129話 真夜中の館5
しばし自分の体裁を気にしつつ天井を見上げていたがふと気付く。
あれ? そういえば今更ながら思うんだが、ディーネは血を”一滴”って言ってなかったか?
なんとなくそのまま吸わせていたんだが。
「なぁ、そろそろ……っ!?」
「ちゅぱっ……れちゅっ……れろ……」
ディーネに顔を向けた俺は、そこで異変に気付く。
彼女が恍惚とした表情なのは変わらないのだが、目はどこか虚ろだ。
舐られてる指先はもっともっとというように人差し指がすべて飲み込まれている。
ディーネの口元からはだらだらと涎があご先へと流れ、床へと滴り落ちる。
しかもそれだけではなく、彼女の全身を包むように赤い光が淡く発光していた。
これ大丈夫なのか?!
なんかまずい気がするんだけどっ!
「おい! もういいだろっ!」
「んっ……ん~ん~~!」
俺は強引に彼女の口から指を引き抜こうとする。
だが彼女は離すまいと俺の腕を両手で掴み抵抗した。
「くそっ……こうなったら強引に……って抜けねぇっ! ディーネの奴力強えぇっ!」
こいつ一体どこからこんな力出してんだよ!
多少強引にでも指をしたがディーネの力が思ったよりも強くて抜けない。
これがヴァンパイアの力なのか!?
くだらない事を考えてる間にもディーネの体から発せられる光が強くなっていく。
どうにも赤い光が強くなってくると不安になってくるな!
これ爆発したりしないよねっ!?
なんか光の明滅の感覚が短くなってるように感じるんだけど!?
本当に爆発しないよなっ! なっ!?
状況がまずい方向にいってるんじゃないかと俺の焦りも頂点へと達する。
この状況を打破する方法……どうしたらいい? どうしたら……。
「仕方ない……あまりこんな方法はとりたくなかったんだが……」
――――そう呟き、俺は空いている方の腕を振り上げ……
――――ディーネの脳天目掛け一気に振り下ろした!
「ぶべげっ!」
俺の腕から手を離し、およそ女の子があげちゃいけないような声を上げ、ディーネの口から俺の指が救出された。
ついでに口の中に唾液が溜まってたのか、それが彼女の口から床へと飛び散る。
……すげぇばっちぃ。
ようやく開放された唾液まみれの指を自分の服で拭う。
創生魔法でハンカチを出しても良かったんだがぬちょぬちょで気持ち悪かったのでそのまま拭いたよ……
彼女の脳天を殴る際、指が噛み千切られないか心配だったが、そんな事はなかった。
本当に良かった……。
「とりあえず一安心か」
安堵のため息を吐きつつ彼女の方へ視線を向ける。
だが、ディーネの方へと視線を向けた時、俺の表情は固まった。
「なんでまだ発光してるんだよ……」
そう。もう血を与えていないにも関わらず彼女の体は発光したままだった。
それも先程よりも光が更に強く明滅する感覚も速くなっていたのだ。
あれって血を飲んでいたせいじゃないのか?
この世界の吸血鬼ってどうなってるんだっ!?
だめだ……どうすれば良いのかまったく考えが沸いてこない。
そもそもこの世界の種族に関しての知識がない俺じゃどうする事も出来ない。
「う……うぅぅ……」
先程の脳天への一撃が効いているのか頭を抑え、呻き声をあげている。
それだけではなく、発光する毎に苦しげに息を吐き出すディーネ。
その様子をどうすれば良いのかと悩みながら、しかし何も出来ないまま俺は見ていた。
光が赤からピンク、ピンクから白へと変わっていく。
眩い光が牢屋に浸透していくようにその強さが際限なく増していき……最後には目を開けてられないくらいの光を放って――――弾けた。
牢屋の全てを眩い光が支配する。
一体何が起こったのか?
なぜこんな状況になっているのか?
