123話 元侯爵領の事情5
「魔物に不審者?」
あまり良くない話しだと予想してユリさんの言葉に耳を傾けていた俺達に告げられた2つの案件。
「あぁ、私が代官としてこの街にやってきて早3週間、近くの村からいくつかの陳情書が届けられたのだが、特に厄介な案件が以上の2つだ。一つはこの街から1、2時間ほど行った山間部に不審者が出るらしい。もう1つはイチヤ殿達がこの街にやってくる為に使ったと思われる道中にある村。その村に最近ゴブリンや狼といった魔物が出没して田畑を荒らしているのだそうだ」
地図を広げて指差しながらユリさんが二つの案件の位置を指で示す。
一つ目の案件である山間部は地図を見るからにこの街、エイクールの近くだ。
山間部に不審者って事は山賊か何かだろうか?
もう一つは確かに俺達が通って来た場所の近くの村だった。
一応遠めで確認はした村だったが、そのまま素通りしたのでどんな村かはわからない。
しかし村については関係ないが、一つ気になる事がある。
この村から一時間くらいした場所で休憩した時にあったあのゴブリン族の少女だ。
あれ? まさか田畑を荒らしてるゴブリンってまさかゴブリン族の事じゃないよな?
アルが言うにはゴブリン族はゴブリンのような魔物と違い、しっかりと知性があるらしいからたぶん違うと思いたいんだけど……。
これがもしゴブリン族が関わっているようだったら情状酌量の余地を与えて欲しいところなんだが。
一人で考えていても仕方ないか。
「とりあえずこの領地で抱えている問題というのはわかったけど、それでユリさんはどうしようと考えてるんだ?」
「もちろん領民が不安に思っている以上、解決するつもりだが?」
俺の質問にユリさんが不思議そうに首を傾げる。
いや……解決する前提での質問だったんだが、質問の意図が伝わらなかったのだろうか?
「あの、ユリ様。失礼を承知で発言させて頂きますが、イチヤ様はどうやって解決するつもりかをお聞きしたいのだと思います」
おずおずとした様子でリアネがユリさんに告げる。
「あぁ、どうしようと考えているのか問われて不思議に思ったのだが、そういう事か」
どうやら俺の言い方が悪かったようだ。
確かに普通どうしようと考えているんだとか聞かれたら領民の為に解決しようとするのが普通だもんな。
心の中で納得しているとリアネの発言で俺の発言の意図を察したユリさんがこちらを見る。
一体何だろうか?
「この二つの案件についてはイチヤ殿に動いてもらう?」
「へ?」
「聞こえなかったのか? この案件はイチヤ殿に任せると言ったのだ」
いや……別に聞こえなかった訳じゃないからね。
「どうして俺?」
「……どうしても何も私はここに来たばかりで、色々と仕事が溜まっているんだ。今この領地は人手不足が深刻で他に力があって頼める人間がいない。イチヤ殿にしか頼めないんだよ」
困惑顔で告げる俺に対し、そう言ってユリさんも困惑顔で告げる。
確かにその条件に当てはまる人間は少ないのかもしれない。
この街で普通に暮らしている領民に不審人物の討伐や魔物退治なんかさせられないだろう。
でもなぁ~……。
「さっきの連中か、公爵ならここに来る時に護衛の騎士がお供でついてきたんじゃないのか? その人達でなんとかならないのか?」
「ここに来る時に二名の護衛を連れてここまで来たんだが、彼等は別の件で出払っていてここにはいない。さっきの連中にはこの街の警備を頼んでいて、手が回らないのだよ」
「ふむ……じゃあ俺がこの街の警備に回るから、あいつらにその二つの案件を頼むというのは?」
正直、せっかく王都を離れてこの街に来たというのにまた遠出をするのはめんどい。
ゴブリンについては気になる事もあるが、不審者の相手をしなきゃいけないと思うと気が滅入る。
そこで俺は代案としてそう言ってみたのだが――――。
「すまんがまだ彼等をこの街から出す事はできないのだ。だからイチヤ殿、悪いが行ってはくれまいか?」
「どうしてだ?」
「……それは彼等が元盗賊で犯罪奴隷として私が所有しているからだ」
代案を出してみたのだが、俺の意見が聞き入れられる事はなかった。
しかもその理由で彼女はとんでもない事をのたまう。
さすがにこの場にいる全員が目を見開く。
当たり前だ……まさか街の警備に盗賊を雇うなんていう聞いた事がない。
もちろん異世界の人間である俺の常識ではという話しだが、みんなも驚いているという事はこの世界の人間でも犯罪奴隷とはいえ元盗賊をこんな形で雇用する人間はいないというはその表情が物語っている。
