9話 罪人V獣人族
時間は少し遡る。
3階の階段でリアネ達と別れたイチヤ達は下の階へと降りる。2階は3階よりも人族と獣人族が激戦を繰り広げ乱戦と化していた。
獣人達はすぐにイチヤ達に気付くと、武器を手に襲いかかってきたがイチヤ達それを苦もなく一蹴するとイチヤがアルに次に向かう場所を尋ねる。
「次はどうする?」
「この2階の玉座の間に向かおうと思ってる。たぶん王様達はそこにいるだろうからな。イチヤが召還された部屋でもあるから場所はわかるだろ?」
俺がアルの言葉で召還当初の部屋の場所を思い出す
場所は大体覚えている
だがそこに向かうのが本当に正しいのか?
「良いのか……?」
「何がだ?」
俺の質問にアルも質問で返す。この質問の仕方じゃアルだってわからないだろう。俺は少し言いよどむが意を決して尋ねることにする。
「アルが真っ先に助けに行きたいのは奥さんじゃないのか……?」
「ん?……あぁ!」
質問の意図を理解して、俺が何を心配していたのか悟り、同時に今、奥さんの事を思い出したように声を上げた。
「何を心配してたかと思ったらうちのかみさんの事心配してたのか」
「赤の他人はどうでもいいが、友人の大切な人なら心配するのは当たり前だろ」
「うちのかみさんの事なら心配するな。そんな柔な女じゃねぇから。それよりも王様達の方が心配だ。急ぐぞ!」
「何かあってからじゃ遅いんだぞ?」
「その辺の事も心配いらねぇよ……まぁ別の心配はあるがな……」
前半の台詞は聞こえたが、後半は声が小さすぎて聞き取れなかった。だが奥さんの心配がなくなると途端に自分の戦意が消失していくのを感じる。
「……どうした?」
「いや、アルの奥さんが心配ないならレイラやリアネも無事だし俺の戦う理由がなくなったなって思ってな」
「……」
「俺にとってはこの国の人間やクラスメイトがどうなろうと知ったこっちゃないんだよ。アルやレイラ、リアネとは違い俺の中では”赤の他人”なんだから。その連中を今回助けたところで、次もその次もと利用されるんじゃないかって思うと今助ける事は間違いだと思えて仕方がないんだよ」
俺の正直な気持ちをアルは立ち止まって聞いてくれている。そして全部聞き終えたアルの反応はというと。
「はぁぁぁ……」
俺をじと目で見ると盛大なため息をこぼした。お前馬鹿じゃねぇの?と目が言っている。
「会った当初から思ってたんだが、お前って時々小難しい事考えてるように見えるけど、馬鹿で鈍感だよな」
アルは目だけじゃなくしっかりと口でも伝えてきた。
「馬鹿で鈍感って酷い言い草だな。馬鹿なのは認めるが鈍感ってなんだよ……?」
自分で言うのもなんだが俺は相手の気持ちに敏感だと思っている。人の悪意限定だが……
「俺が言ってんのは相手の気持ちに対してじゃねぇ。まぁ相手の好意についてもだが……俺が言いたいのは自分の気持ちに鈍感だって言いてぇんだ」
「自分の気持ち……?」
「あぁ。たぶんだけどよ……イチヤ、お前さん……いじめられてから悪意に敏感になったって言ってたよな……?」
「……言ったな」
アルには俺がいじめられていた事を話したことがある。勇者達の中に俺をいじめていた者がいるという事も、だからそれに触れられる事については驚かない。
「色々ひどい事されて悪意に敏感になったのと同時に自分の心が鈍ってったんじゃないのか?」
だがアルはそれだけで、俺が隠していたはずの内面を見抜いていた。その事に俺は驚いた。
アルの言った通りだ
俺はいじめられて引きこもっていた時から少しずつ心が壊れてったんだと思う
家族がどんどん俺に関心がなくなっていくの見て、妹が冷めた目で俺を見ている姿を見て
いつしか外から周り(せかい)を見ている感覚になり他人の目が気にならなくなっていた