反射的に目を閉じ混乱する頭で考えても答えなんかでるはずもない。
しばらくの間、光が場を支配していたが、それも徐々に収まっているように感じる。
光自体には害はないようで、体に異常は感じられない。
数分が過ぎた頃、おそるおそる目を開け、状況を確認する。
やはり自分の体を確認したがやはり異常は見られない。
衣服などが乱れた様子もない。
牢屋は先程までの光に包まれる状態に戻っている。
あの光は人に危害をくわえるものじゃないみたいだな。
となるとやはりディーネの体に何かしらの危害をくわえるものだろうか?
可能性としては元侯爵に何かされた可能性が高い。
呪術的な何かか、それはわからないが……。
ここに捕らわれていたところをみるに何かされていてもおかしくはないからな。
色々と思考を巡らせ最後にディーネの様子を事にした。。
本来ならまず真っ先に確認いなければいけない案件。
異常をきたしていたのは彼女の体からだ。
だが俺は彼女の事を後回しにした。
だって怖いだろ……?
もしこれが彼女の体に害をなすような類のもので……最悪の事態……彼女が死ぬようなものだったら……。
俺の真下に死体が転がっていることになる。
さっきまで話していた女の子の死体……怖い……怖すぎる。
そう思うと正直見るのが嫌なんだが見ないという選択肢はない訳で……。
どうか何事も起こってませんようにと祈りながらゆっくりとディーネに視線を送る。
そして彼女をみた瞬間、俺は目を見開き驚いた。
別に彼女の体が弾け飛んでいたとかそういう事でじゃない。
当たり前だが、彼女が死んでいるという訳でもない。
そうじゃない……そうじゃなく……。
「――――誰?」
一番初めに出てきた言葉。
何を言っているのかわからないだろうが、この言葉が今の俺の思考を表している。
発光現象が起こる前の位置にディーネがいるからもちろんこれはディーネなのだろう。
何故疑問系なのか……それは――――。
「大きくなってる……」
髪の色や肌の色などはさっきまでのディーネと変わらない。
だが先程の彼女よりも明らかに身長が高くなっているのだ。
ヴァンパイア族ってのはこの短時間で急成長する種族なのか?
こんな早くに成長するんだったら寿命なんてあっという間につきるじゃないか。
なんて馬鹿な事を考えてしまう。
仕方ないじゃないか。
この女にあって驚きっぱなしだ。
いい加減頭がショートしてしまうぞ。
「う……うぅん……」
少しでも混乱する頭を冷静になるよう務めているとディーネから声が聞こえた。
さっきまでの苦しそうな声じゃない。
まるで眠りの淵から覚醒するかのようなそんな声だ。
とりあえずしゃがみこんで彼女の様子を確認する。
表情から察する程度だが特に異常は見られない。
「よし、確認終了!」
俺はディーネの顔だけを確認するとすぐに視線を逸らす。
これ以上は見てはいけない。
さっきディーネの様子を確認する時、何の気なしに見てしまったのは失敗だった……。
今の彼女の姿――――それはほぼ全裸に近い状態だ。
正確にはきちんと薄布を着ているのだが、それは幼女の姿だったときのもの。
いくらなんでも小学生くらいの姿がいきなり大人の姿になったら、当然服が合うはずもない。
今も色々と見えていて直視が出来ない……主にうつぶせの状態なので尻が丸見えだ。
なるべく見ないようにして彼女が起きるのを待つ。
正直今すぐこの場から逃げ出したいが、さっき出会ったばかりの女とはいえ、さすがにそれは薄情過ぎるだろう。
出来れば早く起きて欲しいものだが……。
さっきは起きそうな気配を感じたんだけどなぁ。
「うぅ……ん……」
また寝息と共にそんな声が聞こえる。
本当にいつになったら起きるのだ?
もしかして朝までこのままなのか……?
そんな不安を抱いていたのだが、杞憂に終わる。
ふとディーネの方に視線を向けると彼女の目蓋がゆっくり開かれた。