136話 魔物が出る村4
「この度は村を救って頂き、真にありがとうございます」
怪我人を治し終え、外に出ると、村長が開口一番そう言ってきた。
「いや、村長。まだ村が救われた訳じゃないだろ」
そう。まだ村が救われた訳じゃない。
一番の問題はこの村に出る魔物を退治することだ。
だというのにこの村長、なぜ一番の問題すっとばして、しかも意味がわかってないかのように首を傾げてるんだ?
天然か? 天然なのか? 爺さんの天然なんて需要ないぞ。
「あぁ、そうじゃった。まだ魔物の件が残っておるんじゃった」
「村長……」
俺の指摘でようやくといった感じで村長が声を上げる。
そんな村長に思わず呆れのため息を吐く。
「すまんのぉ領主様。村の重傷者が治って魔物の事がすっぽり抜け落ちておったようじゃ……最近物忘れも激しくなっておるしの……いやはや、年は取りたくないのお」
「いやいや、一番忘れちゃまずい問題だろう」
いくら村の人間の怪我が治ったからって、一番忘れちゃいけない問題だろう。
この村長でこの村大丈夫なのだろうか?
村長を見て村の行く末が心配になった。
気を取り直し、魔物について詳しい話を聞くことにする。
――――のだが、もう一つやるべき事があったのを思い出した。
「村長、魔物についての話を聞く前に一つ頼まれて欲しい事があるんだけど」
「なんですじゃ?」
「ちょっと代官からの頼まれた物があるから、怪我していなかった村人で、腕っ節のある人と、料理のできる人を何人か連れてきてもらえるか」
「それは別に構わねぇけんど、一体何を?」
「ちょっと渡したい物があるんだけど、そこそこ量があるんだ。説明は後でするからまずは呼んできてもらえるか」
「よくわかんねぇけんど、わかっただ。ちょっと待ってて下さい」
村長が首を傾げながらも俺の指示に従ってくれる。
その後すぐに七人の村人を伴って村長が戻ってきた。
がたいの良い男が四人、二十代のお姉さん一人に三十代のおば……お姉さんが二人だ。
今度は戻ってきた村長達を連れ、村の入り口へと向かう。
目的地は俺が乗ってきた馬車だ。
馬車にはレイラが御者台て待っていた。
さっきは怪我人の治療の為、リアネ共々待っていてもらったのだ。
俺は馬車の前に到着すると背後にいた村長に振り返る。
「村長、代官から食料を預かってきた。結構な量があるから男の人達はどっかおける場所に食材を運んで欲しい。お……姉さん達は運んだ食材で炊き出しを頼む」
どうしてだろうか……おばさんと言おうとしたら殺気が飛んでくる。
さっきも考えただけでさっきを感じたんだが……謎だ。
男達が食材がおいてある馬車の中に向かう。
そして中を見た瞬間、動きが固まった。
どうしたんだろうか?
「じゅ……獣人……?」
まずい! 説明し忘れてた!
ついこの間まで、人族と獣人で争っていたのだ。
その獣人であるリアネを見た村人達の反応は二つ。
怯えるか、襲い掛かるか。
やっちまった! 自分の迂闊さに腹がたつ。
「悪い! 説明し忘れてた! その子は獣人だが、こちらに危害を加えたりしないから!」
俺はあわてて男達の肩を掴み、馬車から引き離そうとする。
どうにも慌てていたせいで、変な説明になってしまったが仕方ない。
こいつらを引き離した後にでもちゃんと説明しよう。
そう思ったところで、男達がこちらへ顔を向け、俺を睨み付ける。
敵意すら感じられるその目に、やはり他種族との友好関係は、そう簡単に築けないのかと悟る。
長年憎みあってきたんだ。それも仕方のないことだろう。
レーシャの目指した道は中々に険しく、長い道のりのようだ。
他種族との友好的な関係を築ける世界、その道について考えると、ため息が漏れそうになった。
そんな時、俺に肩を掴まれていた空いている方の手で、俺の手を払い退け、怒りのこもった表情で口を開く。
「この子はあんたの奴隷だか?」
「いや、違――――」
「違わねぇんだったらなんで獣人が馬車にのってるだかっ!」
「お……おい、やめろって」
俺が違うと言い終える前に男が激昂して声を荒げる。
隣の男が止めに入ろうとするが、男の怒りは増すばかりだ。
そんなに獣人が嫌いか?
そう思ったら俺の方もこの男に対して段々と腹が立ってきた。
俺はこの世界に来てまだ一年も経っていない。
この世界の人族と獣人族は長い間、争ってきたのだろう。
争いの中どちらもたくさんの人達を失ってきただろうから、獣人族を憎む気持ちも仕方ないと思う。
――――でもな。
リアネに敵意を向けさせるつもりはねえぞ!