たぶんこれは俺が生きていく為の防衛本能のようなものだと思っている
その事をアルは”鈍感”と表現したのだろう。
「アル、さっきの発言は撤回だ。確かに俺は俺自身の心は鈍感になっていると思う。俺の心は一度壊れたんだとも思っている。だがそれが今問題になるか?」
「今はそれが問題っちゃ問題なんだが……時間もねぇしな。俺のお前に対しての考えを伝える。それで戻るかどうかはお前さん次第だ。俺は強制もしねぇし、したところでイチヤが本気になれば俺の意思なんて関係ないしな」
ここまでアルは何人もの獣人を倒している。他の兵士や騎士が苦戦している相手を俺と同じく一蹴していた。なぜただの牢番であるアルがここまで強いのかはわからないが相当の実力者だという事ははっきりしている。
そんなアルでもたぶん俺は倒せないだろうと思う。俺のステータスや能力がバグってないのは何度か戦闘を繰り広げた事で確認したから余計にそう思えるのかもしれない。どうしてそうなったのかわからないが、俺は規格外過ぎるのだ。
「イチヤは確かに赤の他人に対しては無関心になれるだろう。だけど自分に悪意を持ってないのに自分が”傷つけた他人”にまで無関心になれないと俺は思ってる」
「……?言っている意味がわからないんだが……」
「姫様」
「姫様がどうかしたのか?」
「お前、姫様に言ったひどい一言を今も気にしているだろ?」
「……少しは気にしているが、それがどうかしたのか?」
「俺達ならともかく、何で”他人”である姫様に言った一言に今も罪悪感を感じてるんだ?矛盾してるだろ」
アルにそう言われて俺は軽く衝撃を受ける。確かにアルの言うとおりだ。何で他人である姫様に言った一言をいつまでも気にしているんだ……
「お前は自分で言うほど他人に無関心にはなりきれてねぇんだよ。もちろんそれは自分が傷つけた他人に対してだけかもしれねぇけど、そんなもん普通だろ。誰だって自分を蔑む奴や害する奴なんかに関わろうなんて思わないし、どうなろうが知ったこっちゃない。俺だってそうだ。」
「……」
「……お前の心は壊れてねぇよ」
アルのその言葉が俺の心にすとんと落ちてくる
そうか……俺の心は壊れてなかったのか……
「後は……これはアドバイスか、これから色々あると思う。だから俺達以外にも大切にしたいと思える人間を増やせ。今のイチヤの世界は俺達で完結していて世界が……視野が狭くなっている。今のお前にとって大切な者を作るってのは難しい事かもしれないけど、これから先、大変な事が起こった時、そいつらは絶対にお前の力になってくれる。急ぐ必要はない。それに俺達も力を貸す。だから心の隅にでも留めておいてくれ」
「正直今はよくわかんないけど、覚えておく」
「おう。それで良いさ」
俺はYESともNOとも取れないような返事をするが、アルはそう言って二カッと笑みを浮かべた。どうやらきちんとした返事が欲しかったわけじゃないようだ。
「……とまぁ、これがイチヤに対しての俺の考えだ。それで、どうする?俺はもう行くがお前は戻るか?」
アルが少し照れくさそうに言っている。確かに仲間の事をどう考えてるか真剣に話すなんて恥ずかしいだろう。それにアルはわかって言っている。示してくれている。俺が今すべき事を。
「俺も行く。やらなきゃいけないことがあるからな」
「おう!しっかりやれよ」
そして俺とアルは走り出す。玉座の間へ向けて。
「ところで」
「ん?」
「鈍感だってのはわかったが、馬鹿まで付ける必要あったか?」
「だって馬鹿だろ?」
「なんでだよ!」
「よく考えろよ、この国が戦争で負けた場合お前、牢屋がなくなるんだぞ。俺だって無職だ。それなのに戦う理由がないとか馬鹿じゃねぇか」
「あっ……」
アルにそう言われ俺は初めて気が付いた。
そうだ!負ければこの快適な生活ともおさらばになるじゃねぇか!
