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132話 面倒事を解決しに

 ディーネが俺の屋敷に住む事を決めたので、二人で牢屋の階段を上る。

 階段をゆっくり上がる中で一つ言っておかなければいけない事が思い浮かんだ。


 みんなに会わせる前に一応言っておくか。



「ディーネ。みんなに会わせる前に一つ言っておく。この屋敷には俺の他にも獣人族の女の子達がいる。それにこの屋敷には人の出入りもある。この世界では他種族同士が争ってるのは知ってるけど、絶対に危害をくわえるなよ」



 これだけは言っておかなければいけないと思った。

 さすがにみんなを傷つけられたら黙っていられない。

 それにせっかく彼女がここに住むと決めたのにそんな事をしたらここにいられなくなる。

 リアネ達を傷つければ俺が容赦しないし、代官であるユリを傷つけてもここに住む事は出来なくなる。


 アルやシャティナさん?

 もし危害をくわえられるなら見てみたいもんだ。

 逆にぼこぼこにされてこの屋敷から追い出されるだろう。

 アルはともかくシャティナさんだけは敵にまわしちゃいけないからな。



「我をなんだと思っておる! 言われずとも誰かを傷つけるつもりはないわ。まったく、我は戦いは好かん」


「それは何よりだ」



 ディーネの言っている事を全部信じる事は出来ない。

 まだ出会って一日も経ってないからな。

 それでもこうやって憤慨するという事はこの件に関しては信じても良いだろう。


 内心で胸を撫で下ろして俺達二人は一階へと上がるのだった。




「イチヤさまぁあああ! イチヤさまぁあああ!」


「ご主人様ぁああ! どこにいらっしゃいますかぁぁ!」


「「ご主人様ぁあああ」」



 牢屋から一階に上がったところで周囲が騒がしく俺を呼ぶ声が聞こえる。


 なんだなんだ? 一体どうしたんだ?


 疑問に思い、ディーネを引き連れ声のする方へと向かう。

 声が特に大きい場所、玄関ホールにやってくるとリアネやディアッタが俺の名前を叫んでいた。

 二人の背後にいる為俺の存在には気付いていないので声をかける。



「リアネ、ディアッタ、一体どうしたんだ?」


「「!?」」



 二人の肩に手を置くとびくっとした後、勢い良く振り向いた。



「イチヤ様!」

「ご主人様!」



 声が重なるように俺の名前を呼ぶ。

 振り向いた瞬間、二人の表情は強張っていた。

 だがそれも一瞬で、俺を見た瞬間、安心した表情を浮かべるディアッタ。

 リアネは半泣き状態になる。


 本当にどうしたんだ?



「みんな! ご主人様がいらっしゃいました!」



 疑問に思ったところで、屋敷中に響くような声で叫ぶディアッタ。

 まったく状況についていけない俺は困惑する。


 なんだなんだ?

 俺を探していたみたいだけど、なんで俺の捜索なんて始まっちゃってんの?



「なぁ、この騒ぎは一体なんなんだ?」



 まったく状況についていけない俺は思わずそう呟く。

 しかしどういう訳かその呟きが悪かったのか、ディアッタの目が鋭くなった。

 


「なんなんだ……? なんなんだではありません! ご主人様、今まで一体どこにいらっしゃったのですか!? 屋敷を隈なく捜してもおられませんし、皆心配していたんですよ!」



