126話 真夜中の館2
まさかこんな出来事に遭遇しようとは……。
明日から面倒事を片付けなければならないというのに、ここにきて予想外の出来事に遭遇した。
ただ俺は眠れなくて好奇心に任せて屋敷を散策していただけだったのだが、まさか自分の住む事になった屋敷で多種族の少女に出会うなど誰が予想できようか!
っていうか何でこんなところに他種族の少女がいるの!?
ここ人族の街でだよね?
可能性としては二つ。
一つはこの少女が何かしてユリがこの少女を牢屋に閉じ込めた可能性。
ただこの子が何かしてここにユリに捕らえられた場合、さっきの話し合いの最中に一言あったと思うからユリという可能性は低そうなんだよな。
それにこの少女が何か悪さをして捕まったようには見えない。
他種族でどんな能力があるのかはわからないが、この少女が何かするようには思えないのだ。
人は見かけによらないと言うし、この少女の事は何もわからない。
完全に俺の直感だが、俺は自分の直感を信じる。
となると考えられるもう一つの可能性の前の領主である元侯爵がこの少女を愛玩奴隷としてここに閉じ込めた可能性だ。
侯爵についてはどんな人物だったかは知らないがたぶん重度のロリコンだ。
きっとそうに違いない。
ちなみにこれは俺の偏見と私怨を多分に含んだ答えだ。
だってこの侯爵が帝国に亡命しなければ俺は領主になる事もなかった。
俺はただ平和にのんびりと何もせずに暮らしたいだけなのだ。
それなのに領主を任されたり、ユリにめんどくさい案件を片付けさせられたりする羽目になった。
知らない人間のせいで俺にとばっちりが回ってくるんだから、偏見や私怨の一つや二つあって当然だろう。
俺は悪くない。
「なぁ、あんたもそう思うだろ?」
「……何の事じゃ?」
虚ろな目をしたまま俺の言葉に少女が首を傾げる。
まぁ俺の思考を読めようはずもない少女がわからないのも当然だ。
これに関しては全面的に俺が悪い。
さて、戯れもこのくらいにして、そろそろ本題に入るか。
「君が何で閉じ込められてるか聞く前に……俺の名前は鏑木一哉。イチヤが名前でカブラギが苗字だ。君って呼び方もあれなんで、良かったら名前を教えてもらっても良いかな?」
「……ディーネじゃ」
自分はこの少女、ディーネの敵ではないというように安心させるように笑顔を作り自己紹介を済ませる。
自己紹介のおかげか、さっきの俺の脈絡もない質問で、不審者を警戒するような雰囲気がとれた……ように思う。
いや……まぁ全部俺のせいなんですけどね。
「それで、どうしてディーネちゃんはこんなところに閉じ込められてるんだ? 何かしたのか?」
「……ちゃん付けはやめんか。これでもわら……我はお主よりも年上じゃ」
幼女だと思ったらまさかの合法ロリでした。
異世界からやってきた俺がこの世界の種族について知ってる訳ないだろ!
