106話 王様の頼み事3
一つ目から非常に面倒臭いモノを頼まれる事になり引き受ける事にした。
まぁ緊急時以外は基本内政を任せられるものがいるのでこれについては良いだろう。
しかし初っ端からこんな面倒臭い頼み事だと心配になる。
あと二つもあるのか……一体どんな頼み事だろうか?
「王様。一つ目の頼みは了承しましたが、残り二つ頼みたい事があるんですよね? それは一体なんでしょうか?」
どうせ何を頼みたいかという内容は聞かなければいけないし、自分からさっさと聞いてしまおう。
受けるにしろ断るにしろその方が精神衛生的にも良いと思い質問した。
先を促すかのように質問するというやり方は、国のトップである国王に対しての態度としてはよろしくないだろうが、そこは目を瞑ってもらおう。
たぶんこの王様ならそう簡単に気分を害したりしないだろう事は何度か接した感じでわかる。
それよりも王様の脇に控えているジェルドの方が気になる。
眉間に深く皺を寄せこちらを眼光鋭く睨みつけてくる様はいつ携えている剣で切りかかってきてもおかしくはない。
だが彼は自制心でもって踏みとどまっている。
俺の態度が気に食わないのが見え見えなのだが、前のように突っかかってくる事はない。
たぶんだが、今回の一件で俺が貢献したので実力を認めてくれたのだろう。
そんなジェルドは一旦置いておいて。
王様の様子から気分を害した様子は見られない。
かわりになぜか困ったような申し訳なさそうな様子を滲ませている。
一体どうしたのだろうか?
「すまんがまだ一件目の話は終わってないのだ」
どこか話し辛そうにしている王様。
はて? 今ので終わったと思ったんだが、他に話すような事なんてあっただろうか?
俺が領主の件を了承した事でこの話は終わったと思ったんだが……。
「話が終わってないって事は領主の件に含まれる内容なんですよね?」
「うむ。実はイチヤ殿に領主をやってもらう際にその領地にある侯爵が使っていた屋敷に住んでもらいたいのだが、その屋敷に転移陣を設置させてもらいたい」
「転移陣?」
名前の響きからして転移魔法を使う為の陣だと思うが、使用用途はなんだろうか?
「転移陣とはその名が示すように人や物を転移させる魔法を使う為の陣じゃ。この陣がなければ転移魔法は発動せんし、貴重な転移石をいくつも使うのでそうほいほいと設置する事は出来んものだ」
なるほど、その貴重な物を俺が住む屋敷に設置したいというわけか。
でも転移石ってあれだよな。
牢屋のトイレや水道についてた石。
あれってそんなに貴重なものだったのか。
「転移陣についてと転移石が貴重な物なのはわかりました。でもその貴重な転移石が何で牢屋についているんですか?」
今回の話には関係ないが、気になったので聞いてみる。
そんな貴重な物を牢屋に使う理由がわからないし、もしその転移石で囚人に逃げられたらどうするんだろうと思ったからだ。
「牢屋に設置しているのは衛生面に関しての配慮じゃ。あと、イチヤ殿達の牢屋は王城の三階にある特別なものでな。普通の牢屋に転移石は設置しておらんよ」
話を聞いてみると、どうやら騎士団にあるような一般的な牢屋には転移石は設置されていないようで、衛生面に関しても地面が土になっているようで、排泄物などはトイレの下に大きな穴が空いており、定期的に魔法で処理しているようだ。
俺達の牢屋にある転移石についても聞いてみたのだが、一つ二つでは人を転移させる効果は発揮出来ないらしい。
せいぜい小物を転移させられるくらいのもので、転移させる場所も最初に転移石に設定させる為にどこに転移するかもわかるようだ。
「転移石についてはわかりました。ご説明ありがとうございます。それで話を戻しますけど、どうして俺の住む屋敷? に転移陣を?」
確かに王都から獣神決闘の行われたミゲル平原のある場所は遠かったので王都に一瞬で戻れるならありがたい。
おそらく王都で何かあった場合に俺がいつでも戻れるようにとの配慮だろう。
でもそれだったら王様が何であんな困った顔をする必要があるんだ?