「その子は俺の奴隷じゃねぇ! 俺のメイドだ。間違えんな」
「メイドも奴隷も大差ねぇべ! 村の連中を治してくれて食料まで提供してくれたから、今度の領主様は良い人だと思ってたのによ!」
「メイドと奴隷が大差ない? ふざけんな! 明らかに違うだろうが!」
「どう違うだ!? もうあんな顔見んのはごめんだから相手が領主だろうと関係ねえ! 不敬罪にでもなんでもすればいいべ! だどもその前に言いたい事は言わせてもらう! どうせあんたもあの子が嫌がる事をしてるんだろが! 可哀想だと思わねんだか!? 人として最低だ!」
「てめえに最低だのなんだの言われたくないわ! リアネの事、何にも知らないくせに何が可哀想って……へっ? 可哀想?」
憤慨した男の言葉にこちらも怒りと言葉を返す。
段々とヒートアップしていく俺と男。
下手したら殴り合いか、最悪殺し合いにまでなりそうな雰囲気になった時、俺は男の言葉に一つ気になる言葉を見つけ、言葉が止まる。
「可哀想だべや! なんも悪い事してねえのに無理矢理、奴隷にされてよ。あんたには人の情ってもんがねえんか? 前の領主も獣人奴隷に対して目に余る行いしてたけんど、新しく来たあんたも同じことしてんだな。貴族様ってのはどいつもこいつも人としての情ってもんがねえのか!」
荒い息を吐き出し男が肩を上下させる。
俺達のやりとりを見ていた他の村人はなぜか顔を青褪めさせている。
息を整えた男が拳を握り固め、こちらに一歩足を進める。
たぶん俺を殴るつもりなのだろう。
誰でもわかるその行為に慌てた様子で、他の村人が男を羽交い絞めにした。
「馬鹿やろう! 何考えてんだ」
「くっ、放せ!」
「気持ちはわかっけどよ! 領主様殴っちまったらどうなると思ってんだ! お前一人の責任じゃねえ。下手したら村人全員が死ぬ事になんだぞ! よく考えろ!」
村人の一人にそう言われ、男の動きは止まる。
だが、俺に対しての敵意は微塵も揺らいでいない。
俺の方はといえば、さっきの言葉が気になり怒りが霧散した。
自分に対する暴言なんかぶっちゃけどうでも良い。
俺の事だけに関して言えば、言いたい奴には言わせとけば良いからな。
さっきキレたのはリアネを奴隷扱いしているように聞こえたからだ。
それよりもこの男に対して聞かなければいけない事がある。
「なぁ……一つ聞きたい事がある。答えてくれるんだったら今までの暴言を不問にするし、村に危害をくわえない事を約束する」
「本当に村に危害さ加えねえだべな……?」
「ああ、言った事は守る」
「嘘じゃねえべな?」
「疑り深いな。絶対に約束は守るっての」
俺は吐き捨てるように呟いた後、肩をすくめる。
約束するも何も元々最初から村に危害を加えるつもりもない。
こう言った方が男も答えてくれるだろうと思って口にしただけだ。
というか、前の領主ってどれだけ恐れられてたんだ?
貴族が舐められちゃいけないのは仕方ないのかもしれないが、たかだか暴言の一つ二つで村人全員に危害を加えるとか……。
物語くらいでしか貴族について知らなかったが、こうやって村人と接していると貴族がどういうものか実感できるな。
まぁ貴族っても千差万別だろうし、全員傍若無人に振舞ってるわけじゃないと思うけど、少なくとも前の貴族は禄でもない奴なのは確実だ。
……わかっていたことだが。
「それで、何を聞きたいんだ?」
俺が貴族について考えていると、先程まで俺の言葉が嘘かどうか考え込んでいた男が口を開く。
どうやら嘘かどうかはともかくとしても、このまま俺の質問に答えなければ村に危害が加わるという結論に達したのだろう。
それは俺に対する態度や目が雄弁に語っている。
まったく……人をなんだと思ってるんだ。完璧に誤解だ。
とは言っても今は何を言った所で信じてもらえないんだろうが。
「あのさ、お前……ってか、この村? の獣人族に対する認識ってどうなってんの? さっきの言動から察するに、一般のラズブリッダの人の認識とは違うように感じるんだけど」
「「「……」」」
あれ? なんか質問した男だけじゃなく他の村人まで俯いちゃったんだけど、どうしたんだ?
別に変な質問した訳じゃないんだが。
「申し訳ねぇべ!」
疑問に思っていたら、一番最初に口を開いたのは村長。
その村長がいきなり地面に額を擦り付け、土下座をかました。
いや、えっ!? 何? なんな訳?!??!