125話 真夜中の館1
とりあえず俺が了承した事によって話は終わった。
時間が結構遅かったという事もある。
話を切り上げたユリは仕事道具を片付け、家に帰っていった。
てっきりこの屋敷に住んでいると思っていたんだが、どうやら彼女はこの屋敷の隣にある古めかしい方の屋敷に住んでいて、ここには仕事をしに来ているそうだ。
彼女と一緒にアルとシャティナさんも出て行った。
ユリ曰くアルが前に出した褒章である家がこの街にあるそうだ。
一体どこにあるんだろうか?
たぶん明日来るだろうから聞いてみよう。
俺達が今後の話をしている間にディアッタを含むメイド達は屋敷の間取り等を確認し終えて夕食の支度をしてくれていた。
前もってここに来る事を伝えていたので家具や食材などは準備されていたらしい。
さすがにこの時間だともう店も閉まっているだろうし、準備されてたのは素直にありがたい。
夕食を終え、風呂に入る。
この屋敷には風呂もしっかりとある。
しかもかなりでかい。
行った事はないが、大浴場くらいあるのではないだろうか?
体を洗い、ゆっくりと湯船につかる。
今日の疲れが一気に流されるような気分だ。
風呂から上がり部屋へと案内される。
夕食での話し合いの結果、俺がこの屋敷で一番広い部屋を使う事になった。
最初はラズブリッタの王女であるレーシャが使うのが一番だと言ったのだが『領主はイチヤさんですから』と言ってレーシャは二番目に広い部屋を使う事になった。
ちなみにレイラは三番目に広い部屋だ。
ディアッタ達メイド達や、エヴィには一階にある部屋を一人一部屋ずつ割り当てた。
とはいってもまだ小さい子もいるのでその子にも部屋を割り当てたが、寝る時は年長の子達と一緒に寝るそうだ。
まだ一人で寝るのは恐いという話を聞いた時不覚にも萌えた。
そして今現在、俺は自分に与えられた部屋にいる。
三人は余裕で大の字に寝てもまだあまりそうなベットの上で、俺は真夜中だというのにまだ寝れずにいた。
「眠れない……」
それというのも全部はこの環境が悪い。
なんだこの何畳あるかわからないくらい馬鹿広い部屋は。
なんだこのなんか三人が大の字に寝てもまだ余るくらいでかいベットは……。
しかも天蓋付き。
元の世界も含めて今までこんな環境を与えられた事がない。
確かに元の世界で親にニート暮らしを送らせてもらえるくらいにはウチは裕福だったんだと思う。
それでも良くて中の上くらいの収入だと思う。
実家の部屋も8畳くらいの大きさだった。
当たり前だが牢屋はそれよりもせまい。
そんな人間が領主にされて、それでいきなりこんな広い部屋を与えられれば誰だって落ち着かないだろう。
現に今俺が落ち着かなくて眠れない状態にある。
「少し屋敷の中でも散策してみるか」
俺は一言呟き立ち上がる。
眠れないんじゃしょうがない。
無駄にだだっ広い屋敷の散策でもすれば少しは眠気も襲ってくるだろう。
この部屋にはバルコニーも存在するが夜風にあたるよりも屋敷の散策をした方が眠れそうな為、そっちを選択した。
左隣にはレーシャ、右隣にはリアネ、向かいにはレイラの部屋がある為、扉を開ける際には十分に配慮する。
さすがに今は真夜中だ。
俺が眠れないからといって俺が立てた物音で起こすのも悪いからな。
部屋を出て廊下を歩く。
壁には魔法で作られた薄らとした光が一定の間隔で灯っておりそこまで暗くはない。
前を見通せる程度の光を頼りに廊下を進み、階段を下りる。
それにしてもやっぱり深夜の洋館って雰囲気あるな。
こういう雰囲気だとヴァンパイアなんかが出てきそうだ。
出てこられても困るが。
そういえばやっぱりヴァンパイア族っているんだろうか?
