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僕と彼女のセカイ  作者: 巫 夏希
第一章 七不思議の章
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1-5 神の箱庭

 校内はとても静かだった。警備員すらいないようにも思えた。


「警備員がいるのは、校庭の方だけのようだ。これは君にいうことができるようだな」


 大仏さんがそう言って、ナチュラルアメリカンスピリットの箱から煙草を一本取り出し、火を点した。


「禁煙ですよ、校内は」

「知ったことか。それに今はそれを注意する人だっていないからな」


 そう言って煙を吐く。


「……ともかく、私はこれでお別れだ。君は彼女を探さねばならないだろう?」

「志津里を?」


 僕がそう呟いた、その時だった。


「やっと到着したわね。先ずは大仏皆波、ご苦労様というところかしら」


 その言葉を発したのは、紛れもなく遠野志津里であった。

 遠野志津里は昨日見たままの姿で、僕たちの目の前に立っていた。


「……遠野志津里、本当に『少年』を連れて行くつもりか?」

「ええ」


 志津里は微笑む。


「だって、『彼』じゃないとダメなんだもの」


 彼女はあるものを持っていた。

 ルービックキューブと白い鍵、そして――あのスマートフォン。


「君は平凡すぎてつまらない――そう言ったよね」

「……ああ」

「なら、連れて行ってあげるよ」


 そう言って、志津里は。

 白い鍵をルービックキューブに差し込んだ。



 目が覚めると、そこは地下室だった。


「ここは……地下室?」

「いいえ。正確には地下室『だった』空間。ここはあくまでも地下室ではない。地下室と位相も素材も変わらないけれどデータ自体がちがうから、ここはあくまで地下室とは言わない空間よ」

「……つまり、ここはどこなんだ?」

「ここは――」


 彼女は踵を返し、


「――『神の箱庭』よ」


 そう、答えた。



 ◇◇◇



 月宮式は真っ白い空間に居た。

 今まで居た教室とはうってかわって、その空間は白く、床にはびっしりと図形が幾何学的に並べられていた。

 月宮式はサイコロを持っていた。赤い赤いサイコロだ。

 月宮式は愉悦の表情を浮かべながら、図形の上の、別々の位置にあるある二つの人形を見ながら、サイコロを振った。


「……これで目的が完遂される」


 月宮式は笑って二つの人形を動かした。

 そして、二つは。



 ――同じところで停止した。



 ◇◇◇



「神の箱庭?」

「ええ、そうよ」


 志津里は地下室につけられたドアを開ける。

 そこに広がっていたのは、真っ白い空間だった。

 ドアを出て、少しあたりを見渡す。周りは一面白だった。床も、壁も、天井も。後ろふたつに関してはそもそも存在するかどうかも解らない。


「……酔いそうだな。スケールが解らなくて」

「私はもう酔い止めの薬を飲んでおいたから、問題ないわ」

「……僕の分は」

「ない」


 だと思ったよ。

 もう呆れてモノも言えなくなった。

 其処へ、


「はじめまして、若い科学者たち。あなたたちが来るのを待っていました」


 声が聞こえた。

 振り向くと、そこには赤い髪をした女性が立っていた。


「待っていた、だと?」


 僕が答えると、女性は微笑む。


「ええ、ええ。そうです。あなたを、私は待っていたのですよ。私の昔愛した人に似ている……あなたを」

「僕は君を知らないが……誰だ?」


 女性は頷く。


「これは失礼。……私は、そう、神とでも言う者です」


 神。

 この女性が、カミサマだとはとても思えない。

 だが、冗談を言う人とも思えない。


「その言い方は……ほかの呼び方でもあるのかしら?」


 志津里はなぜか挑発した態度で、そう言った。

 神は笑う。


「いいえ。ただ私は元々人間でしたから……」

「なるほど。そういえば……さっきそんなことも言っていたわね」

「そうですよ、私は人間だった頃に、『橘川流花』という名前もありましたから」


 普通の名前だ。

 人間だった頃――があったから、今の地位では『神とでも言う者』と名乗っている、ということか。

 気が付けば僕もこの現状に慣れてしまったのか、冷静に分析していた。


「まあ、いいわ。あなたに用があってここに来たのよ。私は」


 志津里は神に対して上から目線である。

 失礼にも程がある。


「……なんですか?」

「『神のスゴロク』を寄越しなさい」


 それはもはや命令だ。

 ……というか、神のスゴロクって何だ?

