11話 交渉2
11時くらいを予定していたのですが、かなり遅れてしまいました。楽しんでいただけたら幸いです
★★
「つまらん……」
城の前で数百人を率いているドルガ・ダルゼンは不貞腐れた顔を隠しもせずそう告げる。彼は生粋の戦士で戦場で戦う事を何よりも望んでいるが今回の戦争では開戦直後しか戦っていない。その事に不満があるようだ。
「と、言われましてもねぇ……あなたは総指揮を任されているのですから指揮官にはしっかり構えててもらいませんと」
そう言っているのはこの戦争で副官を任されているチェイ・アカロフ。羊人族の男で身体中をもこもこした白い毛で覆われている。目元も隠れて表情は見えないが、ドルガの言葉に困った様子が窺える。
「わかってはいるんだがな。様々な戦で武勲をたて、どんどん偉くなっていくというのも困りものだな」
聞く人が聞けば嫌味になるかもしれないが、彼はこの事を本気で残念がっている。
「今回の戦は人族屈指の精鋭が集う帝国ではなくラズブリッダです。私が若い者に経験を積ませましょうと進言したところ納得して頂いたではありませんか」
「わかっているわかっている」
チェイの小言をドルガが適当に相槌を打ちながら聞き流す。その態度に対して彼はため息をつき、話を変える。
「この国の騎士や兵などはおそらく相手にならないでしょう。懸念材料を挙げるとするならラズブリッタで召還された勇者でしょうか」
「勇者か。帝国で召還された勇者は厄介であった」
ドルガは自分の左肩に右手を添えると十数年前の勇者と対峙した時の事を思い出していた。
当時部隊長だった彼は魔法を使えない獣人族であったにも関わらず、勇者との激闘の末、撤退させるに至った。
「中に入っていった者達は大丈夫でしょうか?」
「なんならワシが直接行って相手をしてこよう」
「先程から駄目だと言っているではありませんか」
「冗談だ。まぁ心配はいらんだろ。勇者共と対峙しているのはワシが直接鍛え上げた者達。精鋭の若者達だ。それに我が息子もおる。早々に遅れは取らんだろう」
ドルガの息子であるゴルドは獣人連合の中でも若い連中の中では五本の指に入る実力者である。この時のドルガは息子が負ける事など絶対にないという確信を持っていた。
「ご報告します。後詰の師団と共に城下の制圧がもうすぐ完了するとの事です」
一人の若者がドルガに報告する。城下町の方は2000近くの兵で制圧している。散り散りになった騎士団を捕縛、もしくは殺し無抵抗の男達、女子供は奴隷にする為捕まえている。一人も逃がさないよう隈なく探している為時間がかかったが、それがもうすぐ完了するとの事だ。
「ご苦労。下がってよいぞ」
「はっ」
そう言うと報告に来た男はすぐさま下がり持ち場に戻っていった。
男が去った後ゴルドがため息を付き天を見上げる。
「それにしても少しばかり遅いのではないか。ゴルドの奴は一体何をしておる。よもや遊んでいるのではなかろうな」
ゴルドが城内に入ってかれこれ2時間近くが経とうとしている。ゴルドの実力ならもう中を制圧出来ていてもおかしくないのだが一向に出てくる気配がない。
「やはりワシが……」
「駄目だって言ってんでしょう!」
とうとう我慢の限界を超えたチェイが敬語を使わず、上官でもあるドルガに切れる。本来ならチェイのその態度は罰せらるのだがドルガの自業自得なのと彼の性格のおかげでお咎めはない。
チェイがさきほどよりも苛烈な説教が始め、いつものように聞き流していると、ふいに王城の入り口が開いた。ようやく戻ってきたかと扉を見ていると先陣を切って中から出て来たのは二人の男。
「なっ」
ドルガは驚き固まる。
彼等の後ろには幾重にも縄で縛られ引きずられるように歩いて来ているゴルド達の姿があった。
★★
玉座の間を出て二階から上で縛り上げた獣人を回収。自分達だけでは目が届かなそうだったので一度戻り王様に騎士を数人借りた。その後捕らえている獣人族を引き連れ一階に降りるとまだ結構な数の獣人達がいたので捕らえている獣人はアルと騎士に任せ俺は先程のようにしびれ針で獣人達を昏倒させる。その後他の獣人達と同じように縛り上げる。
しびれ針がしばらくは利いているので厳重に縛って後で回収しよう。
自分の計画性のなさも相まって結構な時間をかけてしまった
詳しい時間はわからないが大体二時間弱くらいか?
だがようやく入り口の扉が見えた。城門がある為、普段は開け放たれているが俺達を逃がさないための配慮だろうか?