何かあるなら聞いておいた方が良いだろう。
俺に関わる事だしね。
「王都に危機が訪れた際の緊急時にすぐに戻ってきてもらいたいというのが一番の理由だ」
「一番という事は他にもあるんですよね?」
「……うむ。実はレイシアに言われてな……」
はい? なんでレーシャの話がここで出てくるんだ?
ここに来てまさかのレーシャさんの登場である。
王様も困った表情を崩さず、俺も困惑する。
そんな中、話題に上がったレーシャが一歩前に進み出てきた。
「陛下に言われた通り、私がイチヤ殿の屋敷に転移陣の設置を進言しました」
「まぁ……王都に危機が迫った時に俺がいた方が都合が良い場合もあるよな」
もう獣人族の襲撃はないだろうが、もしかしたら他の国からも奇襲を受ける可能性も十分にある。
国を守りたいという意味ではレーシャの考えは正しいと思う。
今回の獣人族との争いを教訓にして国の事を考えている姿は立派な王女様だ。
本当に同い年とは思えないくらいしっかりしているな。
――――そう俺は関心していたのだが。
「確かにイチヤさんが言ったようにラズブリッタに危機が迫った場合、イチヤさんがすぐに来てくださると思うと安心しますね。ですが!」
ん? ですが?
「ここには身内しかいないので正直に言わせてもらいますが、私はイチヤさんが遠くに行っちゃうのは寂しいです! なので最初にこの提案を聞いた時は反対しました。けれど王女として国の事を考えるとそれが正しいというのも理解しています」
前者の個人的な感情にはそう思ってくれるのは嬉しい反面王女がそれで良いのかとつっこみを入れたくなるが後者の方できちんと国の事を考えられてるので良しとしよう……うん。
「なので公務の空き時間に必死に考えました。どうすればイチヤさんが遠くに行っても頻繁に会いにいけるのかを!」
好かれてるとはなんとなく感じていたが、まさかここまでとは思わなかった。
だけどなレーシャ……そこまで熱く語られるとドン引きするよ?
だが、俺の気持ちを他所に彼女は更にヒートアップする。
「そこで思いついたのが、イチヤさんの暮らす屋敷に転移陣を設置してもらえればいつでも会えるんじゃないかと。そう思った私はすぐに陛下に進言しました。転移陣の設置してもらうように! 転移陣の設置はそこそこ手間が掛かる為陛下も最初は渋っていましたが、私が見事説得しました!」
フンスッ! という擬音が聞こえるかのように鼻を鳴らす様はとても王女様には見えない。
正直女の子としてもそれはどうよとも思うんだが、まぁ本人が得意気なので黙っておこう。
それにしてもレーシャがこんな我侭をいうなんて珍しい。
少なくとも今まで接してきた中で、こんな我侭を言った事はないな。
「悪いな……イチヤ殿”達”がすぐにラズブリッタに戻れるように設置するのは構わないのだが、レイシアが頻繁にイチヤ殿に会いに行くと言っておったので控えるように言ったのだが、それを伝えたら不機嫌になってしまった……さすがに王族としてその態度が続くと家臣達にも示しがつかんので止む無く了承した……」
がっくりと肩を落とす王様の姿に哀愁を覚える。
「さすがに娘には嫌われたくはないしな……ここでイチヤ殿に了承してもらえんと全てが水の泡じゃがな……これ以上レイシアが不機嫌になるのは勘弁じゃ……」
ぼそっと王様が呟いたが、その言葉ははっきりと聞こえた。
嫌われたくないからって……王様としての威厳がまったく感じられない。
どうやらさっきレーシャが牢屋を尋ねた時に不機嫌そうだったのはこの話を聞いた万が一にでも俺が転移陣を拒否した事を考えての事だろう。
不機嫌というよりも俺が拒否かもしれないと不安だったのかもしれない。
王様なら娘の機嫌くらいどうにかしてみろよとも思うが、王様の前に父親なのだろう。
例え世界が変わっても父は娘には勝てないようだ。
そんなどうでも良い事が頭を過ぎったが、それよりも王様が今気になる発言をした。
「まぁ公務に支障が出ないくらいに遊びに来るのはいいんですが、今王様、イチヤ殿達がすぐにラズブリッタに戻れるようにって言いましたよね? 達って事は」
「イチヤ殿の想像通り。まだ確認は取っていないのだが……レイラ殿とアルドル殿にも着いていってもらいたいと思っておる」
王様が視線を俺からレイラとアルへと向けた。
俺の予想通り二人には俺と一緒にその領地へと向かってもらうつもりのようだ。
「私はイチヤが行くなら共に行きたいと思います。ですが、私にイチヤ、アルがラズブリッタから離れて大丈夫なのでしょうか?」
レイラの質問は尤もだろう。
うぬぼれなどではなく、今俺達が離れてしまうと戦力的には大幅にダウンする事になる。
ジェルドやリーディ、クラスメイト達がいるとはいえ、大丈夫なのだろうか?
