112話 告白、そして……
――――なんで。
「イチヤさん?」
――――どうして。
「イチヤさん」
――――こうなったっ!?
確か俺は明日出発する為の挨拶に来ただけのはずだった。
なのになんでどうして今、レーシャから愛の告白を受けているんだ?
しかもこの場で。
雰囲気も何もあったもんじゃない。
レーシャにしてみれば両親である王様や王妃様、弟であるルース王子の前でいきなりの告白だ。
そんな場で王族であるレーシャが一体どうしてなぜなぜなぜ?
だめだ。思考が廻らない。
まるで現実感が沸かないのだ。
あ、そうか、これは夢か!
夢なら仕方ないな!
まさかこんなにはっきりと意識があるとは……これが明晰夢というやつか。
いや~、こんなに情景がリアルだから最初は夢だと気付かなかったよ。
明晰夢って凄いね!
「イチヤさんっ!」
「ひゃいっ!?」
いきなり耳元で盛大に名前を呼ばれ、マヌケな返事をしてしまう。
耳元で俺の名前を呼んだのはレーシャだ。
自分の思考に浸っていた俺が気付くと、いつの間にやってきていたのか、すぐ傍にレーシャが立って俺を見つめていたのだ。
「大丈夫ですか?」
レーシャがそう言って心配そうに俺の頬に手を添える。
「え、大丈夫って何が? 俺、どうかしてた?」
「はい。何度も名前を呼んだのですが、返事がなく、どこか上の空に感じました」
どうやら自分の思考に没頭していたようで、レーシャの呼びかけに反応できなかったようだ。
心配そうに俺の顔を見ているレーシャ。
うん。かなりリアルな反応だ。
とても夢だとは思えないよ。
「夢って凄いな……」
「え?」
「いや~、だって玉座の間でいきなりレーシャから告白されるなんて普通ありえないでしょ? そう考えるとこれは俺が見ている夢じゃないかと。それにしてもまさかレーシャから告白される夢を見るなんて、気付かなかったけど、俺の深層心理にレーシャから告白されたいって願望でもあったのかね。あはは」
そう言って俺は頭に手を沿え笑う。
こんな夢を見るって事はそういう事なんだろう。
自分でも気付かないうちにレーシャに恋愛的な好意を持っていたとは自分でも驚きだ。
おどけたように笑う俺。
それに反してレーシャは心配そうな表情を消した。
あれ? どうしたんだろう。
不思議に思ってレーシャの顔に自分の顔を近づける。
すると……。
ムギュ~~~!
「いひゃい! いひゃい!」
いきなりレーシャに両頬をひっぱられる。
徐々に強くひっぱられ、痛みで目尻に涙が浮かんできた。
なんで俺こんな目にあってるの!?
そんな感情と共にレーシャに抗議の視線を向けると……ゾクッと背筋に怖気が走った。
レーシャの表情には笑みが浮かんでいた。
だが……目が笑っていない。
あ、これヤバイやつだわ……。
そう自分でも理解したのだが、もう後の祭りだった。
「痛いですか? ねぇ、イチヤさん、痛いですか?」
「いひゃいです……」
「じゃあこれが夢じゃないって理解出来ましたよね……」
「ひゃい……」
レーシャは貼り付けた笑みを浮かべた状態で、まだ俺の頬をひっぱっている。
しかもつねっている力が強くなり、指先がぷるぷる震えている。
肩もわなわなしている様子から俺は嫌な予感を覚えた。
そんなレーシャが語り出す。
「告白なんて私初めてだったんですよ。王族ですから政略結婚も仕方ないと、思ってました」
つねっていた力が若干弱まる。
「それでも恋というものに憧れを抱いた事は数え切れないほどあります。もちろん立場というものがあるので、心の中にとどめてはいましたが……それでも今もその憧れはあります」
再び両手で俺の頬に触れるレーシャ。
「イチヤさんも知っていると思いますが、私は帝国の現皇帝が王子時代に婚約をしていました。向こうに一方的に破棄されましたが……」
話していくうちにだんだんと目が虚ろな感じになり、背後からどす黒いオーラのようなモノが見えるようだ。
「まぁ婚約破棄された件については今更ですし、正直ホッとしています。昔の王子時代の彼でしたら結婚してから愛を育む事も出来たでしょうけど、ああなってしまった皇帝となって変わってしまった彼とは決して上手くいかなかったでしょうから」
レーシャの話を聞きながらも俺は視線を王様に向ける。
助けてください! という意思を込めて。
「婚約破棄と同時期くらいに今まで密に連絡をとっていた帝国との連絡があまり取れなくなりました。こちらから使者を送らなければ、向こうとは連絡が取れなくなるくらいに」
王様は俺の視線に気付き、ゆっくりと首を左右に振る。
まるで医者がもう手遅れですと言うかのような感じで残念そうに。
おいあんた! 王様だろう!? 父親だろう! この状況どうにかしてよ、ほんとにっ!
