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109話 王様の頼み事6

 その女性の息は荒く、うなされるように眠っていた。

 目の下には隈が色濃く出来ていて、おそらく寝たとしても快眠とは程遠い状態なのだろう。

 髪の艶が失われボサボサ、それにまるで何日も満足な食事が摂れていないかのように皮と骨しかないんじゃないかという状態に見える。


 ……まるで全ての肉をそぎ落としたとしか思えないくらいに痩せ細っている。

 年齢についてはよくわからないが、まるで老婆のようだ。



「あの王様……この方は誰なんですか?」


「我が妻……この国の王妃であるメルダじゃ……」



 俺はこの人が王妃であるのは確信していたが、王様に尋ねた。

 まぁ王様の自室でベッドで寝ている女性なんて王妃様以外にいないだろう。


 それでも俺は王様に聞いた。


 だって自分の視覚と言う感覚が信じられなかったんだ。



「ひどいじゃろう……」



 王様が力なく笑みを浮かべながらそんな言葉を呟く。

 その姿は俺には泣いている様に見えた。


 ここで一つ俺は先程王妃様の状態で語っていない事がある。


 ――――それは。


 無防備に投げ出された王妃様の指の先から肘の辺りまでが黒く変色してその先……肘から上、肩や首筋には斑点が出来ている。

 そして左手の中指だが第一から第二関節までぽっきりと折れたかのようになくなっていた。


 折れたという表現は正しくないか……欠けたという方が適切な気がする。


 欠けた指の断面図が見える。

 その断面図は本当に人間の体なのかと問いたくなるような感じで、まるで石で出来た彫像を誤って壊してしまった時のような無機物に思えてならない。

 今まで王妃様が姿を見せなかったのは亡くなったのかと思って詮索はしなかったのだが、これが原因で姿を見せなかったのか……。



「王妃様は一体どうしてこんな状態なんでしょうか? そもそもこの症状は何なんですか?」



 こんな症状を俺は知らない。

 少なくとも元の世界、日本にいた時には見た事も聞いた事もない。


 もしかしたら俺が聞いた事がないだけでこんな病気があるのかもしれないが、少なくとも一般的ではないだろう。


 それに確信というほどの事でもないが、おそらくこれは異世界の病気だと思う。

 なぜそう思うのかは答える事は出来ない。ただの勘だからだ。



「これは……黒塊病(こくかいびょう)だ。この世界において不治の病の一つとされている」



 黒塊病とは、最初は手や足の先が黒ずみ、体の内側と外側から徐々に侵食されていき、個人差はあるが黒くなった部分からひびが入って最終的にはぼろぼろと崩れ去って死んでしまうという恐ろしい病気らしい。

 変色した部分を切除したところで意味はないとの事。


 この病気にかかった者は5年から10年で死ぬ。

 元いた世界にも肌が黒く変色して死に至る病気として黒死病ペストがあるがそれとは全くの別物だ。


 


 さて、そんな病気を聞かされて目の前にその病気にかかっている人がいる現状を俺にどうしろというのだろうか……



「正直こんな病気がある事に驚いています」


「そうか……そちらの世界には黒塊病は存在しないのか……」


「ええ……。初めて聞いた病気です。そんな俺をここに呼んだのかがわからないのですが……」



 なんで俺をこの場に呼んで王妃様に会わせたのかわからない。

 俺が異世界から来た人間だから、もしかしたら治す方法でも知っていると思ったのか?

 でもそれなら他にも異世界からやってきたクラスメイト達がいるんだから先にそっちに声をかけている。

 もしかして他の奴にも声をかけて駄目だったからここに呼ばれた?

 いや……もし呼ばれていたとしたら俺がこの症状について知らない事は知っているはずだ。

 じゃあ一体なぜ?

 そんな風に頭の中で考え込んでいると王様が口を開く。



「イチヤ殿、お願いだ。ヒール丸薬を譲ってはもらえないだろうか。妻を……助けてやって欲しい」


「それは……」



 俺に向かって頭を下げてくる王様にどう返していいものか言葉につまる。

 別にメルダ王妃にヒール丸薬を飲ませる事は問題ない。

 最初は俺もひどい怪我とか風邪――――高熱とかだったらすぐにでも渡すつもりだった。

 その他にも元の世界にある病気だったらなんとなくさっき作ったヒール丸薬で治せるような気がする。

 だが異世界の……こんな見た事もないような病気を治せるのか?


