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122話 元侯爵領の事情4

 公爵家長女? つまり公爵令嬢って事だよな?


 彼女が公爵令嬢という事に俺は目を丸くする。

 別に公爵令嬢であった事には驚かない。


 こっちにはレーシャというこの国のお姫様がいるからな。

 それよりも彼女の振る舞いの方に驚いたぞ。


 俺は自己紹介をしてくれた彼女をまじまじと見つめる。


 確かに身なりは貴族然としている。

 挨拶の所作も実に気品があった。


 ……だけどなぁ。


 言葉遣い、それに一つ一つの所作は令嬢というよりもどちらかと言えば騎士のそれに近い。

 少なくとも俺がラノベやアニメなんかで見るような令嬢とは程遠い存在に思える。


 俺のイメージする令嬢って儚い感じでどこか守ってあげたくなるような女性なんだが……。



「どうかしたか。領主殿?」


「いや……なんでもない」



 それにこの言葉遣い……うん。間違いなく騎士だ……この人。

 結局はラノベやアニメの知識なんて異世界ではなんの役にも立たないという事か……。

 うん……この世界の令嬢ってこういう人の事なんだ! そう割り切ろう。

 じゃないとやってられない。



「そういやこちらも自己紹介がまだだったな。あんたは知っているみたいだけど、一応自己紹介を。俺はイチヤ=カブラギ。イチヤが名前でカブラギが苗字だ。色々と迷惑をかけるかもしれないが、よろしく」



 名乗られたからにはこちらも名乗るのが礼儀だと思い、簡単にだが自己紹介を済ませる。


 公爵令嬢に対する挨拶ではなかったが、あまりへりくだる必要はないだろう。


 俺の自己紹介を聞いた彼女も特に不快な印象を抱いていないようだ。

 むしろ若干口角があがったのは何故だろう?



「とりあえず立ち話もなんだ。場所を移動しよう」


「わかった」



 確かに城門の入り口で彼女の部下(?)の視線が集中していて、俺は気にしないんだが、連中の視線が気になってかリアネやレーシャが落ち着かない様子だ。

 それにずっと馬車に揺られていたせいか落ち着ける場所でみんなを休ませてあげたいし、もちろん俺も休みたい。


 ユリーシャと名乗った女性の後に続きアルに馬車をゆっくりと動かしてもらいながら彼女の後に続く。


 やってきたのは小高い丘に建てられた大きな屋敷。

 豪邸と呼んでも差支えがないほどの家に来る者を威圧するかのようにそびえ立つ5メートルくらいの高さの門。

 左右にもこの屋敷ほどではないが、大きな屋敷が建っている。

 一つはこの屋敷と同様に古めかしい感じの年季を感じさせる洋館。

 もう一つは最近建てられたのか、真新しい感じのする屋敷だ。


 門を抜けた辺りで思わずきょろきょろしてしまう。

 庭に視線を送るとかなり広いがしっかりと手入れが行き届いていた。


 屋敷の大きさにも驚いたけど、庭もずいぶんと広いなぁ。

 これ、手入れとか大変なんじゃないだろうか?

