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124話 元侯爵領の事情6

 トマッティの躾について思いを馳せるユリの目がやばい。

 なんというかどう見てもお嬢さんがして良いような目じゃない。

 あれは……捕食者の目だ……。

 本当にこの女は公爵令嬢かとこいつを見て何度思ったかわからない。



「それで……話しは戻すけど本当に俺が行かないとダメか?」



 とりあえずいつまでも彼女をこのままにしてはまずい。

 そう思った俺は話を戻す事にした。

 正直このまま有耶無耶にしてしまえればどれだけ良いだろうと思ったがあいにくそうはいかないだろう。

 なんせ本意ではないとはいえ、自分の領地になった場所だ。

 俺としては自分だけじゃなくここにいるみんなで安全に過ごしたい。



「おぉ……すまない。これからの事について考えていたら本題を忘れそうになった」



 一体ユリはトマッティにどんな躾をするつもりやら。

 正直聞いてみたい気持ちと聞きたくない気持ちが混在しているが……。

 なんとなく聞かない方が良さそうだ。


 ユリの尋常じゃない雰囲気を感じ取った俺は聞かないという選択肢を取った。


 翌日、トマッティをみかけたが、やつれた様子のあいつを見かけたのだが、声をかける気にならないほどひどいありさまだったと知るのはまた別の話だ。



「それで、イチヤ殿どうだろうか? 行ってはくれまいか?」


「……あんまり気は進まないんだがな……本当に俺が行かなきゃダメか? というか、ユリは公爵家の人間なんだし自分の領地から騎士を引っ張ってくる事は出来ないのか?」


「正直なところ、公爵領も人手が不足しているのだ。国が大変な時期だろう? だから公爵領からも騎士を徴兵しているので、領地を守るギリギリの人数しか今はいない」



 ユリが厳しい顔つきでそう言っているという事は向こうもギリギリなのだろう。

 言われてみれば、ラズブリッタの人材が潤っていればわざわざ公爵令嬢を代官にする訳ないもんな。



「ってかなんで公爵令嬢であるユリがわざわざこんな……こんなっていう言い方も変かもしれないけど、獣人連合と国境が面している代官なんて引き受けたんだ? 俺としてはどっかの文官辺りが代官として呼ばれていると思ったんだが」



 公爵令嬢の彼女が代官に選ばれるのって普通ありえないだろ。

 こんなでも一応公爵令嬢なんだからな。こんなでも。



「今、失礼な事を考えなかったか?」


「……いや、別に考えちゃいないさ」



 若干答えるのに間が空いた為かユリが俺をジト目で睨んでいる。


 いや、そんな目で見られてもユリの行動が公爵令嬢としてあるまじきものなんだからしょうがないだろうに。



「今はそういう事にしておこう……それについては父に頼まれてな」


「父?」



 父って公爵だよな?

 よく父親がそんな事を許したもんだ。

 一応同盟を結んだといってもまだ結んだばっかりで何が起こるかわからないというのに。

 そんなところに娘を送るなんて娘が可愛くないのだろうか?

 それともこいつなら何があっても平気だと思ったんだろうか?

 思ったんだろうな……なんとなく何処でもやっていけそうな強靭な精神力と戦闘力を持ってそうだし。



「また失礼な事を――――」


「考えてない。それより話を進めてくれ」



 どうしてこいつは俺の思った事がわかるんだ?

 顔に出ていたか? それとも俺が顔に出易いのだろうか。



「ふぅ……まぁ良い。とにかく父に頼まれたんだ。どうにもこの領地は人気がなくてな。獣人族とは同盟を結んだとはいえ、まだ獣人族の襲撃の時の恐怖が拭えていない状態だ。そんな獣人族との国境を面した領地にいきたがるものなどいないだろう?」


「普通はいないだろうな」



 いたら俺がこうして面倒くさそうな領主なんてものを頼まれていないだろうし。



「だから私が頼まれたのだ。『悪いんだが、英雄殿の領地で代官を頼みたい。お前には領地経営のノウハウは仕込んであるし、多少危険な目に合おうと問題ないだろう。むしろ襲われたとしても相手の方に同情してしまうぞ。ハッハッハ』と言っていた。……腹立たしくなったので一発かましてきたがな」



 その時の事を思い出したのか、ユリの言葉に険が混じる。


 実際盗賊を返り討ちにしている時点で公爵の言った事は間違ってないんだがな。

 でも一発かましてきたって……いくら娘とはいえ公爵にそんな仕打ちをしていいものなのだろうか。

 本人達が納得しているなら……良いのか?


 それにしてもあのモーニングスターを軽々と振っているユリの一撃だ。

 見た感じなんともない感じだったけど、実は俺が会った時我慢していたのだろうか?