まぁ向こうも俺が異世界の人間だって知らないからおあいこな訳だが。
「失礼。俺は異世界からやってきたから、他種族については詳しくないんだ」
「……お主……勇者か?」
「その呼ばれ方は正直好きじゃないんだ。だから否定している。別に世界を救ってやろうなんて思ってないしな」
そもそも勇者なんて世界の脅威を取り除いたモノに与えられる称号のようなものだ。
世界を救う気なんてさらさらない俺が、そんな大それた呼ばれ方されても正直困る。
「そうか……なぁお主、質問には答えられる範囲でなら答えるからその前に何か食べさせてはもらえまいか? あと……出来ればで良いのだが……血を一滴分けて貰えると助かるんじゃが……」
「血?」
目は死んでいるし、痩せこけて表情を読むことも難しいが、どこか声音に申し訳なさと必死さが伝わってくる。
食事はその容姿から何日も食べてないのでわかるが、どうして血なんか。
いや、待てよ。
ふと思い立ちディーネの容姿をもう一度観察する。
「……」
俺が無遠慮にまじまじとディーネを見ている間、俺と目線があっても彼女はそらさずじっとしていた。
まるでそれが自分なりの誠意というように。
「なるほど……もしかしてディーネってヴァンパイア族なのか?」
じっくりと観察して俺が出した結論がこれである。
血を求める事でおそらくそうじゃないかとは思っていたが、彼女の口元の犬歯が若干人族よりも鋭く伸びていた事でそう結論付けた。
「……うむ。イチヤが言ったとおりじゃ。我は人族からヴァンパイアと呼ばれておる種族じゃ」
俺の出した結論に彼女が頷く。
ほぼ答えは決まってたようなものなので大した驚きはない。
それよりも彼女がヴァンパイア族である事で少しだけ彼女への警戒を強めた。
元の世界にも伝承等で知られるヴァンパイア。
光に弱かったり、血を吸った人間が吸血鬼になったり眷属になったりと様々ある。
この世界のヴァンパイア族がどのいった感じなのかはわからないが、少なくとも完全に油断して良い相手ではないだろう。
「悪いが血に関してはもう少し話をしてからだ……さすがに空腹のまま質問するのはこちらも気がひけるので、食事は先に渡しておく」
そう言って創生魔法でりんごを二個ほど創り出す。
更に創ったりんごを置く為の皿も創り出し彼女の柵の間からりんごと一緒に中に置いた。
食べ物を地面に置くのは日本人としては気になるところだからな。
「果物なんだが食べられるか?」
ヴァンパイアが何を食べるのかわからなかったのでとりあえずりんごを出してみたんだが……食べられるのか?
ヴァンパイアって血を飲んでるイメージしかないぞ。
後はなんだったか……トマトジュースにワインか?
やばい……固形物を食べてるイメージが思い浮かばない。
アニメなんかでは普通に食事を摂っている場合もあるが、この世界のヴァンパイアにそれが当てはまるかわからないしな。
まぁ食べられなかったら食べられなかったらで別の物を出せば良いだろう。
その時は俺がりんごを食えば良い。
食べ物は粗末にしちゃいけないからな。
「ありがとう。私達ヴァンパイアは基本人間と同じ食事を摂っているから大丈夫じゃ。特に苦手な食べ物は……においの強いものかの。味覚や嗅覚が人間よりも発達しておるが故に少々きついのじゃ」
ディーネはそう言うと腕の力だけで必死にりんごのところまで這いずってくる。
両手両足に拘束具がつけられている為そうする事でしか動けないようだ。
りんごの元までやってきた彼女は手についた汚れも気にせず両手でりんごを持つと食べ始める。
「おいしい……本当に……おいしい……」
りんごをかみ締める毎にディーネの目から涙が一滴、また一滴と流れる。
一体どれだけの期間食事を摂っていなかったのだろうか?
ディーネを見てると悪い奴には見えないんだよなぁ……。
やっぱり元侯爵辺りに捕らわれたと見るのが妥当だろうか。
俺はそのままりんごを食べるディーネに視線を向ける。
そして彼女が牢屋の近くまで来た事で、今まで暗がりで良く見えなかった部分が見えるようになる。
なっ!?
彼女の足を見た瞬間驚いた。
「ディーネ……お前その足……」
目を見開きながらディーネに尋ねる。
「んむんむ……こくん。……ん? あぁ……これか。そうじゃ……我はもう歩く事は出来んよ……ヴァンパイア族の治癒能力でもの……だから我に対して警戒せんでも大丈夫じゃ。そもそもお主に何かしようとは思ってはおらんしの」
あっという間にりんごを食べ終えた彼女が力ない笑みを浮かべる。
その表情があまりにも痛々しかったので、俺は創生魔法でヒール丸薬を創り出した。
たぶんこれなら今までの実績からおそらく治るだろうと思う。
ただヴァンパイアにこの薬が効くかはわからない。
一応獣人族に効いたからおそらく大丈夫だと思うが……。
まぁダメならダメでまた創生魔法で効果の出そうな薬を創生すれば良い。
やってダメだったならヴァンパイア族にはダメだったという結果がわかるしな。
とりあえずはやってみなくちゃ始まらない。
「じゃあ食事も終わったところで、次はこれを飲んでくれ。食後のお薬って奴だ」
そう言って食事の終わった彼女の眼前にヒール丸薬を差し出した。