105話 王様の頼み事2
「イチヤ殿に頼みたいのは他でもない。この国に関わる事だ」
俺が聞く姿勢になった事で王様が話し始めた。
――――国の事。
正直面倒くさい臭いがぷんぷんするんだが……これ話を聞く前に断っちゃ駄目だろうか?
「言いたい事はわかるが、出来れば最後まで話を聞いて欲しい」
王様が苦笑しながら俺にそう告げる。
どうも話を聞くまでは断る事は出来ないらしい……はぁ……。
「それで、その頼み事というのはなんでしょうか?」
とりあえず話を進めよう。
もしも俺が迷惑を被るような内容ならいくら頼まれようと断ればいいだけだ。
「うむ。イチヤ殿に頼みたい事なのだが……3つほどある」
「3つも……ですか」
俺がげんなりした様子を隠さずに言うと王様が苦笑する。
「すまんが、聞くだけ聞いてはもらえないだろうか」
「……わかりました」
まぁ聞くだけ聞こうじゃないか。
俺に実害が出るようだったら断れば良い。
引き受けられる内容だったら引き受ける。
無理そうならはっきりと断ろう。
普通、王様の頼み事なんて国民であれば強制力が働くが、俺は別にこの国の国民という訳でもないからな。
断ったら後が怖そうってのはあるが、この王様なら断っても特に何かしてくる事はなさそうだ。
他の人間はどうか知らないが、まぁどうにかなるだろう。
……ジェルドが凄い眼光で俺を見ているのが気になるが、あれくらいならどうにでもなる。たぶん。
「では最初の頼み事なのだが……イチヤ殿、領主をやってはくれんか?」
「無理です。出来ません」
王様の最初の頼み事にきっぱりと即答する。
――――領主をやってはくれんか
いきなり凄いのぶっこんできたなぁ。
まさか一番初めの頼み事が領主をやって欲しいって……一介の高校生(しかも登校拒否)だった俺がそんな事出来るわけないだろう。
なにより面倒臭い。
ホント、一体何を考えてるんだ? この王様。
「予想はしておったが、まさか即答とは……どうにか頼めんかのぉ……」
困ったような王様が引き下がってくるが、俺にその気はない。
「そう言われても、そもそも一介の学生にそんな事頼まれても困りますよ」
ラノベには内政チートとかあったけど、そういうモノに触れた事もないし俺にはどうしようもない。
「大体なんで俺なんですか? そういうのって元々貴族が管理しているものでは?」
「うむ……普通はそうなのだが、問題が発生してな」
そう前置きしてから王様が話し出す。
どうやら俺に領主を勤めて欲しい領地というのが獣神決闘が行われた獣人連合との国境付近らしい。
その領地なのだが、確かに俺がいうようにとある侯爵が統治していたようなのだが――――。
「恥ずかしい話なのだが……獣人連合との戦争が決まった際にその侯爵が自分の領軍を手土産に帝国へと亡命してしまってな……そのせいであの土地は今現在領主不在のまま国でなんとかしておる状態なのだ」
「何処かの貴族に新しく領主になってもらうことは出来ないんですか?」
「それは最初に考えた。だが、場所が場所だけにみな渋っておってな……」
確かに同盟の話を聞いたとしてもついこの間まで敵同士だった獣人連合の国境付近の領主なんてよほど自分の力に自信が持てるやつか、変り者くらいしかいないだろう。
しかもその侯爵が自前の戦力を持っていってしまい国としても慌しい今現在、国から軍を割くのは難しいのだという事だ。
だからといって俺に白羽の矢をたてるのもおかしい話だが。
「じゃあ貴族以外で……例えばアルとか」
そう言ってアルに視線を送ると、王様や他の者達にも視線が集中する。
「確かにアルドル殿でも悪いわけではないが……」
「俺がこの国に留まる際に言いましたよね。そういった政には参加しないって」
俺の言葉に間髪入れずにそういうアル。
そういえばアルって確か食客っていう立場だったか。
まさかそんな条件つけてここで働いていたとは……
「そういう事だ。それに今回に限ってはイチヤ殿の方が適任でな」
「適任?」
どう考えても自分ではそうは思えない。
だってまだ10代のガキだぞ、俺。
しかも内政なんてやった事もないのにそんな人間が適任な訳がない。
人選間違ってますよ。
「元の世界にいた頃だって政治に関わった事ないですよ。そんな人間に領地運営なんて……」
「あぁ、そういう事か」
俺の言葉に王様が何か納得した顔をしている。
何に納得しているのかわからないが、これで俺が領主とかふざけた立場になる事はないだろう。
そう思っていたのだが。
「イチヤ殿には領主をやってもらいたいが、運営の方は別の者に任せるからそこは安心して欲しい」
はい? 俺が領主だけど他の人間が領地運営をしてくれるって事は俺ってお飾り?
もし領主をやるにしても別の人間が運営してくれるのはありがたいが、なんとも腑に落ちない。
正直それだったら俺じゃなくても良いんじゃないか?