「そんな時、勇者召喚を試みる議題が持ち上がり、そこで出会ったんです……、イチヤさんに」
途端にレーシャが熱を帯びた表情へと変わる。
虚ろな目に頬が高潮したように赤くなっている様はとても怖い。
「最初にイチヤさんに会った時はステータスが高いだけのやる気のない。人の事などなんとも思ってない面倒な人だと思いました」
うん。レーシャが最初に持った印象は当たっていると思うよ。
最初にここに召喚された時は自分でもそういう奴だと思っていたし。
「ですが、獣人族の襲撃を受け、私達がピンチの時に颯爽と現れ、獣人族の方々を追い払った時に私は心が震えました。この人こそ私達の勇者……イチヤさんはそう呼ばれるのはお嫌いでしたね。言い直しましょう。この人こそ私達の英雄なのだと! 私はこの人の事を深く知りたいとそう思うようになりました」
そういえばあの出来事があってからレーシャはよく俺のところに来るようになったな。
てっきり、俺の謝罪で少しは関係を緩和できたんだとばかり思ってたんだが、どうやらそれ以上の感情が芽生えていたようだ。
そうか……あれで……。
「それからもイチヤさんと接していくうちにその感情は強くなっていきました。あなたに会いたいという感情も日に日に強くなっていく自分にも気付き、自分でもどうしていいかわからなくなり、いつも側にいられるリアネさんに嫉妬する自分に嫌悪感に苛まれたりもしました」
あぁ……何度かリアネと張り合っていたのはそういう理由か。
「先程も言いましたが、王女という立場上、このような振る舞いは許されない事も知っています。なのでここまでなら、私もどうにか気持ちを抑え込んで別の婚約が舞い込んだ時にその人へと嫁ぐ覚悟が出来ていた事でしょう。でも……イチヤさんは私の気持ちを後戻り出来ないようにしてしまいました。無自覚に」
「……俺何かしたっけ?」
「はぁ……やっぱり無自覚でしたか……」
なんかレーシャにため息をつかれてしまった。
え、俺何かしたっけ?
まったく身に覚えないんですが……そんな真剣な顔でため息をつかれると不安になるんですが……。
俺の動揺をよそにレーシャが続ける。
「あの後、私の目標を聞いたイチヤさんは協力してくれると言ってくれました。普通、あんな事を言えば大抵の人間は苦笑するか、哀れむように私を見てました。これは子供の頃に経験した事なので間違いないです。そんな私の目標をイチヤさんは真剣に聞いてくれました」
目標とは人間族同士だけではなく他種族とも友好を深めていきたいと言った事だろう。
そりゃあ俺はこの世界の人間ではないから他種族に偏見はない。
むしろ他の種族とも仲良くやってくれた方が俺にとっても良い事だと思っている。
その方が気持ちよく過ごせるだろうし、王族であるレーシャにそういった密かな目標があるなら協力したいと思った。
世界は変われど、争いは起きる。
どんな理由であれ人間というものは争いを起こす。
俺の世界では宗教についてだったり、領地拡大だったり、肌の色が違うだけでも争いが起きていた。
人種差別について、この世界では更にその事が顕著に出ている。
なにせ、獣耳や尻尾、耳の長さ、魔力の高さや角など、明確に種族が分けられる特徴があるからだ。
そんな中でも、仲良くなろうとしている人間がいる。
少なくともレーシャ……いやラズブリッタの王族はそう思っている。
だからこそ俺は協力しようと思っただけなのだが。
もちろんそれで完全に争いがなくなるなんて思ってるわけじゃない。
それくらいの事は俺でも理解している。
でもそれで少しでもレーシャ達と一緒に頑張れば、もう少し世界は住みやすくなるだろう。
どんな種族でも俺は虐げられてるのを見ると嫌な気分になる。
だからレーシャの目標は自分の為でもあるのだ。
そう思ってレーシャの目標に真剣に耳を貸し、協力すると言ったのだが、それで更にレーシャの好意が加速したのか。
「その上イチヤさんは有言実行と言わんばかりに、獣神決闘で勝利し、獣人族と同盟を汲めるようにしてくれた。お母様の不治の病まで治療してくれた。返せないくらいの恩を頂きました。私一人の身では返せない事は理解していますが、私の好意と共にもらっていただこうと思いこうして陛下や皆のいる前で告白したというのに……」
レーシャが俯き肩からぷるぷると震えている。
だ……大丈夫だろうか?
