乙女と約束
カツカツと靴音を鳴らしながら1人の少年が歩いている。少年は神殿の禁域に入り、祭壇まで歩いた。黒髪が綺麗な少女が祭壇に向かって座り、祈りを捧げていた。
「ここにいたのか……。探していたぞ。」
少女は立ち上がり、悲しそうに微笑んだ。
「ええ、今日の儀式が終われば何もかもが変わってしまう……。それが寂しいなって思ったの。コウはどうしてここに?」
はぁ、と少年はため息をついた。分かってないなぁ……と独り言を呟く。
「お前が見当たらなかったからだよ。聖女様がいなかったら儀式は始まらないだろ。」
「聖女だなんて呼ばないで。」
「なぜ?」
「聖女って呼ばれるたびに私が私じゃなくなる気がするの。」
「なんて言うか……、そう、記号みたいに聞こえて。別に私である必要は無い。誰でもいんだって……。」
「悪かったな。」
「ううん、こっちこそごめんなさい。いきなりなにを言っているんだって話よね。」
「カトリシア……。」
唐突に名前を呼ばれて少女は顔を上げた。少年が明るい笑顔で少女を見ていた。
「ふふっ、いきなりどうしたの?」
「やっと笑ったな。ここに俺が来てからずっと悲しそうな顔をしていた。」
「そう……だったかしら。」
「ああ。俺はたとえみんながお前の名前を忘れても、俺だけは忘れない。この時代に、国を救うために立ち上がり、民衆を率いて王に抵抗し、新たな王を立てたリーダーはカトリシア……、お前だ。」
「コウ……、ありがとう。みんながわたしを探しているんだっけ。さぁ、行きましょう。コウ、一緒に来てくれる?」
「もちろん。」
2人はそうして歩き始める。
この記憶はこの時代を生きた人の中にのみ残され、あとには残らない。
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