 烈火の如く怒りながら怒声を発するディアッタ。


 まじこえぇ……。


 どこにいたも何も普通に地下の牢屋にいたんだが。

 ディアッタは隈なく捜したと言ったが、隈なく捜せていないだろ。


 そう思った時、俺の背後にいたディーネが予想もしていなかった事を口にする。



「いくら屋敷を隅々まで捜しても見つかる訳がないのにのぉ」


「何、どういう事だ?」



 ディーネが言葉を発した事で、ようやく彼女の存在に気付いたという風に、二人がディーネを見る。



「……あなたは?」



 若干の警戒心を抱きながらディアッタが尋ねる。

 ディアッタは剣呑な雰囲気を醸し出しているが、向けられているディーネは平然としている。



「ディーネじゃ。昨日の晩にイチヤに助けられての。ここに住むように誘ってもらったのじゃ。いつまでかはわからぬがよろしく頼む」


「そうですか。私はイチヤ様の下でメイド長をしているディアッタと申します。以後お見知りおきを」


「リアネです。イチヤ様の専属メイドをしております。こちらこそよろしくお願いしますね」



 気品すら感じる所作でディーネが挨拶すると警戒心を解かないままだだったが、ディアッタも挨拶を返す。

 リアネはディアッタとは違い、あまり警戒していない様子で挨拶をしていた。

 そして結局は俺の方にディアッタが視線を向ける。

 事情を説明しろと言う事だろう。

 目がどういう事ですかと雄弁に語っている。


 そんなに睨まなくても事情くらい説明するよ……。



「昨日寝つけなくて、部屋を出て真夜中の屋敷散策を行っていたら一つ他の部屋とは違う黒いドアを見つけてな。そこから階段が続いていて下りていくと牢屋があったんだ。で、その牢屋の中にディーネが両手両足を拘束されて衰弱していたんで助けたんだ。話を聞いてみると帰る場所がないという事で、ここに住まないかって誘ってみた。魔族みたいだけど、みんなに危害をくわえないと約束させてあるから危険は……ない……たぶん」


「何故最後自信なさ気に言うんじゃ! たぶんってなんじゃ! それでは不安を煽るだけじゃろう。貴様は我をなんだと思っておるんじゃ。たわけ! たぶんではない。絶対に危害はくわえん!」



 不満気な視線と声でディーネが激しく抗議してくる。


 ホントに打てば響くという感じで反応を返してくれるからこいつは面白い。

 本気で抗議してるのは伝わってるので、きっとみんなに危害がくわえられない事はわかっている。

 ただ単にからかうのが面白いからかかっているだけだ。



「あの、一つ聞きたいんですが……。昨晩助けられて今一緒に来たという事は、一晩中一緒にいたという事でしょうか?」



 自己紹介以降、ずっと黙っていたリアネが、口を開く。


 その表情がいつもの……いや、心を削ぎ落としたかの無表情で俺とディーネを交互に見ている。



「いや……それは――――」


「まぁ今朝まで一緒にいたのは確かじゃ」



 リアネの様子がいつもの違う事に気付き、あわてて言葉を紡ごうと口を開けたが、俺の言葉はディーネによって遮られる。


 おまっ、どう見てもリアネの雰囲気が険しいものになってるだろ!? 空気読めよ!



「そうですか。私達が心配している間、イチヤ様はディーネ様と楽しく過ごされていたのですね。私達が心配している間中ずっと」



 表情には出さないがリアネの声にはどこか俺を責めるような声音が感じられる。


 今の俺の気分を例えるなら浮気がばれた彼氏である。

 まだリアネとは付き合っているわけではないのだが、片思い中の俺としては痛恨の打撃だ。

 ここはひとまずきちんと説明せねば!



「確かに! 確かに一緒にはいたけど、何もしてない――――」


「そうですね。イチヤ様は何もしてないですね」



 うわぁ……まるで信じてない。目を見ればわかる。めちゃくちゃ白い目で見てるよ……。

 というかリアネ、そこで言葉を遮らないで欲しい! そこで遮られるとほんとに疾しい事があったみたいじゃないか。



「本当に疾しい事は何もしてない。俺がした事と言えば、ディーネの傷を治して少し話をしただけだ」



 今度は遮られないように早口で言った。



「傷ですか?」


「ああ。俺が見つけた時、ディーネの足の腱が切られてて歩行すら困難な状態だった。だからヒール丸薬をディーネに飲ませたんだ。リアネもヒール丸薬の効果は知っているだろ?」


「はい、私もお世話になりましたから」


「魔族に効くのかわからなかったけど、一応試してもらった。結果はご覧の通りだ」


「そうですか。薬が効いて本当に良かったです」



 俺の言葉を聞いてく内にリアネの表情が戻ってくる。



「その後は眠くなったんで、ディーネの隣の牢屋で寝たんだよ。だから決して! 邪な事は一切なかった。賭けても良い」



 これ幸いとばかりに力強く言い切った。

 それはもう力強く!