 それに屋敷も随分古そうだが、くたびれた印象は受けない。

 たぶんとても大事に使われてたんだろうな。


 こんなに大きな屋敷に入った事なんてなかったから思わず色々と見てしまう。


 城に一応住んではいたが、あれとはまた違った驚きがあるな。



「やはり領主殿もこれから自分が住む場所だから興味はつきないか」



 俺が屋敷や庭にせわしなく視線を向けていたのが気になったのかユリーシャがそんな事を言う。


 ん? 今この人聞き捨てならない事を言ったような……。



「あのフェリスさん」


「ユリーシャ、もしくはユリで構わない」


「じゃあユリさんで。俺の事もイチヤで良いよ」


「わかった。ではイチヤ殿、場合によってはイチヤさんと呼ばせてもらおうか」



 殿って……言い方がますます公爵令嬢っぽくないな。

 それにこのユリさんにさん付けで呼ぶところが想像出来ないんだが。

 この人のイメージが深窓の令嬢っていうよりも、モーニングスターを振り回しながら嬉々として戦っている戦闘狂(バーサーカー)をイメージしてしまうからだろうか。



「……何か失礼な事を考えてはいまいな?」


「いえ、失礼な事なんて考えてないよ」



 目を細め値踏みするかのような疑わしげな視線を向けられ思わず背筋に冷たいものが走る。


 やべぇ……この人、勘が鋭すぎる……これが野生の勘というやつか……。



「本当に考えてないだろうな……?」


「当たり前じゃないか……ハハハ」



 たぶん今の俺の表情は引き攣ったものになっていただろうが、気にしたら負けだ。

 とにかく彼女については失礼な事を考えるのは良そう。

 さすがにさっきの男のようにモーニングスターでぶっ飛ばされたくないしな。

 彼女の事(それ)よりもさっき彼女の言った事の方が大事だ。


 今は話題を変えた方が良いだろうしね。

 俺の身の安全という点でも……。



「あのユリさん。ついさっき言った”自分が住む場所”とは? もしかしなくてもこの大きな屋敷の事をいっているのかな?」


「もちろんだ。だからここに案内させてもらった。イチヤ殿達も疲れているだろうし、話すならこの屋敷にある執務室で話した方が寛げるだろうからな。私もそちらの方が落ち着く」



 執務室か……俺の住む屋敷にあるとはいえ、俺は絶対に使わないような部屋だな。

 たぶんユリさんが代官としてこれからも使ってくれるだろうから無駄な部屋ではないだろう。



 そのまま俺達は屋敷へと入ると、玄関ホールから圧倒された。

 まず最初に目につくのは二階に続く階段と大きな絵。

 とても豪華な造りの階段が中央にあり、それが二階に上がる途中で左右に分かれ赤い絨毯がしかれている。

 とても大きな額縁には、よく伸びた髭をたくわえた身なりの良いおっさんが描かれていた。


 もしかしなくてもあれが元侯爵だろう。


 なんでまだ飾ってあるのかは疑問だが、その絵には気になる点が一つある。


 ――――数箇所、まるでボールでもぶつけたかのような球状の窪みが出来ているのだ。


 原因はおそらく……。



「ユリさん。あの絵、いくつか変な窪みが出来ているんですが」


「ふむ……不思議な事もあるものだ。私がこの街に来た時にはあんな窪みはなかったはずなんだがな」



 この人、それでごまかせると思ってるのか!?

 いやいや、無理だろ! どう見てもその手に持ってるモーニングスターの大きさと同じ窪みが出来上がってるからね!

 なにさも当然の如く、誰がやったんだろうな? みたいな顔してんのっ! あんたでしょあんた!



「誰かあの人に恨みを持っている人間でもいたんですかね?」


「あの絵の男は元侯爵で……この領地を見捨てた男だからな。そりゃあ領民の中には恨んでいる人間もいるだろう」


「なるほど。そりゃあ領民だったら恨んでいてもおかしくはないな」


「だろう?」


「ええ。じゃあこの屋敷には結構頻繁に領民の人が出入りを?」


「いや、この屋敷には定期的に庭師と屋敷の清掃をしてくれる者しか出入りしていないな」


「それじゃあこのくぼみはその庭師か清掃してくれていた人がやったんですかね」


「彼等の態度や仕事ぶりを見ているがそんな事をする人間には見えないな」



 ……この人馬鹿正直に答えているが、隠す気はあるのだろうか?



「……これやったのってユリさんですよね?」


「……」



 さすがに話しが進まないので問いただしてみた。


 すると彼女は黙り込み俺から目を逸らす。


 わかってはいたが、こうまではっきり自分ですと言わんばかりに沈黙されると対処に困る。


 個人的には元侯爵の肖像画をどうしようが俺には関係ない。

 ただ単に話題の一つとして話しただけだし、絵をべこべこに凹ませた理由が面白そうだったから聞いてみただけなのだが、まさかそんな重苦しい表情をするとは思わなかった。

 ユリさんの人となりも知ろうと思っての会話だったが、この人もしかして物事を重くとらえやすい気質なのだろうか?



「いや、別に責めるつもりは――――」


「……だったんだ」


「え?」



 フォローするつもりで声をかけるとユリさんからとてもか細い呟きが聞こえてくる。



「最初は一発だけのつもりだったんだ。もちろん手加減もした」


「え、えぇ」



 なんか言い訳始まったみたいなんですが……。

 手加減したとかそういう問題か?