「まったく! ユリ姉さんは何をやっているんですかっ!?」
俺達全員がユリさんのやってきた事に唖然としている中、いち早く我に返った……この国の王女であるレーシャがユリさんの前に出てくる。
「ユリ姉さん?」
「はい。私の母と彼女の父は姉弟で厳密には私達は従姉妹の関係にあたるのでそう呼んでいます」
思わず口走った俺の一言にレーシャが説明する。
そういえばラノベでの知識だけど、公爵家には王族の血縁者がいるとかなんとかあったような。
なるほど、レーシャとユリさんの関係もそういう感じなのね。
「今は私達の関係の事よりも……犯罪奴隷を警備にあてるってどういう事ですかっ! 公爵家の人間がこんな事をするなんて前代未聞ですよ!」
「そうはいっても人材不足はどうにも出来んだろう。人なんて魔物みたいに沸いて出てくるわけじゃあるまいし」
人と魔物を一緒にするのはどうかとも思うんだが、言っている事はわかる。
確かに人材なんてものはそう簡単に手に入らないだろう。
特にこないだの獣人族との争いで多くの騎士や兵士が死んだんだからラズブリッタの人材不足は深刻だ。
「一応補足しておくと確かにあいつらは元盗賊ではあるが、一度も犯罪を成功させた事はないぞ」
「ん? 盗賊なのに犯罪を犯してないっていうのはどういう事だ?」
ユリさんは妙な事を言うな。
盗賊ってのは人から物を奪ったり、奪った後に殺したりするもんじゃないのか?
まさか悪い貴族からしか物を奪わない義賊だから犯罪を犯していないとでもいうつもりじゃないだろうな?
「えっと……なんだ……彼等は帝国のとある村の出身でな。その村が飢饉にあったとかで、盗賊になるしかなかったそうだ。それでつい最近帝国を出てラズブリッタで盗賊になったんだそうだが、最初に襲われたのがこの街に向かっていた私だったという訳だ」
「なっ!? 自分が襲われたにも関わらず、襲った人間を雇用したというのですか!?」
レーシャがこんなにも声を荒げる姿なんて見た事ないな。
それだけ彼女の行いが規格外なのだろう。
俺も少しは驚いているが、登場時のインパクトやさっきの話を聞いていてこの人が多少(?)おかしな事をしてもこういう人なんだと納得出来るくらいにはなった。
もう余程の事がない限り驚かないだろう。たぶん。
「この件に関しては私が全ての責任を負う。もしもレイシアが納得いかないのであれば、私を公式の場で処罰してくれてかまわない」
「むぅ……」
なんとも言えない顔をしてレーシャが口ごもる。
どうやら自分の意思を曲げるつもりはないユリさんに何も言えないようだ。
気高いと言うかなんというか、実に男前なユリさんである。
ただ俺も納得できない事というか懸念がある。
「今責任って言ってたけど、本当にあいつらは大丈夫なのか?」
「何がだ?」
「いや、あいつら帝国の人間なんだろ? スパイ……間者という可能性はないのか? それにここにはレーシャがいる。ラズブリッタの姫であるレーシャに危害が及ばない可能性はないのか?」
「それはない。そこは私が保証しよう」
「どうしてそんな事が言えるんだ? もし帝国にいる家族が人質に取られた場合、あいつらもなりふり構わずにレーシャを害そうとするんじゃないのか?」
「一応その為に隷属の腕輪をはめさせてもらっているからな。万が一にも起こりえんよ。彼等は私から一定以上離れる事は出来ないし、自衛以外での攻撃を禁止している」
そこまで言うんだったら大丈夫か。
でも俺、あいつらに攻撃されたような……あれは街を守るための自衛という事で隷属の腕輪の効果が発動しなかったという事だろうか?
「後は彼等の家族についてだが、先程言っていた私の護衛には身分を隠して帝国に向かってもらっている。彼等の家族をこちらに移り住まわせるためにな」
それって結構大仕事じゃないのか? 下手したら飢饉に苦しんでいる村人全員がこちらに移り住むことになるんじゃないのか!?
何人来るかはわからないが、もしそうなら帝国の人間が大量にこちらに流れてくる事になるだろう。
「そんな事して大丈夫なのか? 帝国に目をつけられるんじゃ」
「目をつけられるも何も向こうだって本意ではないのかもしれないが、こちらの侯爵とその私兵を大量に持っていかれたんだ。お互い様だろう? それに向こうが同盟破棄した時点で向こうはラズブリッタと戦う気満々じゃないか」
ユリさんの言う事もごもっともである。
確かに同盟を破棄したって事はそういう事だよな?
