142話 魔物が出る村10
森の魔物を退治する為、ゴブリンに頼んで森を案内してもらう。ゴブリン族が村を襲おうとしていた魔物の数を減らしていたらしい。なのでもしかしたら魔物の生息域を把握しているんじゃないかという事で頼んだ。
ゴブリン族を含む六人で森を進む。隊列はゴブリン族の三人を先頭に、俺、リアネ、レイラの順だ。
森は鬱蒼と茂り、なかなかに歩きづらい。無造作に木から垂れ下がっている蔦なども行く手を邪魔する事に一役買っている。森はおろか、林にすら入った事がない俺には結構辛い。
テレビでしか見ただけで行った事はないが、アマゾンに足を踏み入れたようだ。正直森を舐めていた。歩きにくいのは想像していたが、ここまで足をとられるとは思わなかった。
この世界に来て身体能力が上がったからあまり疲れないが、それでもこの歩きにくさに眉を顰めたくなる。
ゴブリン達はよくこんな森の中で生活出来るな。
思わず感心しながらゴブリンを見る。すると彼等が俺の視線に気付いたのか、顔をこちらに向ける。しかし何故見られていたのかわからないようで、首を傾げる。そのしぐさが微妙に可愛い。
「リアネ、レイラ、大丈夫か?」
「はい」
「問題ないよ」
森を歩いて30分。ゴブリン達はこの森に住んでいるので大丈夫だろうが、リアネやレイラは不慣れだと思い、心配なので聞いてみた。俺でも結構大変なのに、彼女達は危なげなくついてくる。
レイラはわかる。彼女の身体能力は元々高かったこともある。それに加えてレベル上げで向かったダンジョンで更にステータスが上がっているはずだ。これくらいなら問題ないだろう。しかし意外だったのはリアネだ。
心配になりそっと彼女の顔色を窺うが、無理をしている感じはまったくしない。むしろ俺よりも平気そうな顔で付いてきていたのだ。
獣人族は身体能力に優れている。それは戦った俺がよくわかっているが、それは森で生きてきた獣人族だ。彼女の話を聞くに、物心ついた頃からラズブリッダにいたはずだ。おそらく森に入る機会などなかっただろう。それなのに平気なのは獣人族の本能なのだろうか?
「イチヤ様、あちらから何か物音がします」
余計な事を考えていると、ある方向を指さし、リアネが声をかけてきた。その声に全員が警戒の色をあらわにする。獣人族だからこその聴力と言えばいいのか、俺にはリアネの言ったような音は聞こえない。
なので、自分なりに何がいるのか探ろうと、目を閉じ意識を集中させる。確かに何かがいる気配を感じる。
気配はするが、まだ魔物かはわからない。
本当はリアネの言った方向に向かって問答無用で爆発する創剣を打ち込んだ方が面倒臭くないのだが、まだ魔物だと決まった訳じゃない。もしリアネの言った音の方向にいるのが魔物ではなくゴブリン族だったら目も当てられない。
さすがにゴブリン族がいる前で、その同族を間違って殺してしまいましたなんて笑い話にもならないからな。
ゆっくりと気配が近づいてくる。気配が近づくにつれ、俺にもリアネが言ったような音が聞こえ、気配も鮮明に感じられる。
「レイラ、戦闘準備! リアネとゴブリン達は後ろに!」
気配が鮮明に感じられ、その気配がゴブリン族ではない事がわかった俺は全員に指示する。指示をうけたみんなが即座に動く。
指示した直後、姿を現したのは2メートルくらいのカマキリだった。
「ブレイドマンティスだね。私がやっても?」
「任せて良いか?」
「もちろん。少しは活躍しないとね」
余裕の笑みを浮かべてレイピアを抜き取るレイラが一歩前に出る。レイラが進み出ると、ブレイドマンティスが威嚇の為か、両手をぶつけ、金切り音を鳴らしながら威嚇してくる。
ブレイドマンティス――――顔は普通のカマキリ同じなのだが、大きさ以外で違う点を挙げるとするなら、その両手は鎌のような形状ではなく、剣のようにまっすぐに伸び、両手だけが赤黒く変色している事。