と思った次の瞬間、キッと俺を睨みつけ、頬を掴むレーシャは先程のように親指と人差し指でつまむような生易しいものではなく手でガシッと掴むように俺の頬を握った。
”つまむ”ではなく”握られた”のだ。しかもかなりの力を入れて……その上、上下左右に振られる。
「それをあなたは! あなたという人はぁ!」
「いだゃいいだゃいいだゃい! レーヒャはんいだいでふ! ごめんなひゃい! ごめんなひゃい! ごめんなひゃいっ!」
「よりにもよって夢? 一世一代の女の子からの告白を夢? 乙女の純情をなんだと思ってるんですかっ!」
「ごめんなひゃい! マジで謝るきゃら! お願いだきゃら!」
やばい。結構力が強くてマジで痛い! 目から涙も出てきたよ!
王様、助けて! 自分の娘でしょ!? 早く止めてくれ!
懇願の表情でもう一度、王様へと視線を向ける。
しかし王様は……。
おいっ! いつまで首振ってんだよっ!?
あんたくらいしかこの状況を打破できる人はいないんだからさっさと助けてくれよ!
ねぇ……お願いします。
もう誰でも良いのでマジで助けてください……。
そう思いながらレーシャの仕打ちに耐えていると玉座の間に凛とした声が響き渡る。
「レイシア、もうその辺で良いでしょう? それ以上はイチヤさんに嫌われてしまいますよ」
「お母様……」
王妃様の声にレーシャが俺の頬から手を放す。
良かった……助かった。
「ありがとうございます。王妃様、おかげで助かりました」
「いえ、娘の事ですからこのくらいは」
頬をさすりながら王妃様にお礼を告げるとそう返ってくる。
おい王様、少しは王妃様を見習ってくれ。
二度も助けてくれるように見たのに、首振るだけってどういう事よ?
思わず王様へとジト目を向けるが、王様はこちらへと視線を合わせないようにしている。
この野郎……。
王様の態度に文句の一つでも言ってやろうか? そんな風に思っていると、王妃様が少し厳しい目を俺に向けていたので、反射的に姿勢を正して王妃様に戻した。
俺の態度が聞く姿勢になった事を確認した王妃様が口を開く。
「一応レイシアの態度も度が過ぎていたので窘めましたが、イチヤさん。レイシアが怒るのも無理ありませんよ。女の子が勇気を振り絞って告白したのに意味不明な言動でごまかすのは感心しませんよ」
「……すいません。……レーシャもごめん」
「いえ、私も少し熱くなってしまい申し訳ありません……」
俺は王妃様に謝罪した後にレーシャにも謝った。
確かに現実味がなかったとはいえ、告白してくれた女の子にあの態度はないな。
しっかりと二人に謝罪した事で二人の表情が和らぐ。
どうやら許してもらえたようだ。
本当に良かった……。
二人の態度を見て、心の中で安堵のため息を吐く俺。
そんな俺に王妃様が再び言葉を続ける。
「それで、イチヤさん。娘が勇気を振り絞って告白した訳ですが、この場で返事をお聞かせ願えますか?」
「えっと……後でじっくりと考えて答えを出すという訳には?」
「私もレイシアの母親で娘の行く末というものが気になるのですよ、出来れば”今”答えをお聞かせ願えると嬉しいですね」
”今”という部分を強調する王妃様。
これは是が非でも聞き出そうとしている。
だって目は微笑んでいるけど、威圧感が半端ない。
これが母親の威厳というものか……違うか。
さて、どう答えたものか。
召喚当初だったら即断っていた。
いくら美人だからといってもいきなり見知らぬ少女をあてがわれたら警戒する。
しかし今はレーシャの人となりも知っているわけで。
でもいくつか気になる点があるんだよな。