 そんな僕の疑問をよそに、彼女たちは会話を続ける。


「『神のスゴロク』……それを手に入れて、いったいあなたはどうするつもりなんですか?」

「決まっている。私がカミになる」

「……あまりにもそれって突拍子過ぎないか」


 だって、それは即ち。

 流花という女性(今は神様になっているが)を、神の座から引きずり落とす――そういうことなのだから。

 だから僕は、思わず志津里が言ったその言葉にツッコミを入れてしまった。

 だが、当の本人も神様もスルーして、

 神様は微笑んだ。


「『神のスゴロク』を手に入れるぅ? ……ハハハッ! 面白い! 出来るとお思いですか! 私がまだ――」


 そう言って、神様は右手を掲げた。


「――スゴロクの主導権を持っているうちは! あなたなんぞにスゴロクを手に入れる権限なんて、ない!!」


 神様は光に包まれた。

 それと同時に、自分が外から何らかの力で動かされているような、何か気持ち悪い感覚を覚えた。


「……なっ!!」


 志津里は目を見開く。


「――神を嘗めた、あなたの罰よ。そして、一緒についてきたあなた。非常に残念ね。だってとんだとばっちりなのですから。彼女についていくこともなければ、あなたは消えることもないし死ぬこともなかった。……おっと、これは死ぬのではない、文字通り『消える』ことでしたっけ」


 僕たちの身体が、ゆっくりと消えていく。


「なんでだよ! 僕何もしてないのに!」

「まさかこんなに影響があるなんて……! 神の品おそるべし……!!」

「ちょっと志津里?! そんなこと言っていないで、さっさと謝れよ!!」


 そんな口喧嘩を繰り広げていくうちにも、姿はどんどん消えていく。

 神様はそんな僕たちを見て、手を振って微笑んでいた。あれは神じゃない、悪魔だ。

 そして――僕たちは、姿を消した。



 ◇◇◇



 そして。

 月宮式は微笑んだ。

 なぜなら――彼女の目の前にあった、二つのすごろくのコマが消えていたからだ。

 月宮式は呟く。


「……あとは、無事に成功すればいいわね……『シンカン』?」


 そして彼女は再び、サイコロを振り始める。



 ◇◇◇



「神よ、いったい何をしているんだ?」


 神が志津里たちを消して、しばらくしたとき。

 彼女の背後にひとりの青年が立っていた。男は青い髪をしていて、普通のなりとは少し違うようであった。


「……なによ、先代。あなたが口出しする議題でもないでしょうに」

「いやあ、少しばかり話がしたくてね」


 そう言って、先代と呼ばれた男は地べたに胡座をかいた。

 それを神は睨みつけていたが、そんな効果は先代に関して意味がない。

 仕方なく、それに従うしかないのだった。

 神は溜息を吐いて、


「……で。あなたから話を切り出すとは面白いわね。いったい何の風の吹き回し?」

「なあ、神……いや、今は流花と聞いたほうがいいか」

「もったいぶらずに早く言いなさい」

「そんな慌てることもないだろうに。……あんた、この箱庭は好きか?」


 唐突に先代は何を言い出すのだろう、と流花は思った。

 だが、流花はそれに臆することなくひとつの回答を導いた。


「……ええ。私はこの箱庭が好きよ」

「神なのに、か?」

「寧ろ、神でなければこの箱庭には入ることも許されないでしょう? ……まあ、さっきみたいなイレギュラーもあるけれど」

「君はほんとうに、ほんとうにこの世界を素晴らしいと思っているのか? 思っていないのか、私はそれを聞きたい」


 先代はそこを押して訊ねる。

 流花はそれについて疑問を抱くことなく、答えた。


「好きか嫌いかと言ったら、好きである……とさっきも言ったはずよね。それに何か意味でもあるのかしら?」

「意味? そんなものあるに決まっている。私は後悔しているのだよ、君を神に据えたことについて」


 それを聞いて流花は眉をひそめる。


「どうして?」

「どうしたもこうしたもない。私の実感だよ。本当に失敗した。どうして私は……未だに無理だ。イデアや彼女に従っていたのが悪かった。いくらこの世界が――」

「ちょっと待って」


 先代の言葉を遮るように、彼女は言った。


「それってつまり、私は必要ないということ?」

「必要ない、というわけではない。君は本当にこの世界にこれてよかったのか。嬉しかったのか、と訊ねているんだ」

「あなたにそれを言う筋合いはないはずよ、今は私が神なのだから」

「傲慢だね。まったくもって傲慢だ」


 そう言って先代は笑った。



 ◇◇◇



 その頃。

 僕は何もない空間に浮かんでいた。そこが上なのか下なのか右なのか左なのかも解らない。

 ――ここはどこだろう。

 そんなことを考えていたら、僕の頭に直接声が聞こえてきた。


『ここは君の世界の、裏返しの世界だ』

「君は、いったい……」

『僕は君だよ。それ以上でもそれ以下でもない』

「君は……僕?」


 それを聞いて、僕は首を傾げる。


『そうさ。君の目の前……眼下に見える道があるだろう? あれは今まで君が通ってきた道だ。もちろん、それは神のスゴロクによって決められていて、だけれどそれはとてつもない確率によって決められたものだ。奇跡といっても過言ではない』