 たぶん回復魔法で治癒したんだろうな。きっと。

 次会った時に体は大丈夫か聞いてみよう。

 いつになるかわからないが、もし痛みがあるようだったらヒール丸薬を渡せば良い。



「なぁレーシャ。公爵ってどんな奴なんだ?」



 ちょっと興味が沸いたのでレーシャに聞いてみる。

 すると彼女は何を言っているのですか?みたいな顔をした。



「イチヤさんはもう会ってるじゃないですか」


「へ?」



 もう会ってる?

 一体誰の事をいっているんだ?


 まったく予想していなかったレーシャの言葉に俺は考え込む。


 俺がこの世界に来て今まであった人物……王様……だったら従姉妹にはならないから論外。

 俺達よりも年上であるユリの親だから結構年はいっているだろう。

 となると思いつくのはジェルドだ。

 王様からもかなりの信頼をおかれていたからな。

 でもなぁ……確かに威厳はあったかもしれんが、どうもこう……公爵っていう身分には見えないんだよなぁ。

 ってそれはユリも同じようなもんか。



「もしかしてジェルドか?」



 レーシャに自分の出した答えを言ってみる。

 結局は答えを聞かなければわからない事だからな。

 だがユリとジェルドの喧嘩っ早い性格が似ている事からしておそらく合っているだろう。


 そう思って自信満々に答えたのだが――――。



「違いますよ。彼女の父親はメルド大臣、いえ、メルド・フェリス公爵と言った方が良いでしょうか」



 メルドさんがユリの父親っ!?


 あの人どう見てもユリのような武闘派には見えなかったんですが!

 どちらかというとあの人体より頭を使うタイプだろう。

 まさかメルドさんの血筋からこんな戦闘民族が生まれるとは……。


 世の中どうなるかわからないものだな。

 まだ15年くらいしか生きていない俺がいうのもなんだが。



「まぁ公爵も人手不足なのは理解した。というよりもラズブリッタ全体が人手不足って感じだな。だからユリは元盗賊なんていう犯罪奴隷を警備に回している……と」


「その通りだ。先程も言ったように彼等には隷属の腕輪をつけさせてもらっているので、私の命令には逆らえない。真実の宝珠で彼等への尋問は済んでいるから帝国の間者ということもない。そうでなくとも何故か私は彼等に慕われているようだがな」



 そういやユリの事姐さんとか呼んで従ってたな。

 あの時は腕輪がある事は知らなかったが、なんとなくユリとあいつらの間に信頼関係のようなものを感じた。



「元盗賊を警備に回す件については理解した。俺達が来るまで特に問題がなかったんだったらこのまま継続で良いだろう。俺としては危険がなければそれで良い」



 代官はユリだ。

 今は大臣だが文官長として優秀だったメルドさんに任されたユリがそう采配したのならたぶん大丈夫だろう。



「そこは安心して欲しい。彼等も生きるために武力を行使する場合があるが、むやみやたらに乱暴を働くような人間ではない。私を襲った時も私一人(・・・)で叩き潰して屈服させた後に生活を保障すると言ったら泣いて喜んでいたからな。それ以降は私の命令に本気で逆らった事は一度もない」



 自身満々に盗賊達に危険がないという事をアピールしているようだが……。

 突込みどころ満載の言葉ありがとうよっ!

 なんで少なくない盗賊を一人で討伐してんだよ!

 ここに来る時に2人の護衛がいたんだろ? そいつらどうした!?

 それに叩き潰して屈服させたって何!? 公爵令嬢のすることじゃないだろ!

 後泣いて喜んでたって言ってたが、絶対違うだろ。

 間違いなく恐怖や痛みでないてただろそれ!

 まったくこの代官は……この領地で一体どんな恐怖政治を敷こうとしてんだ。



「ふぅ……」


 突込みどころ満載のユリの言葉に内心突っ込みたいのを我慢して気持ちを切り替えようと思い、一つ息を吐き出す。


 それよりも問題なのは最初の二つの案件だ。


 これは確実に行かなきゃならないのか?

 いや……なんとかして回避できないだろうか……。


 いっそ『俺は王様に領主はやるが何もしないと言ってあるからその約束通り何もしない!』と断ってみるか?

 ……たぶんそんな事言ったらこの場での信用を失うだろうな……。

 やべぇ……詰んだ……。



「だからこの街の事やレイシア、イチヤ殿が大切に思っている者については私が責任を持って守ろうと思う。それを踏まえて再度問うが、二つの案件についてイチヤ殿にご助力願いたいのだが、無理だろうか?」


「……」


「そうか……どうしても無理ならば仕方ないか」



 俺が答えに窮しているとユリが俺の心情を理解したかのように納得してくれる。

 あれ? これもしかして俺行かなくても良い流れか?