「アル……」
「ん?」
「何ちんたら走ってんだ!もっと全力で走れ!」
先程のやり取りは何だったのか。
俺達は全力で通路を駆け抜けるのだった。
もの凄い速さで通路を駆け抜け玉座の間の前まで到着すると俺達は一度足を止める。ここまで通路を駆け抜けそこそこ獣人族との戦闘があったが、玉座の間の近くまで来ると獣人族の気配が一切なくなった。おそらく人族で相手になる者がいなかった為見張りをたてず全員が中にいるのだろう。
「どうする?」
俺は中に敵がいても聞きとられないように小声でアルに尋ねた。
「中で若干声がするような感じもするが、ここからじゃ良く聞こえねぇな。扉の近くに敵がいた場合人質なんか取られたら日にゃこっちは何も出来ん。意表をついて敵が動く前に中に入るしかないな」
「どうやって?」
「扉を蹴破る」
「そんなんで意表なんかつけるのかよ」
俺が疑いの眼差しをアルに向け問う。
「出来るだけ勢いよくな。いきなりでかい音を立てりゃどんな人間でも驚く。俺の経験で得た知識だから間違いない」
自信満々に言っているが、疑わしい。まぁ物は試しって言うし、俺は不満顔でアルの指示に従う。
「俺は左の扉、イチヤは右の扉を頼む」
「わかった」
「じゃあいくぞ……せーのっ!」
バンッ!
ドガンッ!!!!!!ガンッ!ガンッ!ガンッ……
……
…………
………………勢いつけすぎた……よな……?
アルの方の扉は勢いよく開き、大きな音を立てただけに留まったが。俺の蹴破った扉は盛大に吹き飛び、床をバウンドして転がっていった。
その盛大な音と派手な登場に戦っていた人族や獣人族、部屋の隅に固まっている者達全員がこちらを驚きの表情で見て呆然としていた。もちろんやった本人の俺。アルまでも呆然としている。
俺は混乱する頭でここに来た目的を果たすため姫様の下へ向かう。
「邪魔だ」
姫様の下に向かう途中、まだ固まったままの獣人族の男を裏拳を打ち込む。派手に転げ回り壁際まで吹っ飛ばされた男はそのまま動かなくなった。たぶん死んではいないと思うから気絶しただけのようだ。
俺が獣人に裏拳を打ち込んだ近くには委員長が力なく座り込んでいた事から俺が来なければ殺されていたのかもしれないが、今はそんな事どうでもいい。とりあえず姫様の下へ
未だ呆然として俺の行動を見守っていた姫の下まで辿りつくと、俺は腰を90度に曲げ謝罪の姿勢を作り
「召還初日に姫様をビッチ呼ばわりして悪かった!!!!」
俺の謝罪が玉座の間全体に響き渡る。
この謝罪こそが俺の混乱した頭で導きだした答えだった。
アルは『今かよっ!』と心の中で叫び、クラスメイト達は状況についていけてない様子。近衛騎士や牛人族は何が何だかわかっていないようにきょとんとしている。
「許してはもらえないよな」
「えっ……」
「まぁ……許す許さないは別にしてもちゃんと謝っておきたかった。単に俺の自己満足だから、姫様は気にしないでくれ」
俺は周りの空気や状況など無視して自分のやりたい事をやり終えると姫様に背を向ける。
その時、俺の背中に声がかかる。
「許します……」
ようやく我に返った姫様は俺に向けてその言葉を放つ。俺が驚き振り返ると懇願するような顔を俺に向けてきていた。
「許します……だからお願い。みんなを……私達を助けてください…………」
姫様は今まで堪えていたものが一気に溢れてきたように顔をくしゃくしゃにして泣き出した。そこにいたのは一国のお姫様ではなく、一人のか弱い少女であった。
俺は再び姫様へと向き直ると彼女の頭にぽんと手を置き軽く撫でる。安心させるように……
「わかった」
その一言だけを告げ、姫に笑みを向けた後、気持ちを切り替え今度は獣人達を見据える。姫様とのやりとりを見ていた獣人達も冷静さを取り戻しつつあり、一人の男が俺を睨みつけてくる。
「いきなり現れたと思ったら散々この場をかき乱しおって!おヌシ!一体何者だ!!」
「何者って言われてもな……」
獣人に対する返答に俺は困る。俺は勇者としてこの世界に召還されたが、勇者になった覚えもないしなる気もない。一応ステータスカードの職業欄にはニートと罪人って書いてあるのだが……さすがに俺はニートだと堂々と宣言するのは憚られる。
