140話 魔物が出る村8
「とりあえず、やる事だけはやってしまうか」
村人との話が一区切りしたところで、そう一人ゴチて、魔物討伐する為とはいえ、自分で作ったクレーターに視線を送る。
自業自得なので仕方がない事なんだが、だからといって面倒臭いという感情が拭えるわけではない。
まぁやるからには徹底的にやるか。
俺は見事なクレーターを作っている場所へと向かい、地面に手を触れる。村人達はなぜか黙ったまま、俺の行動を注視している。なんか真剣な視線で見られてるけど、どうしたんだろうか?
村人達の視線に疑問に思いながらも、まずは今やるべき作業に集中する。
――――物質変化
能力を使い、クレーターの一つを綺麗な畑の状態に戻す。畑に対する俺のイメージが、日本の畑を想像したものだった為か、無事だった畑よりも土の質が良いように感じる。
そんな事を思いながら自分の作ったクレーターを一つ一つ直していき、やっぱり自分の直した場所の方が土の質が良い事を確信。なんとなく気持ち悪かったので、無事だった畑にも同じように物質変化をかけておいた。
一通り畑を直し終わったので、再び村人達に視線を送ると、さっきと変わらぬ視線を俺へと向けている。
まったくリアクションがないというのは、どうにも反応に困るのだが……驚いてるのはなんとなくわかるんだが、せめて言葉でのリアクションが欲しいところだ。ただじっとみられてるだけなのは正直きつい。
「とりあえず畑の方はこれで良いとして、後は」
ざっと畑を見回し、他に何か出来ないかと観察して、一つ気になる事に思い至る。魔物の襲撃の際に、盛大に壊されたのだろう。木で出来た柵の残骸があちらこちらに散らばっている。
とはいっても、壊された柵を見た感じ、俺の腰くらいの高さしかない、畑を区切っているだけの耐久性など皆無といってよさそうな柵だ。こんな柵では足止めにもならない。
元侯爵が私兵を見回らせていたときは問題なかったのかもしれないが、その存在がいなくなる。もしくは見回っていない時間帯に魔物の襲撃を受ける事も考慮して、もう少し頑丈な柵を作れなかったのかと問い詰めたくなるような出来だ。現に魔物に襲撃を受けるはめになっているのだから。
まぁ今言っても仕方がない。また同じような事が起こって、魔物討伐をやらされないよう、ここは俺が頑丈な柵を作ってやろうではないか。
内心で意気込み、柵があったであろう位置を確認して、畑の周りをざっと歩き、大体の大きさを確認する。一通り確認し終え、創生魔法で鉄製の棒を精製、次々に地面に突き立てていく。そこそこ重いはずだが、ステータスの影響か、まったく疲れないのは助かる。
無事な柵も引き抜き新たな棒を突き立て、一通り突き立てたところで、今度は鉄の板を創生魔法で創る。創った板を突き立てた鉄の棒に物質変化で貼り付ける。貼り付けてみて、強度が少し心配だったので、更に物質変化で板を30センチほど太くしてみた。正直柵の作り方なんて知らないが、たぶんこれならちょっとやそっとでは壊れないだろう。
「ついでに魔物対策もしておくか」
そんな事を呟き、全ての板の外側に、等間隔で半径3センチくらい、高さ5センチほどの三角錐を物質変化で作ってみた。本当はこんなものを創るよりも板に炎や雷を纏わせた方が、魔物などを駆除しやすいのだが、永続的に効果が発揮するわけではないし、間違って村人が触れてしまった時の事を考えて却下した。何事も安全第一である。
さすがにこの三角錐の棘のようなものに関しては限がないし、見たただけでわかるような罠なので、注意してもらうしかないだろう。
他にもいくつか拘われそうな部分はあるが、畑に関してはこれで良いだろう。高校生の工作にしては十分過ぎるほどだ。(一般の高校生が柵作り等、普通はしないのだが、そこは気にしてはいけない)
完成した高さが俺の身長よりも顔二つ分くらい高い柵にご満悦な笑顔を浮かべ、村人達の反応を見るために彼等に視線を向ける。さすがにこれだけの事をすれば、少しは反応があるだろう。
