死んでいたゴブリン達の事を言っているのだろう。
かなりの人数が殺されていたのは俺も目にした。無残に魔物達に殺されていたゴブリン達。長老達にとっては辛い出来事だっただろう。
俺は黙って辛そうにしている長老達を見ている事しか出来ない。
ここで慰めの言葉を口にする事は簡単だ。だがそれを口にして良いのは、大切な人を亡くした事がある者だけだ。
そんな経験のない俺がいくら言葉を紡いだところで、長老達の心に響くとは思えない。
しばし、重い沈黙が続き、静寂が場を支配していたところに突如小さな人影が現れる。
「グキャッ?! ギャギャギャ!」
洞窟の奥から現れた小さなゴブリンと目が合った瞬間、嬉しそうな雰囲気を漂わせて俺へと突進してくる。
「うお! 一体なんだ!?」
「これ、リブ!」
突然やってきたゴブリンが俺の腰に抱き付いて来たので、少し慌ててしまった。
長老や他のゴブリン達もいきなりの出来事にさっきの暗い雰囲気が一気に霧散した様子で、俺と同じように驚いていた。
一時的にでも、長老達から暗い雰囲気がなくなってくれたのは良かったけど一体この子は……ってちょっと待て。
長老がリブと呼んでいた事で、領地に向かう途中であった一人のゴブリンの少女の事を思い出す。
考えてみれば、ゴブリンの集落があった場所ってリブと出会った場所からそんなに離れていない。長老達が現れた時にいなかったからてっきり他にゴブリン族の集落があってそこにいるのかと思っていたのだが。
「リブ」
「ギャ!」
嬉しそうに俺に抱き付いている様子や、俺のあげたバングルをつけているので間違いと思うが、念の為に名前を呼んでみると元気な返事が返ってきた。
どうやら間違いないようだ。リブには本当に悪いとは思うんだが……背格好だけじゃゴブリン族の見分けがつかない。外国人の見分けがつかないような感じだ。
リブは俺に気付いてくれたのに……本当に申し訳ない気持ちになる。
――――ごめんな。リブ。
「イチヤ殿、リブと知り合いなのですかな?」
「ん? ああ、自分が住む為の街に向かう途中で出会って仲良くなった。その子のつけているバングルはその時に俺があげた物だ……ははは」
思わず乾いた笑い声が口から出る。背中から滝のように冷や汗が浮かぶ。
「イチヤ殿、少し顔色が悪いような――――」
「何でもないから気にしないでくれ」
ゴブリン族という種族の存在を知らずに倒そうとしたなんて事は口が裂けても言えない……。
リブの様子から俺に襲われたみたいな事は伝わってないようだが、知られれば間違いなくこの場の雰囲気が確実に殺気立つだろう。
……罪悪感に苛まれるが、ここは話題を変えさせてもらおう。
正直に話してもお互いに良い事はなにもない。と自分に言い聞かせてみる。
「長老。どうして魔物の主とかいうのに狙われる危険を冒してまで近くの村を救おうなんて思ったんだ?」
ゴブリン達が魔物の襲撃を報せる人間を送っている事がわかってからずっと気になっていた疑問を長老にぶつけてみる。
村に事についてはゴブリン達には何の関係もない。それなのにどうしてという疑問がずっと頭に残っていた。
俺の質問を受け、長老や周りのゴブリン族がきょとんとした表情をしているような気がする。
というか何を当たり前の事をという感じに俺を見ている。
――――何か変な質問をしただろうか? 誰でも疑問に思うような質問をしただけなのに。
内心で自分の質問に変な点がないか反芻する。
――――うん。俺は何もおかしな質問をしていない。
じゃあ何故ゴブリン族は俺に対してこんなにも不思議そうに首を傾げているのか?
その答えは長老の質問によって齎された。
「誰かが不幸に見舞われる。そんな状況になるのがわかっていて、手を貸す事が出来る状況で何もしないというのは人でなしではないか?」
「……」
「ワシ等はゴブリンとつくが人間だ。見た目が魔物に勘違いされるが人間だ。人間とは助け合う生き物であろう? それなのに、誰かが悲しむ事がわかっていて何もしないという事など、ワシ等は出来ぬよ。それを行ってしまえば、ワシ等はゴブリン族ではなく、ただのゴブリン種に成り下がってしまう」
そこには人族にあるような打算など一切しない本心。よほど人族よりも崇高な思いを持つ長老や長老の言葉に頷くゴブリン族の面々に、俺は何も言えなくなってしまう。
動物にも確かに助け合う精神というものを持っている動物もいる。だがそれは同じ種族の、同じ集団の仲間と認めている者だけだ。他種族に向けての情など一切ない。
人でありながら魔物に近い姿をしているゴブリン族。それゆえに、人間よりも人間らしい”助け合う”という事を、何よりも大事にしているということか。自分達が人であるという事を自身を持って言えるように。
その精神性は素晴らしい。俺達人族が助け合うという事を純粋に実行できる者がどれだけいるだろう? 少なくともそう多くはないはずだ。
大半の人間は見て見ぬふり、あるいは自分の出来る範囲で打算の上で助けるという行為を行うだろう。
穿った考え方なのは重々承知しているが、俺が知っている範囲にいる人間の多くはこういう人間ばかりだった。
この異世界に来てから出会った人物の中に、レーシャやアル、シャティナさんのような例外もいたが。
ただ、一つ言わせてもらうならば、大切な者を失う危険をおかしてまで、見ず知らずの人間に手を差し伸べるのはどうなのだろうかという事か。
彼等の信念は立派だし、見習うべき点だ。
目をみれば本心で言っているのも伝わる。
だが残念な事に、彼等には圧倒的に、他者を助けられるだけの力が足りない。
それは魔物に蹂躙され、ゴブリン族が多くの仲間を失った事からもその事を証明してる。
元の世界――――日本にいた頃よりも比較にならないくらい必要な武力という存在。もちろんそれだけで全てが解決する訳ではないが、今一番必要なのはその力だ。
魔物が襲ってきても排除出来るだけの力。彼等にはその力が足りていない。このまま何もしなければきっとこの集落のゴブリン種は、抵抗しようがしまいが殺されてしまうだろう。
ならどうすれば良いのか?
逃げる?――――魔物の主とかに目をつけられた時点で、戦える者がいなくなったゴブリン族では不可能だろう。多種多様な魔物をゴブリン族にけしかけているのを見る限り、魔物の主も逃がすつもりはなさそうだ。
戦う?――――さっきも言ったように力が足りていない彼等が戦ったところで、無残に殺されて終わりだ。
「あんたらが俺の領地の村に、魔物が来る事を教えて、助けようとしてくれようとした事はわかった。ありがとう。……それで、あんたらはこれからどうするんだ?」
「「「……」」」
彼等だけではどんな選択肢を選んだところできっと生き残る事は不可能だろう。それは俺もわかっているが故に質問をすると、誰一人、暗い表情で俯くだけで俺の質問には答えない。
……答えられないというのが正解か。
俺だって本当はこんな質問はしたくない。ゴブリン族だけの力で解決出来るような問題ではないのだ。特に、戦える者がここにいる人間を逃がす為に、犠牲になったのなら尚の事。
だけど彼等には、いや、何の見返りもなく村人を助けようとしたゴブリン族にこそわかってほしい事がある。
無言の中、再び俺は口を開く。
「何もないのか? 逃げるなり、魔物を倒すなり何でもいいぞ?」
「それは――――」
長老が顔を上げ「不可能だ」と言おうとしたのだろう。その言葉を遮り、言葉を続ける。
「何もないようだな。だったら――――俺が助けてやる」