かと言って罪人っていうのもなぁ……消去法でいうなら……こっちか
「……罪人としか言い様がないんだが、問題あるか?」
「き……きっ……きさまぁぁぁあ!ふざけてるのか!こんなふざけた奴に仲間が倒されたというのか!」
「ふざけてるわけじゃないんだがな……」
どうやら俺の返答がお気に召さなかったのか、激昂しながら血のついた斧を手に襲い掛かってきた。獣人は俺のところまで来ると大降りに斧を振り回し俺めがけて振りかぶる。
俺は避けるか受け止めるかの一瞬の判断を間違った。見事に斧は俺の胴体を真っ二つにする勢いを伴い振り下ろされた。
「きゃぁあああああ!」
イチヤの後ろにいるレイシアが叫び声を上げる。戦ってくれると決意してくれたイチヤが次の瞬間にはいきなり切られたのだ。彼女はうなだれ再び泣き出す。
牛人族の男も先程まで激昂していたがイチヤを切った事によって溜飲が下がり、にやっとした笑みを浮かんでいる。
だが次の瞬間にはその笑みが驚愕に見開かれる事になるのだった。
「おぉ……やっぱいてぇな……でも今まで防御力っていうのがどういうものか具体的にはわからなかったから丁度良かった。」
俺はそう言うと驚いている獣人族に顔を向ける。
この一ヶ月牢屋生活をして他のステータスについては大体は把握できたのだが、どうも防御力だけは曖昧な認識でしか把握する事が出来なかった。
牢屋にいれば戦闘をする必要がない。つまり誰かからの攻撃を受けることがないのだ。これでは防御力を計る事など出来ない。
試しに自分で攻撃をしてみた事もあったが、それは自分の攻撃を受けるだけで相手が攻撃してきた場合にどの程度耐えられるのか把握するには至らなかった。
玉座の間に来るまでに何度か戦闘を行ったが、アルの的確な指示で瞬時に敵を戦闘不能に出来た為、怪我をする事もなかった。
この玉座の間にいる獣人達はさきほど倒した獣人達より遥かに強い。自分の判断が遅れたとは言え、この戦争が始まって初めて俺は攻撃らしい攻撃を受け傷を負った。そして防御力というものを実際に体験することが出来たのだ。
防御力とは相手の攻撃力に対してこちらの防御力が何処まで防ぎ怪我を通すのかというもの。
俺はそう解釈する事が出来た。
「ありがとな」
俺を攻撃した獣人に礼を言っている間に縦につけられた傷がみるみる塞がっていく。感謝したくはないが 女神の祝福の力が発動している。服はさすがに再生できないがまぁ良いだろう。拳に力を込め目の前にいる獣人の鳩尾目掛けて思いっきり振るう。
「がはっ……この化物め……」
今度の獣人は足に力を込めたのか、先程までの獣人達と違い吹き飛びはしなかったが、そこで力尽きたのか反撃される事はなく、最後に俺に罵声を浴びせ白目を向き気絶した。
その光景を見ていた獣人達が勇者や騎士達との戦闘を放棄して10人近くがこちらへと向かってくる。
さすがにあの人数はめんどくさいな
内心でそう思い、創生魔法で丸薬を創り出しそれを思いっきり握り潰す。握りつぶした事で中からどろっとした液状の物が手に付着し、それを確認するとまた創生魔法を使い幾本もの針を精製。向かってきている者に思いっきり投擲した。
投擲した針は熟練の戦士でも警戒しなければ避けられない速度で獣人達に次々と刺さっていく。
牛人族達はちくっという感覚を感じながらも、この程度は戦士として戦い今まで受けてきた痛みに比べたら痛みとも呼べないもの。
針が刺さっていることも気にせず俺に向けて猛然と迫って来ていた。
だが、イチヤを自分達の攻撃範囲に捉えたところで彼等の体に異常が起きる。
「ぐぁ」
「がっ」
「ぐ……」
そんな呻き声を上げ次々と俺の目の前で倒れていく獣人達。
「貴様……何をした……?」
「特別な事は何もしてないぞ、ただ手に薬を付着させてその付着した手で針を投げただけだからな」
俺が手を見せて種明かしすると獣人達は苦々しい顔をして俺を睨みつける。
「卑怯者……」
卑怯者って、そんな大人数で一人を攻めて来る方が卑怯ってもんじゃないんだろうか?
