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【箱】短編

茶の花

作者: FRIDAY

 正直なところを言えば、僕は別段、お茶が好きだということはなかった。

 茶道というものはどうにも堅苦しく、息苦しく、作法も厳しく、折角点ててもらったお茶も美味しいと思うことはできない。数少ない楽しみといえばお茶と一緒に出されるお茶菓子だけれど、それも何とか見出した楽しみというだけで、僕はどちらかと言えば洋菓子の方が好みだった。

 そんな僕が、真剣に向き合っている人たちからしてみれば噴飯ものな心意気の僕が、どうして茶道部に所属しているのかと言えば、それは一重に、好きな人がそこにいるからという一点に尽きる。

 和泉先輩はひとつ上の学年で、茶道部の星だった。

 どうしても美味しく飲めないお茶も、和泉先輩の手で点てられる様を目にすれば味が違って感じられた。

 茶器の扱い、そろえた膝から指先に至るまで、所作の全てが洗練されて美しい。そんな繊細な手で点てられたお茶だから、

「お茶、好き?」

 そう問われれば、

「はい、大好きです」

 でも、僕が大好きなのは和泉先輩だ。


 ある日、僕が部室に出てみると、和泉先輩がひとりだけだった。軽い挨拶をして、僕は隅でお茶を点てる和泉先輩を静かに見る。

 粛々と作法通りに点てた先輩は、そのまま流れるように僕の前にそのお茶を置いてくれた。有り難うございます、と僕はそれを受け取り、入部してから覚えた作法に従っていただく。

 その僕の様子を柔和な笑みで見ていた先輩が、ふと口を開いた。

「――多田君、実は茶道、あんまり好きじゃないでしょ」

「へあっ!?」

 不意の言葉に驚いて、僕は茶器を思わず落としかけた。茶器は部の備品だ。それも安物ではない。割ってしまえば弁償だ。

「な、な、何を」

「あれ、違ったかな」

 図星だ。だからそのまま部を追い出されるのではと、先輩の温和な性格を知っていながらそんな展開まで恐れてしまったが、先輩はやはり柔和なままに小首を傾げる。

「ど、どうして」

「いや、何となくかな。ほら、多田君って、自分からお茶を点てることって滅多にないし、あんまり飲まないしね」

 やっぱり、わかってしまっていたか。これを、先輩が自分をよく見てくれているのだ、と思えるほど自分に溺れていない。

「折角だし、多田君がどうして茶道部に入ったのか、聞いちゃおっかな」

 そう言って笑う先輩の顔に、険はない。

「……僕は」

 だから、思い切って、

「僕は、和泉先輩」が「の点てるお茶が好きで、入部したんです」

 言えなかった。

 いや、間違ってはいないんだけれど、この勢いで思い切って告白なんて、やっぱりできなかった。

 僕の答えを聞いた先輩は、そう? とちょっと嬉しそうに笑んでくれた。その顔に僕も満足を感じてしまうけれど、いや、ダメだろう。

 我ながら情けない。

「私もまだまだだけどね。そう言ってもらえると嬉しいよ。――でも、多田君も折角茶道部に入部したんだから、自分でも点てられるようになろうよ」

 やってみて、と道具一式を渡してくれる。僕はそれを受け取って、ちょっと困った。……作法とかに不安があるわけじゃない。心配なのは出来栄えだ。けれども先輩の柔和な笑みには逆らえず、僕は恐る恐る道具を手に取る。

 作法も手順もほぼ完璧に覚えている。毎日先輩の姿を見ているのだから当然だ。でもいざ自分でやろうとすると、やっぱり難しい……出来上がったそれを、先輩が手に取って、一口飲む。

「……ど、どうですか?」

 どうですかも何も。先輩の顔を見れば一目瞭然だった。いつものあの柔和な笑みを、保ち切れていない。かなり引きつっている。

「要努力、だね」

 数分、コメントに悩んだらしい先輩は、最終的に飾りなくそう言った。いや、はっきりと不味いといわれなかった分がかなりの心遣いだ。

「まだまだこれから、だよ。伸びしろがいっぱいってことだし」

「いや、でも……僕なんかがお茶を点てても、誰かに飲んでもらうわけではないですし」

 僕の言葉に、そんなことないよ、と先輩は首を振った。

「私は飲みたいな、多田君のお茶」

「……え」

「今のは、まあ、アレだけど。いつか、多田君の点てた美味しいお茶を飲ませてよ」

 にっこりと、先輩は笑む。きっとそれは他意のない、出来の悪い後輩を鼓舞する程度の言葉なのだろうとわかってはいたけれど、それでも僕は心を跳ねさせずにはいられなかった。

「……先輩!」

 前のめり気味に、僕は先輩を見る。僕の剣幕にちょっと驚いた様子の先輩に、僕は重ねて言った。

「僕、いつか必ず美味しいお茶を点てられるようになります。だから、そのときは……飲んでいただけますか」

 やや尻すぼみ気味になってしまったけれど、先輩はにっこりと笑んで、頷いてくれた。

「うん。きっとだよ。楽しみにしてるから――あ、でも私が卒業するまでだからね。早く上達してよ」

 悪戯っぽく言う先輩に大きく頷きながら、僕は強く決意する。

 そうだ。

 先輩が卒業するまでに必ず、美味しいお茶を点てられるようになる。

 そして、その念願叶った暁には、きっと和泉先輩に告げるのだ。

 僕の秘めてきた思いの丈の、その全てを。

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