135話 魔物が出る村3
村長に連れられてやってきたのは村の外れだった。
どうやらここに重傷者が集められているようだった。
村の建物よりも若干大きい建物。
建物の前に立ち止まり、村長が扉を開き中に入っていったのでそれに続く。
部屋の中は薄暗く、血の匂いが立ちこめる。
「……これはひどいな」
薄暗くとも見える光景に俺の出た第一声だ。
重傷者の近くで包帯を取り替えたり励ましたり、何も出来ず祈ったりしている人達がいた。
おそらく家族か何かだろう。
横たわる重傷者達、彼らは苦しそうに息をしている。
ある者は片腕がなく、またある者は両足をなくしていた。
見た限りほぼ全員が部位欠損かそれに近い感じでひどい怪我をしていた。
包帯を巻かれているが、血の滲み方から相当ひどい事が窺える。
何日前に負った傷かはわからないが、腐敗臭までするくらいだ。
当たり前だが血色も悪い上、痩せこけてる。
よくこの状態で生きてるな。
これじゃあいつ死んでもおかしくない。
早めに治さなきゃ下手したら死人が出るぞ。
「回復魔法を使える人間はいないのか?」
「そんなもん王都や大きい都市に数人いる程度だべ。うちの村には薬師のばあちゃんがいるだけだ」
村長がそう口にして指を指す方向に重傷者に薬を飲ませている婆さんがいた。
あれが薬師か。
重傷者に薬を飲ませた婆さんが、また次の重傷者へと向かう。
淡々と作業をこなす姿は長年薬師をしてきたのだろう、貫禄を感じる。
「そんで、ボーロから聞いたんだども、領主様が皆を治してくれるって本当ですだか?」
「本当だ」
「ほんにありがとうございます。まさか領主様が回復魔法を使えるとは」
「いや、つかえねぇよ?」
「は?」
いや、そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔されても使えないもんは使えない。
たぶん覚えようと思えば覚えられるんだろうが、その方法がわからない。
読んだ本の中に回復魔法についての本なんてなかったからな。
「ではどうやって……? 見たとこポーションも持ってねえようですが」
「これを使う」
懐から取り出したのは毎度おなじみヒール丸薬。
前もって創っていたものだ。
色々な人に試してきたが、これならどんな種族にも効くし、欠損部位も治るってものだ。
村長は半信半疑の表情を浮かべている。
今までこの薬を見た人間と同じ表情だ。
まぁ当然の反応だろう。
この世界の回復薬はポーション主流だからな。
エリクサーもあるらしいが希少らしく見た事がない。
「あの……失礼ですが、本当に治るだか?」
「治るよ。効果は保証する。王都でもそこそこ売れてるらしいしな」
気まぐれで薬屋に卸しているが、値段の割には売れてるそうだ。
薬師の婆さんが一生懸命治療に当たってるところ悪いが、使わせてもらおう。
さすがにこの重傷者を婆さん一人にに任せていても死ぬだけだ。
元の世界と違い、医学が発展してない治療じゃこの重傷者達はどうしようもない。
唯一元の世界より優れているのは回復魔法か。
部位欠損が治るなんて本当にすごいよな。
物は試しと、俺は一番最初に目に入った左腕がない男の所に向かう。
「おっす。大丈夫……じゃないよな。悪い。意識はあるか?」
「はぁ……はぁ……あんた……誰だ?」
苦しそうに息を吐き出す男。
残っている手でなくなった方の肩口を強く握っている。
とても痛々しい。
「イチヤだ。まぁ俺の事はどうでもいいだろ。それよりもこれ、飲んでくれるか」
「なんだべ……これは?」
「薬だ。飲んだら治るから、騙されたと思って飲んでみてくれ」
「……さっきおばばに薬を飲ませてもらったばかりなんだが」
「その薬よりも効くぞ。苦しいんだったら飲め。絶対に効く」