「ほんに新しい領主様は何でも出来るだなあ……」
「魔法ってこんなに便利なんかあ……羨ましい限りだべ」
「いやいや! オラ、何度か冒険者の魔法とか見せてもらった事があるだが、あんな便利な魔法使ってるとこ見た事ねえべ」
「そうなんだか?」
「ダガサの言うとおりだべ。オラも少しは魔法さ使えるだが、あんな魔法しらねえべさ。あの領主様が異常なんだよ」
「異常なんだか?」
「異常なんだべ」
「んだ。異常だ」
「そうか~領主様は異常なんか~」
おい、聞こえてんぞ。最初は感心していたはずなのに、いつの間にか人を異常者のように言う二人の村人。二人のうちの一人は名前はわからないが、とりあえずダガサとかいう村人の顔と名前は覚えた。機会があれば報復してやろう。今はそれよりもやる事があるので報復は保留にしておくが。
さて、畑の方もこれで一先ず終えるとして、次にしなくちゃいけない事に移ろう。ホントは畑を直すことよりも重要だったんだが、少しでも村人に自分の力を誇示した方が面倒がないと思ってこちらを優先させてもらった。彼等には本当に申し訳ないと思っている。
内心で、彼等――――ゴブリン族達に謝る。俺に意識が向いていた村人達は、縛られて何も出来ないゴブリン族達は何も出来ない為、見向きもされなかった。もし、村人の誰か一人でも彼等に危害を加えようとしていたら畑を直す事を中断して、俺は彼等を守っていた。畑はいつでも直せるが、人の命はたった一つだ。
「ギィ……ギィ……」
「グギャギャギャッ!」
「ギギィッ!」
俺はゆっくりとゴブリン族の一人に近づいていく。先程村人によって派手に蹴り飛ばされたゴブリンだ。俺が近づくに連れ、蹴り飛ばされたゴブリンが悲壮な声を上げ体を震わせる。その光景を見て、他の二人のゴブリンが激しく声を上げる。何て言っているのかわからないが、おそらく俺が仲間に危害を加えると思い、抗議しているのだろう。
もちろん俺にそんな事をする意図はない。他種族で人語を話せないとはいえ、このゴブリン達は人族だ。そんなゴブリン達を甚振って楽しむ趣味なんて持ち合わせちゃいない。
ゴブリンの前まで辿り着いた俺はその場にしゃがみ、ゴブリンと目を合わせる。一瞬ビクつくゴブリンの背中になるべく優しく手を添え上半身を起こしてやる。
「俺はあんたに危害を加えるつもりはない。それと、助けるのが遅くなってごめんな」
そして目を見開くゴブリンに安心させるように語り掛ける。目を見開くゴブリン。そのゴブリンが縛られている縄を創生魔法で創ったナイフで切り落とし自由にしてやった。
「領主様っ?! 何やってるだか!」
ゴブリンを自由にした瞬間、俺の起こした行動に大声を上げる村人の一人。どうやら俺のさっきの説明が理解出来なかったのか、納得できなかったのだろう。他の村人も数人同じような感じだ。
まぁ、この事態は予想できた。生まれてからずっとこの世界に住んでいて、ゴブリン種は知っていてもゴブリン族は知らない人族は多いと言っていた。俺もあの時フィニやピアにゴブリン族の少女であるリブの事を教えてもらっていなかったら間違いなく他種族とは知らずに殺していた。
しかも俺の場合、この世界に来て一年未満で、この世界の常識というものがまだ完全に理解している訳でもないし、元の世界では様々なライトノベルでゴブリンが人と共存していると設定の物も読んでいた為、それほど違和感なく受け入れられた。ゴブリン族と話せるフィニやピア、世界を渡り歩いて様々な種族の知識を持ったアルといった俺が最も信頼出来る人間からの説明だったのも大きいだろう。
そんな俺に比べ、村人達はゴブリン=魔物という図式が常識としてあり、説明した人間も今日知り合ったばかりの人間。領主という肩書きは確かに強み……ちょっと待て、前の領主が領地ほっぽりだして逃げたせいで、貴族の評価なんて駄々下がりじゃないか?