 俺は掌にあるさっき作ったヒール丸薬を見つめる。


 なんとなくだがこのヒール丸薬では治せないような気がする。

 本当に感覚的にそう思うのだが、たぶん当たっているだろう。



「それがヒール丸薬かっ!?」



 王様が食い気味にそう口にする。

 まるで一つの希望にすがりつくような目をしてヒール丸薬を見つめていた。



「王様のいうとおり確かにこれがヒール丸薬です」


「では!」


「ですが、おそらく”これ”では王妃様の病気は治せないでしょう」


「だが! その薬、ヒール丸薬についてはこちらで調べさせてもらった情報によると様々な病気に効くと聞いた。レイシアがその薬をイチヤ殿が作れると聞き、アルドル殿やレイラ殿にも何か知らないか聞いたところによるとレイラ殿が実際に使い、すぐに病気が治ったとも聞いておる。そのような効果のある薬など聞いた事がない。異世界の薬なのだろう? それでもこの病気は治せないのか?」



 必死の形相で言葉をまくし立てる王様だったが、だんだんと声に力がなくなり、ヒール丸薬でも治せないとだんだんと理解したのか話終えた頃には諦めの表情を浮かべ意気消沈したかのように顔を俯かせる。



「このヒール丸薬についてなんですが、これは俺がこの世界に来た時にもらった能力で創ったオリジナルの薬です」


「オリジナルの薬……」


「ええ。俺の想像の及ぶ範囲という条件で行使出来る魔法で創った薬です。なので元の世界にこのような薬はありません。そして黒塊病という病気を俺が知らないのでこのヒール丸薬で治すのは無理だと思います」


「そうか……」



 俺の説明に王様がそれだけを呟く。

 たったそれだけの一言にどれほどの悲しみが宿っているのかは王様の表情を見れば明らかだ。

 そして悲しみに暮れているのは王様だけではない。

 いつの間にか王様から少し離れた場所にいたレーシャや王子達も王様と同じような表情で立ち尽くしていた。

 この場を重苦しい空気が場を包みこむ。

 まるでお通夜のような雰囲気だ。


 王妃様が治る見込みのない不治の病で、一つの希望が舞い込んだが、その希望が打ち砕かれたとあれば仕方のない事かもしれないが……。


 それでもこんな顔をして欲しくはない。少なくともレーシャや王様には。


 最初は牢屋に入れられて少しは思うところはあった。

 だけどそのおかげでアルやレイラ、リアネともめぐり合う事が出来た。

 向こうの世界ではできなかった友人というのも手に入れられた。

 この世界に来なかったら手に入れられたかわからないかけがえのないモノを手に入れる事が出来た事に今ではレーシャと王様には感謝している。


 だから少しでも俺の力でどうにか解決できる事なら力になってあげたい。

 そう決意し、俺は王様へと言葉をかける。



「王様。今から俺の能力を駆使して、創生魔法で薬を創り出そうと思います。その薬を使えばもしかしたら王妃様の病を治せるかもしれません」


「ほんとかっ?!」



 さっきまで絶望していた王様が再び俺へと驚きの表情と共に希望が戻ってきたかの表情を浮かべる。



「だけど期待はしないでください。俺もこんな病気は初めてで、その薬で本当に治るかどうかはわかりません。本当にもしかしたらです」



 予め王様には釘を刺しておく。

 そして王様を通じてこちらの話を聞いているみんなにもだ。


 ――――正直言ったら自信なんてない。当たり前だ。こんな病気見た事も聞いた事もないのだから。

 それでも……少しでもみんなが笑顔になれる可能性があるならやらないよりもやった方が良いと思った。

 少しでも可能性があるならやるべきだろう。


 まぁ自分にそんな力があるのか自分自身が一番疑問に思っている事だからこそ、こうやってみんなに釘をさしたわけだが……とにかくやってみるしかない。



「……わかった。駄目なら駄目で仕方ない。イチヤ殿頼めるか……」



 そうは言っているが、凄く期待しているのが見て取れる。

 そんな王様に一つ頷き俺は行動を開始した。

 


次の話で王様の頼み事は最後です。

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