103話 帰還
帰りは行きと違い馬車での行軍だった。
馬車の中には俺、アル、シャティナさん、委員長、レーシャが乗っている。
そして馬車の周りには何人かの騎士が周りに配置され守りも万全である。
少し速度は遅いがのんびりとした行軍だったので馬車の中でゆっくりする事が出来そうだ。
馬車に乗るのは初めてだけど、速度がそんなに出てないせいか割と揺れないものなんだな。
行きはアルが決闘の場所を間違えて慌しくなったけど、後は帰るだけということもあり、のんびりする事が出来そうで安心した。
ベルカ君、速いのは良いんだけど結構揺れるし、空の上だから正直怖かったんだよな……
「レーシャ。この速度だとラズブリッタまではどのくらいなんだ?」
確か急いで3時間だとミゲル平原に向かう前に王様が言っていた。
でもこの行軍速度はそんなに急いでいる感じではない。
「速度はそんなに出していないので4、5時間と言ったところでしょうか。夕方を少し過ぎたくらいには到着すると思いますよ」
俺の質問に答えるレーシャの表情はにこやかだ。
獣神決闘ではどこか緊張したように見受けられたが、今は肩の力が抜けたように自然な笑顔をしている。
国が滅ぶかどうかの決闘だったのだから仕方ないか。
今の笑顔を見れただけでも勝てて良かったな。
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行軍は順調に進み夜の帳が降り始めた頃ようやくラズブリッタに到着した。
城門を抜け中に入るとワッと歓声が上がり馬車から顔を出すと更に歓声が大きくなる。
時刻は夕飯時にも関わらずこの王都にいる人間が大通りに出ているかのような賑わいだ。
みんなが俺達に「英雄達の帰還だぁ!」「ありがとう~!」等の声を送り、まるで気分は凱旋パレードのような様相を呈している。
凱旋パレードの様相っていうかこれ完全に凱旋パレードだな。
しかしなぜ俺達が到着する前にこれだけの人数に知れ渡ってるんだ?
「なぁ、何で今帰ってきた来たばかりなのにみんな獣神決闘の結果を知っているみたいにこんな大袈裟な出迎えが待ってるんだ?」
不思議に思い馬車にいるみんなに尋ねて見ると、苦笑いを浮かべたレーシャがその答えを教えてくれた。
「陛下も結果が知りたいと思い、獣神決闘の決着がついた後すぐに私がラズブリッタへ早馬を飛ばすように命じておきました。まさかすぐに国民へ通達するとは思いませんでしたが」
苦笑交じりのレーシャの答えで納得した。
なるほど、先に報告に行っていた人が王様に伝えたらこうなったのか。
別に悪い感じではないので良いんだけど、なんというか気恥ずかしいな。
笑顔で手を振ってくれる国民を見てどう反応していいのか対応に困ったので、ここは王女であるレーシャに任せよう。
そう思い、俺は馬車の中でなるべく目立たない位置に移動した。
だってしょうがないじゃないか。
今までの人生の中でここまで目立った事なんてなかったんだから。
むしろ俺とは対照的にレーシャが国民に笑顔で軽く手を振り替えしているところが凄い。
やっぱり王女様だけあって場慣れしているなと感心する。
あと、レイラやシャティナさんも堂々としているな。
こういう雰囲気に慣れているのだろうか?
それに意外というか、アルがまったく物怖じしていない。
というか物怖じしてないどころか馬車の窓から身を乗り出して声援に応えている。
だが、鞘に剣を収めているとはいえ、それをぶんぶん振り回しているのは良いのか……?
国民はそれを見て更に歓声を上げているから……良いんだろうな……
こっちは恥ずかしいと感じているのにアルはどうしてこんなに堂々としてるんだろうか?
「うふふ。こういった派手なお出迎えは魔獣を狩った時に経験してるんですよ」
俺が不思議に思っているとそれが顔に出ていたのかシャティナさんが話しかけてくる。
「魔獣?」
「ええ。この世界において災害とも呼ばれる魔獣を私達は昔何度か狩った事がありましてね。その時にもこういった感じで出迎えられる事があったので旦那様も私もなれてるんですよ」
どこか懐かしむような表情でそう語るシャティナさん。
なるほど、こういう経験を何度かしていれば多少はなれるか。
でもなんだろう?