……とりあえず領主の件は置いておいでもいくら薬や魔物退治で貢献したとしても、そう簡単に信頼を勝ち取る事は出来ないだろう。これはゲームではないのだ。
だから先程やりすぎた感はあるが、狼達を派手に退治した。俺の実力を見せる為に。
「ちょっと質問に答えてもらっても良いだろうか?」
「?」
村人の一人の質問をスルーし、俺はこの場にいる全員の顔をゆっくりと見回し一人一人と視線を合わせる。いきなり話しかけられた事に困惑したような表情をする村人達が大半な中俺は更に続ける。
「このゴブリン達を解放して何か問題があるのか?」
「「「なっ?!」」」
困惑の表情からすぐに驚愕の表情へと変化する村人達。それをわかった上での質問だったのだが、ここまでの変化は若干予想外だった。せいぜい一人二人驚くくらいだと思ったのだが。
「何言ってるだ領主様!? 問題あるに決まってるべ!」
「どんな問題があるんだ?」
「こいつらが逃げて、他の魔物さ呼び出したら――――」
「ゴブリン族達が逃げたとして、俺が捕まえられないと思うか?」
「「「?!」」」
一瞬で、少し距離を置いて話していた村人達の前に移動する。その行動に村人全員が目を見開いたのを確認して、元の位置に戻る。
「他に問題は?」
「そいつらを解放した瞬間襲い掛かってこられたらどうすんだべ……?」
俺が問いかけると、さっきとは違う村人の一人が口を開くが、どんどん声が萎んでいって最後の方は凄く自信なさげな様子が伝わってくる。
他の村人も回りの村人の顔色を伺うように見たり、小声で相談している様子が伺えるとしばらく待っても何も言ってこない。
「襲い掛かってきたらどうするか……ね。俺はさっき実力を見せたつもりだ。もし仮に彼等が襲いかかろうとしたら制圧出来るだけ実力はあるはずだ。絶対に危害を加えさせないと約束する」
そう言って、この場にいる村人全員の顔を見て、安心させるように満面の笑顔で作る。
するとどうだろうか。村人達はほっと息を吐き安心するような様子を――――見せずに先程まで見せなかった恐怖を滲ませた顔で俺を見る。近くのゴブリンまで先程とは違い激しく震えている。もしかして俺の背後にさっきの狼よりも恐ろしい魔物がいるのかもしれないと背後を窺うが何もいない。それに村人やゴブリンは俺を視界に捕らえてはなさない。
一体何に怯えてるんだろうか? そう思った俺は村人に聞いて見る事にする。
「どうかしたのか?」
「いや、その……」
「さっきの魔物の襲撃より怯えてるじゃないか。何かあったんだったら言ってくれ」
「……領主様……顔……恐えべ」
一瞬押し黙った蚊と思った村人だったが、何かを決心した顔になって言った言葉がそれだった。あまりにもあまりな言葉にしばし呆然とする俺。まさかそんな言葉を投げかけられるとは思わなくて一時思考が停止してしまった。
ハハハ、作り笑顔でまさか恐いと言われるとは思わなかったぞ……ハハハ……。
「んん~……こほんっ! まぁ、あれだ……俺の顔についてはこの際どうでも良い。それよりもだ。彼等については俺に一任してくれれば良い」
「わかっただよ。領主様の笑顔に比べたらゴブリンくらい」
ショックの抜けきらない状態のまま、作り笑顔から真顔に戻す。というか、俺の笑顔はゴブリンよりも恐いってどういう事だよ。比較対象がおかしいだろうが……。
とりあえず、ゴブリンについては俺に任せてくれる事になったので良しとしよう。なんとなく釈然としない部分はあるが。
気を取り直し、残りのゴブリン達の縄も解いてやる事にする。村人達に恐い目に合わせられたのだろう。俺が近づくと、震えながら悲壮な顔で鳴き声をあげる。これ、さっきの俺の笑顔が原因じゃないよな?
俺が来る前に村人に余程ひどい目に合わせられたと解釈し、安心させるように頭を撫でる。なんとなく安心させるならこれが一番だと思い、やさしく撫でた。さっきの村人達のように怯えられたらかなわないと思い、今度は素の表情でだ。
撫でるという行為、これが大人だったら失礼に当たる行為だが、特にこの行為に対して、ゴブリンに嫌そうな様子はない。なんとなく、くすぐったいような、気持ち良さそうな表情をしている。
一人一人をそうやって撫でながら彼等が落ち着くのを待つ。しばしの時間が流れ彼等の怯えた様子が取れたように感じた俺は、なぜゴブリン族が頻繁にこの村に現れたのか理由を聞く事にした。
「なんであんたらはこの村にやってきたんだ? それも魔物が現れる直前に」
「グギャッ」
「グギィ~」
「ぎゃぎゃぎゃっ」
――――うん。理由を尋ねて見たものの何を言ってるのかまったくわからないな。
身振り手振りをまじえて必死に何かを伝えようとするゴブリン達。必死さは伝わるのだが、こんな事になるならピアかフィニを連れてくるんだったと軽く後悔する。魔物が出るので、置いてきた事は間違いだと思ってはいないが、この場においてはゴブリンと話せる能力が欲しいと思った。
しばらくの間、色々と伝えようとしていたゴブリンも、こちらが理解出来ていない事を理解しうなだれる。
しかし、そこでゴブリンは諦めなかった!
一瞬うなだれたのも束の間、ゴブリンは身振り手振りだけでなく、行動に移す。
「グギャ~!」
三人のゴブリンの内、二人のゴブリンが動き、片方を肩車する。肩車された方は、両手を上に挙げ威嚇するようなポーズ。可愛らしくデフォルメされたゴブリンがやると、なんとなく微笑ましい光景が出来上がる。
ゴブリン達の光景を見守っていると、すぐさま肩車を解き、肩車していた二人のゴブリンが上に乗っていた方と一緒になって両手を上に挙げながら、もう一人のゴブリンの横を通り過ぎる。それをもう一人のゴブリンが、弓を射るようなしぐさで二人のゴブリンに向ける。二人のゴブリンも矢を射る様なしぐさを向けられ倒れ、また立ち上がる。弓を射っていたゴブリンは今度は二人の前に回りこむと逃げるようなジェスチャーをした。
これは、肩車をしていたゴブリン達が魔物で、ゴブリンがそれを倒してる? その後の逃げるようなジェスチャーは、ゴブリンが魔物から逃げてるのか? いや、もしかして最初に弓を射って魔物を退治していたのが、ゴブリン族で、逃げるジェスチャーをしていたのが、村人か?