俺が重い扉を開けるとそこには数え切れないくらいの獣人達がいた。そんな彼等がこちらを見て驚いている。特に驚いているのは獣人達の先頭に陣取っているゴルドに良く似た容姿をしているおっさんだ。
まぁ驚くのも当然だろう。俺達の後ろにもたくさんの獣人達がいてその全員が縛られて連れてこられているのだから。
向こうの人数が想像以上に多かったのだが、俺のやる事は決まっている。
「そちらの指揮官と話がしたい!」
俺が声を張り上げ辺り一帯に聞こえる声を発すると、先頭にいたおっさんが一歩前に出てきた。
「ワシがこの軍の指揮を任されているドルガ・ダルゼンだ。して、ヌシよ、話とはなんだ?」
「あんたらと戦争の交渉がしたいと思ってな」
「はっ」
ドルガに鼻で笑われる。まぁ当然の反応だ。向こうの戦力はこちらの数十倍、この状況下で戦争を止めるなんて選択肢は向こうにはないだろう。
「今までワシ等が人族にどれだけ辛酸を舐めさせられてきたと思っておる。ヌシ等の全面降伏以外にこの戦争を終わらせる道はない。その場合はこの国の全ての人族にはワシ等の奴隷になってもらうがな」
「こちらが捕縛している獣人族はどうなってもかまわないと?」
そう言って俺はゴルドを前に出した。
「父上すみません……」
ゴルドは申し訳なさそうに辛そうな顔をしながらドルガに謝っている。やはり親子のようだ。息子が縛られているにも関わらずドルガの方は平然としている。いや、若干ゴルドに対しての怒りが垣間見える。
「ラズブリッダ如き弱小国の戦士に負けるだけでなく、誇り高き牛人族の戦士であるお前が人族などの捕虜に成り下がるとは、なんたるザマだ!」
ドルガの怒声にゴルドはうつむき何も言わない。甘んじてドルガの罵倒を受け入れている。言いたい事は済んだとばかりにこちらに向き直る。
「思惑が外れたようで悪いがゴルド等は交渉材料にはなりえん。これで交渉材料はなくなったと思うが、他に交渉出来るものでもあるのか?なければこちらはもう話す事などないのだがな」
息子が交渉材料にならないとか非情だがさすがは軍の総指揮官を任されているだけの事はある
それにしてもゴルド達の交渉で譲歩してもらいつつ撤退させるって流れだったんだがいきなり頓挫した!
……少し視点を変えて切り込んでみるか
駄目だったら力という名の正義によって解決で良いよね
そんな自分の心情を顔に出さないように努めて俺は話し出す。
「本当にこいつらは交渉材料にはなり得ないか?」
「少年よ、まだまだ青い。先程も言ったとおり交渉材料にはなりえんな。ワシはこの戦争の総指揮を任されておる。息子可愛さに私情を挟むなどあってはならんのだよ」
「ふむ……では”息子”ではなく”戦力”としての交渉材料として見たらどうだ?」
「……どういう意味だ?」
ドルガは言っている意味がわからないようで訝しむ。俺はわかりやすく、ゴルド達に価値があると示すように話をする。
「俺達が捕まえたこの数十人分の戦力が無傷で返ってくる。どうせお前達は戦う力のない男や女子供を奴隷として捕まえる事は出来たが戦力として奴隷に出来た人間はいないんだろ?」
「ヌシの言うとおり、町で抵抗していた人族の者はほとんど殺してしまったみたいなのでな」
その言葉に後ろの騎士達の顔が悲痛に歪んでいるが今はこちらに集中だ。でなければ今以上に大きな被害が出るだろう。
「今は殺した事はどうでもいい。話を戻すが、お前等が本当に必要なのは奴隷ではなく次の戦争の為の戦力。つまり帝国に仕掛ける為の戦力ではないのか?」
「ほぅ……それで?」
ドルガが感心したように息を吐くと、俺の話に興味を持ったのか先を促す。
先程この国を弱小国と言っていたのでカマをかけてみたのだが、どうやら良い方向に働いてくれたようだ。
「それで先程の話に戻る。こちらの交渉材料はその戦力だ。今のところ一人も殺してないので、そちらの戦力は減っていない。それを返す。反抗的で弱い奴隷を扱うよりも自分達が鍛え上げた獣人の方が戦力になると思う。価値としてはそれで十分だとあると思うが?」
「尤もだ。して交渉と言うからにはこちらにも要求があるという事だな?」
ようやく本題に入ることが出来、内心で安堵する。
正直ポーカーフェイスとか苦手です
「こちらの要求は二つ、今回捕まえた奴隷の解放とあんた等の即時撤退だ」
俺の言葉を聞いたゴルドを含む獣人達が一斉に笑い出す。
嫌な笑みを浮かべ俺を嘲笑う。
その様子に段々腹が立ってきた