獣人達はそれだけをいうのが精一杯だったのか地面に倒れ伏すと動かなくなるが、意識はしてあるので死んではいない。俺が針に付着させた薬は即効性の痺れ薬で殺傷能力は皆無に等しい。
まぁ針の当たり所が悪ければ死んでしまうが、そうならないように一応は注意した。
彼等が動かなくなったのを確認した後、俺はこちらに向かってきていなかった獣人達を見回し、今にも殺されそうになっている騎士やクラスメイトを優先して助ける為、相手の獣人族に向かい針を投擲した。
針は次々に目標の相手へと突き刺さっていくが、手が滑っているためあたりが逸れ一人だけ目標を大きくはずてしまう。
次を投擲しようとするが創生魔法で精製した針が底を尽き精製している間にクラスメイトの一人は殺されてしまうだろう。
そんな光景が頭を過ぎったが、そこに一人の男がクラスメイトと獣人との間に入る。
「風刃の牙!」
男がそう叫び下から振り上げた剣で獣人が振り下ろした斧を弾き、振り上げた勢いを殺し今度は相手を袈裟切りにした。一瞬にして二つの動作を行った様子をみて俺は獣の牙が相手に襲い掛かる様を想像させられた。
「がぁあ!」
獣人は呻いたかと思うとそのままどさりと倒れた。
男は剣を振り、相手を切ってついた血を床に飛ばし俺に向き直ると非難がましい目を向けてきている。
俺はそれに親指を立てよくやったというジェスチャーをしながら大きな声で男に言ってやった。
「お前が助けるってわかってた!」
「嘘つけ!今の今まで忘れていただろ!!」
そう。獣人を倒した男はイチヤの登場のインパクトが強すぎて忘れ去られかけていたこの国の牢番、アルだった。
場の雰囲気を無視したやりとりをした後、アルと二人で次々と獣人を戦闘不能に追い込んでいく。残りの獣人も残すところ後一人というところにまで減っていた。獣人達からしたらいきなり現れた人物達によって1時間も立たないうちに制圧されかけているのだ。
そんな中ジェルドが勢い良く吹き飛ばされて来る。この状況で戦意を失わず、むしろ更に闘志は漲っていると言ってもいい。
ゴルド・ダルゼンがぎらぎらした瞳で俺を見ている。
「この国の連中も勇者も拍子抜けするくらいに弱く、腰抜けだと思っていたが、ヌシ等二人はワシを楽しませてくれそうだな!!」
「お前を楽しませる為にここにいるわけじゃないんだがな……」
相手のテンションが高くなっているのとは逆に俺のテンションは下がっている。正直こういった暑苦しい奴は苦手だ。
「1対1だ……」
「ん?」
「ワシと1対1で勝負しろ」
最初何を言いたいのかわからなかったが、どうやらサシの勝負を望んでいるようだ。ゴルドの口は笑っているが、目は真剣そのもの。
俺はアルに視線だけで『どうする?』と伝えるとアルは一つ頷く。どうやら受けてやれと言う事のようだ。
俺達がそう決めて答えようとすると別の方向から声が発せられる。
「はぁ……はぁ……負けそうになったら1対1を持ち出すとは卑怯な……!私はまだ戦える。私も戦うぞ……」
それは先程吹き飛ばされながらもどうにか立ち上がったジェルドの言葉だった。だが彼の姿を見るに満身創痍の状態だ。
そしてジェルドの言葉を皮切りにまだ戦う力のあるクラスメイト達が声を上げる。
「負けるとわかったら1対1とかそんなの受けるわけないだろ!」
「そうよそうよ」
「散々こちらを苦しめておいて身勝手な事言ってんじゃないわよ!」
クラスメイトが口々にそんな事を言っている姿に俺は怒りを覚えた。再び針を精製すると今度は獣人ではなくクラスメイトに向かって投擲した。
針が当たるとクラスメイトの何人かが痺れて動かなくなる。その光景を見て俺に対して怒りをぶつけて非難の声を上げた。
「鏑木!いきなりなにするんだ!」
「私達は味方でしょ、それを攻撃するなんて何考えてるの!?」
「黙れよ……」
俺は敵意をクラスメイトに向ける。俺の雰囲気が変わり敵意が向いているの理解したクラスメイトは一斉に口ごもる。皆が黙った事を確認して俺は話し出した。
「俺がここに着いてからの事しかわからねぇけど、この獣人族がいつ卑怯な真似をした?俺の知る限りじゃ俺とアル以外に対して複数で戦っているところを見てないんだが?逆にお前達の方が多対一だったじゃねぇか。その事は卑怯だって言わないのか?大人数でしか粋がれねぇような奴らが騒いでんじゃねぇよ」