「つまり……僕たちの人生は凡てこのスゴロクによって決められている。そう言いたいのか?」


 頭に響く声は薄気味悪い笑い声をあげた。

 見れば、この空間には何もない。

 果たしてこの空間に染まる色は、凡てを善へ誘う白なのか、凡てを闇へと導く黒なのか。

 僕には解らない。


「……一つ、訊ねていいか?」


 疑問を声にぶつける。


「ここから脱出するには、どうすればいい?」

『さあね。あのカミサマなら、出してくれるかもしれない』

「出してくれるかも……って。確定じゃないのか」

『生憎僕もこの世界に閉じ込められているからね。外から干渉出来るなら力を発揮して云々もできなくもないだろうけど』

「それじゃ……完全に手詰まりじゃないか」

『いいや。一個だけ方法はあるよ。それは君があることに気が付けばいいだけの話だ』

「あること……?」


 それはいったいなんだというのか。


『簡単だよ。君は、君の人生が神のスゴロクによって完全に決められているものだと思っているのか、ということだ』


 それを聞いて僕は首を傾げる。

 どういうことだ。さっき神のスゴロクは――。


『神のスゴロクは人生を完全に決めることができる。それは確かなことだ。悔しいくらいにね。神のスゴロクを見てみろ、ある場所にコマがたっているだろう。あれは君を示している。そしてそのコマがゴールまで着いたとき……君の人生は終了する』

「それじゃ僕は……死んでしまったのか?」

『いいや、違う。実はこのスゴロクには世界の果てへとその人間を追放することができる。さて、問題だ。……世界の果て、とはどこだ?』

「世界の果て……」


 それを聞いて僕は考える。

 世界の果てとは、いったいどこのことなのだろうか。

 世界の果てとはそもそも存在するのか。


「……まさか」


 答えは意外にも早く見つかった。いや、それしか考えつくことができなかった。

 その答えを、声に告げる。


「もしかしてここは……この世とあの世の境界……」

『ご名答。その通りだ。ここはこの世とあの世の境界。つまり君は生きているのか死んでいるのかはっきりと定義できない状況にいるわけだ』

「……それは解った。でも、どうすればいい? まさか神でもスゴロクに載せることが出来るなんて言わないよな?」

『ご明察。その通りだよ。……やっぱ、君は頭がいいねえ』


 声は気味悪い笑みを浮かべる。


「……神も『神になる』というスゴロクの場所で止まって神になった、ってことか?」

『ああ。そうだ』


 わけがわからない。

 神だったらそれくらいは頑張らないのか?

 ほかの人にやられないように、対策でも取らないのだろうか? 神の考えていることは、まったくもって解らなかった。


『カミサマの考えていることは誰にだってわからないよ。けれど、君がすべきことはもう決まっているんじゃないかい?』

「それは、即ち――」


 言う前に、声は言った。


『そうだ。神をスゴロクの舞台に引きずり込めばいい。そして白紙のコマにこう書けばいいのさ。「自分と志津里を戻せ」とね』


 そんな簡単に言うが、それが可能なのか。

 僕には解らなかった。


『……気になる気持ちも解る。だが、今は進むがいい。下を降りていけば、お前が、自分が、僕が、何をすべきかということは自ずと解ってくるはずだ』

「……信じていいんだな」

『ああ。信じてくれ。だって僕は君で、君は僕なんだ。自分自身の言葉くらい信じてくれよ』


 でも、まあ。

 それが本当っていう証拠もないしなあ。

 ……けど、自分自身からのメッセージって聞いたらなんだか感慨深いものがあるってもんだ。だったら、少しくらい聞いてやってもいいのだろうか。


「……下に降りる、って言ってたな」


 その言葉をとりあえず信じよう。僕はそう思って、下に降りていった。

 下に降りると、青い髪の男が神と話している姿が見えた。






「人間はいつもそうだ。自分の欲望を、自分のやりたいことをやりたいと思うがままに行動する。……誰かが言っていたっけな。人間は猛獣使いだ、って。猛獣使いは飼い慣らしているんだよ、太らせた自尊心を。猛獣を操っていると言っても過言じゃないだろう。それをうまく操れるかどうかに人間の真価が問われるわけだが……今はどうだっていい。こう長々と話しても流し読みしていく人間だって多いだろうからね」

「流し読み?」

「なに、こちらの話だ」


 流花の言葉に男は微笑む。


「……先代、あなたはさっきこう言いました。自尊心を操る、と。それは確かに大事でしょう。ですが、それを防ぐのが我らの仕事ではないのですか? 神のスゴロクを操り、人間が誤った行為に走らないように」

「そうだ。太らせた自尊心を収縮させるように仕向ける。それが仕事だ。だが……簡単な話ではない。寧ろ難しい話になる」

「そうです。ですが、神の仕事ですから」


 流花の言葉を無視して、先代は話を続ける。


「自尊心は時に人を殺す。それは君だって同じことだよ、流花」


 それを聞いて、流花は目を細めた。

 流花は少し考えて、口を開いた。


「……何が言いたいんですか?」


 流花の言葉を聞いて、先代は頷いた。


「……いや、なに。そろそろ、神を譲るタイミングが来たんじゃないか、そう思っただけだよ」


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