131話 目覚めの一幕
「……知らない天井だ」
目覚めると見知らぬ部屋だった。
薄暗い室内、だが寝具の感触はどれも俺に馴染んだもの。
この部屋だけが俺の知らないものだった……。
「ふわぁ……まぁ昨日からここに住み始めたんだから知らなくて当然なんだけどな」
これ一度言ってみたかったんだよね。
欠伸を一つ、俺はベットから起き上がる。
「やっと起きおったか」
俺が起き上がると、そんな風に声をかけてくる奴がいた。
ディーネだ。
「おはようさん。……それで、なんでディーネがここにいるんだ?」
「お主は好きにしろと言ったであろう? だから好きにしたのじゃ」
昨日の夜彼女の拘束具を外してやって、牢屋からも出れるようにしてあったはずなんだが、なぜいるのだろうか?
もうここに用はないと思うんだが。
「確かに好きにしろとは言ったけど、てっきり出て行くもんだと思ってた。普通好きにしろって言われたら牢屋になんか長居したいと思わないだろ。ディーネって変わってるな」
「その言葉、お主にだけは言われたくないわ! どこの世界に自分の寝床があるのに牢屋で寝る人間がおるんじゃ! それも我がいるにも関わらず無警戒に気持ちよさそうに寝おって!」
ディーネが顔を真っ赤にしながら言っている事はごもっともである。
でも仕方ないじゃん……自分に宛がわれたベットが柔らかすぎて寝辛かったんだから。
それに別に無警戒って訳でもなかったんだけどな。
Lv上げの時にダンジョン内で眠っていたせいか殺意や敵意に敏感になってしまい、自分に向けられるとすぐにでも目を覚ますようになってしまった。
もしディーネが殺意や敵意を向けてきていたら飛び起きただろう。
そうじゃなかったからこうして気持ちよく寝ていられたんだが。
「まぁ俺が少しばかり変わってるのは否定しない。この世界に召喚された初日から牢屋だったからな。こういった場の方が落ち着くんだよ。ベットも丁度良い硬さだしな!」
「まったく理解出来る気がせん……。それに召喚初日に牢屋って……お主一体何をしたんじゃ?」
「ラズブリッダの姫様と少しばかり揉めた」
「……」
ディーネの問いに答えると呆れたようなため息と共に半眼で見られる。
何を言いたいかは十分にわかる。
あの時は俺も久しぶりにクラスメイトを見て気が立ってたし、異世界に召喚されて動揺してた。
そのせいであんな事を言っちゃった訳で……後になってから後悔した。
今ではレーシャとも良い関係を築けているので良いのだが。(自分の思い描いていた関係とはちょっと違うけどな)
「俺の事よりもディーネの事だ。何でここに残っているんだ? お前も牢屋の魅力にとりつかれたか?」
「そんな訳なかろう! なんじゃ。牢屋の魅力って! そんなものあるわけなかろう!」
違うのか。てっきり俺と同じように牢屋という空間を気に入ったのかと思ったんだが……残念だ。
それにしてもこいつ本当に良い反応をするよな。
打てば響くと言うか、こういう人間は嫌いじゃない。
むしろ好きだ。
アルをからかってる時と同じで接しやすいんだよな。
でも牢屋が好きという訳じゃないのに、本当にどうして残ってたんだろうか?
俺が首を傾げ疑問に思っているとすぐにその答えが返ってきた。
「ここに残っていたのは……なんというか……その……帰る場所がないんじゃ」
「帰る場所がない?」
「うむ……詳しい事は言えないがの……」
そう言ってしゅんとするディーネ。
おいおい、帰る場所がないって、じゃあディーネはここから出ても行く場所がないのか。
一体どうしてそんな事に……?
ヴァンパイア族の事はよくわからないけど、家族か仲間に裏切られでもしたのか?