「もしかしてあんたら、森から村人達を襲おうとしていた魔物を退治したり、村に危機が迫ってるのを伝えに来た?」
「「「グギャッ!」」」
考えても推測ばかりで、答えなんか出ないので聞いてみる。するとゴブリン達は一瞬目を大きく見開いて、気持ち嬉しそうな表情をして頷いた。どうやら正解のようだ。
なるほど、だから魔物が現れる前には必ずゴブリンが現れた訳か。
一人納得して、今度は村人の方に振り向く。
「と、いう訳なんだが、納得出来たか?」
「いや、ゴブリンが人間の言葉さ理解できた事には納得出来たが。どうしてあんな動きで、ゴブリンの言いたい事さ理解出来ただよ?」
「なんとなくだ。人間、何かを伝える気持ちと、理解しようという気持ちがあれば、なんとなく伝わるもんだろ?」
「「「そこが一番納得できねえだよ」」」
良い事を言ったつもりだが、村人達は凄く微妙な表情で否定の言葉を告げる。どうやらゴブリンの行動よりも俺の言葉に納得できなかったようだ。……げせぬ。
「んでもまぁ、一応ゴブリンが現れてた辻褄は合うべ」
「確かに、よく思い出してみっと魔物が出た時、ゴブリンが指示してる姿なんて見た事ねえべよ」
「んだなぁ……でもよ、さっきゴブリンが魔物を退治してるってところに頷いてたけんどよ、なんで村の近くに来た魔物は退治してくれなかっただよ?」
口々に納得し合う村人達だったが、その内一人が、なんとなく疑問に思った事を呟く。その村人の言葉に、みんなが一斉にゴブリンへと視線を移し、なんとなく嫌な雰囲気が漂い始めたので、俺は自分の推測を言ってみる事にした。
「たぶんだけど、この人達は戦えないんじゃないか?」
俺がそう言うと、ゴブリン達は一斉に頷く。その光景を見て村人が怪訝な顔をする。
「ゴブリンが戦えないなんて聞いた事ねえだが」
「いや、それはゴブリン種の事であってゴブリン族じゃないだろ?」
「なんだかまぎらわしくて、頭がこんがらがっちまうだよ」
「そこはもうゴブリン族という他種族がいて、ゴブリンとは違うと納得してもらうしかないな」
「まぁこうしてる間も、逃げたり襲ったりしてくる気配がねえところみっと、ゴブリン族っちゅう種族がいる事には納得したけんどよ、でも領主様はなしてこいつ……彼等が戦えねえと思っただ?」
確かにそこは疑問に思うか。
「俺も推測の範囲で思った事を言っただけなんだが、このゴブリン達、武器をもってないだろ? これはゴブリン種のイメージで語って彼等には悪いと思うんだが、俺の中でのゴブリンのイメージって武器を使って戦うイメージなんだよな。で、彼等はその武器を持っていなかった。魔物が出る森に住んでるのに何も持たずにここまで来るのは無用心だとは思うが、戦えなければ武器なんて持ってても意味はない。だからなんとなく戦えなくて、村に知らせる人間を戦えない者にしたんじゃないかと思ったんだ」
俺の推測に、村人だけじゃなく、ゴブリン達まで感心したように俺を見る。ゴブリンの様子をみるにこの推測も間違っていないようだ。
「なるほどな。武器をつかえねえのに態々こうやってオラ達に伝えに来ただか」
「それなのにオラ……さっき思いっきり蹴っちまっただよ……」
「彼等が村の被害を減らしてくれたてのに……オラもさっきふんじばる時に抵抗したから思いっきりなぐっちまっただ……」
「今更かもしんねえけんどホントすまねえ!」
「「「すまなかっただ!」」」
どうやら徐々に、ゴブリン族という種族がいるという事を各々理解していく村人達。そうなってくると俺が到着する少し前や、到着時にゴブリンを蹴っていた行為をしていた村人が後悔するように呟く。
獣人族を助けていた行為や、素直に自分の行為を反省出来る村人達は本当に良い人達なんだろう。
ゴブリン族は見た目的に誤解されやすい。だけどここで見た目が悪いからこうなっただの開き直る人間もいそうなものだが、村人達の様子から心底反省している様子が窺える。
こういう人達が住んでいる村なら全力で守りたいと思うな。
すみません。遅くなりました……。