128話 真夜中の館4
俺が当たり前のように牢屋の中に入ると、ディーネは目を丸くした。
物質変換で鉄格子をゴムに変えて入った事で、かなり驚いているようだ。
「なっ!? お主一体何をした!?」
「何って言われても普通に自分の持ってる能力を使って入っただけなんだが」
「そんな能力聞いた事が……」
「今使ってみせただろ? 理解できないかもしれないけど、そういうものだと思って割り切ってくれ」
「……う……むぅ」
納得できないような顔でディーネが唸ってるのか頷いたのかわからない声を上げる。
理解できないのも無理はない。
この能力を見た人間って大抵驚いているしな。
まぁこの世界の人間が驚くのも無理はない。
俺だってラノベやアニメ、ゲームの知識で能力って色々出来るモノだと割り切って使ってるから驚かないだけで、そういう知識がなかったら不思議に思って仕方ない。
……それでも俺の場合、知識がなくとも最初は不思議に思って考える。
だけど途中で面倒臭くなって考えるのを放棄して便利な能力と割り切るだろうが。
あれ? 俺ラノベやアニメやゲームを知っていたところで結論変わらなくね?
……特に困るわけでもないからそれで良いのか。良いよな?
「それよりも血が欲しいんだろ? 俺としては明日面倒臭い案件を解決しなきゃならないから早く終わらせたいんだが」
「お主には色々聞いてみたい事が山ほどあるんじゃが……これから時間はあるじゃろうし、まずは血じゃ。では、申し訳ないが分けてもらってもよいか?」
「あぁ、ほら」
自分の首筋をディーネに向け吸いやすいようにいしてやる。
首筋なんてかまれた事がないから正直怖い。
当たり前だが、今まで首筋なんか噛まれた事なんてないから超怖い。
出来れば痛くしないで欲しいなぁ。
そんな事を思い、内心ビクビクしながらしばらく待つ。
だが、想像しているような痛みや触れるような感触が一向にやってこない。
あれ? どうしたんだろう?
不思議に思い差し出していた首をディーネに向ける。
するとディーネは顔を若干赤くしていた。
「どうした。血を吸うんじゃないのか?」
「いや……我は血を一滴分けて欲しいだけなのだが、それなのにどうして首を差し出す必要があるんだっ!?」
何を慌てているんだこいつは?
どうしてもなにも……吸血鬼って首から血を吸うもんじゃないのか?
「だってこうしないと血を吸えないじゃないか」
「たわけ! 血を一滴もらうのにわざわざ首を噛む必要はない。指を少し切ってくれればそれで良いのだ。なのに……なのに……恥を知れっ!」
なんか知らんが顔をトマトのように赤くして凄い剣幕でディーネが怒っている。
……何で血を提供する俺が怒られているんだろうか? 理不尽すぎる。
「俺だって首を噛まれるかもと思って内心恐々としてたんだぞ! でも必要だっていうからこうして身を切るような思いで首を差し出したっていうのに怒られるとか理不尽過ぎんだろ! 理由を言え、理由を!」
売り言葉に買い言葉よろしく。人の親切に対して怒り出したディーネにこちらも怒りを露わにする。
俺はディーネを睨み付けながら彼女の言葉をまつ。
これでくだらない理由で怒られたんだったら血なんか絶対にやらん! 絶対にだ!
眼光鋭く射抜くような視線をディーネに向ける。
だがディーネは俺の視線に怯むことなく肩を震わせ口を開く。
「理由……? 理由は簡単じゃ! 首に噛みつくという行為が結婚を意味する行為だからじゃ!」
「は?」
顔を真っ赤にしてそう怒声を発するディーネ。
俺は彼女の口にした理由に固まった。
結婚? 今こいつ結婚って言ったか?
結婚……結婚……結婚!?
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああっ!?」
盛大に素っ頓狂な声を上げてしまう。
何で首を噛んで血を吸うだけの話で結婚なんて単語が出てくるんだっ!?
異世界の吸血鬼のルールって意味わからないぞ!
「何で首筋噛まれただけでそんな話が出てくるんだよ!?」
「人にとって首は弱点の一つでもあるじゃろ? そこを無防備さらすという事はヴァンパイア族の中ではあなたを信頼しますという親愛の情を意味する。普通は家族以外の人間にはしない。それを家族以外の人間がするという事は結婚を意味するのじゃ」
そんなヴァンパイア族だけのローカルルールなんて俺が知るか!
「そもそも首をさらす事が結婚の申し出を意味するなら同じヴァンパイア族同士で血を啜りあうのかよ?」
「啜りあうという表現はあまり好きではないが……そんな事はせん。同族の血などまずくて飲めたものではない。形式として軽く甘噛みする程度じゃ。首……つまり弱点をさらす事に意味がある」
つまり首から血を飲むという行為ではなく首をさらすという事が問題になってくる訳か。
あと今のディーネの話を聞いて一つ気になる事が出来た。
「今、同族の血がまずくて飲めないって言っていたけど、それじゃあ普段どうやって血を確保してるんだ?」
「なに。魔族の国にも少数だが他種族はいるし、その中には人族もいる。そういう人間に血を分けてもらうのじゃ」
「普通そんな簡単に血なんか分けてくれないだろ」
献血じゃないんだから。
「そこは物々交換じゃ。ヴァンパイア族は魔力や身体能力が優れておるのでな。貧血を起こさない程度に小瓶に血をためてもらい狩りや農業で得た食料と交換しておる」
なるほど、一瞬人間を家畜として飼っているイメージが沸いたがそういう訳じゃなさそうだ。
持ちつ持たれつな関係なのか。
「と……とりあえずヴァンパイア族の掟? みたいなものはわかった。さすがにこの世界が一夫多妻制だとはいえいきなり結婚を申し込む趣味は俺にはない。軽く指を切って血を出せばいいんだよな?」
「うむ。我も何もなしておらぬうちは結婚なんて考えてない。イチヤよ、それで頼めるか?」
何か意味深な事を口走ったような気がするが今詮索すべき事じゃない。
それよりも今はこの面倒な展開を早く終わらせる為血を分けてやろう。
創生魔法で裁縫に使うような針を一本創り出す。
さすがにナイフか何かで指を切るって行為はちょっと怖い。
何度も戦闘を経験しているが怖いものは怖いのだ。
相手から傷つけられるのには慣れてるんだが、自分で傷つけると思うとちょっとね……。
それでも針で自分の指をつくというのもある程度の勇気が必要なんだが。
目を瞑り針で人差し指を一気に突き刺した。
チクッとした痛みを感じるが、許容範囲だ。
針で刺した場所からにじむように血が漏れる。
その指をディーネの口元に持っていった。
「ほれ」
「すまんのぅ。では……失礼して」
パクッという擬音が聞こえそうな感じでディーネが俺の指を咥える。
「ちゅっ……ぺろっ……くちゅ……ぺろ……レチュレチュ……んっ……」
これはなんて言えば良いのだろうか?
ディーネが頬を赤くしながら舐るように這わせられた舌の感触が指先から伝わってくる。
見た目は幼女にも関わらずその表情もどこか艶かしい。
次第にその表情が恍惚としたモノへと変わっていった。
この光景……第三者が見たら一体どう思うだろうか?
少なくとも元の世界でこんな状況を他の人間に見られたら確実に警察のご厄介になりそうだ……。
たぶん大丈夫だろうが、俺は指を咥えられたまま誰も来ない事を祈った。