「絶対?」
「あぁ、絶対だ。俺の全部を賭けても良い」
「……わかっただ」
「ありがとう」
まっすぐ男を見つめて礼を言う。
なぜ礼を言ったのか。
信じたわけじゃないのはわかっている。
見慣れぬ人間にいきなり薬だといって得体の知れない丸薬を渡される。
不振に思うのは当然だ。
信用や信頼なんていうものは一朝一夕でどうにかなるようなものじゃないのもわかってる。
ましてこの男とは今日初めて会った間柄だ。
そんな人間の渡した物を口に入れる。かなり勇気のいる行いだろう。
だが、この男は短い間に飲む事を承諾してくれた。
もし渋られて説得に時間がかかってしまっていたら、取り返しのつかない者もでてくるかもしれない。
だがこの男がすぐに飲む事を承諾してくれたおかげで、ここにいるけが人の治療がグッと早まる。
だからこその礼だ。
なるべく安心させるように笑顔を作る。
最初は訝しげにヒール丸薬を受け取った男は、まじまじをと丸薬を見つめる。
それから意を決したようにヒール丸薬を口に放り込む。
ごくりという音が男の口から聞こえ、ヒール丸薬を嚥下した。
途端、男の体を淡い光が包み込む。
「!?」
男は自分の体が光りだした事に目を丸くして驚く。
この現象に関しては俺は何度も見ているので特に気にしない。
光の明滅の速度が徐々に増し、最後に強い光を放って収まっていく。
そして完全に光が収まると、あるはずのない男の片腕がそこに綺麗な状態で生えていた。
一部始終を村長や村人が驚きの表情を浮かべている。
必死に治療していた婆さんも手を止めこちらを凝視していた。
「……」
だけど一番驚いているのは目の前の男だろう。
何が起こったのかわかっていないのか、理解がおいつかないのか、呆然とする男。
元々あった右腕で、何度もぺたぺたとなくなっていた左腕に触っている。
次に左手を何度も開いたり閉じたりを繰り返し、具合を確かめる。
「どうだ? 痛みや違和感はあるか?」
「え……いや……あの……痛みはないけんど、今までなかったから……その」
俺が話しかけると、戸惑いながらもそんな答えが返ってくる。
たぶん今まで失っていたものが急に戻ってきたもんだから最初のうちは違和感くらいは出るだろう。
それに関しては、これからリハビリしてもらえば普通に生活を送れると思う。
この男はこれで大丈夫だろう。
呆然としながら俺を見ている男に、軽く挨拶をして次に向かう。
去り際、『ありがとう』という言葉が背後から聞こえた。
少し嬉しくなったが、今は他の怪我人達の治療を優先だ。
とりあえず、効果さえ示してしまえば、後はすんなりいくだろう。
そういう目論見も込みで一番近くにいた男を治療したのだが、どうやら上手くいったようだ。
先程の男の治療を見ていた怪我人達は、俺が近づきヒール丸薬を渡すと素直に飲んでくれた。
次々に治っていく怪我人達。欠損や傷の深い連中から治していった。
無事な人間にもヒール丸薬を渡したおかげで思いの外スムーズに事が進んだ。
あと幸いといって良いのかはわからないが、意識がない人間がいなかった。
もしいれば飲ませるのに時間もとられるし、苦労したことだろう。
無事に全員にヒール丸薬を飲ませ終わり、怪我人全員の容態を聞いてみた。
部位欠損してた人間は最初の男と同じように少し違和感があるようだが、問題ないそうだ。
全員の容態を確認し終え大丈夫そうだとわかり、ほっと胸を撫で下ろす。
そうして内心安堵していると、怪我をしていた者達やその家族から感謝の言葉を告げられる。
中には涙を流しながら礼を言ってくれる人もいて、少しこそばゆかった。
でも悪い気分じゃないな。
そんな気持ちを抱きながら、俺は村にいる怪我人全員の治療を終えたのだった。