121話 元侯爵領の事情3
え? なぜモーニングスター?
一触即発だったこの状況に、棘がまったくない巨大な鉄球がついたモーニングスターを持った貴族令嬢のような女性が現れた。
その状況に俺の頭は混乱する。
だって淡い水色の髪に吸い込まれるような緑の瞳。
155センチくらいで胸元の開いたドレスのような服からははちきれんばかりの……ゲフゲフンッ!
……そんな事はどうでも良い。
華奢な印象を受けるその腕にはモーニングスター。
そう! そんな女が彼女のふとももくらいの高さがあるモーニングスターを持ってやってきたのだ。
しかもかなりの重さが予想できるそれを鎖の部分を持ち軽々と持ち上げている。
――――さすがに予想外である。
「皆さん。武器を納めなさい」
「いや……でも姐さん……」
「トマっさんがあんな目にあったのに黙ってるなんて」
「三度目はない。武器を納めろ」
女の口調が変わり、声音が急に鋭いものへと変化する。
仲間がやられた事に激昂している奴らはまだ俺との戦いを望んでいるようだが、女の人はそれを許さないようで、渋っている連中を一睨み。
それだけで全員が口を噤んだ。
どうやら賊達はこの女には逆らえないようだ。
「さて……」
場が静まり返ると彼女は俺を一瞥し、スタスタとこちらへやってきた……と思ったら俺を素通りし、重傷を負っている賊の下へと向かうとその場に膝をつき手をかざす。
彼女の手から淡い薄緑色の光が発せられその光に触れた男の体の傷が徐々に塞がっていく。
回復魔法なんて初めて見た。
確か回復魔法を使える人間って珍しいと聞いた覚えがある。
まず資質を持っている人間が少ないらしい。
回復魔法についてだが、多少の傷や毒なんかは癒せるし、切断された腕なんかもすぐであればくっつける事も出来るらしいのだが、命の危険が伴う致命傷を負った相手や切断されてかなり時間が経過した部位の修復は出来ない。
ぶっちゃけると、俺にはヒール丸薬があるのであまり必要ではない魔法だ。
必要はないが、魔法で傷を癒すって事には少なからず憧れを抱くが。
「このくらいで良いだろう。トマ、立てるか?」
「あぁ……わりぃな姐さん……もう大丈夫だ。おい、おめぇら! 」
傷の具合を確かめ男は立ち上がる。
見た感じまだ完全に傷が塞がったようには見えないが、それでも俺がつけた傷のほとんどが塞がっている。
ヒール丸薬に比べて回復に時間がかかっている。
けど、動けなくなるくらいぼこぼこにしたと思った相手をここまで回復させるとは……回復魔法も大したものだ。
「では――――」
「おう! 姐さん! 言いてえ事はわかってる。次は遅れをとらねぇ。 おい、おめぇら! こいつを取り囲め! 一気に片をつけるぞ!」
落ちていた武器を手にし男が叫ぶ。
その言葉に反応し、俺はいつ襲い掛かられても良いように周りを囲んでいる奴らを警戒しながら戦闘態勢へと移行する。
回復魔法という珍しいものが見たかったが為に黙って見ていたのだが失敗だったか。
さっさと終わらせよう。
女が無造作に鎖を手放し、鉄球部分が鈍い音を立て地面に落ちた。
彼女も戦闘に加わるのだろう。
実力はわからないが、こんな野蛮な連中から姐さんって呼ばれるくらいだ。相当腕がたつに違いない。
これは本気でやらないとまずいだろうな。
俺はラライーナと戦ったときのように創生魔法で多数の剣を創造する為イメージを固め剣を生み出そうとした。
しかし俺の剣が創造されるよりも先に予想もしていたなかった出来事が起こり、驚愕の表情を浮かべると同時に剣を創造するのを中断してしまう。
「ぐぼぁっ!」
先程回復した男が盛大に吹き飛ぶ。
まるでさっき俺と戦ったときの再現のようだ。
しかもそれをやったのは……男を回復していた女。
彼女が今度はモーニングスターで盛大にぶっ飛ばすというこの状況。
予想できる出来事の斜め上をいっている。
え……なんで? 仲間なんじゃないの?
いきなりの出来事にまったく思考が追いつかないんだが……。
もしかしてこの女は狂人か何かなのだろうか?