「フハハッ!いやぁ、本当に青いな。退屈していたので、ヌシの話に乗ってみたのだが良い余興であったよ」
「余興……だと!」
「あぁ、余興だよ、若いの。戦力が拮抗している場合はその交渉も有効であったかもしれぬが、こちらとの戦力差を考えればわかるであろう。ヌシ等をすぐさま殺し捕らわれている者達を開放すれば良い。そんな事もわからなかったか?」
「そんな上手くいくと思うなよ……」
「虚勢を張るだけなら誰にでもできよう。ヌシのようないかにも戦闘経験のなさそうな者が何かできると思っておるのか?」
ドルガの物言いにかなり腹が立っていたが、深呼吸してドルガに満面の笑みを浮かべてやった。その表情を見たドルガが気でも狂ったかというように見ている。が次の瞬間目の色が変わる。
俺の体から黒い気のようなものがあふれ出す。それが何なのかなど俺は気にせず、さっき三本ほど精製しておいた”ある物”を状況を理解せず俺を指さし笑っている者の口に向け投擲した。
本当は万が一の時にと脅しとして精製しておいた物なのだがもうどうでもいい
自然な動作で投げた三本の”ある物”は狙い違わず相手の口元へ電光石火の如く向かっていくと直撃した瞬間に何かが破裂するような音がして、相手の頭が弾け斜線上にいた他の獣人達の頭まで吹き飛ばし、壁に突き刺さるとようやく止まった。
場が一瞬にして静まり返る。俺があまりに自然な動作で放った為、思考が追いついていないようだ。その中で一番早く我を取り戻したのはやはりドルガだった。彼は驚きの表情を浮かべながらもどうにか言葉を発する事ができたようだ。
「ヌシ……何をした?」
「特別な事は何もしていませんよ?ただ人の事を嘲っていた奴等に”これ”を投げつけてやっただけですが」
そう言って先程投げた物を精製してドルガに見せ付けるように手首を振る。たぶん見てもわからないだろう。俺が投げたある物とは棒手裏剣だった。
まだ獣人達が混乱している中ドルガは徐々に冷静さを取り戻すと油断なくこちらを睨みつけてくる。先程まで人を舐めていた姿はもうどこにもない。
「ヌシ……勇者か」
低く憎しみのこもった声音で聞いてくる。
「いや……確かに異世界召還されたにはされたが俺は牢屋暮らしの罪人だ。勇者じゃねぇしなる気もない」
「嘘をつくな。罪人がこんなところでワシ等と交渉など出来ようはずがない」
「そんなどうでもいいところで嘘なんてつくかよ、これはここにいるアルや騎士どもなら知っている周知の事実だ」
「そういう事にしておいてやる。それよりも交渉の場でワシ等の仲間を殺したんだ。卑怯だとは思わんのか?」
その言葉に俺は静かに憤激する。
「交渉……ねぇ。さっきの様子から見てお前等最初から交渉なんてやってなかったじゃねぇか」
どの口でそんな事言ってやがる
「……まぁ良い。では交渉は決裂という事でよいな?」
俺は何も答えない。俺達の話し合いが終わったと判断するとまだ動揺が抜けない中それでも武器を構える獣人達。
それをドルガは手で制する。
「待て。お前達は手を出すな。罪人とは言っているが奴は紛れもなく勇者と同等の力を持っている。ワシが相手をする」
そう言うと、ドルガは二メートル近くある斧を軽々と持ちこちらに向けて構えた。
俺は我慢の限界だった
無言で剣を精製し片手で持つ。
俺の体からはさっきよりも黒い気が発せられている。
「行くぞ!」
ドルガは俺の不気味な気配を感じてはいたが自分を鼓舞し、俺が剣を持ったことで戦闘の意思とみなしたドルガが突撃してくる。
勝負は一瞬で終わった。突撃していたドルガの視界から一瞬でイチヤの姿が消え、腹部に鈍い痛みが走ると腰を曲げ吐瀉物と血を吐き出した。イチヤはそれだけに留まらず空いている方の手で斧に触れると物質変換で液状に変え彼の攻撃手段を奪った後、膝を屈めたドルガにかかと落としを決めた。あまりに速すぎた為周りから見たら一瞬の出来事のように移っただろう。
「さて、先程の交渉の続きをしようか」
周りの者が皆訳もわからず呆然としている中、俺は頭を掴み上げ持っている剣の刃先をドルガの首元に触れさせるとドスの効いた声でドルガへと話しかけた。
「交渉は決裂しただろう……」
普通なら死ぬするような俺の攻撃を、苦しそうにしながらもはっきりした意識で俺へと応対する。牛人族が頑強なのかこの男が特別なのかはわからないが身体能力だけなら尊敬に値する。
「俺は返事をしていない。それでどうするんだ?」