「お前は……どっちの味方なんだよ……?」
クラスメイトを見回す。ある者は俺から目を逸らしある者はうつむいている。そんな中一人のクラスメイトが恐々といった感じで聞いてきた。
「味方……?当然、獣人族の味方ではないが、転移前から今に至るまでお前等の味方になった覚えもないぞ。俺は姫様に詫び入れるついでにお前等助けてるだけだし、だけどな。こっちの邪魔するっていうなら次は殺すぞ……それだけは覚えておくんだな」
最後に笑顔を向けてやるとクラスメイトは愕然とし、ぶるぶる震えて崩れ落ちていった。
「待たせたな。お前の申し出受けてやってもいい」
「感謝する。ワシの名はゴルド・ダルゼン、誇り高き牛人族の戦士だ」
「俺の名前はイチヤ・カブラギだ」
相手が名乗ったのでとりあえずこちらも名乗っておく。
「行くぞ!勇者イチヤ!!」
その瞬間ゴルド爆ぜるようにこちらへと向かってくる。先程戦っている姿を少し視認していたがさっきよりも断然速い!次の瞬間には俺の目の前まで来ると重い一撃を放ってくる。
くっ、重い……
ゴルドの一撃を受け止め反撃する。だがその巨体に似合わない俊敏な動きであっさり回避すると次の攻撃へと移っている。他の獣人連中よりも圧倒的に実力がある事がわかる。
そんな中ジェルドも戦いに参戦しようと息を荒げながらも向かおうとするが、それをアルが手で制し冷めた目を向ける。
「ジェルド、やめとけ。その状態で行ったら間違いなく死ぬぞ」
ジェルドも本当は戦いたかったが相手の実力が自分より遥かに上なのは明白だし自分の体がもう戦う力を残してないのは感じ取れたからだ。だからアルよりもかなり歳上のはずのジェルドはその言葉に従わざるをえなかった。
剣と斧がぶつかり合う音が響き渡る。すでに何合打ち合ったのか数える事もめんどうだ。
ゴルドは高揚し、やっかいな事に更に攻撃速度を上げてくる。
俺の方は両手に創生魔法で精製した剣を持ちその攻撃をなんとか捌いてはいるが、防戦一方になりつつある。
「楽しいな!勇者よ!」
「俺は全然楽しくねぇ!それに俺は勇者じゃねぇっつうの!」
「はははっ!勇者よりも強い罪人とは面白い!面白いぞ!イチヤ!」
ぱきんっっと俺の剣の折れる音がする。すでに何本目かの剣が折れてしまった。もう片方の剣でどうにか斧を受け止め大きく距離をとると瞬時にまた別の剣を精製する。さっきからこれを繰り返している。
重いわ速いわで結構きっついなこれ
軽く深呼吸をする。少し汗もかいている。だがそのおかげで相手の動きに目が慣れてきた。
普通ならこんなに早く目が慣れるなんてありえない
そんなの素人の俺だってわかる
おそらくは俺のバグステータスが影響しているんだろう
だが今はそれがありがたい!
次で決める!!
さっきまでは向こうから迫ってきていたのを今度は俺から相手の懐に踏み込む。ゴルドが向かってくる俺に対して構えを取るのを確認したが俺はかまわずに突っ込んだ。奴の攻撃範囲まで入ると上からすごい勢いで斧が振り下ろされてきた。
俺はその斧を腰を使い両手の剣を振り上げて弾く。片方の剣がまた音を立てて折れる。折れた剣は捨て俺はもう片方の剣を両手で持つ。
「なっ」
ゴルドが驚きの表情をしている。
斧を振り上げられた反動で次の動作に入るのが出遅れ、俺の攻撃に反応する事ができない。
「風刃の牙!」
俺はアルがさっき使っていた技名を叫びゴルドに向かって剣を振り下ろした。
見よう見まねなので技として使えていないとは思う。
だが、それを受けたゴルドは袈裟切りに切られた胸のあたりから腰にかけて血が噴出させドスンという音と共に倒れた。
静寂があたりを包み込む。
俺は長い長い息を吐き出すと、玉座の間での戦いが終わり緊張を解いた。
今回はいつもよりちょっとだけ長いです。
注:アルのイケメン力がぱねぇです
いつも読んでいただいてる方、ブックマークして頂いた方ありがとうございます。
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