異世界だし、いそうな感じもするんだよなぁ。
今度アルにでも聞いてみようか。
ヴァンパイア族の有無について考えながら1階へと下りる。
2階も部屋がたくさんあるだけで、特に見るものはなかった。
からくり屋敷とは言わないが、何か目新しいものが欲しいところだ。
1階は使用人たちの部屋があるので、ここでもなるべく音を立てないようにしよう。
とは言ってもここでも特に見るものはない。
他と違うところは、客人を通すための客室、大浴場、夕食を食べた食堂、食堂の奥にある厨房くらいだ。
温泉でもあるまいし、さすがに今から風呂に入り直るのもなぁ……。
うん……さすがにそれはないな。
結局屋敷を見て回ったが、特に得るものはなかった。
「まぁでっかいといっても単なる屋敷だしな。仕方ない。寝られるかはわからないが、部屋に戻るか……ん?」
部屋に戻ろうとしたところで、黒い扉がふと目に入った。
他の扉はみんな木で出来た茶色い扉だったのだが、俺が目にした扉は鋼鉄で出来ている。
他の扉と比べてかなり異質な扉。
なんとなく興味の引かれる扉である。
「よし! 行ってみるか」
こんなにおもしろ……怪しい扉、さすがに放置できないよなっ!
中に何か危険なモノがあったら大変だ。
ぜひ行こう! すぐ行こう!
自分に言い訳しながら俺は意気揚々とこの異質な扉を開ける。
扉を開けるとすぐに地下に続く階段が現れた。
ゆっくりとその階段を下って行く。
階段は思ったよりも短くすぐに地下へと到着する。
地下へと下りるとまた扉。
1階の扉とまったく同じ造りの扉が目の前にあった。
そのドアノブへと手をかける。
まさかこれを開けたらまた地下に続く階段があるとかじゃないだろうか?
一瞬そんな不安に駆られたがさすがにそんな事はなかった。
扉を開け目の前に広がった光景それは――――王都で慣れ親しんだあの牢屋だった!
廊下や階段と違い気持ち程度に赤い光で照らされた牢屋。
牢屋の数は10棟くらいで造りは王城の牢屋と同じものだ。
王都を出てこんなに早く再会するとは思わなかった。
「懐かしき我が牢屋よ! 正確にはまだ一日も経ってないけどな!」
自分が妙なテンションになってるのを自覚して徐々に気持ちを落ち着ける。
俺、何で牢屋にこんなに興奮してるんだろうか……。
やべっ、ちょっと恥ずかしくなってきた。
誰にも見咎められていないのは知っているが、頭を抱えてうずくまる。
顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
羞恥心が俺を襲う!
でも良かった……今は真夜中で、ここには俺しかいない。
つまり俺のこの妙なハイテンションは誰にも知られていない。
本当に誰にも見られてなくてよかっ――――。
「そこに……誰かおるのか……?」
誰かにみられてたっ?!
声のした方に首を痛めるんじゃないかと思うくらいの勢いで向ける。
だが、声の主の姿が確認できない。
空耳かと一瞬自分の耳を疑ったが、気配を辿ると本当に微弱だが人の気配を感じる。
本当に集中して気配を探らないとわからないくらい微弱だ。
これじゃあ人がいるなんて気づけないじゃないか!
心の中で理不尽な悪態を吐きつつ、俺は恐る恐るといった感じで気配の感じる方へと歩いていった。
光が若干届かない牢屋の角、入り口から一番遠い牢屋にその人物はいた。
俺は声の主であろう人物と目が合いその姿を見て絶句する。
銀髪赤眼に白い肌。
これだけなら異世界の人間だからと納得出来るので驚かない。
だが彼女の容姿はとてもひどいものだった。
整えていれば見る人を惹き付けるだろうその髪はボサボサになっており、まともに食事が与えられていなかったのか頬骨が浮き出て見えている。
手と足には何かの石がはめ込まれた拘束具が取り付けられており更には逃げられないようにする為に重りまでつけられていた。
目は虚ろで俺を見ているはずなのにまるで何も見ていないかのように感じる。
年の頃は12,3といった所か……。
たぶん健康的な状態ならきっと可愛らしいだろうに。
この子を見て気づいた事がある。
彼女には普通の人間にはない部位、羽と尻尾が生えているのだ。
つまりこの子は多種族という事になる。
なぜ彼女はこんなところに閉じ込められてるんだろう?
それについては俺には推測する事すら難しい。
ただ一つわかってる事……それは……俺は確実に面倒事に首を突っ込んでしまったという事だ。
8月8日 誤字報告があり修正しました。ご報告ありがとうございました。