魔物に関する本で読んだ内容によると、このブレイドマンティスの両手は良い武器の素材になるそうだ。
武器の素材で思い出したが、最近ちゃんとした武器も欲しいと思っている。どうしてそう思ったのかというと、何故か創生魔法で創った武器は脆いのだ。創生魔法でいくらでも創れる為、量産できる利点を生かし、使い捨て同然に使っている。
今は特に問題を感じではいない。しかし異世界では何が起こるかわからないのも事実だ。もし魔法を使えない状況に陥った場合、身体能力だけでどうにかしなきゃいけなくなる。そうなった場合に備えてちゃんとした武器を所持しておいた方が良いだろう。
今の今まで忘れていたけど、帰ったら武器屋でも捜してみるか。結構大きな街を譲られたし、武器屋の一つくらいあるだろう。
……っと、余計な事を考えすぎた。今は戦闘中だった。とは言っても戦うのは俺ではなくレイラだが。
意識をレイラとブレイドマンティスへと戻す。威嚇するブレイドマンティスに対し、レイラは臆する事なく、それどころか自然体でブレイドマンティスの下まで進み出る。
「キシャァアアア!」
ブレイドマンティスの両手の長さは50センチほど。両手を打ち鳴らしていたブレイドマンティスの攻撃範囲に入るまで後一歩のところまで来た所で、声を上げたブレイドマンティスが襲いかかる。
レイラに全力で両手を振り下ろすブレイドマンティス。だが、その攻撃をレイラは軽く体をひねるだけであっさりと躱す。躱した瞬間、レイラの体がブレる。次の瞬間にはブレイドマンティスの両手が地に落ち、一歩遅れて胴体もガタリと倒れ、ブレイドマンティスは絶命した。
ここにいるメンバーでレイラが何をやったのか、正確に把握しているのは俺だけだろう。その証拠にリアネとゴブリン達は驚き目を丸くしている。俺は彼女が何をやったのかは理解しているが、正直感心するばかりだ。
簡単にレイラがした事といえば、ブレイドマンティスが両手を振り下ろし、躱した瞬間に両手を切り上げ切り下ろし、胸の辺りを貫いただけだ。しかし言葉にするのは簡単だが、その工程を1秒にも満たない時間で正確に防御の薄い箇所を狙ってやってのけたのだ。俺には真似出来ない。
ステータスの値は俺の方がはるかに上だが、戦闘などの技量はまだまだレイラに及ばない。魔法込みでの全てを使った戦闘でならおそらくレイラに負ける事はないが。
一応アルにはみっちりと剣を教えてもらったけど、まだまだ付け焼刃といった感じだ。こうやってレイラの剣技を見ると自分との技量差がはっきりとわかる。せめていっぱしの技量にはなりたいものだ。
少し練習してみるか。丁度良い獲物も近づいている事だしな。
レイラがレイピアを収め、こちらに戻ってくる最中に他の魔物がいないか気配を探っていたところ徐々に近づく気配があった。おそらく今倒したブレイドマンティスの声に反応してこちらにやってきたようだ。丁度良いので練習台になってもらおう。
そう考えていると、察知した通りに現れたのはやはりというかなんというか、またもやブレイドマンティス。しかし今度は三匹ほどがわらわらとやってきた。
「ギギィッ!?」
「すぐ倒してやるから安心しろ」
出てきたブレイドマンティス、さすがに三匹という事で怯え始めるゴブリン達。そんなコブリンの頭をぽんっと撫で、レイラと入れ替わりに今度は俺が前に出る。
「手伝おうか?」
「いや、いい。それよりもリアネ達の事を頼む」
「任された」
軽く言葉を交わし、向かってくるブレイドマンティスと対峙する。俺を補足したブレイドマンティス達は先程のブレイドマンティスと同じように両手を打ち鳴らしながらこちらへと迫ってくる。はっきり言ってこの金切り音が凄く耳障りだ。
「「「キシャアアアアアッ!」」」
