猫とジョゼ
街は早朝から湯気を出します。
ありとあらゆる家が朝御飯をつくり、パン屋さんも精を出して働いている。
それを眺めながら、拾った巾着財布を確認した。
銅貨九枚。
余ったパンなら買えますね……。
「この店で一番安いパンください」店員がクスリと笑いましたが、私にとっては死活問題です。
「あと出来るだけ量を多くしてください」
「と、言う訳で仕事が欲しいです」
職業安定所に行くと、いつものおばさんが待っていました。
「でもねー、ジョゼちゃんが出来そうなくらい簡単な仕事って無いのよねぇ」
鉛筆を指でくるくると回転させて、机とトントンと叩いた。
「さっきまではあったんだけどね」
「それはいったい……」
「猫を一週間預かるって依頼なんだけど、アルス・アンバーが簡単な仕事全部引き受けて行っちゃ……」
おばさんは私の後ろを見た。
「どうしたの? アルス」
「アルス、仕事独占禁止ほーだよ」
「仕事の依頼受けすぎた。手が回らん」
「それ二時間前に私が忠告したんだけど?」
おばさんが呆れて溜息をついた。
「あの性悪猫だけで手一杯だ。他の仕事は完璧にするから、猫の依頼だけは……止めさせて。一週間も付っきりで相手になんてしてられないよ」
アルスがおばさんに泣きついた。
「でもね、依頼者はもう他国よ。どうしてくれるのよ」
「ごめんなさい」
私は手を真っ直ぐあげた。
「はい! ジョゼちゃんがいます!」
私ことジョゼ・スターリングは猫を探す仕事を依頼されました。
竹籠の中に、毛長の黒猫がムスッとしていた。
「機嫌悪そうですね」
「よく分かるな」アルスが感心しながら竹籠を渡してくれた。
「昔、家で猫を飼ってたです。顔を見ればだいたい何を考えているかわかります」
私は頭をすこし撫でてあげて、口先に指を持って行くと、鼻をこすりつけてきた。
「アルスは猫の考えが分からないのです。心を込めれば何でも伝わるです」
猫が私の指を噛んだのは、その台詞の後でした。
私は小路の出入り口に壊れかけの金属塀を立てかけて、紐で猫が逃げられないように道を塞いだ。長さが五歩、幅が二歩の狭い範囲だけど、私達の家です。道に落ちていた硝子屑を手で拾って、借りてきた箒で砂と小石を集めました。桶も借りてきて、井戸水で道の汚れを洗い流しました。
「ポイ、出てきていいよ」
竹籠から毛長の猫がゆっくりと出てきた。
道の臭いをかいで、しばらく周辺を周回して、私の寝床にちょこんと座りました。
「気に入った?」
ポイはちらりと私を見たが、何も返事をしませんでした。
「あのさ、そこ私の場所なんだけど」
私が手を伸ばすと、肉球で叩かれました。
アルスが苦戦した理由がすぐに判明しました。
ポイは塀に手をかけて、何度も破壊しようと試みた。
普通の猫だったら、手製の塀は壊されるわけがありません。
が――猫は魔道猫だったのです。
ポイが口を開くと、鼻先で火炎球が浮かび上がり、塀を吹き飛ばしました。
「やめてー、ポイ!」
「一週間の預かり期間の依頼、残り二日にして逃亡されました」
私は職業安定所のおばさんに敬礼した。
「で……?」
「銅貨5枚で誰か探すの手伝ってください」
「はー、仕方が無いわね」
おばさんは夕方になると、駆け足で出てきて、私と一緒についてきてくれた。
「どこで逃げられたの?」
「抱っこして散歩していたら、軍隊が行進していて軍靴の音に驚いて逃げたの。屋根の上に行ったまでは見ていたんだけど、姿が見えなくなっちゃって」
おばさんが私を肩車してくれて、屋根の上に押し上げてくれた。その後、おばさんは手を伸ばして、屋根にのぼった。通りに面しているのは東屋の店で、色々な素材で補修しているため色彩豊かだった。
「綺麗ですね」
「そういう感覚はなくなっちゃったわね。さて、探そうかな」
「猫は行動範囲が狭いから、すぐ近くにはいるよ」
「じゃあ、狭いところから探そうか」
一時間もしないうちに日は暮れて、雨が降りそそいできた。
「駄目だね。もう、何も見えないよ」
「あうあう……」
「大丈夫よ。猫は猫でも魔道猫だから、頭は良いからね」
おばさんが傘をさして、一緒に私の寝床まで歩いてくれた。
「あら……ここにいるじゃない」
寝床にはポイがいた。
他に三匹の子猫がいた。
「猫が増えている」
無事(?)一週間が過ぎて、私は職業安定所にポイと三匹の子猫を連れて行った。
「急に三匹も増えると困るわね」
依頼者は女剣士で、ポイの頭を力強く撫でた
「ねえ、この子猫の里親を探してくれない? 銀貨五枚でどう?」
女剣士はそういうと、ポイをつれて出て行ってしまった。
「そういうわけで、アルス貰って」
三匹の子猫は、氷を吐いたり、瞬間移動したり、物を浮かせたりしていた。
「魔道猫なんていらん」
「可愛いよ」
「いら……」
私は氷をはいていた猫を、アルスの顔面に押し付けた。
「可愛いよね」
「可愛いけどさ」
「氷はくんだよ? 夏になればカキ氷作りたい放題だよ」
アルスは止まって、猫を抱きかかえた。
「名前は決めたの?」
「ウノ」
「ウノね……分かった貰ってやるよ!」
「私は飼いたいわ」
「おばさんありがとう」
瞬間移動するドスをおばさんの手に渡した。
「トレスはどうするの?」
重力を操るトレスは一匹になり不安そうに周囲を見渡した。
「私が飼うよ」
こうして、私の家族は増えました。