今一瞬シャティナさんが懐かしむような表情の後にどこかさびしげな表情をしていたように感じた。
「あの、シャティナさん――――」
「みなさん。王城に着きました」
シャティナさんがどこか影を帯びた笑みを浮かべたのが気になったので何かあったのか聞こうと思ったのだが、その言葉は王城についた事によりレーシャによって遮られる。
まぁ話したくない内容だったら困るし、無理に聞くのは良くないか。
必要であればいつか話してくれるだろう。
俺はそう自分を納得させると、馬車から降りて仲間と共に王城の中へと足を踏み入れた。
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レーシャを先頭にジェルド、俺とレイラ、アルとシャティナさんの順で玉座の間へと進んでいく。
正直なところ馬車の中で少し休んだとはいえ、まだ体がだるい。
このまま牢屋に直行したかった……
が、そう提案したところみんなに(特にレーシャから)反対され渋々ながら向かっている。
レーシャが報告してくれるだけで良いと思うんだけどなぁ。
ちなみに同じ馬車に乗っていなかった委員長だが帰還早々訓練場へと向かっていった。
どうやら今回の戦いで更に自分がまったく戦力にならない事を痛感したらしく鍛えるそうだ。
リーディも同じ考えらしく委員長と同行していった。
獣神決闘に参加したにも関わらずなぜリーディがこちらにいないのか。
そして参加してなかったシャティナさんがどうしてこの場にいるのか。
リーディの場合は鍛えると言った委員長に着いていきたそうにしていたところその様子を見たジェルドが許可していた。
第二騎士団の隊長なのに大丈夫かと思ったのだが、そこは上手くやるそうだ。
シャティナさんの場合は実力の高さから王様に獣人族の強さがどれほどのものだったのか個人的な感想を頼まれたらしい。
「着きました。ではみなさん、中に入りましょうか」
そうこうしている内に玉座の間へと到着した。
俺達に確認を取るとレーシャが玉座の間の前に控えている騎士に合図を送り扉が開かれる。
相変わらず豪華な扉だなと感心しながら中に入ると王と近衛騎士数名が待っていた。
あれ? そういえば大臣の姿が見えないな。
確か前にここに呼ばれた時にはいたはずだが、レベル上げから帰った時も姿がなかったような。
病気か何かだろうか?
そんな疑問が頭を過ぎったが、特に今問題にするような事でもないので頭の中だけに留めておく。
後でレーシャ辺りから聞けばいいだろう。
「陛下、ただいま戻りました」
一礼してそう告げるレーシャに王様が一つ頷く。
その言葉と同時にジェルドが片膝をつけ、頭を下げている。
俺も同じようにした方が良いかとも思ったが、アル達がいつも通りだったの軽く会釈だけしておいた。
「先に戻ってきていた騎士の報告を聞き、今か今かと待ちわびたぞ! 此度の件真によくやった! レイシアもごくろうであった」
若干興奮気味に王様がそう告げる。
国の命運がかかってたので気持ちはわからなくはないが、少し興奮しすぎだ。
「私は何もしておりません。皆が尽力してくれたおかげです」
「そうかそうか。本当にありがとう。この国の代表として礼を言う。イチヤ殿、アル殿、レイラ殿、ジェルド……あと一人、リーディはどうした?」
一人一人の顔をしっかりと見つめながら王様が感謝の言葉を口にするが、リーディがいない事に気付くと不思議そうな顔をした。
「リーディは第二騎士団隊長として今回の件での力不足を痛感し、この国を守れるようにと一層の努力を重ねるという事で訓練場へと向かいました。私もその心意気を汲んでやりたいと思い勝手ながらリーディに許可を与え送り届けました。私の独断でリーディをこの場に連れてこなかった事、真に申し訳ありません」
「ジェルドよ、頭を上げよ」
「はっ!」
王様の言葉に勢いよく頭を上げ立ち上がるジェルド。
その様子ににこやかに王様が微笑む。
「そなたの言葉を聞き、リーディがこの国を大切に思っておる事は良くわかった。リーディには後で労いの言葉を送るとしよう」
「そうして頂けるとリーディもさぞ喜ぶ事でしょう」
「うむ。それよりも今は貴君等の事だな」
王様がジェルドから俺達に視線を戻す。
俺達の事という事はたぶん褒章の件だろうか?
前に獣人族が攻めて来た時にも褒章があったからたぶん今回もだろう。
「イチヤ殿、アル殿、シャティナ殿には前回の襲撃、今回の決闘において、二度も助けられておる。王として、またラズブリッタの国民の一人として感謝してもしたりない」
そう言って深々と頭を下げる王様。
レーシャも王様に続きこちらへと頭を下げてきた。
更には近衛騎士までもが頭を下げてくる。
「とりあえず王様達の感謝の気持ちは十分伝わりましたから頭を上げてください」
感謝されるのは嬉しいんだけど、ここまで仰々しくしないで欲しい。
さっきも思ったんだが、俺は人から感謝される事に慣れてない。
だからこんな風に感謝されると少々照れくさいのだ。
俺の言葉に王様達が頭を上げる。
「貴君等に感謝の言葉を告げられて良かった。無事に帰ってきてくれて本当にありがとう」
王様の言葉には本当に俺達の事を案じている様子が窺える。
召喚されたのが帝国ではなく、この国で本当に良かったと心からそう思う。
「さて、感謝の言葉も伝えられたので、次は貴君等に褒章を送らねばならんな。ワシに出来る事ならば何でも聞こうではないか!」
ガバッと音が聞こえそうなほど興奮した様子で王様が立ち上がる。
何処か誇らしげに告げた王様に思案する。
褒章があるとは思ってが、何をもらうかとかは考えてなかったな。
さてどうしようか?