「無論そんな提案を受ける訳がなかろう」
「じゃあ死ね」
俺はドルガの喉元に突きつけた剣を動かそうとする。少しずつ肉が食い込んで血がにじむ。そして一気に首を落とそうかという瞬間
「ま、待ってください!」
その一言に俺は動きを止める。俺に静止の声をかけて来たのは羊っぽい容姿の獣人族だった。
「なんだ?総指揮官と話は終わったんだが、たった今交渉は決裂した」
「そこを何とか待っていただきたい。ヌシ殿の提案お受けいたします」
「お前にその権限があるのか?」
「一応私はこの軍の副官ですので」
副官の権限として緊急の場合は指揮官と同じ権限を行使できると説明される。
「チェイ!貴様、何を言っている!がはっ……がはっ……」
ドルガは吐血し俺に頭を捕まれながらも激昂してチェイと呼ばれた男に食って掛かる。チェイはドルガに向き直り意思のこもった瞳で話す。
「あなたがいくら拒んだところで私の意志は変わりません。今あなたを失うという事は獣人連合の今後にも大きく響くでしょう。それに今であれば彼は”交渉”で済ませてくれる。誇り高いあなたにこのような決断を強いている事は大変心苦しく感じています。ですが――――」
「しかし……」
指揮官と副官が言い争っている。というよりもドルガが渋っているようだ。彼は生粋の戦士。戦場で死ぬ事に対して、当の昔に覚悟は決まっている。その意思を曲げて欲しいとチェイは言っている。
いつまでも決めかねている二人のやりとりに苛立ってきた。
「時間稼ぎか知らんが、もうめんどうだ。人を嘲笑ってたてめぇら全員ぶちころ――――」
俺が話している途中で凄い衝撃が俺の後頭部を襲う。俺は吹き飛び三回ほどバウンドした。全身に凄い痛みが走る。
なぜだか回復が遅いように感じるな
そんな事を考えながら俺を吹き飛ばした犯人を恨めしい表情で睨む。俺にそんな事をする奴はこの世界では一人しかいない。アルは俺の視線を無視して涼しい顔をしていた。そのアルがチェイへと向き直る。
「すまんな。あいつ頭に血が昇ると見境なくなっちまうんだ。一応気をつけるようには言ってるんだが、なかなか治らなくてなぁ……」
「はぁ……」
いきなりそんな事を言われ困惑しているチェイにアルは話を続ける。
「一応あいつに交渉を任せたんだが、こういうのって冷静に話し合わないといけないと思うんだが、どう思う?」
「私もそう思います」
「だよな。でだ!指揮官さんもうちの奴も今は冷静じゃないんでこちらでさっさと決めた方が良いと俺は思う」
俺の交渉を見かねたアルがどうやら引き継いでくれるようだ。
まくし立てるように話を進めている。
チェイの方もドルガに何か言われる前にと先程の交渉内容で問題ないとしている。
アルが若干焦っているように見えるのは気のせいだろう?
そんな事を二人のやりとりを見て考えているとやはりドルガが動いた。俺が吹き飛ばされ拘束がとけている。だが足に力が入らないのが立てずにいる。それでも気丈にアルを睨みつけると
「ワシ等に尻尾を巻いて逃げろと、生き恥を晒せと申すか若いの」
「そういうわけじゃねぇけど、昼までにはこの事態を片付けたいんだ」
「ふざけているのか!」
その一言にドルガが激昂するが、アルは別の事に意識がいっているのか気にしていない様子だ。
「という訳でチェイだったか。それで頼む」
やはりいつものアルとは様子が違う。気になった俺がアルに話しかけようとすると城下町の方からもの凄い爆音が響き渡ってくる。
「なんだっ?!」
俺が驚いていると、ドルガがアルから視線をはずし俺の事を睨みつける。
「貴様っ!何をした!!」
「知らねぇよ!お前等がやったんじゃないのか?」
俺に遠距離であんな爆音がするような攻撃が出来るはずがない。だがドルガの様子からして彼等でもないようだ。
俺とドルガが睨みあっていると、アルが俺達二人の間に入り頭をぼりぼりと掻いてきまずそうな顔で告げる。
「さっきの爆発なんだが、原因に心当たりがある」
そう宣言するアルに人族獣人問わず一斉に視線を送った。
そんなアルは苦虫を噛み潰したような顔をして大量の汗を流しながら原因について話してくれた。
「すまん……たぶんありゃうちのかみさんだ……」
俺を含めた全員が何を言われたのか理解出来なかった。
いつも読んでくれてる方、ブックマークしていただいた方に感謝です。
やはりというかなんというか二分割しなかったら一万字超えちゃってて私が読みにくかったので正解でしたw