「ふむ。なんだか納得出来ないという顔をしておるの」
「えぇ。正直に言わせてもらえれば、何もしなくて良いのなら俺じゃなくても良いんじゃないかと思います」
「別に何もしなくて良い訳じゃない。イチヤ殿には領地運営以外でやってほしい事があるんじゃ」
領地運営以外で領主がする事ってなんだろうか?
どうも王様が俺に求めている事がなんなのかわからないので最後まで聞かないとわからないな。
俺は最後まで王様の説明を聞く為に黙って続きを待つ事にする。
「イチヤ殿に領主を勤めて欲しい理由がいくつかあってな。先程も言った通り元侯爵が領軍と共に帝国に亡命してしまってな。単純に国境付近戦力が欲しいというのもあるが、一番は獣人連合に対する抑止力になって欲しいんじゃ」
「言いたい事はわかりましたが、抑止力という事はまだ獣人連合とは同盟の話は決まってないんですか?」
「いや、もう獣人連合とも話し合いがついてな。ちょうど一ヵ月後に同盟調停式を行う予定じゃ」
「それだったらわざわざ俺に頼まなくても良いと思うんですが、同盟を結ぶのが決定してるんだし、他の貴族がそこまで渋る理由がわかりません」
獣人連合が獣神決闘を神聖視してその勝者となったこの国にいきなり同盟を破って攻めてくるとは思えないんだよな。
「わしもないとは思うのだが、もしという事もあるだろう。貴族達も獣人連合が御し切れなかった者達が攻めてくる可能性を危惧しておるのだよ。そうなった場合元々武力では他の国に劣っておるわが国では獣人族が少数で攻めてこようと大打撃になる」
確かに万が一ということもあるかもしれないが、そうはならないと思う。
そう言ったところで実際に獣神決闘の場にいた人間でなければ獣人連合がどれだけ決闘に重きをおいているかはわからないだろう。
「二つ目の理由に獣人族に偏見を持たないものが望ましいのだ。わが国は長年獣人族を奴隷として扱っていたのでな……獣人族を蔑視する人間に任せるわけにはいかんのだ。わし等の考えとしては少しずつそういう差別意識をなくし、獣人族との交流を深めていきたいと思っておる」
前にレーシャから他種族と平和を歩んで行きたいと言っていたがレーシャの言った通り王様も同じ考えのようだ。
目を見ればわかる。
王様もレーシャが俺に熱く語ってくれた時と同じような目をしている。
「そう考えると差別意識をもつ者に任せられんのじゃ。もし獣人族を傷つけた場合同盟が破棄される可能性もある。だから差別意識のないイチヤ殿が適任なんじゃよ」
まぁ俺には獣人族に対して嫌な感情は持ち合わせてない。
そりゃあ個人的に嫌う奴は出てくるだろうが、それはその個人を嫌っているだけで別に種族とかは関係ない。
王様の意見にも納得だ。
「そして最後の理由にイチヤ殿は不本意かもしれないが、勇者という立場が大きい」
「いや、俺は自分を勇者だと認めては――――」
「イチヤ殿が自分を勇者だと思っていない事はわかっておる。ならば言い直そう。イチヤ殿がこの国を救ったという名声は国内に轟いておる」
「何でそんな事に……」
「まぁ獣神決闘の帰還の時、盛大に迎えられたであろう。あの時に辺境の貴族もいたのでな。後はまぁ……わしが広くその栄誉を広めるために積極的に喧伝した」
ちょっと! 何してくれちゃってんのこの人! しかも満面の笑顔で! 嫌がらせか!
「そういう訳でその英雄が領主を務めてくれれば領民も安心だろう。前までは国境付近である為国軍もそれなりに配備しておったし、帝国から兵も借りられていたのだが、今の状況であの領地に軍を派遣するのは難しい。なのであの領地の住民は常に不安を抱えて生活しておる……出来ればイチヤ殿に領主になってもらい彼等を少しでも安心させてやりたいのだが……本当に無理だろうか?」
そう言った王様は困った顔からなんとも情けない顔へと変わる。
家臣の前でそんな顔をして良いのだろうか? 良いわけないよなぁ……
でもそんな顔をするほど困ってるのは伝わってくる。
確かに王様の言った条件にあうような人間ってそうそういないだろう。
当てはまるとしたら獣神決闘に参加したアルかもしくはレイラか。
だけどアルはそういった事は前もってやらないと言っているし、レイラとしては目立って帝国に目をつけられたくないだろうし……消去法で言えば俺しかいなくなるのか……はぁ……。
「本当に内政はしなくて良いんですよね?」
「無論じゃ。そこは優秀な人間に任せるから安心してくれ。武力で解決するようなトラブルがなければのんびりしていてくれて構わない。わしの権限を持って何不自由することがないように取り計らおう」
王様がここまで言ってくれているし、レーシャに力になるとも言ったしな。
俺の存在で少しでも力になるならやるべきか……。
「わかりました。正直俺で勤まるのかはわかりませんが、頑張ってみます」
こうして一つ目から非常に面倒臭そうな案件を引き受けた。
5月23日 誤字報告があり修正しました。ご報告ありがとうございました。