「あの、いくつか質問しても良いでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「ではお言葉に甘えて……レーシャは王族です。そんな彼女を俺のような一般人と関係を持つというのはまずいんじゃないですか? いくら皇帝との縁談が破談を迎えたとはいえ、レーシャは美人ですし、国の貴族が放っておかないのでは?」
ここで俺がもしレーシャと付き合ってその事をよく思わない貴族が出た場合面倒だ。
度を超える嫌がらせを受けた場合、思わずその貴族を潰してしまう可能性が高い。
たぶん間違いなくそうするだろう。
そしてそうなった場合、王様達にも迷惑がかかる。それは本当に申し訳ない。
「なるほど、他の貴族がどう思っているか気になるのですね。それでしたら大丈夫ですよ。ねぇ、陛下」
「ん? おぉ! 問題ないぞ。イチヤ殿がこの国を救った英雄だという事は国中に広がっておる。そのような相手を敵に回した場合、どのような扱いを受けるかは貴族達もわかっておる。それに王家もイチヤ殿の後ろ盾になるので安心して欲しい」
半分空気と化していた王様が王妃様に話を振られて慌てて答える。
王様……あんたそれで大丈夫なのか?
「でも俺は勇者召喚で呼ばれたとはいえ一般人。俺も自分を勇者ではないと思っているので、英雄と呼ばれてはいますが、立場は平民とかわりません。」
「立場を気にする事事態間違いじゃ。英雄であるイチヤ殿が立場を気にするというのであればいつでも叙勲しよう。そもそも領地を任せる際に貴族位を渡す予定だった。何も問題はない。他に何か気になる事はあるか?」
「後は……もし元の世界への帰還方法が見つかり、俺が帰るという決断をした場合。レーシャと別れる事になります。それだったら最初から付き合わない方が良いと思うのですが……」
「もし召還方法がみつかった場合、イチヤ殿が帰る可能性というのはどのくらいだ?」
帰還方法がわかったとして、俺の帰る可能性か……。
俺は割とこの世界での生活は気にいっている。
この世界で友人と呼べるような人達にも出会った。
そう考えると俺の帰る可能性は……。
「……2割くらい……ですかね」
よく考えた結果出てきた答えはそのくらいだった。
元の世界と比べ生活水準は確かに向こうの方が良いだろう。
だけど獣人族の襲撃があった後で、こっちはこっちでなるべく不都合が出ないように配慮してくれている。
人間関係も良好だ。
少なくとも学校に行かないで、家族に蔑んだ目で見られる事もないしな。
帰りたい2割というのはぶっちゃけネトゲが出来ない不満だけだ。
それもネットから離れてしばらく経つので、そこまで重要視していない。
こっちへ来た当初はネトゲをやりたくて仕方なかったんだがね。
「では問題はあるまい。少しの可能性があるとはいえ、気にしていては何も出来ないからな」
「確かにそうなのですが……ホントに良いんですか?」
「わしは問題はない。レイシアはどうだ? もしイチヤ殿が帰る場合、また婚約者を探すという事になるが?」
「構いません。それにイチヤさんが帰ると決めたのなら、私も着いて行くくらいの決意はしています」
おいおい……そんな簡単に着いて行くなんて言って良いのか?
異世界だぞ……。
しかも帰る方法も見つかってないうちからそれで良いんだろうか。
「と、いう訳だ。レイシアの決意も固い。他に気になる事は?」
「いえ……」
細々としたものならいくつもあるが、大きなものは今いった通りだ。
そのどれもが王様達には意にも介さないらしい。
さて、レーシャからの告白、どう返事したものか。
6月1日 誤字報告があり修正しました。ご報告ありがとうございました。