117話 道中にて2
「泣き出したっ!?」
急に声を大にして泣き出したゴブリンに俺は困惑する。
こちらとしては観察していただけなのだが……。
「ごしゅじんさま!」
「め~なの!」
「俺が悪いの!?」
困惑している俺に更に追い討ちをかけるようにピアとフィニがぷんぷんと怒っている。
ピアもフィニも真面目に怒っているのは伝わってくるが、どうにもその様子は微笑ましくなる。
さすがにそれを口に出して嫌われたくないので心の中に留めておくが。
それにしても……さて、どうしたものか?
手の届く距離には手で顔を覆い、子供のように泣きじゃくっているゴブリン。
泣かせたのはもちろん俺。
ゴブリンという事を考えなければ、第三者から見れば間違いなく俺は悪者である。
いや、泣かせたのが俺だというのは事実なので間違いなく悪者なのだが……。
「アル……これどうしたら良いんだ?」
困った俺はこの様子を眺めていたアルに助け舟を求める。
すると一つため息をついたアルが声を発する。
「どういたら良いもなにもゴブリン族は人語を理解できるからな。話せる奴は少ないけど言葉は通じる」
「そうか、言葉が通じるのか」
「あぁ、だから謝っとけ。さすがに”女の子”泣かしたんだから男が謝るのが筋だ」
「え、女の子!?」
「見りゃわかるだろうが……」
アルの発言に俺は驚きの声を上げる。
さも当然だといわんばかりにアルに呆れ顔をされる。
そんな顔されたってわからんもんはわからんよ!
まさか女の子だったとは……。
泣いているゴブリンを良く見てみると、確かに俺のイメージの中のゴブリンとは格好が微妙に違う。
俺のよく知るゴブリンは棍棒を持ち、上半身裸で下半身に腰蓑っぽいものをつけているだけだが、このゴブリンは原始時代の女性が見につけているような格好をしている。
言われてみれば確かに女の子だ。たぶん。
いや、服装以外では判断がつかないけども。
「アルはゴブリン族の男性と女性をどうやって判断してるんだ?」
「服装だ。あとあのゴブリンは普通のゴブリンより小柄だからどうみても子供だってわかる」
「じゃあ服装以外でどうやって判断するんだ?」
「……」
俺の問いにアルが無言になってしまった。
どうやらアルも服装以外では判断出来ないらしい。
とりあえず今は性別の事を気にしてても仕方ないか。
このゴブリンが人族だというならやらなきゃいけない事がある。
自分のやるべき事をやる為に俺はゴブリンに近づき膝立ちになりゴブリンと目線を合わせる。
「キィ……キィ……」
「怖がらせてごめんな」
「キィ……?」
泣きながらも俺を見るゴブリンに俺は頭を下げる。
種族はどうであれこの子は人だ。
まだ完全に受け入れられた訳じゃないが、このゴブリン族という種族を受け入れられた時、きっと謝れなかった事を後悔するだろう。
そんな風に後悔する未来を迎えるくらいだったら今謝った方が良い。
ゴブリン族の少女(?)に頭を下げ続ける。
どのくらいそうしていたのかはわからないが、しばらくすると恐々とした様子のゴブリンの手がゆっくりと俺に伸び、おずおずと服を引っ張る。
「キキィ……」
ゴブリンの少女のその行動に俺はゆっくりと頭を上げ、もう一度この少女の顔をみると、目に涙を溜めながらもまっすぐに俺を見据えていた。
「ごしゅじんさまよかったね」
「ごめんなさいしたからゆるしてくれるって~」
どうやらフィニとピアはこのゴブリンの言葉がわかるのか、嬉しそうに俺に教えてくれる。
「……そうか。許してくれるのか」
コクッ。
俺の呟きに涙目のゴブリンがゆっくりと首を縦に振る。
ピアとフィニが言ったように本当に許してもらえたようだ。
「ありがとうな」
「キイ」
礼を言いながら頭を撫でる。
体毛はないが、凄くツルツルしていて、触り心地が良い。
目の端に涙を溜めながらも俺に撫でられて少し嬉しそうだ。
撫でられるのが好きらしい。
こうして見るとゴブリン族って可愛いんだな。
あの醜悪なゴブリン種とは大違いだ。
俺はさっそくこの少女と前に倒したブラックゴブリンを同じものとして扱った事を反省した。
まさかこんなに愛嬌のある種族だとは思わなかった。
こんな可愛い少女に謝罪の言葉だけじゃ不誠実か。
そう思った俺は少女の頭から手をどける。
今まで撫でられていた嬉しそうだった少女が俺を見る。
そんな少女の目の前に手を置くと、掌を上向きにして創生魔法を使う。
「キッ!?」
「君に危害を加えるつもりはないから安心して」
俺の掌が急に光った事で驚く少女に安心させるように言葉と共に微笑みかける。
本当に俺の言葉がわかっているようで、一瞬驚いたものの怖がる事はなかった。
手の中にある光が徐々に収束していき形となって現れる。
掌の上には創生魔法で創った一つのバングルが出来上がった。
バングルは何の模様も刻まれていない物だが、これで良い。
「ピア、フィニ」
「はい!」
「ごしゅじんさま、なに~?」
俺はバングルがイメージ通りに出来た事に満足すると、二人を呼ぶ。
「二人はこの子の言葉がわかるんだよな?」
「うん」
「わかるよ」
「じゃあ通訳してくれるか?」
「「通訳?」」
「この子が何を話しているか教えてくれるか」
「はい!」
「わかった!」
二人にこの少女が何を話しているのか通訳してくれるように頼むと、二人が元気よく手を挙げ返事をする。
やっぱり二人は可愛いな。
緩みそうになった顔をどうにか引き締め少女に話しかける。
「自己紹介がまだだったね。俺はイチヤ=カブラギ、ホントにさっきはごめんな」
「キィーキィキィキィーキキ、キキーキキ、キィ」
「おにいさん、きにしないで~わたしもきにしてないから」
「それとわたしのなまえはリブ、だって」
この少女の名前はリブっていうのか。
結構可愛い名前だな。
名前がわかったところで俺は手に持っているバングルに物質変換を使い内側に彼女の名前を彫っていく。
次に模様だが、厨二時代……ゲフンッゲフンッ。
中学時代、とある理由ではまっていたシルバーアクセ収集の時に持っていた模様などを思い出しながら外側に模様を刻んでいく。
こんなもので良いかな?