「誰かに裏切られでもした……のか?」
俺が遠慮がちに言うと、ディーネの肩がびくっと跳ねる。
なんともわかりやすい反応である。
なるほど……経緯はわからないけど、裏切られたのか……。
その上で、元侯爵に捕まった。
ディーネははっきりとそう言った訳じゃないが、もしそうなら不憫だな……。
元侯爵に捕まっていた事を考えると面倒そうな出来事に巻き込まれそうな気がする。
――――けど。
「あのさ、もし良かったらなんだが……ここに住まないか?」
頭を掻きながらディーネに提案してみる。
……そして言い終わった瞬間気付く。
あれ? よく考えて見ると――――自分が住んでる屋敷に女の人に住まないかって……凄く恥ずかしい事口走ってないか、俺?!
「あっ、ここに住まないかっていうのは牢屋にとかじゃないぞ! 普通に部屋を割り当てるから! ヴァンパイア族はいないけど獣人族の子達もいるし、種族に対する差別とかはないから。良かったらどうだ!? な!」
自分の発言での焦りで身振り手振りを咥えて意味不明な説明をする。
あ~……何やってんだ俺。
こんなんだからいつまでも童貞なんだよ俺は。
少し冷静になってきたところで内心毒づく。
この世界に来て結構な頻度で女の子とは接しているがそうそう女の子慣れはしない。
内面なんて早々変わる訳ないのだ。
若干の自己嫌悪を抱きながらディーネを見つめる。
俺の提案から結構時間が経っているが返事がない。
ディーネは俯いているのでどんな表情をしているのかわからない。
彼女がいつまでも返事をしない事に不安になってくる。
ひょっとしてやらかしちゃったか?
下心があるとか思われただろうか?
声をかけようか迷う。
だが、さすがにいつまでもこのままの状態が続くのは俺の精神衛生上良くない。
内心で葛藤しつつ、ようやく覚悟を決め俺は声をかける。
「なぁ――――」
「ぷ」
「ぷ?」
「ぷっ……くくく、あはははは!」
俺が勇気を振り絞って声をかけようとしたら遮るように笑われた。
くそっ! せっかく勇気を出したのに!
一体なんだっていうんだ!
「一体急にどうしたんだよ!?」
いきなり笑い出した不信感よりも言葉を遮られた事にムッとしながら問う。
ディーネは俯いていた顔を上げる。
そして目じりの涙を指で拭き、俺へと笑顔を向けると軽く謝罪してきた。
「すまんすまん。いや、お主の我への誘い文句をつむぐ時の反応があまりにも初々しくてのう。思わず笑いがもれてしもうた」
その言葉を聞き俺の顔は羞恥心で真っ赤になる。
仕方ないじゃないか。
無自覚に言った台詞が自分でも恥ずかしかったんだから!
まだくくくっと笑っているディーネに若干いらっとする。
このやろう……。
「うん。ディーネの気持ちはよ~くわかった。それなら今すぐ出てってもらおうか」
「なにっ!?」
もちろん本気で言っているわけじゃない。
ただの冗談だ。
……ただの冗談だったのだが、思いの他ディーネがうろたえる。
少し溜飲が下がりました。
「お主、さっきはあのように言ってくれたのに……」
「さっき? 覚えがないなぁ~」
「我……ここを追い出されても行く場所も住む場所もないんじゃが……」
「そっか」
「ぐぬぬ……」
ディーネの反応が楽しいので、もう少しからかってみる。
きっとディーネからみたら俺はかなり厭らしい顔をしているだろう。
そうしてしばらくからかってみた。
なんかディーネって大人ぶってる子供みたいな性格してるんだよなぁ。
さっきまで目尻に涙をためて笑っていたディーネの顔は今や悔しげに瞳に涙をためている。
……ちょっとやりすぎたか?
「さて、冗談はほどほどにしとこうか」
「ううぅ~……イチヤはいじわるじゃ……」
悪態を吐きながらこちらを睨み付けるように見てくる。
俺はその視線を軽くスルーした。
最初にからかったのはディーネなので俺は仕返ししただけだ。
これはディーネの自業自得だと思う。
多少やり過ぎちゃった感はあるけどな。
「まぁちょっと冗談が過ぎた。スマン」
「……我も笑ったりして悪かった」
話が進まないので謝ると、彼女も謝罪を口にしてお互い謝る形になる。
「とりあえずだ。まじめな話、ここに住むって事でいいんだよな?」
「うむ。悪いが厄介になる」
こうしてディーネがここに住むことが決まった。