「イチヤ殿、何か欲しい物はあるか? ……イチヤ殿なら次期国王の座でもよいぞ」
「「「「「陛下!?」」」」」
王様の言葉にジェルドと近衛騎士の皆が驚きの声を上げる。
そりゃいきなりそんな事言ったらみんなも驚くだろう。
ってか俺もそんなもんもらっても困るぞ。
いくら今回の件を治めるくらいの力を持っているからといって次期王にしようなんて悪ふざけが過ぎる。
「王様、気持ちは嬉しいですが、さすがにその冗談は笑えません」
「冗談ではないのだがのう……」
少し残念そうに王様がそう口にする。
いやいやいや、何でそんなに残念そうだんだよ!
日本の一般家庭で過ごしてた俺に王座なんか押し付けるなよっ!
とはさすがに今回ラズブリッタを救ったとはいえ言えない。
「とりあえず……今は特に欲しい物が思いつかないので、保留させてもらっても良いですか?」
「王になればある程度の物は――――」
「それは結構です」
あわよくば俺を王にしようとする王様にピシャリと言い放つ。
若干不満そうな王様だがはっきりと告げた事で引き下がってくれた。
まったく……俺を王様にしようだなんて何考えてんだか……
「ではイチヤ殿は褒章が決まったらいつでも言ってくれ。次にアルドル殿、貴君は何か欲しい物はあるか? なんでも良いぞ」
矛先がアルに向かい内心でほっとする。
さて、アルは何を望むのだろうか?
「ん~……陛下になんでも良いと言われると困りますね」
「此度の件はそれだけの功績なのだ。気にせず好きな物を申してみよ」
王様にそう言われたアルは顎に手を当て考え込む。
さすがに王様になんでもと言われると悩むよな。
しばらくうんうん唸っていたアルだったが、ようやく何かを思いついたようだ。
「では、今住んでるところは借家なので、出来れば家が欲しいんですが……」
若干遠慮がちに告げるアル。
家か、大きくでたなぁ。
「良かろう。ではアル殿はそれで。場所についての注文などはあるか?」
「特にありません」
アルの願いを即決するとはさすが王様だな。
「次はレイラ殿か。なんでも申してみよ。何度も言っているがワシに出来る事なら何でも用意するぞ」
「私はいりません」
レイラの番となり王様がそう告げたのだが、レイラは褒章を断る。
王様が怪訝な顔をしてレイラを見ている。
その様子にレイラが再び口を開いた。
「私は長年帝国からこの国に匿って頂いた。もし帝国に見つかった場合ラズブリッタに不利益がもたらされるかもしれないのにだ。だから今回の件については今まで匿って頂いたお礼という事で、今回の褒章は辞退したいと思う」
なるほど、今回の件は恩返しという事か。
なんともレイラらしい。
「そうか……そのようにいってもらえる事、大変嬉しく思う。だが、それではワシの気が済まないのでな。レイラ殿も保留ということにさせてもらい、何か必要な物があればいつでも言うが良い」
「わかりました。陛下の温情に感謝致します」
レイラの言葉を聞き怪訝な顔をしていた王様が微笑む。
最後にジェルドが褒章を受け取る物だと思ったのだが、ジェルド曰く「騎士として国を守るのは当然。それに私は敗北してしまいましたので、褒章などは受け取れません」との事。
こうしてこの場にいる全員の褒章についての話が終わった。
そして俺達にはこれ以上の話しはないようなので俺とレイラは退室の許可がおりた。
アルとシャティナさんにはまだ話があるようでそのまま残る事になった。
ふぅ……これでようやくのんびり出来そうだ。
踵を返し、玉座の間から 出ようとする。
「すまないイチヤ殿、これ以上の話はないと言ったのだが、最後に一つ言っておく事があった」
「なんでしょう?」
振り返り俺は王様に尋ねる。
めんどう事じゃなければいいなぁ。
「後日頼みたい事があるので、悪いがもう一度ここへ呼ぶ事になるだろう」
「その頼み事は今話す事は出来ないんですか?」
「申し訳ないがまだはっきりとした訳ではないのでな。申し訳ない」
「わかりました」
なんか面倒な気配を感じるが、今は話す事が出来ないって言ってるしその時聞いて面倒くさかったら断ろう。
王様の言葉に若干の不安を抱きつつも玉座の間を後にした。
本当に頼み事ってなんなんだろうな?
5月23日 誤字報告があり修正しました。ご報告ありがとうございました。