バングルの出来を確かめる。
なかなか良い出来に仕上がった事に俺は満足した。
素人が作ったにしてはかなり上出来な物が出来たな。
これなら売り物としてもいけるんじゃないだろうかというくらいの出来栄えだ。
やはり魔法は凄いな。素人でもここまでの物が作れるんだから。
「リブちゃん。これはさっき怖がらせちゃったお詫びにあげるよ。気に入ってくれると良いんだけど……」
「キ?」
首をかしげるリブに俺は彼女の手を持つとその腕にバングルをはめて上げる。
目測で創ってみたのだが、サイズはぴったりで安心した。
リブちゃんはバングルがつけられた腕を天にかざし、キラキラとした目でそれを見る。
ひとしきりつけられたバングルを確認したリブちゃんが再び俺の方に視点を向け、抱きついてきた。
「キィ~キキ!」
「うおっと」
俺の腰に抱きついてきたリブちゃんがそのまま頬ずりをしてきた。
この態度から言葉がわからなくても何を思っているかはわかる。
どうやら凄く気に入ってくれたようだ。
泣かせちゃったお詫びになったようで本当に良かった。
「「リブちゃんいいなぁ」」
そんなリブちゃんの様子を見て、ピアとフィニが羨ましそうにしている。
二人を見ると視線はリブちゃんに作ってあげたバングルに釘付けだ。
「二人もバングルが欲しいのか?」
「うん!」
「すごくキラキラしててかわいいの~!」
本人達にその気はないのだろうが、二人に期待するような目で見られる。
まぁそこまで手間と言う訳でもないし良いか。
リブちゃんが抱きついている状態で、俺はすぐに創生魔法を使うと、リブちゃんに上げたバングルと同じ物を創り、物質変換でおそろいの物を仕上げた。
「はい、二人にもお揃いのだよ」
「ごしゅじんさま、いいの?」
「いいの~?」
「その為に創ったんだからぜひもらって」
「「ありがと~! ごしゅじんさまだいすきっ!」」
「うぉっ!?」
言ってみただけでまさか本当に創ってもらえるとは思ってなかった様子で、二人が俺に問いかけてくる。
俺は笑顔で二人にバングルを渡す。
すると二人もリブちゃんと同じように俺に抱きついてきた。
リブちゃんだけなら油断していてもどうにか受け止める事が出来たのだが、今はリブちゃんを抱きつかせたままの状態で二人まで抱きついてきた。
しかも思ったよりも勢いがあったので思わず尻もちをついてしまう。
正直ここまで喜ばれるとは思ってなかった。
でも自分の創った物がこんな風にして喜ばれると本当に嬉しい。
また創ってあげたいな。
それにこんな素直な子達が妹だったらなと切に思う。
いや、妹じゃなくてもこんな子達なら娘でもいいな。
だんだん思考がおかしな方向へと進んでいるがまぎれもない俺の本心だ。
そういや妹で思い出したが、あいつは今頃どうしているだろうか?
俺の事を心配……は絶対してないだろう……それは100%言える。
うちの妹は俺を汚物扱いだったからな……。
まぁ自分が招いた事だから仕方ないのだが、それでもせめて人間扱いくらいはして欲しかった……。
ホント今更言っても仕方ないんだけどね。
いかんいかん。もう世界が変わったんだから会う事もないだろう。
忘れよう。
三人の頭を撫でながらそんな事を思う。
幼女三人(リブの年齢はわからないが)を微笑ましい気持ちで順繰りに撫でながら、しばらくの間三人に抱きつかれていた。
抱きつかれている間、何度父性が芽生えそうになった事か。
――――これでもまだ15……もうすぐ16歳の小僧なんですがね。
可愛すぎだろこの子達……ちくせう。