嫌だなぁ……まだ獣人との戦が終わって間もないのに今度は帝国とどんぱちですか……。
「まぁしばらくは帝国も動かないとは思うがね」
まるで俺の心を見透かしたようにユリさんがそんな事を言う。
「どうしてだ?」
「この間、イチヤ殿達の戦い……確か獣神決闘だったか? あれが行われていた間に帝国が獣人連合に襲撃したのだが大敗したそうだ。その所為で帝国も軍を再編成するのに時間がかかると思われる」
うわぁ……俺達が戦ってる間、獣人連合が手薄になって攻め込んだのか……こすい手使って大敗とか救いようがないな。
「帝国がしばらく動かないのはわかった。だけどこれから連れてくるっていうあいつらの家族、その中に帝国の間者がまぎれていないという保証はないだろ」
「その辺も考えているから安心してくれ――――この真実の宝珠を使う」
「真実の宝珠?」
何処から取り出したのかユリさんが占い師が使うような水晶を取り出す。
これでどう安心してくれというのだろうか?
「そういえばイチヤ殿は異世界の人間だったな。じゃあこれが何なのかはわからないか。これは触れた者に質問して、真実ならば何も起こらないが、嘘をついていれば水晶の中が黒く淀む。普段は街の検問などに使う魔導具だ」
なるほど、嘘発見器みたいなものか。
確かにこれがあれば間者かどうかわかるな。
なんとも便利だな。異世界の魔導具。
――――ってちょっと待てよ!
「そんな便利な道具があるのにどうして俺達は襲われたんだよ!」
「あぁ……」
俺が抗議をするとユリさん(もうユリで良いや)がなんとも疲れた顔をする。
さすがにこれは問いたださねば。
下手したらあいつらの誰かを殺して俺は恨まれていたところだ。
ユリの到着が遅れていたら間違いなくトマとかいうおっさんは死んでいただろう。
「あれは……すまない。さっき言った案件の一つに不審者の話をしただろう? あまり遠くない場所にいるという事で彼等も気が立っててな……先走ったようだ」
「事情はわかった。でも俺達がここに来る事は前もって伝わってたんじゃないのか?」
「うむ。私も前もって彼等に伝えてたんだけどな。その……なんというか……イチヤ殿が戦った男、トマッティというのだがな。あいつは……簡単に言ってしまえば物覚えが悪い」
なんとも苦々しい表情でトマッティを評するユリ。
トマッティ……なんとなくトマトを連想してしまう。
というかそんな奴を警備に回すなよ……。
「言いたい事はわかるが、あいつらの中では腕は確かだし信用もされてるんだ。それにもう一人つけていたから安心していたのだがな。やっぱりあの子にトマッティを抑えるのは無理だったか」
今、やっぱりって言ったよな!
おい、ユリィィィィイイイ!!!!
わかってんならもっとマシな配置しやがれ!
さっき多少の事では動揺しないって言ったけど、さすがにここにいる誰かに危害が及ぶようなら看過できないぞ!
……って言ってもユリには謝る以外の手段はないだろう。
全責任を負うって言っておきながらそれもどうかと思うが……。
「はぁ……とりあえず今回の件に関して俺からは次からは気をつけてくれとだけ言っておく」
「イチヤさん、良いんですか?」
「あぁ、こちらに特に被害があったわけじゃないからな。俺もよりもレーシャの方は良いのか? さっきユリはあいつ等のやる事に対して全責任を負うって言ってたのにもう既に問題を起こしたんだぞ?」
レーシャの質問に答え俺も彼女に質問する。
万が一にもありえないが、もしもあいつ等が俺達よりも強かった場合間違いなくレーシャに被害が及んでいた。
それを考えると、ユリは処罰されても文句は言えないだろう。
「私は……甘いと言われるかもしれないですが、出来れば誰も処罰したくありません。あれでも一応私の従姉妹ですから……」
「あれ……」
あれ扱いされたユリが落ち込むが、今までの行いを鑑みるに自業自得だ。
でもまぁ、確かに甘いかもしれないが、他種族と共存したいと考える彼女らしい言葉だ。
絶対に彼女を守らないとな。
ないとは思うがもしもまた彼等がこちらに牙を剥くようなら次は容赦しない。
それに今ユリを処罰しようものなら代官がいなくなる。
代官がいなくなる事はかなりの痛手だ。
後は元盗賊である彼等がユリが処罰されてどう動くか。
ユリの事をかなり慕ってるように見えたから暴動でも起こすんじゃないだろうか。
さすがにそんな事になれば面倒な事この上ない。
うん。これはレーシャがユリを処罰しなくて本当に良かったと考えるべきだろうな。
「一応言っておくが、次はないからな」
「あぁ、わかってる。彼等……特にトマッティはきちんと躾けておくから安心してくれ」
そう言って彼女はモーニングスターの鉄球部分を一瞥した後に握り拳を作る。
おい……一体どんな躾をする気だよっ!?
7月24日 誤字報告があり修正しました。報告ありがとうございました。