 まぁ男を吹き飛ばすような女が本気を出せば、絵どころか壁まで凹んでると思うが。



「侯爵という地位にいながらこの国を捨てた輩がどうしても許せなかった。だからあの侯爵の肖像画を見た時怒りが沸いて来たのだ。最初は一発入れて溜飲を下げようとした。しかし最初の一発……それが肖像画の口元を歪めた時……まるで私を嘲笑ったかのような顔になった。溜飲を下げるために行った好意が更なる怒りにつながったのだ」



 あぁ~……肖像画を見てみると確かに肖像画の口元が歪んで元侯爵がニヒルな感じに笑っている。



「次に当たったのは目尻の部分……更に目尻が下がり、こいつは私を馬鹿にしてるのかという気持ちになり、それから何度か感情に任せて肖像画にぶつけてしまった……公爵家の人間として領主殿であるイチヤ殿の館でこのような行いをしてしまった事、本当に情けない」



 そう言って深々と頭を下げてくるユリーシャにどう言葉をかけようか思案する。


 先程も思った事だが、元侯爵の肖像画をどうしようが別にどうでも良い。

 これから住む屋敷が半壊したとかだったらあれだが被害は肖像画一つだ。


 ただこのユリーシャという女性には突っ込みどころが満載だ。


 まず始めに破壊衝動に駆られた理由はわかったが、公爵令嬢という自覚があるんだからもう少しなんとかならなかったのか……。

 せめて肖像画を外してから事に及び、気分が晴れたところで肖像画を処分すれば良かったのではないだろうか。

 後は庭師や清掃してくれる人に口止めしておけば俺達にはばれなかっただろうに。

 爪が甘いというかなんというか。


 次にそんなに後悔しているような顔をするんだったら最初からやらなければ良いのではないだろうか? と思わなくもないが、たぶん気持ち的にも抑えきれなかったのだろう。

 ……何度も思うが本当にこの人公爵令嬢なのだろうか?



「まぁ……なんだ。肖像画については特に俺には関係ないし、気になるようだったら後で処分すればいいんじゃないかな? こっちとしてはどこぞのおっさんの絵を後生大事にとっておく趣味はないし、後で捨ててしまった方がスッキリするだろ」


「すまない。どうにもあの顔を見てると苛立って仕方ないのだ。何度か顔を合わせた事があるが、性格もあまり良くはなかったしな。そこの肖像画はそれに輪をかけて人を馬鹿にした印象を受ける」



 輪をかけてって……それ、的確にモーニングスターで打ちぬいたあんた(ユリさん)のせいじゃないだろうか。

 目元なんかおたふくみたいになっているし……ニヒルなおたふく男の肖像画ってシュールにもほどがあるだろうに。



「じゃあ肖像画は処分すると言う事で」


「うむ」



 いつまでもおっさんの肖像画に時間を取られたくなかったので、この話しはこれで切り上げた。

 俺達の話を黙って聞いていたメイド以外の全員がユリさんに呆れた視線を送っていたが、まぁ当然だろう。


 その後屋敷の構造を確認するという俺の専属であるリアネ以外のメイドと別れ、ユリさんに案内されて執務室へと到着する。

 この場にいるのは俺、リアネ、アル、レイラ、シャティナさん、レーシャ、ユリさんの7人だ。


 執務室には色々な書物が置かれた本棚がいくつもあり、横幅がかなり広く作られた机に高価そうな椅子、あとは客人をもてなす為なのか、でっかいソファーが3つ設置されていた。

 ソファーにそれぞれ腰掛けリアネだけがそのまま立って話を聞こうとしていたので、レーシャとは反対側の俺の横に座らせる。

 そしてユリさんだけは執務机の置かれた椅子に腰掛けた。



「皆さん、王都からの長旅、お疲れ様でした」



 まずはユリさんがそうして話しを進める。


 休憩を挟んで約半日、本当に疲れた……。



「早速で悪いだが、この領地の現状について聞いてもらわなければならない」



 あまり表情の優れない様子でそう口にするユリさん。


 その表情にあまり良い話しでない事は推測出来た。

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