 何もしてないのに変な誤解をされるなんて御免だからな。



「そうだったんですか。何もなかったんですね。本当に良かったです」



 リアネが安心したように一つ息を吐く。

 拙い説明だったと思うが、どうやら信じてくれるようだ。

 ディアッタはまだ物申したいような感じだったが人助けをした手前、これ以上のお小言はなさそうだった。


 本当に良かったです。


 二人に納得してもらったところでディーネに向き直る。



「ディーネ。それよりもさっきの質問の続きだ。俺をいくら捜しても見つからないっていうのはどういう事だ?」


「あぁ、それはの。我を捕らえていた男曰く、あの牢屋の入り口には特殊な空間魔法が施されているらしい」


「特殊?」


「我も詳しくは知らんが、月が真上に来てから朝日が昇るまでの間しかあの牢屋に入る事は出来ないのだそうだ。それ以外の時間では他の扉と同じ造りになっているらしい」


「それはまた牢屋一つに大掛かりな仕掛けを施しているな」


「あの男が言うには、万が一にも我を助け出そうとするものがおるかもしれないからわざわざ施させたようじゃと自信満々に言っていたが、それ以外にも、国に魔族を捕らえていると知られたくなかったんじゃないかと我は読んでおる」


「――――それはあるでしょうね」



 ディーネの推測を聞いて声を発したのは俺でもリアネでもディアッタでもなくレーシャだった。

 どうやら途中から話を聞いていたようだ。



「国に知られちゃまずいのか?」


「ええ。そちらの魔族の方の捕らえられてた時期にもよりますが、下手をしたら獣人族との揉め事の最中に魔族側とも事を構えねばなりませんでしたから。そうなってしまったら確実にラズブリッダは滅んでいたでしょう……」



 会った事はないが本当にここを治めてた元侯爵は碌でもないな。

 ともあれ最悪の事態になっていないので良しとしようか。


 それよりもだ……あの牢屋がそんな特殊な空間だったんだったら前もって言っておけよ!



 それからやってきたみんなにディーネの紹介をする。

 最初は魔族について、みんな少し怯えたような感じだったが、危険はないと伝える。

 すると俺が言った途端にためらいなく話しかける年長、年中組。


 なぜかみんな俺の言葉を素直に聞くんだよね。


 年少組に至っては俺が言う前に元気に挨拶をしていた。

 物怖じしないあたり、さすがだなと思う。


 とりあえずこれで留守番させても大丈夫だろう。

 元々獣人メイド達が誰かを差別するような子達じゃない事はわかっている。

 ただ、ディーネが居辛い空気のまま放って置くのが心配だったからだ。


 自己紹介を終え、みんなで一緒に朝食をとる事にして食堂へと向かう。


 同じ釜の飯を食えば更に打ち解けられるだろう。

 ご飯と風呂は仲良くなるきっかけに丁度いいからね。


 食堂に到着するとなぜかアルとシャティナさんが椅子に座って待機していた。



「何で二人がここにいるんだ?」


「昨日の今日で買い物が出来なくてな。悪いが一緒させてもらう。ディアッタの姉ちゃんにはもう許可をとってあるから安心してくれ」



 そこはまず俺に許可を取るべきだろう! というツッコミを入れたかったが、たぶん俺が姿を消してた時なので仕方ない。

 俺のメイド長をしているディアッタが許可しているなら良いだろう。

 どうせ後でアルにも同行してもらうので丁度良い。


 その後みんなで和気藹々と食事を取る。


 いつもよりほんの少し騒がしい食事になったが、こういう賑やかな食事の方が俺は好きだ。


 そして楽しかった食事を終え、席を立つ。

 非常に不本意だが、面倒事を片付ける為に。


 メイド長であるディアッタに今日の用事を片付ける旨を伝え、俺達は屋敷を後にした。

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