動揺する俺。そんな俺の内心などお構いなしに女が俺に近づいてくる。
そして俺の目の前まで来ると彼女は丁寧に頭を下げてきた。
「私の部下が失礼した」
「え、あ……はい」
まったく思考の回っていない俺の返事といえばこんな感じ。
仕方ないだろう! いくらなんでもこんな展開予想外だ。
見た目貴族風の女性。
手に持つはモーニングスター。
仲間のように振舞っていた男をぶっ飛ばす。
ぶっ飛ばした男には目もくれず、今現在俺に謝罪している。
女の行動がまったく読めない。
敵か味方だけでもはっきりして欲しいところなんだが……。
一応謝ってくれたって事は敵意はないのか?
いや、でも自分で回復しといて次の瞬間にはその相手をぶっ飛ばすような女だぞ?
次何してくるかわかったもんじゃない。
でも今のところこっちには危害を加えてない訳で……でもなぁ……。
まるで行動を読めない相手にどうすれば良いのかまったくわからない。
マジでどうすればいいんだこの状況?
「いきなり何をするんすか姐さん!」
状況が掴めず困惑していると、女を非難するような大声が聞こえてきた。
たった今ぶっ飛ばされた男がよろよろとこちらへとやってくる。
「何をするとは?」
「ぶっとばした事についてですよ。いきなりひどいっすよ!」
女が首をかしげると男が抗議の声をあげる。
そりゃあ仲間だと思っていた相手にいきなりぶっとばされたら当然文句の一つも出てくるのは当たり前だろう。
だが、女は悪びれた様子を一切見せずに逆に男への視線を鋭くする。
「私は武器を納めろと言ったはずだが?」
「いや……だって目の前に敵が……」
「武器を納めろと言ったはずだが?」
「いや……」
「言ったはずだが?」
女が眼光鋭く同じ言葉を繰り返す。
うわぁ……まるで射殺さんがばかりに男を睨みつけてるよ……。
あんな目で見られたら俺でも何も言えなくなりそうだ。
どうやら男も俺と同じ感情を抱いているようで、一切反論を許さない雰囲気を醸し出す女に反論や抗議の言葉を呑み込んでいた。
まぁあれじゃあ反論する事も出来ないのは仕方ないだろう。
男が何も言わなくなったのを確認し女が一つため息をつく。
「トマに関しては後で説教するとして……貴様ら、何を呆けている! すぐに城門を開け!」
城門を開けるように女が指示するとすぐにここにいる全員が行動を起こす。
トマと呼ばれた男だけが若干怯えたように肩を震わせてこの場を去って良く。
どうやらこの女の説教というものは余程恐ろしいものなのだろう。
そんな事よりもこの状況に俺はどう対処したら良いのだろうか?
女の雰囲気から察するに俺に危害を加える気はないようだが。
この街の状況が一切見えてこない。
盗賊のような連中が街を占拠でもされているのかと思ったら次に出てきた貴族のような身なりの女性に従順。
そんな女は手に持ったモーニングスターをわざわざ自分で回復した男にぶつけるような狂人。
……誰でも良いからこの状況について説明してはくれないだろうか。
「わざわざ来てもらったのにすまなかったな」
突然女が俺に謝ってくる。
え……わざわざ来てもらったって、つまりは俺達がなぜこの街に来たのか理解しているって事だよな。
「なぁ、あんたもしかして――――」
「イチヤ様!」
「イチヤさん」
女が何者なのかについて聞こうとしたが、最後まで言い終わる前に二人の女の子、リアネとレーシャに抱きつかれる。
どうやら城門が開けられたようだ。
だが、今の状況はまずい。
「二人とも、抱きついてくれるのは嬉しいが一旦離れて!」
その言葉と同時に、抱き着いていた二人を女から守るような位置取りをする。
確かにこちらに敵意を向けてはいないが、いつ牙をむいてくるかはわからない。
彼女の正体がわかるまでは決して油断してはいけない。
二人をかばう形を取りながら女を睨みつける。
「ククク……は~はっはっは!」
「え?」
俺を見ていた女がいきなり笑い出す。
その光景に俺は呆然とする。
なんでいきなり笑い出したんだ?
俺何かおかしな事をしただろうか?
「レーシャ。良い男に巡り合えたようだな」
「自慢の婚約者です」
「え? え?」
女が親しげにレーシャに話しかけ、いつの間にか俺の隣に立っていたレーシャも笑顔でそれに答える。
これはアレか。
「途中からなんとなくそうじゃないかと思っていたが、やはりあんたが」
「たぶんお察しの通りだ。自己紹介が遅くなってすまないな。私はフェリス公爵家長女、ユリーシャ・フェリスだ。この領地で代官を務める事になった。以後お見知りおきを、領主殿」
モーニングスターを持った物騒な女はまさかの公爵令嬢だった。