 もしそうならありが――――。


 どんっ!


 安堵したのも束の間。

 ユリが大量の紙束を執務机の上に置く。 



「では私がその案件を片付けてくる。その間、イチヤ殿は代官としてするはずだった仕事を片付けておいてもらえるか?」


「なん……だと……!」



 この山と積まれた書類をユリがいない間、俺が片付けなきゃいけないのか?


 俺の身長よりもかなり高い紙束を見てぞっとする。

 全部で三つ……期日はわからないけど、どうみても異世界の……それも領地経営の仕事なんてやったことない俺には到底無理だ!

 たぶん誰かに教わりながらやったとしてもとてもこなせる量じゃない。



「あの……ユリ……さん……俺領地経営なんてした事が……」


「大丈夫。きちんと内容を吟味した上で判を押す簡単な仕事だ」



 確かに異世界の文字は覚えたが、それを速読出来るまでにはなってない。

 到底この量をどうにかすることなんて俺には出来ない。


 簡単だと言うが仕事の質はそうでもこの量の書類を読んで内容を吟味するなんてそう簡単な事じゃないだろう!



「無理っす!」



 思わずそう叫ぶとユリがやれやれといった風に首を振る。


 なんとなくむかつくなその態度。



「ではイチヤ殿はどうしたいのだ? 今この国には人を遊ばせておく余裕はないのだが」


「出来れば」


「出来れば?」


「惰眠の限りを貪りつくしたい」



 やべっ!? 思わず本音が出てしまった。


 俺の言葉に案の定みんなが呆れたように俺を見る。



「さすがにそれは……」


「イチヤぁ……」


「イチヤさん……」


「イチヤ様……」 



 レイラ、アル、レーシャ、リアネがなんともいえない声を発するが出ちゃったもんはしょうがないじゃないか!

 この街に来たばっかりなんだから少しくらいゆっくりしたいと思うのが普通だろう。

 せめて休ませろ! 一ヶ月! いや一週間だけでも!



「イチヤ殿達は長旅で疲れているしな。気持ちはわかる。これは無理強いすべきではないな」


「ユリさん!」


 

 ユリの一言に俺は思わずそんな声をあげた。

 心中を察してくれたユリが天使に見えるよ!



「時にイチヤ殿、全然関係ない話をしても良いだろうか?」


「ん? 別にかまわないけど」


 

 ユリが突然そんな事を言い出す。


 関係ない話? 一体なんだろうか?

 


「実はこの前王都に行った時に一人の少女と話す機会があったのだがな。その少女は熱心に剣の稽古に励んでいた。それはもう一生懸命に。一体何故彼女はそんなに頑張るんだろうか? 気になった私は彼女に尋ねた『どうしてそんなに頑張っているんだ』と。そしたら彼女は『私の世界には働かざるもの食うべからずという言葉があります。元の世界での私は学生で、学生の本分は勉学ですが、今私は異世界に来ていてその本文を果たす事が出来ません。今私がこの世界で求められている事は人を助ける事。それが今の本分になると思ったから少しでも力をつける為に頑張っています。いつでも人々を守れるように。もう悔しい想いをしないように。これが働くという事になるかはわかりませんけど、何もしないよりは良いと思って』と照れくさそうに答えてくれた。働かざるもの食うべからず。まったく良い言葉だと私は思うが、イチヤ殿はどう思う」


「オレモイイコトバダトオモイマス」



 まさかここにきて元の世界の諺を出してくるとは……。


 なんとなくこれ、誰が言ったのかも検討がつく。

 ……間違いなく委員長が言っただろ。

 まさかここにはいない委員長に苦しめられるとは……ぐぬぅ……。



「……つまり行けという事だよな?」


「いや、無理強いするつもりはない。私はただこの言葉に感銘を受けたから話しただけだが?」



 この女……なんともしらじらしい!


 断りたい……でもなんとなく断れる雰囲気じゃない。



「はぁ……行ってくるよ」


「いやいや……無理はしなくて良いんだぞ? どうしても行きたくないのなら私が出向こ――――」


「俺が行きます! 行かせて下さい!」



 その言葉にユリがなんとも満足そうな顔をする。


 くそぅ! ユリにしてやられたみたいでなんだか悔しい……。

 おかしいなぁ……何もしなくて良いっていうから領主を引き受けたのになんで領地に来た初日から仕事を押し付けられるんだろう?

 思えば王様にも上手に動かされている気がする。

 現に今こうしてユリにも上手い事言いくるめられたし。

 俺の頭が足りないのか、交渉事に慣れてる王様やユリが凄いのか。

 そんな事を考えていても結果は変わらないんだけどね……。


 はぁ……もうこうなりゃ自棄だ!

 さっさとこの案件を終わらせて惰眠を貪ってやる!


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