一応、今まで獣人族以外にラズブリッタに攻めてきた種族はいない。
だからといってこれからも攻めてこないという保障はないわけで。
「不測の事態で後れをとったが、ジェルドやリーディ。王国騎士団とて本来の力を発揮出来ればそう易々と攻められたりはせんよ。少なくとも主らが来るまでの時間は稼いでくれるはずじゃ。それよりも人族と獣人族が余計な諍いが起こらぬよう、今はあの領地を安定させる事の方が重要なんじゃよ」
王様の言葉からはジェルドやリーディ、騎士団連中を信頼している事が窺える。
獣人族の襲撃は確かに不足の事態で手も足も出なかった事は事実だが、一度ああいう事態になったからこそ対策をして、気を引き締めている事だろう。
それならば安心……か?
少なくとも王様は俺達が来るまでの時間は稼ぐと言っている。
今はそれを信じておこう。
「わかりました。そういう事なら私はイチヤについていくよ」
顎に手を当て少し思案していたレイラだったが、王様に向き直ると承諾する。
「そうか……ではイチヤ殿と協力して領地の安定に努めて欲しい」
「了解した」
レイラの承諾の言葉に王様が安堵のため息をつく。
それから今度はアルに王様がアルに向き直る。
「次にアルドル殿なのだが――――」
「俺――――」
「前に言っていた家も侯爵の屋敷の隣に建築士と魔術士達に早急に立てさせておる。安心するが良い」
「ちょっ!? 俺の意見は!?」
王様のその言葉にアルが素っ頓狂な声を上げる。
自分の意見も聞かずにまるで決定事項のように言われれば当然の反応だろう。
「いやのぉ……イチヤ殿とレイラ殿があの牢屋から出るのであればあの場所には誰もいなくなってしまう。そうなっては牢番は不要であろう?」
「確かにそうだけどよ……」
「他の赴任先といっても剣術指南をさせれば騎士や兵士は使い物にならんくらいへとへとにされてしまうし、騎士団の牢番を任せれば囚人と飲み会を始めると聞いておるが?」
「いやぁ……まぁ……」
口を濁すアル。
前科があるだけに何も言えないようだ。
まぁ自業自得だね。
「さすがにいくら食客としてアルドル殿にはこの国にいてもらいたいが、ただいてもらうだけでは体裁も悪かろう? だったらイチヤ殿に協力してレイラ殿と共に領地の安定に努めてくれんか?」
「うぐっ……」
ぐぅの音も出ないとはまさにこの事かと内心思う。
もう一度言うがアルの自業自得だ。
「それにあと1ヵ月後くらいにはアルドル殿の家も建つ。アルドル殿にしっかりと確認したんじゃがなぁ……場所についての注文などはあるかと……」
確かにその話をした時に俺もその場にいたが、アルは特にありませんと答えている。
あの言い方だとアルも王都なら何処でも良いと解釈したはずだ。
なるほど、もうあの段階でこの話は俺、レイラ、アルにやってもらう事は王様の中で決定していたのだろう。
初めてこの王様の強かさをみたような気がする。
俺はがっくりと肩を落とすアルに心の中で同情した。
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