「うるっせえ!」
創生魔法で二本の鉄剣を創生。風を纏わせ二体のブレイドマンティスへと射出する。さすがに炎を纏わせるのは自重した。森の中では火なんか使えば大変な事になる。
発射された二本の剣は狙い違わずブレイドマンティスの頭部へと突き刺さり、勢いを殺さず頭部をもぎ取り突き進む。もがれた体からは緑色をした大量の血が噴出し、周りの木や地面に飛び散り汚していく。レイラに比べるとかなり派手で、スプラッタな光景の出来上がりだ。
「キシャァアアア!!」
二体のブレイドマンティスを一瞬にして葬り去った事で、仲間意識でもあったのか練習台として残した一体が激昂する。腕を振り上げこちらへと迫ってくるブレイドマンティス。そんなブレイドマンティスに対し、剣を構え、先程のレイラの戦いを思い出しながら戦いに意識を集中させる。
レイラの剣戟、流麗なその剣の動きを頭の中で反芻しながら、迫ってきたブレイドマンティスを相手に模倣する。
まずは上段からの切り下ろしでブレイドマンティスの弱い部分を狙って左腕をおと……っ!? レイラの剣をイメージしながらだった為か、自分の狙っていた箇所から微妙にずれる。それでも刃が微妙にかけながらも左腕を切り落とす事ができた。
だが、勢いが付き過ぎ剣を地面に叩きつけるような感じになってしまう。案の定、地面に叩きつけられた剣は真っ二つに折れた。
まったくもって見当違いの出来事。自分のイメージしていたものと違い過ぎる。しかも予想外の出来事はこれだけにとどまらない。
「キシャァアッ?!」
折れた剣の切っ先がまっすぐにブレイドマンティスに向かって行きその足へと突き刺さる。
おぉう……まさかこんな事になるとは……。
内心驚愕しつつも、今は戦闘中だ。気を取り直し、すぐに創生魔法で反対側の手に剣を創生させ今度は右手を切り上げる。
今度はヒュッという綺麗な風切り音と共に、剣が自分の意図していた箇所へと吸い込まれていく。
どうやら今度はうまくいったようだ。内心そう思ったのも束の間。またもやレイラの時のようにはいかず、切断された腕が宙を舞う。
そう……舞ったのだ。勢いよく、くるくると。さながらぶっ壊れて速度調整の利かなくなった観覧車のように。
切り上げられた右腕は留まる事をしらない。そのまま上空へとヒュンッヒュンッヒュンッという音と共にその姿は空のかなたへと消えていった。
「「「……」」」
唖然とする一同。正直こんなはずではなかったと内心愚痴りながらも、テンション駄々下がりのままブレイドマンティスに止めを刺す。
いくら殺す事が確定していたとはいえ、まさかこんな心情でブレイドマンティスも殺されるとは思わなかっただろう。先の二匹と違い、この一匹には同情の念を禁じ得ない。
「……虚しい戦いだった」
肩を竦めながら仲間の下へと戻る。リアネやゴブリンは魔物を倒したはずなのにどうして気落ちしているのかわかっていない様子だ。レイラはといえば、自分の模倣をしようとして失敗している事がわかっているのか、呆れ顔でこっちを見ている。
少しでも剣の技量をあげようと上手い人間の真似をしようとしただけなのに……ここまで盛大に失敗するとは……しかもそれを見本にした相手には呆れられる始末。滅多な事はするもんじゃないな……うん。
二度とこんな失態を繰り返さないように、帰ったら少しは剣の練習でもがんばってみるか……はぁ……。
補足:調べてみると、かまきりのような虫は首がもげてもしばらくは動くそうですが(交配中にメスに食べられても出来るようにとか他にも理由あったんですが以下略という事で)そこはファンタジー世界の魔物という事で納得していただけたらと思います。というかそれそのまま使うとなんか非常に書きにくいグロ描写になるからという結城の言い訳と思って流していただけたら幸いです。